第十六話「新年会」

「そろそろ行こうか」

 時計を見たシーフーが立ち上がると、ロバも椅子から腰を上げた。

「あ、器の回収の時間?」

 あたしは今日の売上金を入れた手提げ金庫を自宅に持って帰ろうとしていたところだった。

 お店の営業はとうに終わっていてニワトリとイヌが店内清掃中。ネコは冷蔵庫の在庫チェックに余念が無い。

「お客さんの注文で、新年会が終わる時間になったら器を取りに来いっていうから」

 最近は蓬莱軒のケータリング部門もなかなかに繁盛している。

 持ち運びは主にブレーメン達の仕事だけど、今日の大口新規のお客さんは


 最後に料理人に直接挨拶をしたい


 と言うので器の回収がてらにシーフーがロバと行くことになっていた。高級料理店のシェフが上客に挨拶するというのはよく聞くけど、町の中華料理店にそれを求めるなんて珍しい。

 まあ、新しいお客さん、しかも10名分以上の注文をしてくれる大口ともなれば、その依頼にこたえるくらいお安い御用でしょ。

「掃除とチェック終わったら上がっていいよ。今日のスープ当番はイヌだったっけ。しっかり火加減見といてね」

「火加減当番の指示、厳守します」

 イヌは指示されたことはしっかりとこなす。ネコはたまに眠り込んでしまうから注意が必要だけどイヌなら安心だ。あたしも今日は上がろう。

「2人とも気をつけてね」

「ボス、お疲れ様でした」

 ロバ、ボスって言うな。




 新年会は締めの時間を迎えていたが、場の盛り上がりは続いていた。

 素材のよさと丁寧な調理で評判の中華料理は参加者たちの胃に全ておさまり、幹事が和洋中と揃えた銘酒の瓶はあらかた軽くなっていた。

「おい、幹事。今日はいい仕切りだったぜ」

 上座付近の古株から末席にはべる幹事へ声が飛ぶ。

「ありがとうございます。少しでも楽しんでいただければと思い、知恵を絞った甲斐があったというものです」

 つい最近このグループに入ったばかりで、いきなりの新年会幹事を仰せつかった若者は椅子から立ち上がって古株にそつのない一礼をする。

「新人!この調子で次は花見の時期もひとつ頼んだぞ」

 新人幹事はその古株の言葉に対して、そろそろ締めの時間です、と返した。

 古株は自分の左隣、一同の上座に座るグループの長に耳打ちする。締めの言葉を頼んだのだろう。

「おお、もうそんな時間か。楽しい場はあっという間だな」

 長は酒がまわった赤ら顔を両手で軽くはたいて座り直す。

「おい、残念だがそろそろ締めなきゃならん。この場の結界は保って4時間だからの。よその妖怪組織もんに感づかれる前に引き払うぞ」


 新年会を大いに楽しみ、本来の姿に戻っていた妖怪たちはそれぞれ人間の姿になった。

 へべれけに酔った蛇の妖怪はふたまたに割れた舌をチロチロと伸ばしていたが、隣の仙人に指摘され引っ込めた。

「今年はわしらも闇の世界で大きな旗を揚げたろうと思う。ここにいる喧嘩上等のメンツで団結して、よそのシノギぶんどってこうや。久々の新人も入ったことだしの」

 長は大きく開いた口にずらっと並んだ鋭い牙を見せつける。

 長の隣の古株―――正体は人面の蜥蜴―――が

「手っ取り早く近隣の大物の首をとったりましょう」

 と言うと、新人がおずおずと尋ねる。

「大物とはどういった奴を?東京には何人か有名な仙人がいますが。このあたりにも確か―――」

 長は新人に最後まで言わせなかった。

は後回しよ。こっちからちょっかいかけなければ、わしらのシノギに口をはさむような奴じゃないからの。わざわざ手を出すまでもあるまい」

 一座に満ち満ちていた熱がひいたのをその場の誰もが感じた。


 そいつを敵にまわすのは願い下げだ。

 そいつはよその組織が相手をしてくれればいい。 

 

 そんな考えが一同の脳裏に浮かんで消えた。

 

「ふーん。やはり君たちも大口叩くだけの雑魚だったか。失望したよ」

 その言葉の意味を理解しかねて、一同はその発言者―――今宵の幹事―――に注目した。気の短い天狗などは取り出した羽団扇を突き出して、発言の主旨を問い詰めている。

「言った通りの意味だよ。それもわからないのか」

「貴様!」

 天狗の羽団扇から発せられた真空刃は、新人の突き出した手の上で、その隣に座っていた不幸な半魚人の顔面を切り裂いた。

 平凡な容貌に中肉中背の容姿が瞬時に銀髪の長身に変じると、突き出た腕に沿って輝くから放たれた矢が天狗の全身を消し飛ばす。

 軽い音をたてて羽団扇がテーブルに落ちる。

「それはいただくとするよ」

 浅黒い美貌の中で薄い唇が笑みを形づくる。



「てめえ!」

「どこのもんだ!」

「ぶっ殺せ!」

 天狗の次に動いたメンバーたちはその怒号を遺言に弩の餌食となった。

 新人―――いや、先に話題となったに比肩する凄腕の仙人―――はメンバーのあらゆる攻撃を滑らせて、的確に自身の一撃必殺の攻撃を決めていく。

「た、助け―――」

「レアアイテムは保護する。持ち主に興味はない」

 次々と妖怪、仙人が消滅していく。



 古株の人面蜥蜴が正体を露わにして躍りかかった。

「知ってるぞ、仙人界のお尋ね者!典杜デン・ドゥめ!」

「僕を倒せばこの先数百年は武勇伝で生きていけるけどね。だがそれは無謀だったという回答を引き出してみるかね?」

「挟むぞ」

 人面蜥蜴とともに数十年間、闇社会の吹き溜まりで戦ってきた長―――人肉の味を覚えた猿の化怪けかい―――は必勝の挟撃パターンで不意のヒットマンを葬るべく動いた。

「もうすぐここに来ると戦わせて、また鍋を盗もうとしたんだがね。君たちはあの三流妖怪君たちブレーメン以下の臆病者だった」

 猿妖と人面妖怪の必殺の攻撃は典杜の体に触れると同時に滑ってお互いの胸を貫いた。

「今宵、君たちが舌鼓を打っていた食事はそのシーフーのつくった料理だったのさ。最後の晩餐、美味しかったかい」

 スッと身を引いた典杜。その前でズルズルとくずおれていく妖怪たちの目から光が喪われていく。

「おっと、そろそろシェフの挨拶タイムだ。ここの結界も解けてしまったし、お宝だけいただいて消えるとしよう」



「毎度どうも!ほうらいけ……」

 棒立ちとなったロバの横からひょいと顔を出して新年会場を覗き込んだシーフーの表情は特に変わることはなかった。

 貸し宴会場に入る前から異変を察知していたから。

「注文したの、あいつだったのか。面倒なことしてくれちゃって。術で片付けるの俺だぞ」

 妖怪や仙人の巻き起こした惨劇の痕にも動じず、飄々と独りごちる。

 このようなことは初めてではなく、そして古き仙人は長き年月で感情が摩耗している。多少のことで動じはしない。

 

「旦那、あ、あれ」

 数分前までの熱気が嘘のように消えた新年会場の奥の壁をロバが指差す。

 シーフーの茫洋とした目に、他人が気づかないほどの微かな嫌悪感が灯る。


 相討ちの姿勢で互いにもたれて事切れている妖怪の血で書かれたものだろう。


 今年最好的問候今年もよろしく



(終わり) 



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