第16話 回収
シュノンはジェームズと共にオアシスへと連行された。ホープを撃破したアンドロイドによって。
「……っ」
「変な気は起こすなよ」
「わかってるわよ!」
思わず感情的になって、ジェームズに怒鳴り返す。砂漠に浮かぶ機械都市に停泊した帆船から降りて、うだるような暑さの砂漠から環境調整された都市の内部へと進んでいく。
今やメトロポリスへと変わったシティと似た構造の街並みだった。市民の生活を第一に設計された街並みは、ここが砂漠の真ん中であることを忘れさせてくれる。ところどころに自然があり、徐々に砂漠を緑化しているのだ。
古代文明の力を使えば、それは容易なことらしい。例え時間が掛かろうとも。
(ホープはきっと喜んだ……くっ)
「だから気落ちするにはまだ早いだろ」
「人の思考を勝手に……っ」
勝手に脳内を読み取られた腹いせをジェームズにぶつけようとしたが、彼の悲哀に満ちた表情を見てシュノンは言葉を失った。彼の視線を辿ると、街に住む市民がテスタメントにレーザーライフルの銃口を突きつけられている。
連行されている間、ずっと同じ光景が続いた。オアシスの人々はテスタメントたちに服従を強いられているのだ。ジェームズの気持ちの一端を理解できたような気がする。
「だから、あなたは」
「連中のやり方には反吐が出る。奴らは学が足りない。恐怖政治は必ず途中で失敗する。……それで構わないと思ってるんだ」
「どういうこと?」
「奴らは当座のエナジーが欲しいだけだ。目標のエナジー量が手に入れば、こんな街滅びたってどうでもいい。だから、効率だけを重視して安全性を度外視する」
エナジー発掘作業中、一人の男性が倒れた。そこへテスタメントは容赦なく銃口を向け、死体を残らず消滅させる。――死体を運ぶ手間すら惜しい。シュノンの怒りが爆発しそうになる。
復讐の業火に身が焼かれそうになる。クレイドルの時と同じだ。怒りに身を任せて、自分の相棒を奪った連中を皆殺しにすればいい。
そう脳裏の片隅によぎり――戒めるように首を横に振った。
クレイドルもホープも自分にそんなことを望んでいないことは知っている。隣で注視していたジェームズの眼光が大人しくなった。
「いい考えだ。復讐は意味を成さない」
「プライバシーの侵害とやらが激し過ぎない?」
もはや個人情報の保守などあってない状況にシュノンは辟易する。
「昔はプライバシーなんてあってなかったようなもんらしいぜ。俺みたいな奴はそこそこいたらしいからな。安全に街が保たれてれば、恥ずかしい秘密ぐらい盗み見られても構わないって図太い奴が多かったようだ」
調子が戻ってきたシュノンの問いに、ジェームズが飄々と語る。すると、いきなり先導するアテナが口を開いてシュノンを驚かせた。
「かつての世界は、長きに渡る戦争を経て疲弊していました。ゆえに、市民は自分たちがリスクを負わないことには平和が保たれることはないと学習したのです」
「っ、
「……元、プロメテウスエージェントですから」
アテナは無表情に説明する。それはシュノンにとって衝撃の事実だった。彼女が聞いた話によれば、プロメテウスエージェントは街の治安を守る正義のヒーローのはずだ。
「なっ!? どういうことよ!?」
荒声で詰問したシュノンに、アテナは機械的に回答する。
「W117。それが私の形式番号です。名づけられた名前はウィッチ。情報支援型アンドロイドとして従事していました」
「まさか、ホープとの知り合い……いや、あなたは――」
シュノンの中を疑念が疼く。有り得るかもしれない、有り得て欲しくない予想。まさかという想いがだとすればという納得と激突し、シュノンは恐る恐る口に出した。
「あなたは、ホープの」
「先輩でした」
「――っ!」
流石のシュノンも耐えられなかった。感情が爆発し、アテナに向かって飛び掛かる。意外にも、アテナは抵抗しなかった。豊かな感情が表現できるはずのフェイスインターフェースは固まったままだ。
「なんで! 先輩であるあなたがっ!」
「止せよ、シュノン!」
「でも、だって! ……っ?」
不意に、アテナを掴むシュノンの手から力が緩んだ。その隙にジェームズがアテナからシュノンを引き剥がす。ジェームズは怒鳴ろうとしたが、すぐに言葉を呑み込んだ。
きっとシュノンが落ち着いていることを瞬時に理解したのだろう。
「あなたは……」
シュノンは疑問視する。アテナの無表情を。そのアイカメラの奥に隠された心理光を。
いまいち理解ができていないが、人もアンドロイドも心の光のようなものを持っているという。
人は光を脳に宿し、心という概念を生み出す。
アンドロイドはコアを憑代にして、自分の心を創造するらしい。
黄金の種族が誕生し、心の解明が済んだからこそできたアンドロイドの創造。
ホープに心があるように、アテナにも心がある。善か悪かは定かではないが。
「…………」
「質問は以上ですか」
「ああ、そうだ」
ジェームズはシュノンを支えながら、アテナを睨んでいる。
シュノンもまたアテナを見つめている。疑惑を胸に抱きながら。
シュノンたちが連れてこられたのは、バルチャーファミリーが居城としていたような大きなタワーの中だった。豪華な内装を目の当たりにし、ジェームズは気に入らなそうに鼻を鳴らす。
「くそ、俺の家を好き勝手に改造しやがって」
「あなたも塔住まいなの?」
「別に高いところが好きって訳じゃない。心を感じ取るのに最適だっただけだ」
エレベーターで最上階へと上がっていく。街を見下ろしたが、シュノンが思い浮かぶのは街の美しさへの感想ではなく、支配された街への憐みだった。バルチャーのくそったれ共でさえ、ここまで徹底してはいなかった。メカコッコのそれとないアドバイスでぎりぎりの均衡を保っていたからだ。
搾取しながらも殺すことはせず。略奪しながらも奪い過ぎず。
それがバルチャーにとっても儲けになると、機械の鳥は囁いていた。もしバルチャーが何の考えもなしに乱暴を働いたら、シティは今まで存続していなかったはずだ。
「市民から搾取して自分たちは贅沢三昧か」
「それが支配のやり方というものだ、ジェームズ」
「ホーニゴールド……」
停止したエレベーターの先に現れたのは、内装と同じく豪華な衣装を身に着けた男だった。腰には剣を差している。オアシスでは海賊映画が流行しているのかもしれない。水が貴重なこの土地だからこそ、大海原を旅する海賊に惹かれたのだ。
「お前のような甘い政策では、人々は停滞してしまう。彼らのやり方こそが正しいのだよ。これこそが真の
「バカめ。頭もいかれたか? これは
「ディストピアこそが真のユートピアだ。お前には一生理解できないだろうがな!」
ジェームズとホーニゴールドが睨み合う。シュノンはそのやり取りを戸惑いながら眺めていたが、急に掛けられた声に身を固くした。
「そこまでだ、ホーニゴールド。アテナ、状況を報告しろ」
「アレス……!?」
「何だコイツは」
部屋の奥から姿を現すガスマスクの男。全身が機械化されたサイボーグ。ホープすらも平然と追い詰めた強敵が、シュノンたちの目の前にいた。
エフェクトが掛かった音声を発し、彼はアテナへと命令を下した。アテナは指示通りアレスの前に跪き、
「第二、第三目標を確保しました」
「そのような報告は求めていない。H232はどうした」
「……抵抗の兆候が見られたので、排除――ぐっ!!」
アレスが左手を翳し、アテナが急に頭を抑えて苦しみ出した。ホープから聞いた話では、アレスはハッキングデバイスを左腕に内蔵しているという。ホープをハッキングした時と同じように、アテナに対しても何らかの操作を行っているのだ。
「H232はどこだ」
「不明……でっ……あああ!」
「俺の目的はH232の回収にある。奴は、どこだ!」
黄金の種族でなくとも、アレスの怒りは目に見えてわかった。シュノンは元より味方であるはずのホーニゴールドでさえも、アレスの怒りを前に畏怖している。
シュノンは堪え切れずに止めようとしたが、ジェームズに制された。直後、アレスは左手をアテナから逸らす。
「次に過ちを犯せば、お前を消去する」
「はい……」
「ホーニゴールド、準備を進めろ。俺は主と謁見を済ませてくる。良いな? 俺の不興を買えば、この街は一日で消滅する。そのことを忘れるな」
アレスは何事もなかったように颯爽と去っていく。その背姿を不快な眼差しでシュノンが見送ると、ジェームズが二人分の意見を代弁するようにホーニゴールドへと問いかけた。
「これがお前の言うユートピアか?」
「彼はまさに神だ。約束を守る限り、我々に強大な力を与えてくれる。街の発展は加速し、世界は救われるだろう。……注射は嫌いか?」
「ああ、男にやられるのは大嫌いだ。いい女はいないのかよ」
ジェームズが吹っ切れたようにぼやく。ホーニゴールドは取り合わず、待機するテスタメントに血液採取用の注射器を持って来させた。掲げながら饒舌に告げる。邪悪な笑顔を浮かべて。
「お前が奪って行ったガキ……アンと言ったか? あれの親友を確保してある」
「メアリーか……卑怯者め」
「そういうことだ。変な気を起こそうとするな? 私はお前の実力を評価している。油断すれば喉元を掻っ切られそうだからな。海賊稼業に裏切りはつきものだ」
「他のカラスが隠した食べ物を盗んだカラスは、他のカラスを盗人だと思い込む。裏切り者が恐れるのは裏切りってわけか」
ジェームズの皮肉に、ホーニゴールドは応えない。注射器を彼の左腕に突き刺した。
※※※
涙を他者に見られるのは恥ずかしい。そのため、誰もいない倉庫の隅で一人でずっと泣き続けていた。
「もう少し、急げれば! 私に、力があれば……!」
何度も後悔する。心理光は激しく輝き、感情アルゴリズムが強烈な反応を示していた。
溢れんばかりの悲しみを。止められない悔恨を。
端っこで蹲り、外界と隔絶する。否、しようとした。
そこへ突然降り注ぐ光。自動扉の開閉音を聞きつけ、膝に埋めた頭部パーツを上げると、そこには見知った顔が立っていた。
「お、やっぱりここにいたなー?」
「先輩……」
「ぐすぐす泣いてるねぇ。生まれたばかりの赤ん坊みたいに」
「……放っておいてください」
ぶっきらぼうに応じる。対話を行う気はさらさらない。対人コミュニケーションではなく自身とのシンクロを求めているのだ。
対人マニュアルの拒絶項目を再生したが、先輩は無視して自分の前まで移動してくる。
「聞こえてますか? 聴覚センサーに不備があるのでは」
「聞こえてはいるよー? この場合、問題があるのは感情アルゴリズムの方かな」
「問題がわかっているのなら、なぜ!」
「それは心持つ者ゆえの業でしょ。あたしよりすんばらしい心理光を持ってるホープに説いても仕方ないけどさぁ」
「わ、私は別に……」
ホープは顔を背けた。先輩……ウィッチ117はホープの中へと土足で進入を果たしてくる。それを阻止するべく放たれた迎撃プログラムは全て無意味へと帰した。ウィッチはにこにこしたフェイスモーションで、ホープの頭部感覚センサーを撫でる。
「ニシシ」
「何するんです! 慰めも同情も要りませんよ!」
憤慨するホープを、ウィッチはこなれたように軽くあしらう。
「反抗期って奴ー? それとも擦れたこと言うとクールだと誤解しちゃってる中二病?」
「そんなものでは!」
「だったら何さ。お悩みでしょー? 地味にカウンセリングスキルを持っているウィッチちゃんが解決しちゃうぞ?」
「他者の力を借りずとも、自力で突破できます!」
「あれれー? でもぉ、それだとホープのマスターとの約束不履行になっちゃわない? 他人と協力して戦えないなら実戦に出すわけには行かないとかどうとか」
「っ!? どうかマスターには!!」
己が失策に気付き、青ざめるホープにウィッチは頬にひとさし指を当てて、
「んー、どうしよっかな」
「先輩!!」
「冗談だって。でもぉ、悩み事話してくれないと、ぽろっとこぼしちゃうかもしんない」
「うぅ……わかりましたよ。話します。前回の出撃時のことで……」
ホープは観念し、自身の苦悩を吐露した。救えたはずの人間を救えなかった事実を。
話を聞くやウィッチは即座に検索し、作戦の概要を閲覧。
「んー……ホープさ、それ本気で思ってる?」
「本気です。私のせいで――」
即答するホープにウィッチはホログラムを隣に出力し、テキストを並べた。
「でもさ、あんたに不備はなかったって載ってるけど」
「いいえ、私の責任で……」
「それどころか、ほら、あんたが助けた人は死ぬ間際にあんたに感謝して死んでいったって記録されてる」
ウィッチは室内に浮かび上がるホログラムをタップし、情報を開示していく。ホープは一瞬言葉に詰まったが、それでも首を左右に振った。
「私のせいです……私の、せいなんです」
「うひゃー、面倒くさい性格だなぁ。感情優先型をみんなが創りたがらないわけだよ」
ウィッチは面倒そうに茶髪の髪を掻きむしった。ホープは憮然とした態度で創造主の想いを言い返す。
「私の心理動作は創造主の意図したものです」
「AIの反乱って奴だなー」
「先輩!」
「おっと悪い。今のはあたしが悪かった。そこは謝るよ。でもさ、あなたは誤解してる」
一転した生真面目な表情になったウィッチに、ホープは戸惑った。この先輩はたまに何の前触れもなくフェイスモーションを凛としたものへと変更する。
「誤解などは、していま」
「すぅ。だってさ、死んでいった人にすごい失礼なことしてるんだぞ?」
「な、そんなことは」
「あります。何でさ、この人が最後にあなたに感謝したかわかる? わかってるよね、ホープなら。わかった上で、悩んでいるんだ。最大限努力して、あなたは最高の仕事をした。そう胸を張って欲しくて、自分の死で思い悩んで欲しくなくて、この人は最後に感謝したんだよ。今回は上手くいかなかったけど、諦めないで続けてくれってね。なのにホープは悩んでる。そんなんじゃダメダメ」
「う……私は」
矢継ぎ早に繰り出されるウィッチの音声情報に、ホープの言語中枢は対応できない。ウィッチは人差し指でホープを指して、
「言い訳しない。眉根を寄せない。困り顔と泣き顔のフェイスモーション禁止! 確かにあなたの泣き顔は可愛いけどさ、泣くべき時とそうじゃない時ってのがあるよ」
ウィッチの言葉は、優しくホープの心に響く。
――そう、みんな優しいのだ。自分が助けられなかった人も自分を気遣い、マスターも常に自分のことを考えてくれている。自分を作成した創造主も、自分にたくさんの幸福と希望を遺してくれた。
そして今、先輩も優しく励ましてくれている。……ここで泣いている暇はない。
「――はい」
ホープは目尻の処理液を拭いながら、元気よく返事をした。
ウィッチはにや、と小悪魔的フェイスモーションへと移行し、
「あんたは他のアンドロイドとは違う。創造主に愛されている。独自の心を持っている。しゃんと胸を張って、堂々としてなって。せっかくいいおっぱいも持ってんだしさ」
「胸部パーツは関係ないでしょう!」
「いーや、あるね! とう!」
「先輩!?」
ウィッチがいじわるな笑みで襲いかかってきたため、ホープは慌てて倉庫から脱出を図る。多目的支援型アンドロイドのホープの身体能力は情報支援型のウィッチよりも勝っている。だが、ホープは本気を出さなかった。
少々面倒くさいが、この関係性がホープは好きだ。だから、廊下を普段用のスピードで走っていく。
「待てーい、ホープ! 先輩は後輩を可愛がるもんだろ! スキンシップだよ!」
「それは誤用ですよ、先輩! あなたのそれはセクハラと呼ぶのです!」
叫び返しながらも、ホープの顔からはすっかり悲しみが失せている。
至らない自分を支えてくれた先輩のおかげで。
※※※
「く……っ」
ふらつく足取りで、何もない砂漠をひたすら進む。
日差しは義体を焼き焦がすと誤解してしまいそうなほど暑いが、冷却液の放出はとうの昔に停止している。エナジーが枯渇しつつあった。自己再生のためにほとんどのエナジーを消費してしまったのだ。
「……使命を果たさなければ……」
止まりかけの義体を動かす。ここで立ち止まってはいけない。自分が救わなければならない人たちがいる。自分の救いを待ってくれている人たちがいる。
マスターは希望を託して死んだ。シュノンも自分に手を貸してくれた。
そして、先輩もまた――。
「マスター……シュノン……」
視覚センサーに異常。ノイズが奔り、視覚映像がとぎれとぎれになる。
「……先輩」
聴覚センサーの不調。外部音声が遮断。バランサーにも影響が生じ、ホープは砂漠の真ん中で倒れた。熱が義体を侵していく。ホワイトスキンの身体が発熱により赤みを帯びてくる。
「…………」
渾身のエナジーで遥か先に見える楽園へと手を伸ばす。だが、その手は届かない。
先輩は赦してくれるだろうか。マスターは? ジェームズは? シュノンは?
自分に託してくれた人たちは? たぶん、赦してくれるだろう。
全力を出した上での失敗を、赦す度量が彼らにはある。
だが、それはあくまで全力を出したうえでの場合だ。中途半端な状態で諦めたなら、彼らは怒るだろう。諦めるな、と。まだ終わっていないと。
「ぐぅ……!」
ホープは最後の力を振り絞り、立ち上がろうとする。が、砂に足を取られてまともに動けない。
「私は……!」
「エモノ?」
「……っ?」
一時的に復活した聴覚センサーが奇妙な音声を捉える。ノイズ交じりの視界を向けると、そこには鉄でできたヘルメットを被る野性的な姿をした略奪者が立っていた。
「エモノ! エモノ! ポウポウ! ポーゥ!」
その奇声を皮切りに、複数の略奪者が現われる。彼らは独自的な歓喜を全身で表現しながら、ホープをアンカーに括りつけて拉致していった。
「ぁ……」
砂を転がり、オアシスから遠ざかっていく。抗うエナジーはホープに残されていない。
「サイコ―! サイコ―! エモノ! エモノ! ポウポウ!」
「ポウポウポウ!」
洞窟の中で、略奪者たちは独自言語による会話を続けている。ホープは台に固定され、薄暗い明かりに照らされていた。簡易なロープだが、現在のエナジー量では脱することができない。
(……しかし、これは絶好のチャンスです)
だが、ホープは絶望ではなく希望を抱いていた。アイカメラで部屋全体を注視する。そして、思考ルーチンを回転させ、言語中枢が的確な言語へと変換を始めた。
「よろしい ですか」
「ポウ?」
ホープの呼びかけに略奪者――暫定的にポウグループと名称を設定――が首をひねる。ホープは対人マニュアルと今までの経験を踏まえて、コミュニケーションを開始した。
「このひもを ほどいては いただけませんか?」
二人のポウグループは顔を見合わせ、ポポポポゥ! と述べ腹を抱えた。笑っているのだろう。不快指数が増加するが、ホープは感情出力をしなかった。交渉に必要なのは根気である。
「もちろん ただでとは いいません」
エナジー量が少量のため、会話文がぎこちないものとなる。だが、逆にシンプルな話し言葉は学のない彼らにとって優しい言文だったようだ。
ポウ? と疑問系奇声を発し、二人のポウグループがホープの傍へ寄ってくる。
「おたからを プレゼント しましょう オアシスの おたからを」
再びポウグループが顔を合わせる。普通なら逡巡するべくもない。ホープが約束を守るかはわからないからだ。だが、彼らは学がない。感情だけで動く。弱弱しいアンドロイドとしての一面しか見ていない彼らは、ホープのスペックを見誤った。
嬉々としてロープが解かれて、ホープはさらなるリクエストをする。
「エナジーかんを ください みちあんないの ために」
「ポウ!」
「どう も」
銭湯で牛乳瓶を一気飲みするかのごときスタイルで、ホープはエナジー缶を一気に飲み干す。ぷはぁ! と勢いよくエアーを吐き、最大限の笑顔を表情に出した。
「ありがとうございます、ポウグループ。これはお礼です」
「ポグゥ!?」
拳が炸裂し、一瞬でポウグループが制圧。缶をポイ捨てしながら、ホープはポウグループの隠れ家を物色し始めた。僅か数秒でホープは歓喜の声を漏らす。
「素晴らしい。ここが宝の山ではないですか! 何で彼らは略奪を繰り返すのでしょうか……」
洞窟内に乱雑に散らばる宝の山に、ホープはアイカメラを拡大する。エナジー缶は元より、多種多様な壊れかけのドロイドや、武器パーツ、拡張パックまで転がっている。
「使える物があるかも」
ホープはパーツを隅々までスキャンした。怪物の名のついた散弾銃、純潔の名称であるシングルアクションリボルバー、理想郷という名のマシンピストル、狂戦士殺しの剣、指環を起動因子としたヴァルキリーシステムなどが散見されたが、自分用の装備ではないのでホープは手に取らなかった。
「これは……?」
だが、奥まで進んでアイカメラの動きが変わる。穴から降り注ぐ光に包まれたソレは、自分用に調整可能な装備だった。型式は古いが、ホープの拡張性を用いれば、問題なく運用が可能である。
「使えるかもしれません……!」
ホープは期待を込めてその追加装備に手を伸ばした。
※※※
「ポウポウ」
洞窟の入り口で見張りをするポウ族は退屈そうに同僚に話しかけた。だが、同僚はポポゥ、とあしらうだけで暇つぶしに付き合う様子はない。がっかりしたように、一人のポウ族は座り込む。彼は心の中でこう思っていた――自分たちの棲み処から略奪を図るような奴が現われるわけはないと。
「ポーゥ」
ため息を吐いて、砂を弄り出す。砂漠の唯一の良い点だ――退屈した時に、いつでも砂遊びに興じることができる。ライフルを構えて見張りを続ける同僚の横でサボり続けるポウの男は、突然、洞窟内から地響きのような音を聞いた。
「ポウ? ポウポウ!」
不思議がって同僚に呼び掛ける。が、彼は聞く耳を持たなかった。またふざけていると思ったのだろう。男は憤慨し、警備任務を放棄した。クソ生意気な同僚を絵の中で血祭に上げる作業へと戻ろうとした瞬間、
「ブポゥ!?」
突如洞窟内から轟音と共に現れた謎の物体に吹き飛ばされる。
それは、ポウ族の移動用ビークルであるスカイモービルに跨っていた。エナジー資源が潤沢な砂漠の海だからこそ燃料を気にせずに乗り回せる乗り物である。それを巧みに操り、一人の少女が疾走する。
「待っててください、シュノン、先輩! 今度は私が救う番です!」
黒色の追加アーマーに大型のミサイルコンテナを背負うホープの雄姿は、ポウ族に追撃の二文字を忘却させるに十分だった。
ホープは砂漠を駆け抜ける。オアシスへ、一直線に。恩返しをするために。
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