四話 裂空斎

 実際にどうするかは別として、確かに俺は強さを求めてこの学校を選んだ。

 だけど現実にはそれが無意味なことのような気がする。


 なにせこの学校の連中ときたらあいつ……ジャスティスが言うようにただ妄想を垂れ流しているだけで、何を習っているというわけではなさそうだし。


 だけどそれだけじゃ説明がつかない点も多々ある。

 女子の存在だ。

 例えばルキ。彼女はなぜこの学校を選んだのだろう。

 どう見ても戦う類の子じゃない。

 あとジャスティスだって入学してからこの有様に気付いたのだろう。

 学校を選ぶ理由といえば、学力とか家から近いとか。後は制服がいいとか部活とか……。


 そうだ、部活だ。

 何か魅力的な部活があるのかもしれない。

 女子はわからないが、男子に関しては武道系だろう。

 だけどあいつらって武器からして自分のイメージだけで戦っていそうだ。

 クラスの連中が実際に戦っているところを見てはいないが、案外器用に戦っていたのだろう。

 元々素質があるやつは習ってなくてもそれなりに動ける。

 その才能をさらに飛躍させるには、正しい動作を習う必要がある。

 近所の道場に通うというのも手だが、そういうのがなければ部活に入るのが手っ取り早い。

 大抵顧問は経験者だし、外から招く場合もある。

 んであいつらは自分の力を試すために、部に対して道場破り的なことをしたりしそうだ。

 そうなるとあいつらが勝手気ままにやっていた武道ごっこはどうなるのだろう。


 正しい力が負けるとは到底思えない。

 だがもし誰かが勝ってしまったら、そいつが正しいと思われてしまいそうだ。


「どうしたでござるか軽馬殿。浮かぬ顔をしておられるが」


 その類の代表に話しかけられてしまった。


「ああ、この学校の部活ってどうなってるのかなと思って」

「部活? そのようなものはござらぬと思うが」


 なんだと?

 この学校の人間は強すぎてインターハイとか出場させてもらえないと聞いていたのに。

 個人が強いだけで部として存在していない、みたいな。

 ……ねぇわ。今更そんな期待は意味が無い。

 俺が見た情報はきっと在学生が垂れ流した妄想だったんだろう。大失敗だ。


「でもほら、このクラスにだって何人も剣士がいるんだろ」


 無いなら自分達で部を立ち上げ、みんなで切磋琢磨するっていうものアリだと思うんだがどうなんだ?


「ふむ、わかりやすく説明すると拙者は神威雷鳴流かむいらいめいりゅうの師範であるわけでござるが──」

「師範代って言ってなかったか?」

「あ、えっとその……じ、実は師範だったのでござる。先日なったばかりでな、失念しておったのでござるよ」


 設定がまとまっていない奴だ。それに高校生程度で師範やら師範代になれる武道なんかたかが知れている。10年やってる俺ですら序の序だろうし。


「他に何人くらいいる道場なんだ?」

「ぬ……20人くらい……でござろうか」

「そこでお前が一番強いわけか」

「いやいや、拙者よりも強い兄弟子など何人もいるでござるよ。にも関わらず拙者が師範に選ばれたのはきっと何か秘めたものがあったからでござろうな」


 よくある話だ。

 そして兄弟子から『なんであいつなんだよ! 俺の方が強いじゃないか!』みたいな嫉妬を受けて敵対したりするんだよな。


「まあいいや。話を戻そうぜ」


 これ以上掘り下げてもしょうもなさそうだし。


「うぬ。あやつは無限無双流、そやつは龍王斬流。それぞれ異なるせいで、鍛錬法が全く異なるのでござるよ」


 普通のは無いのかよ。北辰一刀流とか。

 もっとわかりやすく柳生新陰流でもいいけど。


「だけど剣術だって基礎は大して変わらないはずじゃないか?」

「拙者の神威雷鳴流は独特過ぎるのでな、基礎から違うのでござるよ」


 今の時代では様々な剣術はお互いの技術を取り込みあい、基礎の面ではかなり類似している。

 類似するというのは効率を考え昇華したもので、最終的に行き着く先が同じという意味だ。

 それを逸脱するってあまり考えたくないが、興味はある。


「へえ、ちょっと見てみたいな」

「ふむ、よいでござるよ。では軽馬殿、そこの棒を二振り持ってきてくださらぬか」


 廊下には様々な長さの棒が転がっている。丁度良さそうな長さを選んで取る。

 ……なんで廊下にそんなもの転がっているんだよこの学校。おかしいだろ!

 なんか今更な突っ込みな気もしてきた。考えるだけで疲れそうだから無視しよう。


「ほいよ」

「では片方を持って構えてみるでござる」


 構えるって言われてもなぁ。一応普通の剣道っぽい構えでいいか。

 俺が習っていた武術にも剣術はあるし、けっこう練習していたから扱いは慣れている。

 だけど武術って基本の型はあるが、基本の構えってあまりないんだよな。


「これが拙者の構えでござる」


 ひろしは斜めに棒を構えた。

 そして右手は端の方────柄の辺りを持っているが、左手はみねの部分に添えている。


「では軽く振ってみるでござる」


 言われた通りゆっくりめに上段から振り下ろす。

 するとひろしはそれを棒で受け止め、横に受け流しつつ切り込んできた。

 簡単に言うと、右手を支点に左手で押すように振る。あるいは左手を支点にして右手で切るといった感じか。


 うーん、微妙だ。

 刀の利点であるリーチの長さが全く生かせない。

 手が離れているから力は入るだろうが、そもそも日本刀は切れ味だけで切るもので力を込める必要がない。

 もちろん刀を自在に振れるだけの力は必要だが、刀自身の重みだけでも充分に切れる。

 それにこの構えだと押しやすいが、刀は基本引いて切るものだ。

 できれば基本くらいは抑えて欲しかった。

 もうちょっとマシなやつはいないんだろうか。


「ついでに聞くけど、このクラスで二番目に強い奴って誰だ?」

「そうでござるなあ……。対峙した者では彼奴であろう」


 ひろしが顔を向けた先にいるのは真っ白の学ランを着、腰まである髪を髷というよりポニーテールのように束ねた細身の男だった。


「あいつは?」

「斬光流抜刀術の名手、剣武殿でござるよ」

「剣武ねぇ」


 抜刀術って居合いのことだよな。

 居合いは日本独特の剣術だからいまいちピンとこない。

 だけど興味はある。もちろんあいつがまともにできるとは思っていないが。


「恐らく剣武殿の緋炎ひえんは拙者の鳳凰牙と同程度の力を有しているでござる」

「へ、へぇ……」


 模造刀の強さって全くわからない。


「見せてもらえるのかな」

「大丈夫かと思うでござるよ。おおい剣武殿」

「何用だ、裂空斎」

「うむ、軽馬殿が主の居合いを見てみたいそうでござるよ」

「ふん……まあよかろう」


 そう言って剣武は腰を落とし腰の刀に手をかけた。

 居合いねぇ。詳しくは知らないが、それっぽくも見えるし全然違うようにも見える。 

 まず背中をこちらに向け、鞘の先が前を向くくらい思い切り体をねじっている。

 そして右手は柄を掴まず、手を開いて添えている状態だ。

 暫しの沈黙の後、右手の指がピクッと動いた。

 そして鞘を持っている左手の親指が刀の鍔を押し、それとほぼ同時に右手で柄を握り横一文字に振り抜く。


「さすがでござるな。どうであったか、軽馬殿」

「う、うん。まあ……」


 うぅむ、酷い。

 あのピクッって動くのから左手の親指で鍔を押すまでも動作に含まれるのだとすると、完全にバレバレだ。簡単にかわせてしまう。

 なによりも体を捻りすぎだ。そのせいで抜刀してから対象までの距離が長くなっている。

 予備動作をゼロに近付けるのが武術の真髄ではないのだろうか。


 とはいえ抜いた後の刀先の軌道は見事だった。

 迷いが無いのか一切のぶれが無く、なかなか速かった。

 動きに邪念が混じらないのはいいことだ。

 ひろしの構えがアレだからなぁ、どう見てもこっちのほうが強そうだ。


「なあ」

「どうしたでござるか?」

「どうやって勝ったんだ?」

「軽馬殿、それは聞いてはいけないことでござる」

「え、なんでだ?」

「どう勝ったかを話すということは、相手がいかにして負けたかを話すことでござる。それは剣を交えた者に失礼というものでござるよ」


 確かにそれは道理だ。

 勝者がいる。其即ち敗者がいる。戦いの基本だ。

 にしてもひろしはなかなか真面目というか、気遣いみたいなものもできるんだな。

 普通なら自分が勝ったことを自慢げに話したりしそうなものだから。

 こいつがクラスの長とか言った時にはどうかと思ったが、案外適任かもしれない。


「そうだな、悪かった」

「仕方ないことでござる。あの太刀筋を見たら勝てたことが不思議におもえよう」


 どちらかと言うとひろしの構えのほうが問題あったんだけど。

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