第二十話「下から来る!(後編)」


 気合を入れたはいいけど、竜穴に続く穴をがのぼっていくツァトゥグァをどうやって止めるかはノーアイデア。

 穴は低く見ても頭上5、6メートル上に口を開けているので、はしごでもないと辿り着けない。

 仮に辿り着いたとしても、軽トラより大きい体躯のツァトゥグァをどうこうできるのだろうか。

 シーフー曰く、神の一種だというツァトゥグァに対して仙人の術がどの程度通用するのかだってわからない。

 テレビだったら、ここらで待ってましたとばかりに光の巨人があらわれ、怪獣を退治してくれるところだけどね。

 んー、ホントに打つ手ないっぽい。あたしの気合、いきなり空回り。

 ということで、隣の仙人に聞いてみた。

「止める手段はあるのかしら」

「まあ、ないこともない」

「ならやってよ」

「まだクライマックスじゃないからなあ」

「殴るわよ」

「殴るならあっちお願い」

 指差した先には土牢の中で対面した2人のちてーじんが立っていた。炎の壁の向こう側で立ち往生している集団とは別行動をしていたらしい。


 年かさの方―――ちてーじんAのテレパシーが頭の中に響く。

「我々の勝ちだ。今度こそツァトゥグァ様は竜穴のエネルギーを喰らい尽くす。天地のバランスは狂い、環境激変によって地上の民は衰退していく」

 青年―――ちてーじんBが言葉を継ぐ。

「激減した地上の民は混乱の中で、生き残る為にお互いを疑い、裏切って更にその数を減らしていくだろう。そのあとは我々が地上を新たな原理で統治する」

 あんたたちバッカじゃないの、そんなに人間はヤワじゃないっての……たぶんね。


「ここの竜穴潰したくらいじゃ、せいぜい関東の半分が水没するくらいじゃないかなあ。本気さが足りないんだよ、あんたらは」

 おい、仙人。それ十分にやばいし。変に煽るなよ。

「こんな最果ての島国狙うんじゃなくて、どでかくアジア全体の竜穴狙うとかどう?」

「コラ、スケールアップさせてどうする」

「できればがたと潰しあってくれないかなーって。俺の面倒も省けるし」

 大陸のうるさ方の意味がわからないけど、シーフーは割と本気でそう言ってる風に聞こえた。うるさ方って知り合いか何か?


 ちてーじんAが手にした杖で頭上の大地を指し示した。

「我々の同志はこの大地の各所に拠点をかまえている。お前に言われずとも、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、オーストラリアの竜穴も等しく我々がいただくつもりだ。

 その大いなる計画のために我々は土星サイクラノーシュからツァトゥグァ様を召喚したのだからな」

「サイクラノーシュ?ああ、土星のことね。そんな遠くからお呼び立てしといて中華料理屋の地下這いずりまわらせるとか、神様こき使ってる感ありありだよね」

 ちてーじんBが一歩前に出る。

「こうして無駄な会話をしている間にツァトゥグァ様は竜穴にかなり近づいたぞ。シーフー、お前の仙術などツァトゥグァ様にはさして効きはしないが、これ以上邪魔だてされたくなかった。いい時間稼ぎができたぞ」

「いいよ。俺も役者を待ってただけだから」

 役者?待ってた?

 シーフーはツァトゥグァが消えていった頭上の穴にチラと目を向けた。

「カラオケ楽しかった?」


 

 あたしの頭に騒々しい4つのテレパシーが飛び込んできた。

「だ、旦那、どこにいらっしゃるんで?」

「ボスは一緒なのかニャー?」

「か、かか、帰ってきたら店の床にでっかい穴が開いてるだコケーッ」

「指示どおり2時間ドリンク飲み放題パックで歌い倒してきました」

 言うまでもない。うちの従業員たちブレーメンだ。

「4人でバッチリハモってきた?」

「はい、指示どおりに」

「ちょうどいい。じゃあ、その特訓の成果を披露してもらおうか」

 シーフーは軽く手を振って旋風を起こして、ちてーじんA&Bを数メートル後方へ吹き飛ばした。

 間髪入れず、両手の人差し指と中指を十字に組み合わせて雷撃を頭上の穴へ放つ。昇り竜のように穴を駆け上がる。

「さあ、。お前たちは穴に向かって最高のハモりを聞かせてくれ!」

「え、この穴にですかい?」

「料理長の言ってることがわからんニャ」

「な、なんかでかいものかのぼってくるコココココケ」

「指示の意図がわからないです」

 シーフーがあたしを見た。視線がけっこうマジ。

 わかってるわよ。あたしがやるべきことは。


「あんたたち、バシッと決めなきゃクビにするわよ!」


「「「「社長ー!」」」」

 ブレーメンは訓練の行き届いた従業員として瞬時に対応した。

 4人が同時に穴に向かって叫ぶ。

「合体妖術『音楽隊』!」

 よろしい。

 え、シーフー、あたしにウインクした?

 見間違いかな。そうに違いない。


 

 ブレーメンの4人が蓬莱軒に開いた穴から地底に向けて放った

音の衝撃波ソニックブームが上から、シーフーが撃った雷撃が下からツァトゥグァを挟み撃ちにする。

 上からのみの攻撃となった中華鍋の振動波は、穴を急降下することでかわせたかもしれないが、垂直挟撃は上に行こうが下に逃げようが必ず当たる。それも両方が。



 耳がおかしくなりそうな悲鳴をあげたツァトゥグァが大量の土くれとともに地底空洞に落下してきた。

 シーフーはあたしを抱えて縮地でツァトゥグァから距離をとる。


 ツァトゥグァの様子を伺う。

 太く細く収縮する毛の生えた両生類の四肢が四方八方の空間を掻き、眠そうだった瞼は今や開きっぱなし。相当堪えたらしい。

「ツァトゥグァ様!」

 ちてーじんBが慌てて駆け寄る。

「おい、待て。近寄ってはならぬ!」

 ちてーじんAが杖を振って止めようとするが遅かった。

 半狂乱になったツァトゥグァは前肢を振ると、ちてーじんBの胴体を引っ掴む。手足をバタバタさせるちてーじんBはそのまま楕円形に開いたツァトゥグァの巨大な口腔に一呑みにされた。あたしはギュッと目を閉じた。

「あれえ、あんたら物質透過の力で脱出できるんじゃないの?」

 こんな時までうちの料理人はマイペースを崩さない。

「神であるツァトゥグァ様の体に我々の透過の術は効かぬのだっ」

 ちてーじんAは膝をついた。

「俺の仙術は効いたんだよなあ。地底人あんたらの呪文より優秀かもねえ」

 この事態にこんなことを言ってられるこの人は大物だわ。いや、勝敗にこだわるところは小物臭い。

「そんなことはどうでもいい。シーフー、お前が与えたダメージがツァトゥグァ様を凶暴化させてしまったぞ。ああなってしまっては我々の呪文でも鎮めることはできぬ」

 ちてーじんA、震えてる。

「んー、どうすれば鎮まるの?」

「ツァトゥグァ様の行動原理は大きく食欲に左右される。空腹が満たされるまで、全ての生き物を貪り尽くす。もちろんお前や我々が真っ先に喰われる」

「へえ。食欲を尊重する神様って聞くと、料理人として親近感わくよね」

「ならば最初にお前が喰われればよい」


 視界の隅で大空洞を横切っていた炎の壁が消えていった。術の効果が切れたのはまずいタイミングだった。何も知らない武装兵たちがこちらに向かってくる。

「ぬ、いかん。お前たち、奥へ逃げるのだ!」

 ちてーじんAの制止もむなしく、先頭を走っていた兵士がツァトゥグァの鞭のようにしなる長い舌に絡め取られてしまった。

「止まらぬ。止められぬ。我々の同胞が滅びてしまう。おしまいだ……」

 ちてーじんAのテレパシー、苦悩の色が濃い。土星から召喚したのは自分たちなのだから自業自得。でもこのまま放置していいとは思っていない。

 

 ちてーじんも地上の人も、ひとが死ぬのはつらいよ。


 それをどうにかしてくれるのはただ一人。

「ねえ―――」

「満腹になればどうなる?」

 あたしの呼びかけはシーフーのちてーじんAに対する質問によって遮られた。

「ツァトゥグァ様は満腹になると休眠状態になられる。そうなれば我々の呪文で

土星サイクラノーシュへお帰りいただく術式を構築できる」

 あ、ちてーじんAのチラ目。シーフーに間接的なヘルプ求めてるわね。



「お前ら地底人の勝手な野望のために土星から無理矢理引っ張り出されたのに、腹減ったーって暴れたらとっととお帰りくださいかよ。かわいそうなツァトゥグァを『鍋』でぶん殴るわけにはいかないなあ」

 シーフーは腕組みした。

「じゃあ、仙人としてではなく蓬莱軒の料理人としておもてなししよう。地底人諸君は東京下町地底発・土星着のファーストクラスの席を用意しておいてくれ」

 ちてーじんAは下を向いて数瞬沈黙したのち、

「感謝する」

 と思念を飛ばした。



「おい、ブレーメン。もうひとつ仕事だ。厨房の奥に吊るしてあるちまきと蒸し器の中にあるちまきを袋に詰めて穴から落としてくれ」

「指示のとおりに」

「ねえ旦那、たった今お客さんが来たのですが」

「ロバ、後にしてよ」

「おいおい。後回したあ冷てえなあ。シーフー、今日納入するって言ってた肉、どーんと持ってきたんだぜ?」

 小さい頃から聞きなれた声。あたしの父さんの弟分。

「お、張飛ちょうひ

張飛ちょうひじゃねえ。張飛はりとばしだ」

張飛益徳はりとばしますのりさん。蓬莱軒の料理に使う肉類の一切を納入してくれる肉の卸売会社の社長だ。 ※第5話参照

「ちょうどよかった。張飛、その肉全部穴から落っことしてくれ。他に卸先の決まってない肉がトラックに積んであったらそれも全部買い取るからポイポイって落としちゃって」

「肉ならたんまりあるけどよう。いいのか?松阪牛や金華豚もあるから高くつくぞ」

「構わん。うちの経営者が払うと言ってる」

 いいいいい言ってない!それ全部でいくらすんのよ。

 シーフーの人差し指があたしの唇にピトッとあてられ、抗議は呑みこまれてしまった。

「俺たちの人件費安いでしょ。その分を還元する時が今ですよ、大将」

 


 落とされた大量の粽、張飛ミートの厳選肉の数々。それはそれは相当な量でしたよ、ええ。

「おおおおりゃああっ」

 女子大生がこんな声あげて怪獣の口にそれらを投げ込んでるシーンはあまり想像しないで欲しい。

「それそれそれーっ」

 横で自称非力な仙人が粽を1個1個投げている。

 あー、この牛腿の塊で殴打したいわ。



 ご馳走をたっぷりと食べたツァトゥグァの瞼は半開きのおねむモードになり、膨らんだおなかは緩やかに伸縮中。 

 用心深く距離をとったちてーじんたちは、あたしが聞いたことのない言語で呪文を詠唱する。

 ごろんと横になったナマケモノ+ヒキガエルの神様の姿はじょじょに薄くなって―――消えた。土星では何を食べてるのかな。

 蓬莱軒の料理の感想、聞きたかったかも。



「我々は地上を諦めたわけではないぞ。かならず奪い取ってみせる」

 ちてーじんAは悔しさに満ち満ちた表情のままそれだけを告げた。

「大変だ!」

 大空洞の向こうから数名のちてーじんが走ってくる。

「保管庫にあった我々の神器が根こそぎ強奪されましたっ」

「な、なんだとっ。こんな時に。誰がそのようなことを」

「すでに逃げられました。銀色の髪に浅黒い肌の地上の民との目撃報告ありっ」



 あたしは軽く吹いてしまった。ごめん、ちてーじん。あんたたちより地上の仙人たちの方が一枚も二枚も上手だよ。地上征服は諦めたほうがいいと思う。

「じゃあ―――帰りますか」

「うん」

 

 今夜の営業は粽と肉類抜きで乗り切らないと。……あと肉の請求書の額がこわいです。

 


 (終わり)


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