第十三話「中華鍋を追え」
蓬莱軒の料理の大半はその調理過程のどこかで『鍋』を使う。
その『鍋』は不思議なことに、妖怪や悪い仙人を退治する道具でもある。
二重の意味で、必要不可欠なものなのだ。
それが白昼堂々と盗まれた。
「
「え、グルってこと?」
「タンメン注文した猫舌と、炒めものの火通しに難癖つけた赤トサカが騒いで、俺達の注意をそらして、道を尋ねていた顔の長いのが、カウンター席で炒飯食べていた客に鍋を盗む指示を出ししつつ入口を塞いで逃走を助ける役。四人組の連携、お見事」
「最初からあの『鍋』目当てだったの!それって」
「そう、あの『鍋』の価値を知ってる―――
「け、警察―――」
スマホを取り出したあたしの手を上からシーフーの手が包む。
鼓動がドゴォォンと高まる。な、なんでそうなるのよ。しかも、ドゴォォンってなんだ。トクン、とかだろ普通。
そんなあたしの内心のセルフツッコミに構うことなく、シーフーは
「必要ない。自分のことは自分で」
と笑った。少しだけ目が怖い。
警察に証言すると申し出てくれた荒木さんには失礼のないようにお断りして、店じまいを済ませた。
シーフーは周天の術(実体のある分身をつくりだす術)を駆使して洗い物と厨房清掃を仕上げた。その間、こっちは焦る一方。
「こんなに悠長にしてたらどんどん遠くへ逃げられちゃうよ」
「店をこのままにして空けられないもの」
あー、仙人ってどこか抜けてるんだろうか。後片付けなんて後回しにして今は犯人を探すべきでしょ。
3人の料理人の姿が1つに重なる。
「じゃ、行こうか」
「どこへ?」
「これから探す」
跪いた彼は右の掌を床にピタと押し当てて目を閉じた。
「シーフー?」
シーフーは左手の人差し指を唇の前に立てた後、そのままあたしのデニムパンツの膝に触れる。
「おっ」
その瞬間、あたしの感じる世界は黒い闇と白い光だけになりかわった。
無限に広がる黒い闇の中であたしの足元―――蓬莱軒の地下―――にある大きな光の塊から確認できないほどの遠くまで光線が四方にはしっていた。
シーフーの感じているものが左手を通じてあたしにも共有されている。
光の塊が竜穴。光線が竜脈。うん、わかるよ。
竜脈のうちの一本にあたしの意識が乗っかり、ジェットコースターのように加速する。
数秒もたたないうちに、
人間に化けていても素性って出るのねえ。納得の正体。
視界が見慣れた店内に戻る。
立ち上がった彼は
「竜穴の力を借りればこういう芸当も可能だ。奴らにマーキングをしたのでどこへ移動してもわかる」
とこともなげに言った。仙人のなんでもありっぷりには驚くというより脱力する。ゲームで言うとチート。
「竜穴が力を貸してくれるから、だよ。仙人だけの力じゃこうはいかないよ」
む、あんた、心を読んだでしょ。
「読んでないよ」
あたしは彼の脇腹を小突いた。
「ということで夜の営業までには鍋を取り返したいんで今から一気に追いついちゃおう」
彼はあたしの手をとって店の外に出るや、腰に手をまわし
「
と呟いた。
やっぱり仙人ってチートだよ!
何度か術を繰り返すと、あの4人組がこちらへ走ってくるところだった。
先頭を慌ただしく走っていた赤モヒカン―――ニワトリの妖怪が「コケーッ」と自己紹介乙な叫びをあげて立ち止まる。
「ミャッ?」
「キャイン」
「ロバーッ」
残りも三者三様の声をあげて玉突き衝突。ロバーッ?
「なかなかの連携だった。俺を出し抜いたことは自慢していいよ」
全員回れ右して今来た方向へ走ろうとした。イヌが持っている大きなバッグから入りきらなかった鍋の柄が飛び出ている。
「でも自慢する機会はないだろうな。逃げられないから」
逃走経路の真ん前にも、左右にも、腰に手をあてた白い服の料理人が立ちはだかっていた。こんなデタラメすぎる人を相手に盗みをはたらくなんてなあ。
「地水火風のどの系統の術でやられたい?」
4人の仙人は皆、両手の人差し指と中指を伸ばしてクロスさせた同じポーズをとる。
「どどどうするニャッ」
「あ、アレを仕掛けるロバ」
「了解コケ―ッ」
追い詰められた泥棒たちは瞬時に元の動物の姿に戻るや、一番大きなロバの背にイヌが乗った。その背にはニワトリを乗せたネコが跳ぶ。
「やけになった我々が何をやるか見てろおっ!」
一頭、二匹、一羽、あーまだるっこしい。四体の妖怪は一斉にその口を限界まで開いた。
「合体妖術『音楽隊』!」
四体は耳をつんざく大音声をあげた。それは反射的に耳を塞いでガードしたはずの頭の中を容赦なく駆け巡った。
自分の叫び声すら掻き消される爆発的な大音量は、見えない力でその場の全てを打ち倒す。
アスファルトに倒れる寸前の体をシーフーが受けとめた。
シーフーが辺りを見回しながら言った言葉、耳鳴りがひどくて聞えなかったけど、
「逃げられた」
と唇の動きは読めた。
あたしの両耳にあてられた彼の両手からほんわかした温かい力が流れ込み、頭痛と耳鳴りが消えていった。
「ありがとう」
「個々の力は大したことないが、連携すると一発かましてくるね。1度出し抜かれたことは自慢していいと言ったけど―――」
シーフーはあたしを見ずに立ち上がった。
「2度も恥かかされたら、全力で口封じするしかないね」
仙人怖い。メンツかかると怖い。
あの『音楽隊』という術で逃げられたとしても、マーキングは消えてないから結局追い詰められる。
何度か縮地の術で跳んだシーフーとあたしは広壮な御屋敷の前に出た。グレーの石造りの古めかしい母屋は冬の低い日差しの中、時が止まったかのように佇んでいる。庭の木立は早くも地面に色濃い影の領域をつくりだしてて不気味。
「到着だ」
「この中にいるのね」
「強力な結界が張られているな。俺の術を制限するほどの結界をあいつらが張れるわけもなし」
「つまり仲間がいると」
「仲間……違うな。あいつにいるのは敵とおもちゃだけさ」
あいつって、知ってる人?
樫材でつくられた重々しい両開きの扉が、内側からひとりでに開いて黒い口をのぞかせた。
「招かれたからには堂々と行こう」
シーフーの後について屋敷に入っている。
あたしの後ろでギイ、という音をたてて扉が閉まった。サイッコーに気味悪い自動ドア。
広い玄関から廊下の奥まで一列にランプが灯る。誘導サービスもあり。
埃臭いな。長いこと誰も住んでなかったっぽい。
シーフーは勝手知ったる風にズンズンと廊下を進む。ちょっと!おいてかないでよ。
行きついた最も奥のドア。玄関同様に樫材の扉だったが、シーフーが軽く押すと抵抗なく向こう側に開いた。
「あら広い」
と思わず口にするほど大きな空間だった。冷たそうな敷石でできた床が彼方まで広がる。天井は―――見えない。両サイドそして奥の壁も認識できない。
本当に底なしの広さなのか、あたしの五感がぼかされてるのかはわからない。
なんでもありに合理的な説明求めても、ねえ。
ささやかな光源が空間の奥まった場所にある一角に差し込んでいる。
そのスポットライトの中、肘掛けのついた豪華な椅子に長い脚を組んで深々とかけている青年がいた。
光沢控え目の銀髪、それと対照的なきめ細かい浅黒い顔立ち。
手にした『鍋』を興味深く観察していた紺色の瞳は、闇に浮かぶ白い料理人服へゆっくりと動き―――細められる。
「久しぶり。ずいぶん遅かったじゃないか」
「
名を呼ばれた青年は微笑む。
この世界で唯一、敵でもおもちゃでもない相手の来訪に。
(終わり)
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