中話 悪夢(現実)

「軽馬殿、おはようでござる」


 昨日の出来事が実は夢だった、という無駄な願望を打ち崩す人物──ひろしが俺を改札前で待ち構えていた。

 もしこれも夢だとしたら、俺は悪夢の中を生きているということになる。


 ちょっと電車通学とかに憧れて、少し学校から離れたところに部屋を借りてよかった。近かったらこういうやつのたまり場になってしまうと思ったら疲れてしまう。

 この学校での出会いは絶望的として、せめて通学中の出会いにかけたい。


 ドア辺りに立っているおとなしい子なんだが、何か様子がおかしい。よく見ると後ろのオヤジが痴漢をしている。女の子は気弱なせいで声も出せず、恐怖で怯えている。そこへ俺が手を掴み、助ける。みたいな出会いとかきっとあるはずだ。

 もしくはいつも同じ時間の電車で見かける俺に興味を持った女の子が、たまたま電車を1本乗り遅れ、そしてこれまたたまたま俺も電車に乗り遅れる。それで一緒になるんだが、その女の子が運命を感じ、勇気を出して俺に話しかける。

 なんてことがあって欲しい。結構マジで。


「軽馬殿?」


 やばい、妄想に入り込んでいた。


「ああすまん。おはよう……」

「何やら優れない様子でござるが、いかがしたでござるか?」


 お前のせいだと言いたいところだが、こいつだって悪気があるわけではない。

 むしろ友好的に接してくれているだけありがたいと思うべきだ。

 変なのになつかれてしまったと考えてはいけない。


「別に大したことじゃ……ああそうだ、今日は何があるのかなって」

「本日は確か学内講義でござるよ」

「学内……なんだそりゃ」

「校内設備や決まりごとの説明でござる」

「ふぅん。例えば?」

「拙者も詳しくは存ぜぬが、特殊授業教室や購買などの場所であろうか」

「ああ悪い。お前も学校関係者じゃないんだからわからないよな」

「軽馬殿も拙者を間者と思ってござったか?」

「いやそういうつもりじゃなくって」


 ただ単に知っているのかなーと思っただけなんだけど、結局ひろしだって入学したてで勝手がわかっているわけじゃない。

 俺が学校のことを知らなさ過ぎているだけなのだろうが、周囲の人間はもう何年も過ごしているかのように馴染んでいる気がする。



「よお裂空斎」

「おはようでござる」

「おはようおはよう」

「おはようござる」


 教室に入るとひろしは皆の輪に加わっていった。俺には誰も挨拶してくれない。

 だからといって俺から挨拶すると──。


「お、おはよう」

「あら無能……何か用?」


 俺は自虐するつもりはない。

 このクラスでは黙っているのが一番いいらしい。



 じっとしていたら勢い良く扉が開かれ、そこへみんなが注目した。


「よぉし全員揃っているな、結構結構。じゃあ早速行くぞ!」


 唐突に現れた五里谷先生は、俺らを先導する気が無さそうにさっさと行ってしまう。

 てかHRは? せめて挨拶くらいしようぜ。出席とらないの?

 まあいいか。とっとと行こう。


 ……昨日の移動時は頭の中が真っ白になっていたせいで気付かなかったが、なんてやかましい連中なんだ。

 かといって別に大声でしゃべっていたりするわけじゃない。

 簡単に言うと金属音だ。ジャラジャラやらカキンカキンやら。

 振り返ると数人何故か鎖を纏っている。

 ファッションチェーンの類ではなく、ただの鎖だ。

 しかも一人は両足に枷を付けて鎖で繋いでいる。

 横にいる奴は拘束衣を着ている。


 ……あれ、ここって監獄だっけ?


「お前なんで足枷してるんだ?」

「第三次聖魔戦争の時、我が部隊は奇襲を受け魂が魔族に囚われているんだ。普通の人間には見えないはずだが、お前には見えるのか?」


 それは普通の人が見て見ぬふりをしているだけだ。


「お前の拘束衣は?」

「……これは世界のためだ」

「ほう?」

「己の力の強大さに周囲が恐れを抱かぬようにな」


 お前の周りはチワワか。

 確かにガタイがでかくて力はありそうだが、所詮人のレベルだ。恐れるのは強大な力とやらにではなく、そのやばそうな頭にだと思う。


「よぉし止れ! ここが購買部だ! 俺のオススメはカレー焼きそばパンだ!」


 購買部はノートやペンなどの文房具、そして本が多いのに説明無し。

 しかしなんだこれ……『漆塗り黒木刀予約過多の為抽選』。なんでこんなものが人気なんだ。あんなものちょっとでもぶつけたら剥げるから練習にも使えないぞ。


「ほう……なかなかよいものを仕入れているようでござるな」


 えっ?


「さすが真間学園といったところだな。貴様も予約するのか?」

「うむむ、悩ましいでござるな」


 欲しがっている奴が数人いるぞ。どうなんだそれ。


 ゆっくり見る暇もなく、先生はさっさと行ってしまう。

 購買は後々よく来るだろうから後で見ればいい、みたいな判断だろうか。



「ここは食堂だ! 俺のオススメは日替わりカレーセットだ!」


先生のオススメなんてこの際どうでもいい。

 せめて少しくらいメニューを見せてもらいたいのに、またもやそそくさと行ってしまった。

 どんどん進み、階段を上っていく。


「ここは屋上だ! 俺のオススメは塔屋の上だ!」


 各所全部にオススメを言っていくつもりか?

 それに塔屋の上なんて危ないところを薦めてどうするつもりだ。

 とりあえず科学実習室や美術室のある特別授業棟だけ覚えておけばいいか。



「────よぉし余興は終わりだ! これから本題に入るぞ!」


 校舎案内は余興だったのか。

 今日はこれがメインだと思っていたのに、他に何をするんだ。

 そういえば今朝ひろしが言っていたっけ。決まりごとの説明とやらか?

 校則とかの説明だろうか。一応生徒手帳に記載されているから、各々で確認させればいいような話じゃないのか。


「じゃあまず一つ。建物内での術式使用の禁止!」


 じゅ……術?


「先生、神式でも駄目ですか?」

「全てのだ!」


 ど、どういうことだそれは。

 ちょっと理解の範疇を超えている。


「次、刃のあるものと火薬を用いる武器の所持禁止!」


 え、ちょ、ちょっと待ってくれ。

 いやいやそれは普通というか当たり前のことなんだけど、言わないといけないのか? てか火薬を用いる武器って銃とか? ありえんだろ。


「空砲も駄目か?」

「空砲はOKだ!」


 いまいち基準がわからない。

 真面目に聞く必要無いよな、これ。


「最後に一番重要なことを言っておくぞ」


 やっと終わりか。どうせロクなことを言わないのはわかっている。

 一番重要ねぇ。


「お前らのことだから勝負するなとは言えない。多少の怪我くらいだったら問題無い。だが命は惜しめ。生きて卒業しろ」


 なんかかっこいいこと言っているつもりなんだろうが、何も響かない。

 さすがに他の連中だって……うわぁ……。

 みんな目が潤んで輝いている。感動しているみたいだ。


 俺、いつまでついていけるかな。

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