二話 クラス長

 憂鬱な気分が晴れぬまま、入学3日目を迎えた。

 そして恐々と駅にたどり着くと、そこにひろしはいなかった。

 少しほっとしたのと同時に、寂しくもある。

 ひろしはあれで人当たりがいいからな。他にもクラスに友人ができてもおかしくはない。いや普通の学校であればおかしいのだが、あの学校ならだな。



 学校の下駄箱を過ぎた辺りからなんだかやたらと騒がしい。階段の途中からでも聞こえてくる。

 2階に辿り着くと原因判明。なんとまあおぞましい光景が広がっていた。

 言うなれば死屍累々。まるで野戦病院のようだ。

 廊下に倒れている生徒たち。一体何が起こっているんだ。

 何かの襲撃を受けたとか? 何かってなんだよ。


 教室に入るとこれまた異常だった。机はぐちゃぐちゃ、女子は部屋の隅にいて男子は全て床に這いつくばっている。


 いや一人だけ立っている男がいた。ひろしだ。

 抜刀した鳳凰牙を肩に担ぎ、息をきらしている。


「おお軽馬殿、おはようござる」


 おおじゃねえよ。一体なんだというんだ。


「何が起こったんだ? これは」

「これはこの部屋の長を決める勝負でござるよ」


 えっと、クラス委員長を決めていたってことでいいんだよな。

 それにしても派手にやらかしたものだ。もっと平和的にできなかったのか。

 それに同室の奴らがどうだのって先日言っていたばかりじゃないか。見た限りみんな怪我してるっぽいぞ。


「……わかった、裂空斎。貴様がこのクラスで一番強いことは認めてやろう。で、副長は?」


 倒れている連中が皆ひろしに注目している。そんなに副委員長をやりたいのか?


「そうでござるな……。今この場で立っておる男は二人しかござらぬしな」


 今立っているのはひろしだけだろ。他に立っている男子は見当たらない。

 もしいるとしたら……。


「え、ちょっ、まさか」


 よく当たるほうの予感しかしない。

 ちなみに全然当たらないほうの予感は大抵良いことだ。


「貴殿が副長でござるよ、軽馬殿」


 やっぱり。


「い、いやいやいや、女子もいるじゃないか」

「女人に手間をかけさせぬのも男の役目でござるよ」


 入学して三日、教室に入ると副クラス委員になっていたでござる。

 そんなものにはなりたくない。ただただ面倒なだけだ。


 普通の学校だったらアリかもしれない。

 こういうところからクラスメイトとコミュニケーションをとり、仲良くなっていくきっかけにできるからな。

 だけど周りにいるこいつらは……うぅむ、あまり友達になりたくないかも。


 しかしそれには問題がある。

 クラスにそういう奴が一人二人だったら避けられる。でもそれがクラス全員だったらどうだ。

 避けてしまうと一人だけ孤立し、三年間孤独という苦痛を味わうだけになる。

 特に今は無能呼ばわりされてなめられているし。


 仕方ない。友達は欲しいし背に腹は代えられん。


「わーったよ、引き受けるよ」

「ふざけるな!」

「そうだ、そいつは戦っていないじゃないか!」

「無能なんぞに分不相応だろ!」


 罵詈雑言の嵐だ。なんでみんな副長になりたいんだよ。あんなのただの雑用係だ。


「黙れい!」


 ひろしの一喝がざわめきを消滅させた。


「拙者は軽馬殿がどのような人物か知ったうえで任せたのでござる。確かに能力は持ち合わせておらぬが、正しき心を持った者でござるよ」

「しかし……」

「それに今悪態をついた貴様ら。それは正しい行いではござらん。そのようなものが人の上に立とうだなどと片腹痛いわ」

「くっ」


 万年筆を拾ってやっただけで大層なことだ。

 そして反論をする者はいなかったと。

 あとクラス長や副長だのって別に代表ってだけで上に立っているわけじゃないぞ。

 まあいいか。


「とりあえずこいつらを介抱してやらないとな」

「そうでござるな。拙者が机を直す故、任せても構わぬでござるか」

「ああ。そっちは頼むぞ」


 一通り見回し、一番ダメージが大きそうな奴を探す。

 まずはあいつか。真っ黒のロングコートにダガーを持っている奴。ロングコートは踏む可能性があるし、逆手持ちはリーチが短くなるだけだからやめたほうがいいと思うんだが。


「かなり酷くやられたみたいだな。大丈夫か?」

「まあな。今の俺の力ではこんなものだろうし」

「ずいぶんと自分の分析ができているじゃないか」

「貴様は平行世界というものを知っているか?」


 ん? また突拍子もない話が出たぞ。


「それはなんだ?」

「俗にいうパラレルワールドというやつだ。この世界軸と平行した他の世界がある」

「へ、へえ……」

「そこの世界では今、魔王が暴れているんだ。だからそっちの俺に本来の力を貸してやっているわけだ。だから今の俺ではこの程度しか力が無い」


 ……ちょっと関心した俺がバカだったのか?

 もしその平行世界が本当にあったとする。お前の力は持ち逃げされているぞ。


「いつつつつっ」

「お、悪い悪い」


 足首が腫れているな。恐らくは捻挫しているだろう。

 打撃とかのせいではなく、単によろけてくじいた感じだ。


「おいそこの奴。お前は大したことなさそうだから、保健室まで肩を貸してやってくれ」

「仕方ねえな。大丈夫か?」

「すまんな」


 これであいつはいいだろう。次は……こいつかな。

 いびつな形をしたばかでかいロングソードを持った細身の奴だ。こんなもの振り回せるだけの筋力があるように見えない。


「お前もなかなか痛めつけられているな」

「くっ……。俺の力は邪竜を討伐するためのものだから人相手ではこんなものか。武器もドラゴンスレイヤーだしな」


 うーん、永遠にその力を使うことは無さそうだ。


 ────以下、夜に輝く星の力を借りないと戦えない奴、周囲にある自然が足りなくて力を得られなかった奴、武器と召喚獣の相性が悪くて負荷がかかってしまった奴など。

 他任せの言い訳ばかりじゃないか。自分の力で戦おうぜ。


「こっちは片付いたぞ」

「おおかたじけないでござる」


 一通り机を片付けたひろしは、黒板の隅に『英組室長裂空斎』と書いている。英組?


「なんでAを漢字にしてるんだ?」

「日本人であれば日本語を使うべきでござる。拙者、近年の若者に多い西洋かぶれは気に食わんのでござるよ」


 ABCは別に西洋かぶれというわけじゃないし、近年始まったわけじゃない。そして漢字で当て字をしたところでそれは日本語にならない。

 というか全部漢字に当てて書くつもりかこいつは。英語の授業は大変そうだ。

 数学や科学のπパイとかΩオームが見ものだな。


「じゃあB組は?」

「米組でござるな」


 美井組とかじゃないんだ。一文字にこだわるつもりか?


「どんな風に続くんだ」


 英、米、盛、泥、飯と書いていった。


「こんな感じでござるな」

「ふぅん。Fは?」

「え……えふでござるか……?」


 うろたえている。当然だ、これを一文字で表すことはできまい。

 ちょっと何か勝った気分。


「え、ふ、ふ……不組でござる」


 おー、強引だがそうきたか。及第点をやろう。


 ────結局これだけの騒ぎがあったにも関わらず、保健室送りになったのは2人だけだった。

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