第三十一話「お客さんを呼び込もう」
「はぁ……」
売上と支出をまとめた計算アプリを閉じ、ノートPCのキーボードに顔を伏せていると、蓬莱軒の従業員たちが寄ってきた。営業後の掃除も全部済ませたようだ。
「ボス、PCは雑菌だらけで汚いって聞きますぜ」
「雑学ためになるわ、ロバ」
「指示をいただければウェットティッシュを持ってきますが?」
「お願いできるかしら、イヌ」
「姐さんはいったい何をお悩みなのかニャ」
「きっとあれだコケ。恋愛関係」
かしこまった姿勢のイヌが差し出すウェットティッシュで顔を軽くひと拭き。
「ネコ、ごみ箱。トリ、だぁれが恋愛で悩んでるだって」
「トリの邪推を笑い飛ばすくらいが総大将の心意気ってものニャ。はい、ごみ箱ですニャ」
「ありがとね」
ボス、姐さん、総大将。どれも女子大生には似つかわしくない呼び方だと思うのね。
頼んでも誰もやめてくれないから正すのはもう諦めてるわ。
それと恋愛の悩みって誰が―――。
「じゃあ、なんて呼んだらいい?」
「ふぁっ」
うちの料理長がいつの間にか隣に立って、あたしの顔を覗きこむように首を突き出していた。
「シ、シ、シ、シーフー!心を読まないでよっ。今度やったらラー油で顔洗わせるからね!」
「暴君……」
ああ、また熱い風評被害を生む呼び名が増えた。
だから困るのだ。
今のは心の表面をさらっと掬った程度だとしても、彼ならあたしの心の奥底まで見透かすこともできちゃうのだろう。それは個人情報保護的に困る。
そう、オトメゴコロってやつをまるでわかってないシーフーだから、心を読まれるたびにあたしはとってもおたつく。
「えー、俺そんなにオトメゴコロをわかってないかなあ」
長めの前髪に隠れがちな(そう、彼はメカクレ属性にはたまらないのだ)ぼんやりとした両目の間にうっすら抗議のシワを浮かべて言いやがった。
「イヌ、ラー油と洗面器もってきて」
「ご指示どおりに」
走ろうとする忠実なイヌの襟首をつかまえながらシーフーは
「ドウモスミマセンデシタ」
と頭を下げた。
「お客の入りは悪くないのよ。ただ、その、出費がかさむから経営状況はちょっと下降気味なの」
妖怪従業員『ブレーメン』の4人を帰した後、カウンター席に座ったあたしは、厨房で翌日のメニューのレシピを確認しているシーフーに打ち明ける。
砂抜きしたアサリを銀のボウルに張った冷水に入れながら、
「出費がかさむってブレーメンの人件費?」
と返してきた。彼はいつも単刀直入でビジネスの話はしやすい。
「彼らには内緒よ」
「ん、常連客がいくらか増えても4人分の給与と賄いの食費、それに店で借りてるアパートの部屋代はカバーできないよね」
「最初はぎりぎりやれると踏んでたけど……甘かった。あたしの判断ミス」
パタンと冷蔵庫の扉を閉めた彼はすたすたとカウンターの方へ近づいてきた。
「あのさ」
カウンター越し、ずいっと突き出してきた彼の目には(彼にしては)真面目な意志がこめられていた。
「それは違う。あいつらをここへ置いてくれと言ったのは俺。それを広い心でOKしてくれたのが社長。非があるのは君に無理に判断させちゃった俺」
……ちょっと。そんなことないよ。あたしはあたしなりに考えて受け入れたんだし。経営者がとるべき責任をかぶる必要ないんだよ。
返す言葉を失ったあたしの代わりに彼が続ける。
「普通の経営者だったら、安定的な黒字ラインになるよう人員整理だ」
それをしたくないから悩んでる。
「何人切る?誰を切る?ロバもイヌもネコもトリもそれぞれ持ち場で一所懸命にやってる。甲乙つけがたい。何とか理由をひねり出して誰かを切っても―――」
「残った方も辞めるに決まってるわ」
「だよねぇ」
4人そろって苦労してきたブレーメン。性格最悪な仙人の手下になってた過去もあったが、それは彼らの行き場がなかったから。それを知ってて手を差し伸べない選択なんてあったかな。ないないない。
シーフーに頼まれたからじゃない。彼らの行き場は
「んー、間違ってないよね、あたし」
「そ。間違ってない、間違ってない。もし、あいつらをほっといたらきっと魔界の四天王になって世界は滅ぼされてたはずだね」
「んなわけあるか」
「3択。ひとつだけ選びなさい。
答え①自称ひつじ系女子の社長は突如経営向上のアイデアがひらめく
答え②仲間が来て助けてくれる
答え③ノーアイデア。現実は非情である」
「唐突なポルナ〇〇の3択やめて―――ってかシーフーがそれ知ってるのちょっと意外だし、自称ひつじ系女子(※)ってなんだコラ」
※平和主義、お人よし、癒し系、怖がり、よく寝る
「少し修正して、②頼りになる料理長が妙案を提起する、としよう」
「え、なんかアイデアがあるなら先に言ってよ」
「お客さんをもっと呼び込む。本来ならこの店に来る運命にない人たちが足を向けるようになる」
「宣伝打つの?」
シーフーが手にしたのは使い込まれた愛用の中華鍋。???
「俺がどうやって蓬莱軒までやって来たか覚えてるかい」(序と第一話を読んでね)
数秒記憶を探って、あの日のことを思い出した。
「日本の地下に流れる……エネルギーの道をたどって来た」
「竜脈、ね。その竜脈がいくつも交差するスポットがちょうどここだった」
そう、竜脈のたまり場を『竜穴』って言うんだっけ。仙人や妖怪にとって貴重な土地なんだそうだ。悪い妖怪に地上げされるよりはシーフーに守ってもらいたいと思ったあたしは彼を料理人として雇ったわけで。
「その竜脈がどう関係するの?」
「竜脈は全国につながってる。その先々で妖怪や怪現象に困ってる人たちがいる。警察や病院では対処できないヘビーな悩み。そんなワケアリさんが無意識のうちに竜脈に導かれてここまでやってくるよう俺が竜脈を操作する。で、ここに立ち寄ったお客さんは一食分のお金を落としてくれる。怪事件はこの鍋で解決する。やったね、Win-Win」
「ちょ、ちょっと待って。頭が受け入れたがってないみたい」
こめかみを指で押す。
このひょうひょうとした仙人は時としてむちゃくちゃなことを言い出すから。
それって―――
全国の妖怪や仙人を相手にするってことだよね。遠すぎるし、危なくない?
シーフーが出かけちゃったらお店どうするの?
お客さんここまて来るって、なんか催眠術にでもかけて来させるの?
「俺は日本中を旅してきたから土地勘あるし、顔なじみの妖怪だったら話し合いで解決できる」
中華鍋を手の中でクルッと廻す。
「先方にでばる場合は出張料金はある程度いただいて。店の営業に影響がないようにするし、それにブレーメンもいるさ」
鍋のふちを指で叩いた。
「解決したいという強い想いが竜脈に反応して、何かしら理由をつけて自由意志でここに来るんだ。問題ないよ」
軽々しく言ってくれちゃってさ。
あやかしの世界にいるものにとってシーフーの中華鍋は絶対の力を持つのは理解してる。それくらいの事件を一緒に経験してきたもの。
でもね。
でも、やっぱり心配なんだよ。あなたのことが。
「心配かけるようなことはしない。信じてほしい」
彼の視線があたしの目にやわらかく溶け込んでくる。心が火照る。
ああ、彼は本音で言ってる。あたしも彼を信じなきゃね。
心配は消えないけど、彼の言葉を信じよう。
何もできないあたしができることは彼を信じること。
ブレーメンの誰一人欠かさないあったかい蓬莱軒を守り続ける覚悟をもつこと。
「わかった」
「その度量があるから君を尊敬してる」
シーフーが腕組みしてうなずいた。
あたしはカウンター越しに銀のボウルを手に取った。
「尊敬、は過ぎた評価だよ。それよりも―――」
ラー油と醤油の瓶の中身をボウルにぶちまける。
「あんた、あたしの心を読むなって何度言ったらわかるの!これで顔洗え!」
深夜の店内に中華鍋が落ちる音が響いた。
(終わり)
久々の蓬莱のシーフー、いかがでしたでしょうか。
竜脈に導かれたお客さんたちが蓬莱軒にどんな怪事件を持ち込むのか、ご期待いただけると嬉しいです。
応援よろしくお願いいたします。
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