六話 旅路
今日から二泊三日の旅行。
入学早々そんなものがあるのは、本格的に授業が始まる前にクラスの仲間と交流を持ち、親睦を深めるためらしい。
出発時間は午前10時。今日はただの移動、宿泊施設へ行き食事をして寝るだけ。
本番は明日のオリエンテーリングだ。
旅のしおりとやらはロクに情報が書かれていない紙1枚のみ。
そしてひろしはクラス委員長なだけにやたらと張り切っている。
「なあお前詳しいこと知っているか?」
「一応前日に説明を受けているでござるよ」
俺一応副長なのに聞いていないのは何故だ。
まあいいか、楽だし。詳しいことはあとでひろしに聞けばいい。
「じゃあさ、部屋割りってどうなってるんだ?」
「男は10人で1部屋。出席番号順に2部屋でござるよ」
それなりに広ければいいが、狭いところに押し込まれるのは勘弁して欲しい。
というか俺とひろし同じ部屋なんだが、こういうのって仕切る人間を分けたほうがいいんじゃないのか?
「なあひろし。クラス長のお前と副長の俺が同室でもいいのか?」
「特に問題はないでござろう。あちらもあちらで楽しんで過ごすと思うでござるよ」
「一応各部屋で仕切る人を置いたほうがいいんじゃないかなって思ったんだよ」
「それは────確かにそうでござるな。向こうについたとき何れかの者に頼んでみるでござるよ」
「ああ、そのほうがいいと思う」
「それより軽馬殿、バ……ぅ……」
「どうした?」
「い、いや、その……そうだ、車両の中ではいかが過ごすつもりでござるか?」
バスって言いたかったんだろ。相変わらず面倒な男だ。
「んー、別に何も決めてないけど」
「な、ならば読書などいかがでござるか? 実は今、たまたま荷の中に仁刃──」
「本は酔うから無理じゃないか?」
「……そうでござるな」
とても残念そうな顔をするひろしに、少し悪い気がした。
「例のやつなら一応ダウンロードしてあるからいつでも見れるぞ」
「なっ……、き、貴様! それは違法ではござらぬか!?」
「ちゃんとした正規のサイトで落としてるよ」
「そうでござったか、失礼した。しかし拙者はできれば書物で読んで欲しいと思っているでござるよ」
ああ欲しい本はそうしている。魂・SOULはちゃんと書籍版も購入した。あれは日本の文学史に残る名作だ。
「おいお前ら! 何をしてんだ! あとはお前らだけだぞ!」
五里谷先生の叫びで気付いたが、俺とひろし以外はもう既にバスへ乗り込んでいた。俺たちは慌てて自分たちのクラスの車両へ向かう。
バスに乗り込んだ俺たちはそれぞれ空いている席についた。ひろしとは別れてしまったな。あいつ以外まともに話したことがないからちょっと不安だ。
しかもできれば女子がよかったのだが、やはりそうはいかなかったようだ。
「えっと……」
席に座り、隣のやつに挨拶でもしようと思ったが、なんて名前だっけな。
「
「リバース? さうざん?」
「俺は異世界から魔王を倒すため呼ばれ、役目を終えて帰ってきたんだ。そこで俺はヨシュアと名乗っていた。サウザンドバーストは得意技からそう異名を付けられた」
「お、おう。元々の名前はなんだったんだ?」
「……
良彰だからヨシュアか? まあいいか。
「よろしく。俺は──」
「無能だろ。わかっている」
何もわかってない。クラス中の奴が全て俺を無能と認識していることが悲しい。
誰だ最初に無能だとかほざいた奴。後で探しだしてやろうか。
とにかく良彰と話して少しでもクラスメイトと交流を図ろう。友達は重要だ。
「よぉしお前ら、次バスが停まったらお待ちかねの昼食だぞ!」
高速道路を走るバスが停車。つまりサービスエリアで昼食ということだな。
……えっ、ちょっと待って。こいつらこんな格好で一般の場所歩かせるの?
だけどまあ普段からこの異常な制服で登下校をしているんだ。今更な気もしないでもない。
いや違うか。あの学校周辺はもはや慣れているだろう。だがサービスエリアを利用している人たちはきっとそれを理解できていない。
やばそうな気がするからちょっと距離を置こう。俺だけでも普通に見られたい。普通が一番。
そのはずだったのだが、こういうときに限って俺はクラスの中心になってしまうんだ。
「軽馬殿、これは一体なんでござるか?」
「ちょっと無能、ここのシステム教えなさい」
「むのー、むのー」
「おい無能。この地球の物質は……」
距離を置こうにも、こうくっつかれてはどうにもならない。
せめて無能はやめろ。周囲から変な目で見られる。
「ええいてめぇら! 俺だって免許持ってるわけじゃないんだぞ! サービスエリアの勝手なんて知らん!」
「でも無能が一番普通の人っぽいし知ってそうだから」
「なぁ」
「でござるな」
誰だよ普通が一番なんて言った奴。そのせいで
結局俺はバスに戻るまで始終百鬼夜行を先導する羽目になってしまった。
────もうじき宿舎につくであろう時間になると、何故か周囲が静かになった。
先ほどまでの会話が聞こえず、みんな黙っている。
特に男子は肘を窓枠にかけて頬杖を突き、景色を眺めている奴が多い。
隣の良彰なんかそのうえサウンドオブサイレンスを口ずさんでいる。
「なあ」
「……」
「おーい」
「……なんだ?」
「いや、何か見えるのかなって」
「夕日が沈む姿を見ているんだ」
「夕日ねぇ」
4月で日が落ちるのが早いとはいえ、まだそこまでの時間ではない。
太陽の位置も夕暮れというよりもまだ昼過ぎといったほうが近いくらいだ。
「太陽が落ち、今日という日が終わる。儚いと思わないか?」
「ああうん、そうね」
明日また登ってくるからいいじゃないか。
窓際の奴らみんなそうなのかな。逆側の奴は山でも見てポエムに浸っているんだろうか。
俺はそうだな……寝よう。
────それから20分ほど。気付いた頃にはもう到着していた。
宿に入る前に全クラスが入り口前に集まり宿舎の説明。
荷を部屋に降ろし食堂で明日の詳細を話しそのまま夕食。
順番で風呂に入り、寝るまでの自由行動となったわけだが。
みんなで同じ部屋にいる。となればやることは枕投げだろう。
おあつらえ向きにずっしりと重たいそば殻枕だ。
さて誰にぶつけるか……。
やっぱりやめよう。
こんな武器を手入れしているような奴らに枕をぶつけようなら、何をされるかわかったものじゃない。
ひろしたち日本刀組は模造刀を鞘から抜き、棒の先に付いた玉で刃をぽんぽんと叩いている。あまりにも異様な光景だ。
「剣武殿、打粉は何を使っているでござるか?」
「内曇だがそれがどうした」
「純度はいかほどに?」
「殻粉を少々」
「おお、通でござるな」
そもそもお前らの刀って模造刀だろ。材質だってステンレスだろうし、錆止めの油も塗っていないのに打粉なんて必要あるのか?
「なあ、お前のライトニングエッジよく見せてくれないか?」
「だったら貴様の64式銃剣を見せてくれ」
「…………けっこう装飾というか模様があるんだな」
「それは電導効率を考慮したデザインになっているんだ。一定以上の雷を流すとその溝通りにスパークするのが見れる」
「なるほど。敵に効率よく雷撃を食らわすためのものだったか」
こっちの短刀組ではナイフの品評会か? もちろんこちらも模造だし、そもそも何を言っているのかよくわからん。
みんなで楽しくなんていうのを期待してはいけないんだ。
いや俺以外はみんな楽しそうだ。
俺は…………布団で1人、タブレットで魂・SOULでも読むかな。
「────軽馬殿、何をなされているでござるか?」
一通りぽんぽんするのに飽きたのか、ひろしが俺に話しかけてきた。
「ん? ああちょっとラノベを読んでた」
「それはもしや仁刃不壊ではござらぬか!?」
「いや別作品だ」
「そうでござるか……。して、どの作品でござるか?」
「んー、女子向けの作品だからお前は知らないんじゃないかな」
「軽馬殿はそのような趣味が?」
なんか軽く軽蔑されている気分がする。いいじゃないか、人が何に興味を持っていてもそれが周りに迷惑かけなければ。
「いや趣味ってわけじゃない。ただちょっと興味ある作家だったんで」
「ほう? 先日拙者に伺っていた脳書猛先生のでござるか?」
「ああそうそう。いろんなジャンル書いてるんだなって思って」
「ふむ、確かに脳書猛先生が女人物を書いているとあれば興味あるでござるな」
よし俺が少女趣味であるという疑いは晴れた。これ以上嫌なレッテルを貼られたくはないからな。
「だろ?」
「拙者も少し読んでみたいでござるな。題名は何というでござるか?」
ちょっと教えたくないかもしれない。
さっきの反応からして魂・SOULの存在はあまり男子に知られていない気がする。
これで教えてしまったらルキのことを知られるに等しい。
だからできればあまり教えたくないなーという男心が働いてしまう。
「ふむ。無能、貴様が読んでいるのは魂・SOULだな?」
「あ、ああ。そうだけど」
意外にも剣武が知っていた。
「あれは名作だ。読まぬほうが人としてどうかしている」
「だよな!」
思わぬところに同志がいた。
俺はその夜、剣武と魂・SOULについて熱く語ることができた。
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