三話 滅びの誘惑
「──無能」
突然誰かに罵られた。声からして女子のはずだ。
まだ変声期を迎えていない男子という可能性もあるが、女子であっているだろう。
女子に罵られるのを喜ぶ連中もいるが、俺は全然嬉しくない。
暴言を吐かれてうれしいなんて完全な変態でしかない。
「ああん?」
苛立つ感じに返事し、振り向いた先にいたのは幼女だった。
幼女? まさかそんなばかな。ここは高校だぞ。
フードをかぶっているせいで髪型とかはよく見えないが、なんだこの超絶かわいい幼女は。俺がロリコンだったら絶対やばかった。
そしてロリコンに目覚めようとしていてやばい。
更にはこの子に罵られたと思うと少し興奮した。
フードからはみ出すように覗くやわらかそうな栗色の髪、日に当たっていないせいか色素が薄くまるで白磁みたいな透き通る肌。そしてとても低い背丈。
ちょっと鈍そうな無垢感のある顔がたまらない。
若干おかしな格好をしていても、これだけかわいけりゃ逆に魅力的かもしれない。
そして手に持っているのは──ランタン?
かなりアンティークな、形状としてはカンテラと言ったほうがよさげな代物だ。
なんでこんな真昼間にカンテラを持って歩いているんだ。
イメージとしてはタロットカードのハーミットか?
「キミは一体?」
「クラスメイト……。
ルキか。本名かどうかわからないけどかわいい名前だ。
だけどこんな子いたっけな。
そういえば窓際にこんなフードをかぶった奴がいた気がする。
かわいい女の子だともっと早く気付いていればよかった。
「……聞いているの? 無能」
「その呼び方やめてくれないかな」
一瞬踏まれながら言われてみたいとか思ったが、これ以上言われたらやってもらいたくなりそうでやばい。まだ常人でいたい。
逆に考えろ。この子に踏まれながら罵られたいと思うのが常人であれば、俺が常人であるためにはそう思わなくてはならない。
くそ……常人は辛いぜ。
「……えっと」
「ああごめん。それでなんだっけ?」
「……ついてきて」
突然女子に呼びかけられるとか伝説の三大イベントの一つじゃないか。当然ついて行くに決まっている。
こういう場合ってどこに行くんだろう。校舎裏か屋上か、体育館裏なんてどうだ。
まさかそんなマンガ的なことはないだろうさすがに。
階段を登ろうとした時、上から人が転げ落ちてきた。
とっさにルキを引き寄せ、抱える。
「わ……わかった、もう逆らわない」
「ふん、雑魚が」
階段を見上げると、踊り場に一人の男がいた。こいつが突き落としたのか。
30センチほどの棒を持ち、それで自らの肩をぽんぽんと叩くようにして落とされた奴を見下しながら降りてきた。
「では誓え、忠誠を」
「……誓います」
俺の手を振りほどき、ルキは早足でそいつの死角をついて間を抜け階段を登る。
案内するにしてはまるで振り切ろうとしているみたいだ。追いかけないと。
「どうしたんだよ急に」
「あれは……B組の人……」
「ふうん、B組の」
階段上からだと後姿しか見えない。
髪は長く銀色。背は普通くらいだ。
学ランのそでを引きちぎってあり、肩から下を露出させている。
右腕の肘下から手の甲までを包帯で巻いていて、うっ血しているのか指は赤く変色していて血管が浮かび上がり異様な雰囲気を出している。明らかに締めすぎだ。
「気をつけたほうがいい……」
怯えた感じでローブを握り締めている。
「危険なやつなのか?」
他人を階段から突き落とすような異常な奴だというのはわかったが、それ以外の情報が無い。この子は知っているみたいだが。
「とても冷酷……。氷のような男、アイスバインと呼ばれている……」
違うから、アイスバインは氷と全く関係ないから。
豚足の塩漬けみたいな呼ばれ方するくらいなら、無能のほうがはるかにマシだ。
「持っていた棒状のもの……。あれは鉄扇……」
普通鉄扇というと側面だけが鉄だが、中が紙らしき感じではない。総鉄扇か。
「なるほど、それが武器か」
「風と炎を操ると言われる危険な武器……。魔扇ウインドウフレーム……」
え……あー……うん。
とても残念な奴だということはよくわかった。
語感だけで名付けるととんでもないことになるという見本だ。それじゃあ風と炎ではなく窓枠だ。
「で、どこまで行くんだ?」
「……すぐそこ…………ここ」
屋上か。予想通りの場所だ。
待てよ、告白とかでは確かにセオリーだ。
だけど悪さをする場所としてもよくある場所でもある。
恐喝される……なんてことはさすがにないだろ、こんな子に。まあなるようになるさ。
塔屋のドアを開けると冷たい春風が体を締める。
そしてルキは走って出て行く。
止った先にいたのは俺の後ろの席、ジャスティスと名乗った女子だった。
先客がいるってことだよな。去ってもらえるまで待ったほうがいいかもしれない。
「連れて来た……」
ルキが人気の無いところに俺を呼んでステキイベントがあるかと思ったのに、用があるのはこっちなのか。
ちょっと残念だが、この子もアリかもしれない。
ちら見でしか印象が残っていなかったが、こうして対峙するとなかなかの美少女だとわかる。
短くも長くもないがやわらかそうな髪に少し大人びた雰囲気の顔。そしてスタイルもいい。
「はいご苦労様」
そう言ってジャスティスは、ルキに小さなビニール袋を手渡していた。
よく見ると袋には極少量の、何かを砕いた結晶と粉状のものが入っていた。
「うふふふふ……うふふ」
ルキはうっとりした表情でうれしそうにその袋を持って去った。
なんだろう、あれ。
一瞬やばいものを連想したが、何か健全な物に違いない。
きっと方解石とかだ。
あるいは氷砂糖。あれ甘いからもらうと嬉しいよな、うん。
よしこの件は解決。次の問題はこの子だ。
「俺を呼んだ理由を聞かせて欲しいんだけど」
「知りたいの? 無能君」
冷たい目だ。
まるで周囲を見下しているような、そんな印象を受ける。
そんなことより人を呼んどいて聞くことじゃないだろ。呼ばれた理由を知りたくない奴なんかいない。
この子もまた危ない系なのだろう。
「あなた、周囲との温度差を感じているでしょ」
返事を待つまでもなく話を進めている。
周囲との温度差……。クラスでのことを言っているのか。
確かに俺とあいつらでは全く違う。
だけど俺の考えとこいつの言っていることが同じとは限らない。
「えっと、どういう話だ?」
「あなたも中二病になっていない。そうでしょ?」
やっぱりそうだ。
てか『あなたも』?
「じゃあまさかお前も──」
「全く酷い有様よね、この学校」
空を仰ぎ語り出してしまっている。
俺の話なんて聞くまでもないってか。
「でもお前確か自己紹介でジャスティスとか名乗ってなかったか?」
「そうよ。あなたのせいでね」
「うん?」
「あなたが自己紹介した時、何も言わなかったから無能呼ばわりされたでしょ。私、無能って呼ばれるのだけは遠慮したかったのよね」
踏み台にされてしまった。
あえて流れに身を任せることも必要だということか。
「んで俺に何の用だ?」
「あなたは見たでしょう。中二パラドックスが起きるところを」
「なんだそりゃ」
「中二同士を会わせてはいけない。そこで中二パラドックスが起こり、その人物の世界が崩壊してしまうから」
「ちょっと理解できないんだけど」
「タイムパラドックスみたいなものよ」
時間を遡ったときにその時間の自分と出会うと発生するとかいうやつか。
自分が2人いるというあってはならない状況が世界を崩壊させるとかなんとか。
うーん、まあそう言われるとなんとなくわかる気がする。
ようするに中二病というやつは、自分を中心にして自分内の世界を構築しているわけだ。
だけど他の中二病のやつも同じようなことをしている。
それが出会ってしまうとお互いの世界がぶつかり合い、矛盾が生じる。
すると自らの世界が崩壊してしまうわけか。
今朝のクラス委員決定戦らしきもの。お互いが自らを最強と思っていた連中同士による衝突。そこで恐らくは起こっていただろう。
「なんとなくわかった気がするが、それでどうしたいんだよ」
「あなた、実力者でしょ」
なんの実力だ一体。
「意味がわからないんだが」
「連中と違って、実際に何かを習っていた。違うかしら?」
「ん、ああ。そうだけど」
「でしょうね。だからあなたにお願いがあるのよ」
「どんな?」
「連中の世界、全て崩壊させてやって欲しい」
全く脈絡のないお願いが来た。
連中の中二設定を崩壊させてどうするんだ?
というか完全崩壊させるとどうなるんだ。真人間にでもなるというのか?
そして俺に何ができる。
「そんなのどうすればいいんだよ」
「簡単なことよ。あいつら全員を打ち倒し、本当の世界を見せつけてやればいいわ」
「いや、でもだなぁ」
「あなたにはその力があるわ」
そんな力があるんだか無いんだか。
「仮にあったとして、それをやる意味が俺には無いじゃないか」
「あなたは一体なんでこの学校を選んだの」
今更聞かれたくない質問だ。
現状を見てしまうと恥ずかしいやらなんやら。
「え……、えっと、強いやつがたくさんいるっていうから……」
「自分がどれくらい強いのか知りたかったんでしょ。つまり最初からそれをやるためにこの学校を選んだということじゃない」
「うんまあ……そうだけど」
今のままだとそれも叶わず無駄に3年間を過ごしてしまいそうだ。
かといって相手は多分素人。さすがに本気を出すのはどうかと思う。
「そのチャンスは中二パラドックスが起こり不安定な今が最適なのよ」
脱皮したての蟹は甲羅が異様にやわらかく、非常に弱い。みたいな感じかな。
崩壊した世界は再構築をし始める。その不安定な状態を突こうというのか。
今既に壊れているといっても、再生可能な瓦礫状態だろう。跡形も残らぬほど粉々にしてしまえば元に戻せることはない。
だがやったとして、どうしても一点ひっかかる。
「ひとついいか?」
「何かしら」
「別に誰がどんな妄想を持っていてもいいじゃないか。なんでそこまでする必要があるんだ」
「私はね、中二病ってやつが大っ嫌いなのよ。特に妄想を垂れ流しているような連中なんて反吐が出るわ」
私怨じゃないか完全に。俺を巻き込む要素が見当たらない。
ここで点数稼ぎをしてこいつと付き合……いたくないな。
確かに見た目はいいが性格がよじれまくっている。
そういう子と付き合っていくのも大変そうだ。
かといって切り捨てると勿体無いと思う己の意志の弱さもなかなかだ。
「まあ考えておくよ、ジャスティス」
「
「へいへい」
校舎内へ戻り階段を下りると、先程の喧騒が跡形も無く、不気味と思えるほど静かだった。
逆にちょっと前の騒ぎのほうが不気味であったはずなのだが。
全クラスで同時に勃発したクラス委員選抜大会。一体なんだったのだろう。
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