第二十二話「幕間2 冬尽きて」

 太陽が昇るころに起きるため、日に日に起床時間は早くなる。

 今の自分の住まいである2階の部屋のカーテンと窓を開ける。


 東雲しののめの間から曙光の矢が射し、このまちを染めあげるまで。

 そのわずかな間だけしっとりと濡れた瑠璃の色が一日の初めを彩る。

 今のうちに夜の冷気の残滓を胸いっぱいに吸い込む。


 世界の東の果ての国、そのさらに東に位置するこのまちに新しい風が吹く。

 何千年も前から変わらず東から昇り続ける太陽の光が今日もこの窓辺に届く。

 身を乗り出して、その滋味を全身で受けとめる。

 ひとはこの光を霞という。

 霞をいただくことで今日の生をつなぐ。明日もきっとそうする。その次の日も。

 

 飯を食う感覚をすっかり忘れた俺が、飯をつくることをなりわいとしてどれくらいたったろうか。皮肉めいた生き方なのは否定しない。

 今日も鍋と包丁で飯をつくる。何十人かがそれを食べて喜んでくれれば嬉しい。


 ずっと昔から見守り続けてきたこの国が何千回目かの冬を越す。

 吸い込んだ夜気は今までよりぬくんでいる。

 冬尽きて、また命萌える春が来る。


 この国がこれからも四季の感じられる豊かな国でありますように。

 


「おはよう」

 店の前の路上で手を振る娘。今の俺の雇い主が日課のジョギングに行くところだ。

「今日の朝食おひさまはどう?」

「冬の終わりの朝日って、なんかこう……ぼんやりしててまあまあの味だな」

「プッ、ぼんやりって、あんたと一緒じゃん」

 うっすら白い息を吐き出し笑う。

 この娘の元気な笑顔をもう少しだけ見続けてもいいかな。


「そうだ。今日は新メニュー、海老とホタテ貝の黒豆ソース炒めを出すぞ」

「原価高すぎにより却下。走ってくるまでに別メニュー考えといて」

 小さくなっていく後姿を見ながら、俺はホタテをやめるか、エビを小さいものに差し替えるかという現実的な課題に頭をめぐらす。


 冬は終わる。春も蓬莱軒ここで鍋をふるうとするか。


(終わり)

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