八話 少女ルキ
どれくらい歩いただろうか。携帯や時計が無いから全然わからない。
木漏れ日で太陽の位置はなんとなくわかるが、スタート時の太陽の位置ってどこだっけ?
それ以前にどこからの方向から見てたのかもわからない。
さらには太陽の位置で時間がわかる生活をしたことがない。
真上に太陽があれば昼……。ここは赤道じゃないから太陽が真上にくることはない。
そういや切り株を見れば東西南北がわかるというのはデマらしい。そうなるともはや方角を知る術が無い。
困った……。
前を見れば黙々とルキが歩いているだけ。
後ろにはクラスの連中が特に会話も無く登っている。
ずっと木々が覆い茂る山の中を歩いているんだ。皆かなり消耗しているはず。
こういう時は気を紛らわすために合唱とかをするのがいいらしいが、生憎こいつらと合わせられる歌を知らないし、さすがに恥ずかしい。
黙々と歩くしかできない。
それでも少しひらけた場所に出ることができ、景色を見たら確かに山の中腹辺り、いい感じの場所までこれた。
ひょっとしたらルキだけ何かしらの力があるのかもしれない。
山頂の匂いがわかるとか、そんな類の。
「ようやくひと段落ってところか」
「そうね。あの子なかなかやるわ」
「うむ、あの小さな体で素晴らしいでござるな」
小さな体か。確かにバイタリティ的に不安がある。
だけど小さいから消費する体力が少なくて済んでいるのかもしれない。
ならば条件はみんなと同じだ。特別心配することじゃ──。
「あ……あうぅ」
「おいルキ、どうした?」
突然震えてしゃがみこんでしまった。
胸を抱え、苦しそうにしている。
まさか高山病……になるほどの高さじゃない。
「どうしたでござるか」
「ああ、ルキがダウンしちまった」
「ふむ、『力』を使いすぎたのでござろうな」
そんな意味不明な。
ルキのベース、シルキエルは魂を燃焼させているんだっけ。いやぁ……さすがにそれはないはずだ。そもそも魂ってなんだよという話になってしまう。
じゃあ理由はなんだろう。
多分カンテラの光と前方を交互に見続けたせいで酔ってしまったのかも。
近くと遠くを何度も繰り返して見ていると気持ち悪くなるらしいし。
「じゃあここで少し休憩にするか」
「しかたないでござるな。皆ここで小休止にするでござるよ」
その言葉で皆一斉に座り込んだ。これだけ山道を歩いているから疲れて当然か。俺もふくらはぎがはってきている。
はっきりとわからないが、気分的に2時間くらいは歩いていると思う。
平坦な道ならばともかく、もう少し早めに休憩をしてもよかったんじゃないかな。
ルキも座らせたが、あまりいい感じじゃない。
「誰か下に敷くもの持ってないか?」
「あー、私持ってるわ」
「貸してもらえないか?」
「んー、これは召喚用の……まあ仕方ないか」
何を呼び寄せるつもりだったんだろう、こんな場所で。
なにはともあれシートを広げて寝かせる。少し様子を見ていたが、息が荒く気分が悪そうだ。
薬とかあればいいんだが、俺の見立てだと酔っている感じだけど本当にそうとは限らない。
女性特有の何かだとしたら全くの見当違いだし。
これだけ休ませても回復しないところを見ると、不安になる。
「誰か女子でこういう症状に詳しい人いないか? 薬があれば尚いいんだけど」
聞いてみてもみんなお互いの顔を見合わせるだけ。何もわからないらしい。
「とりあえず何か……」
ルキが何か持っているかと思えば、手にしているランタンだけだ。
他の連中も武器とかよくわからんものしか持ち合わせていない。本当に駄目な奴らだ。山を舐めすぎだろ。
仕方なく俺は自分の荷物から水の入ったペットボトルを取り出した。
「おお軽馬殿、よいものを持っておられるな」
「やらんぞ。自分で持ってこない奴が悪い」
「くっ……、だがこういった場合、持ちつ持たれつというものでは……」
「ここでお前にやったとしたらみんながどう思う。だから俺は平等にやらない。俺も非常時以外は口にしないから我慢してくれ」
「では何故取り出したでござるか」
喉が乾いているのか少し苛立っているひろし。こうなることくらい事前に予想できたはずなのになんて自己中心的なんだ。
「今ルキが非常時だからだよ。それともこんなルキをよそに飲むつもりか?」
「そ、そうでござるな。少々気が立っていたでござる。申し訳ない」
こういうとき素直に頭を下げるからひろしは好感が持てる。
だけどこの人数が口にできるだけの水を確保するのは難しい。川でもあればいいんだが……。しかし下手に飲んで腹を壊したら最悪な事態になるし。
「とにかく今はルキだ。体起こせるか?」
声をかけてみたがぐったりしている。これ本格的にやばいんじゃないか?
「しょうがないわね」
そう言ってジャスティス──言いづらいからジャス子でいいか。ジャス子は以前見た小さな袋を取り出し、短いストローにその中の粉を詰めルキに渡した。
ルキはストローを受け取った途端起き上がり、片方の鼻に入れると、逆の鼻を指で塞ぎ勢いよく吸い込んだ。
ビクンと一瞬体を震わせ、空を見上げて口をパクパクさせ…………。
「く……うんっ。はああぁぁん」
突然ルキは淫猥な声で悶え始めた。
その声で俺を含む男子は総立ち。
具体的にどうとは言えないが、総立ちだ。
邪珍がうずく。意思とは無関係で暴れ出す。静まれ!
「な、ななな何事でござるか! 軽馬殿!」
「俺が知るか! てか俺が知りたいわ!」
何をどうしたらこうなる? 本気で知りたい。
だがこの声は毒だ。魔性のものに違いない。聞いていたら理性が失せる。
「あふぅ、はうん……くうぅ」
ルキは悶えるだけ悶え、ぐったりして動かなくなってしまった。
「おい余計酷くなってるぞ」
「ちょっと量が多かったかしら」
さっきの薬は一体どんなものなんだ。絶対にやばいものだ。
にしてもどうしたものだろう。このままルキが目覚めるのを待つか。
しかしいつ起きるかわからない。だからといってルキ無しで動いて頂上へ辿り着けるか。
さて……。
「このままじっとしていられないだろ。どうする?」
「ふぬぅ、確かに。ルキ殿だけを置いていくわけにもいかぬであろうし、かといって分断して動いた場合、そこを襲撃されたりしたら危険でござるしな」
だから襲われないというのに。
そうとも言い切れないか。他のクラスの奴も多分こいつらと同じようなものだろう。ならば同じように襲撃するしないだのという思想を持っている可能性がある。
特にあのアイスバインと呼ばれる奴。あいつは危険そうだ。
「しゃあないな、俺がおぶっていくよ」
「いやいやいや、ここは組の長である拙者が」
なぜここでひろし。
くそ、合法的にルキと触れあう機会を失えるか。
「お前はクラス長だろ。いざという時みんなを守れるようにしないと駄目だ」
「し、しかし……そうでござるな」
よし、これでこいつは黙らせた。
「じゃ、じゃあ俺が──」
「いや貴様らにそんな手間を──」
「力仕事なら俺の出番だろ」
まだいたか。というか取り囲まれている。
「お前ら全員女子を守るためにいつでも戦闘態勢が取れるようにしとけよ」
「だったら貴様もそうするべきじゃないのか?」
「そうしたいところだが、残念ながら俺は無能だ。戦ってみんなを守ることはできないから、せめてこういう時くらい役に立たせてくれ」
「く……う、うむ……」
よかった、俺が無能で本当によかった。俺を最初に無能と言った奴、許す。
だが意外と……いや当然ともいえるほどルキは男子に大人気だった。
このロリコンどもめ。
実際に襲われるなんてことは無いのに、無駄な設定のおかげで操りやすい。
こうして俺はルキを背負える権利を手に入れた。
「おいジャス子」
「……スーパーみたいな呼び方しないでくれないかしら」
「じゃあなんて呼べばいいんだよ」
「神延さんと呼べばいいのよ」
「普通だな」
「普通は嫌い?」
「別にいいけどよ……それよりルキを背負うの手伝ってくれないか」
「はいはい」
ジャス子はやる気の無い返事をし、ルキのわき腹を持ちあげた。
俺は振り向き乗せやすいようにかがむ。
ん、なんだ? 背中に何かが触れているのはわかるが、何かおかしい。
「おいまだかよ」
「何言ってるのよ。乗せたわよ」
え、マジ?
軽っ! なんだこの軽さは。小さいから重くはないと思っていたがこれほどとは。
まあ軽ければそれだけ楽になる。いいことだ。
ルキの足に手を回し、背負う。
柔らかっ。
またもや衝撃が走った。なんだこのやわらかい太ももは。女の子だからなのか? それともルキだからなのか?
なんだろう、無駄にワクワクしてきたぞ。そして俺の邪珍は再び意思に逆らおうとしている。
しかしこのカンテラ邪魔だな。落とさないように細い鎖で手首と繋いでいるのか。
角とか当たったら痛そうだから外させてもらおう。
よしこれで…………あ!
見てしまった。
このカンテラ、中にGPSナビが付いている。妙な薄明かりがあると思ったら液晶モニターの光だったのか。
これはさすがに迷うことなく行けるな。
というか反則だこれ。
これは俺の心の中に閉まっておこう。
カンテラはズボンのベルトにひっかけ、他の奴らから見えないように。
よし行くぞ!
いろんなものを奮い立たせ、俺は歩を進めた。
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