五話 保険医
ふむぅ、ひろしもそうだけど変な連中が多い。
入学した瞬間からわかっていたが、こうやって実際に会話したりすると更にそう感じる。
普通強い奴が集まるって言われたら、興味を持つのは武道に精通したものかヤンキーじゃないのか? それともこういう考えは今時古いとか。
まさか脳内設定を競っている連中ばかりだなんて誰が思うんだ。
なんか色々と考えるのが面倒になってきた。はあ……。
「何ため息をつきながら歩いているのよ」
よく背後から突然声をかけられる学校だ。油断しすぎているのかもしれないな。
声から察するに同級生ではない。大人の女性の声だ。
振り向くとやはり教師らしき人が立っていた。
「え、えっとあなたは?」
「私? 私は保健医よ」
保健医か。にしても随分と若いな。そして美人だ。
背が高く髪は長く乳でかい。タイトスカートのスーツの上から白衣を着ている。マンガとかなら保険医とはかくあるべきだと言わんばかりの容姿をしていた。
「どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「え? ええっと……」
白衣のポケットに手を突っ込んだまま顔を近づけてくる。
「美人で若い保険医だから見惚れたのかしら」
自分で言っちゃったよこの人。
確かに綺麗な人ではあるが、本人の口からそう言われてしまうと何故だか陳腐に感じてしまう。
……そんなことはなかった。美人は美人のままだ。
そして顔が近すぎる。直視できず、無意識に目が泳いでしまう。
「えっと、俺は新入生で──」
「そんなの見ればわかるわよ。それで何か悩みごと?」
悩んでいるかと言われたら悩んでいるのだが、この先生も例に漏れず怪しげだ。
説明して大丈夫なのだろうか。逆にこちらがおかしな奴だと思われそうだ。
一応教師なんだから……いや、五里谷先生を見る限り、教師だからといって相談しても大丈夫ということはない。
だけど1人で悩んでいるよりはマシだろう。それに美人だし。
「そうですね……この学校は何か異質だなと思って」
「ふふ、そういうこと。ならいっぱいあるわよ。地下に眠るドラゴンの話とか」
「いやいや、そうじゃないんですよ。生徒がおかしな連中ばかりな気がして」
「ああそっち……。ふぅん、じゃあ面白いことを教えてあげるわ」
「なんですか?」
「この学校の理事長は────
のうがきたける? 聞いたことがないけど有名人なのだろうか。
てかこの学校、地下にドラゴンいるの?
そんなバカな。現実的にありえない。
コモドドラゴンとかメキシコサラマンダーくらいだろせいぜい。
……いやいや、コモドドラゴンって絶滅危惧種とかじゃなかったっけ? さすがにそれはまずいんじゃないか?
「不可解な顔をしているわね。じゃあもう一つヒントをあげるわ。何故美人でスタイルもよく若い保険医がいるか。『基本』だからよ」
さらに付け加えられている。確かに美人だしスタイルもいいが、自分で言ってしまうと途端に安っぽくなってしまう。
……いややっぱりそんなことはなかった。美人は美人だ。安くはならない。
2度の敗北により俺の持論はたやすく崩れた。
それよりヒントがヒントになっていないような気がする。
「少し考えてみます……」
「じゃあそのうち保健室に遊びに来なさい。お茶くらいなら出してあげるから」
保健室って休憩所の類だったのか。入り浸ってる生徒が多そうだ。
美人の保険医の入れてくれた茶を飲みながら、大人の色香に惑わされつつもなんとか純情ぶった感じを見せ、保険医特有の教育を施してもらう。うむ、アリだ。
でもって基本ってなんだ。
基本に忠実な学校。ここは全然そうには見えない。
どちらかといえば異常な類だ。
今のところまともな生徒を見たことがないし、教師も何かがおかしい。
そのうち保健室で茶でも飲みながら回答を教えてもらうとするか。
「難しい顔をしてどうしたのでござるか」
突然話しかけてきたその理由の一端に対してどう話したらいいものか。
「なあ」
「なんでござるか?」
ひろしが知っているかどうかは知らない。だけどあの保険医が言うことには何か理由があるはずだ。
理事長が脳書猛という人物であり、それによってこういう連中が集まったという話。ヒントだというのだから辿れば回答はえられるはず。
「脳書猛って知ってるか?」
「もちろんでござるよ。最も有名で優れた作品を多く残す軽小説の作家でござるな」
軽……ライトノベルか?
ラノベ作家が理事長。なるほど、美人の保険医ってラノベやマンガだとけっこういる感じがするもんな。基本だというのはきっとこれのことだろう。
ラノベは俺も少し読んだことはある。でも作家を気にしたことなんてなかった。
いわゆる表紙買いだ。絵で選んでいた感じだな。あとタイトルのインパクト。
「突然どうしたでござるか」
「ああいや、どんな人なのかなぁと思って」
「そうでござるか。人物的には存じておらぬが、作品は名作揃いでござる。拙者は
じんばぶえ? どうもうさんくさいタイトルだ。
経済が崩壊してハイパーインフレしていそうな雰囲気を醸し出している。
「あれの主人公、劣等斎はまるで拙者がモデ……ん……題材にされているようでな、他人とは思えぬのでござるよ」
酷い名前の主人公もいたものだ。いくらなんでも劣等はないだろう。
それよりも今言い直したよな。モデルと言いたかったのか? 変な縛りを作るから後々自分の首を締めるということを知っておいたほうがいい。
「どんな話なんだ?」
「簡潔に言うならば、転生モノの現代活劇でござるよ」
「ふぅん」
「興味があれば是非読んで欲しいでござる!」
とても澄んだ目でうれしそうに語っているところを察するに、ひろしはその本に何かしらの影響を受けているのだろう。
それを読めば少しはこいつのやりたいことが理解できるのだろうか。
「別に興味があるわけじゃないけどな」
「そう言わずに! そうだ、ならば拙者が貸し与えてもいいでござるよ」
「い、いいよ。貸し借りすると紛失したときに面倒そうだ」
「そうでござるか……。だ、だがあれは日本の文学史に残る名作でござる故、日本人ならば目を通すべきでござるよ」
ラノベが文学史に残るっていうのもどうかと思う。決して馬鹿にする意味ではなく、あれは刹那的な楽しみを得るためのものであり、あまり長く浸るものじゃない気がするんだ。
「じゃあそのうちな」
「早いほうがよいでござるよ。そのうち感想なぞ聞かせて欲しいでござる」
まるでひろしが作者みたいだ。
だけどまあ、脳書猛自体には興味があるし、読んでみる作品の候補には入れておくとするか。
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