一話 無能
────なんてことを考えていた去年の俺を恨む。きっとどうかしていたんだ。
あのときの俺はまだ子供だった。今思えば恥ずかしいことを考えていた気がする。
登校して自分のクラスに入り周囲を見渡すと、入学希望時に抱いていた考えが全て崩壊した。
どうなっているのか全く理解できない。
まずはえっと……男女関わらずクラスの4分の1くらいが眼帯や包帯、あるいは髪を長くしたりして片目を隠している。
あとはサングラスをしている奴が数人。
バンテージで拳を固めている奴が2人。
ヌンチャクを肩にかけている奴もいる。
怪我人なのか体のあちこちを包帯で巻いている奴多数。
異様だ。まさに異様な光景が広がっている。
とりあえず黒板に書かれている席────恐らく出席番号順に座る。
廊下側の後ろ辺り。そこから更に周りを確認してみたが見間違いではないようだ。
金髪ならまだしも銀髪が何人もいるクラスなんて日本中探しても無いだろう。
フードをかぶって男か女かわからない奴もいる。なんなんだ一体。
まともに制服を着ているのはどうやら俺だけのようだし。
斜め前の席の奴なんか丁髷頭で胴着に袴、肩に学ランをかけている始末だぞ。
前の席が女子だというのに全くうれしくない始末。
そして入学早々だったらもっとクラスは和気あいあいとしているものじゃないのか? なんで静まり返っているんだ。
まず友達作りから学校生活は始まるものだと思う。
だというのにここはまるで演奏前の交響楽団を前にしているようだ。
しかし俺も黙って座るしかできない。
だって周りの連中って……だろ? 無理無理、どう話していいものかわからん。
それ○○のコスプレだよねー、とか言えばいいのか?
駄目だ、元ネタがわからん。
というかここ学校だぞ。そういうのはイベント会場だけにしてくれ。
……だんだんこの校舎がセットなのではないかという気がしてきた。
ガラララララッ
「よぉしみんな揃っているな!」
勢い良く引き戸を開け、突然現れたのは恐らく担任。体育教師なのかジャージを着ている。
なんというわかりやすい容姿だ。角刈り頭で竹刀を持っているし、アゴが突き出ている。とても既視感がある。
「じゃあこれから体育館で入学式だ! ついて来い!」
大声で言うだけ言ってさっさと行ってしまう。皆慌てて席を離れてついて行く。
クラス順に出ているのか、廊下にいるのは俺たちA組だけ。
他のクラスもこんな感じなのか確認しておきたかったが、どうせ体育館で落ち合うんだ。急ぐ必要もない。
体育館に着くと、既に在校生が席に座っていた。
入学式兼始業式なのだろう。
そして既に着席していた在校生である諸先輩方を見て、俺の淡い期待は崩壊した。
やはりうちのクラスだけが特殊なわけではないようだ。
……なんでこんなところに来ちまったんだろう。
もはや頭を抱えるくらいしかできない。少しは聞く気があった校長の話すら入ってこない。
魂が抜けたような状態でただそこに座っているだけ。
次に意識が戻ったのは今、教室にある自分の席に着いているところだ。
……どうやって戻ってきたんだろう。
「よぉし、じゃあ自己紹介を始めてくれ。廊下側の前からだ」
何の心構えも無しに自己紹介が始まってしまった。
まだ前に数人いるし、それを聞きながら考えよう。
「俺はスティンガー。
……はい?
その意味不明な自己紹介で、教室中がざわめく。
当たり前だ。何をバカなことを──。
「竜伐隊か、聞き覚えがある。でもあれは全滅したはずでは……」
「あ、ああ。俺はその生き残りなんだ。今は2期メンバーに属している」
そんなの実際にいるの? てか2期メンバーってなんだよアイドルグループか。
「俺はシャドウゲイルだ。
「なんと貴様が……」
え、有名なの?
「私は
なんか変わった名前の奴が多い。キラキラネームとかいうやつか?
やばい、次は俺だ。
えーっと、特に言うことないんだよなぁ。普通でいいか。
「えっと、
「ほう、貴様は『
軽馬って何か意味あるの?
まあ意味はあるんだろう。子供に名前を付ける時、親はきっと何かを願っているはずだし。
でも聞いたことないな、自分の名前に疑問を持たなかったし。
「語るもなにも、親が付けた名前なんだけど……」
「では貴様の真の名は?」
「へ? い、いや普通に光条軽馬だけど」
真の名って言われても、俺にはこの名前しかない。
「ふん、無能か」
誰かが吐き捨てるようにつぶやいた。
え? え?
どういうこと? ちょっと理解できない。
入学早々、自己紹介にて無能扱いされてしまった。意味不明にも程がある。
次の奴は……女子か。
見た目真面目そうではある。後ろだったから気付かなかったが、俺の他にもちゃんと制服を着ている人間がいたことに少し感動。しかもちょっと見た目の性格はきつそうだが綺麗な子だ。
鋭い目つきで教室内を一瞥し、彼女はひとつため息をついてから口を開く。
「私は──ジャスティスだ」
へ? はあ。
何を言っているんだこの子は。
今までのは全く理解できなかったが、ジャスティスくらいならわかる。
自らを正義とか言っちゃってるんだ。恥ずかしくないのか?
「ほう、貴様はジャスティスと名乗るか」
「そうよ。私が秩序の番人。覚悟しておきなさい」
何故か会話が成り立っている様子。
わからない。なんなんだこいつらは。
「俺は……」
「なんだと、貴様があの……」
「私は……」
「貴様もしや……」
なんでこいつらは他人を貴様呼ばわりするんだ。同学年だろ、偉そうに。
元々は敬語なんだっけ? いつから悪いように受け取られたんだ。
こういうのって大抵時代劇とかが原因だったりするんだよな。
……ああ駄目だ、脳が勝手に現実逃避を始めている。
他人の自己紹介を聞くのがこんなにも辛いものだなんて思ってもみなかった。
もう既に誰が何だかわからない。
「よぉし自己紹介は終わったな! 俺は担任の
わかりやす過ぎるだろこの担任。まるでマンガの世界に入り込んだ気分だ。
そして朝とは打って変わってみんなワイワイ話している。
内容はお互いの設定らしきものの紹介らしい。
当然俺に話しかけてくる奴はいない。だけど話しかけられても困る。
ほどなく先生は戻りプリントを配り今日は解散。
でもクラスの連中はみんなで楽しげに話している。
俺はただ一人で帰ることしかできない。はあ……。
廊下に出ると、ほかのクラスでも同様なのだろうか誰もいない状態だった。
まるで一人だけ取り残されているような感覚がする。
────ん? 何かを蹴ったのか、足先に軽く弾んだ感触があった。
なんだろうと思うこともなく、見たとおりのペンだ。
ちょっと高級そうなやつだな。どれどれ。
万年筆か。ピロティーというのは国産の文具メーカーだ。万年筆としては高額でないにせよ、高校生が持ち歩くには少々贅沢な道具だ。
進学祝とかでもらったとか? しかし今時あまりないんじゃないかな。
とりあえず先生に渡しておくか。
「おかしい……多分この辺に……」
何かつぶやく声が後ろから聞こえる。
あれは確か斜め前の席の侍っぽい奴。何かを探しているらしくきょろきょろしている。
髷を結って、刀の鍔を眼帯代わりにして左目を覆っている。
それよりも道着を着ているのが目に付く。
カバンの横に竹刀を入れる長袋がくくってあるから、恐らく剣道をやっているのだろう。
「何か探しているのか?」
「む、貴様は無能」
その呼び方やめてもらえないだろうか。
「なんでもないなら俺は行くぞ」
「ああ、その、だな……貴様、この辺りで洋筆を見なかったでござるか?」
ござるってなんだよ。
それより洋筆? シャーペンはちょっと違うか。ならさっき拾ったこれ?
「万年筆ならさっきそこで拾ったけど」
「何っ! み、見せてくれぬでござるか」
「別にいいけど」
ポケットから取り出した途端、もぎ取るように奪った。慌てすぎだ。
「おおっ、
鳳凰牙……? こいつ万年筆に名前付けてるのか。
よく見ると確かに万年筆の横にカッターか何かで鳳凰牙と彫られている。
てか鳳凰って鳥だろ、なんで牙あるんだよ。始祖鳥でもあるまいし。
「貴様これを拾っていかようにしようとしていたでござるか」
何故か睨まれている。
パクられるかと思っているのだろうが、俺は別にやましい考えは持っていない。
「拾ったら先生に届けるものだろ。もし盗むとしたらしらばっくれていたはずだし」
「確かにそうでござるな。失礼したでござる」
「まあいいや。持ち主に渡したってことで職員室へ行く手間も省けたし」
「うむ。しかし貴様……いや、貴殿は拙者の恩人でござる」
「そんな大げさな」
「鳳凰牙は拙者の分身でな、これがなくては生きられぬでござる」
たかが万年筆だろ。命と天秤にかける代物じゃない。
いや意外とこれが形見とかで……そりゃないか。そんな大事なものにこんな珍妙な名前を彫ったりしない。
「じゃあ俺はこれで」
「待たれよ」
「今度はなんだよ……」
「ああいや、改めて礼と自己紹介をさせていただくでござる。拙者は剣術師範代、
深々と頭を下げ礼をする。武道を志しているだけあって礼を重んじているのか。
「ああ、俺は光条軽馬。ところで本名はなんていうんだ?」
「え……? せ、拙者の真の名が裂空斎でござるよ」
今の時代にそんな名前は無いだろ。昔でも異名みたいな感じだろうし。
恐らく普通の人とは違う世界の住人なんだろう。頭の中だけは。
「んー、じゃあ普段生活している時の仮の名前は?」
「……斉藤ひろし……」
「……へえ」
決して悪い名ではないし、むしろ裂空斎よりも好感が持てる。何故偽るんだ。
「だ、だが拙者は通常裂空斎という名で通っている故、そちらの名では気付かぬかもしれんでござるよ」
はいはいひろしひろし。
イエスひろしノー裂空斎。
クラスの奴らみんなこういう感じなんだろう。いちいち本名と別名を覚えるのも面倒そうだ。
「それじゃあまたな」
「そう急かずともよいではないか。住居はどちらにござるか?」
「え? えっと……2つ隣の駅だけど」
「ならば駅までご同行いたすでござる」
えー……。
ちょっと隣で歩いて欲しくない格好だよなぁ。語尾ござるだし。
────下校中、隣を歩く奴がカラコロと下駄の音をさせている。
うう恥ずかしい。注目されまくっている。
せめて草履にしてほしい。
歩き慣れていないのか進むのが遅い。先に学校を出たはずなのに、どんどん他の生徒が追い抜いていく。早く帰りたい。
「軽馬殿は入学してどう思ったでござるか?」
失敗した、かな。
なんて元凶のひとりに言えるはずもない。
「うーん、ちょっと不安かなぁ」
「そうでござるか。ご学友を作るとよいでござるよ」
友達は欲しいが、できれば普通の奴がいい。
ひょっとしたら他のクラスに俺みたいな奴がいるかもしれない。
きっと俺のようにクラスの輪に入れず浮いているだろうし、見かけたら話しかけてみよう。向こうもそれを望んでいるはずだ。
「そういえばさ、さっきみんなで話していたけど今朝は誰も口聞いてなかったよな」
「それは皆お互いが疑心暗鬼でござったからな」
「ふぅん、なんで?」
「あの学校は恐らく何かの実験場でござるよ」
「え……へ?」
「拙者らを常に監視しているのでござる。して、行動原理を調べるために様々な策を講じているに違いないでござる。だから皆は他の者がその手先でないかと──」
んなバカなことがあってたまるか。天才チンパンジーの実験でもあるまいし。
もしそれが本当だとしよう。研究している機関になんの利益がある。
これほどの壮大な仕掛けをするだけの価値があるとは到底思えない。
「それじゃあ俺はそのスパイの類じゃないってなんで思うんだ?」
「先程助けていただいたからでござるよ。もし手先ならば鳳凰牙は是非とも手に入れたいであろうし、その時の反応も研究したかろう。それと仮に軽馬殿が敵だとしても、恩人に対して失礼な振る舞いはできぬでござる」
もし俺がそんな仕事をしていたとしても、万年筆はそんなに欲しいと思わない。無駄な出費ではあるが、決して買えない物じゃないし。
一体あれにどんな秘密があるというんだ。
暫く歩いていると、道の端で言い合っている二人が。
やがて片方がもう一方の胸倉を掴み、殴りつけた。
あの殴られた奴に見覚えがあるぞ。
「なあ、あそこで倒れている奴って同じクラスの奴じゃないか?」
「む、そのようでござるな。止めてくるでござる」
「おいちょっと……」
行っちまった。放っておけばいいのに。
「やめい!」
ひろしは殴られ倒れているやつをかばうように立ちはだかった。
「これは俺たちの問題だ。すっこんでいろ!」
「生憎拙者は同室で学ぶ者への暴力を見逃せない性質でござってな」
いつの間にかひろしは一振りの刀を鞘から解き放っていた。
「くっ」
「拙者の愛刀鳳凰牙の色化粧になりたくば続けるがよいでござる」
あれ、鳳凰牙って万年筆の名前じゃなかったのか。
しかもあの浅い反り具合からして恐らく虎徹だろう。
せめて白虎牙にすりゃよかったのに。
それにしても物騒なものを持っていやがる。銃刀法が黙っていないぞ。
なんて一瞬思ったが、よく見なくても刃が丸いのがわかる。模造刀だったら大丈夫だ。
…………大丈夫なのか?
「チッ、覚えてろよ」
完全に負け犬の捨て台詞だ。実際に聞けるとは思いもよらなかった。
それでも喧嘩が収まったことには変わりない。それだけは評価しよう。
だけど刀と万年筆、両方に同じ名前を付けていたら混乱するんじゃないか?
「なあ」
「なんでござるか?」
「鳳凰牙って万年筆の名前じゃなかったのか」
「ああ、これは普段洋筆の姿をしておるのでござる」
してないしてない。
いくらなんでもバレバレだぞ。カバンにかかってた長袋がしおれているし。
「そんなことよりも軽馬殿、奴を介抱してやってくれぬでござるか」
「介入した本人がするべきじゃないのか」
「そうしたいのは山々でござるが、生憎拙者はそういった術を持っておらぬでござるよ」
「はいはい」
武道を志すならそういう技術も覚えたほうがいいんだけど。
「大丈夫か?」
「ああ、油断しただけだ。あの卑怯者め、気配を殺して襲ってきやがった」
うん見てた。思い切り正面からやりあってた。
一通り触診してみたが捻挫や骨折、筋を痛めたとかはなさそうだ。
「こっちは大丈夫そうだぞ」
「かたじけないでござる。貴様、気をつけるでござるよ」
あ、こいつ俺が介抱している間に刀をしまいやがった。
ちょっとふざけてやろう。
「なあその袋には何が入っているんだ?」
「えっと、これは練習用の木刀が入っているのでござるよ」
この長袋には2本入る余裕なんかない。
鍔を外せば2本くらい入るだろうが、さっきの刀の鍔は易々と外せる類じゃない。つまりあの中に木刀は入っていない。
「ちょっと見てもいいか?」
「あ、いや。それはできぬでござるよ」
「木刀くらいならいいじゃないか」
「いやいや、木刀だからこそでござるよ」
意味がわからん。
────はあ、疲れた。
入学式なんてものは何の面白味もなく疲れるものなのは知っている。
だけどこの疲れはそんなものじゃない。なんていえばいいのかな。
そうだな……絶望だろうか。
今後もこんな学校生活を送らなければならないのかと思うとだるい。
本気でじいちゃんを恨みたくなる。
入学して早々転校なんてできないだろうし、あの学校から移れるか謎だし。
何をどうしたらこんなことになるのかわからない。
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