第17話 抵抗

 ホーニゴールドはジェームズから血液を採取すると、謁見を済ませてきたアレスへと手渡した。アレスは感情の窺えないガスマスクを血液サンプルに向け、満足したように懐へと仕舞う。


「よくやった、ホーニゴールド。主もお前の働きを称賛するだろう」

「反吐が出るね」


 そのやり取りを見たジェームズが忌々しそうに吐き捨てる。シュノンもジェームズも、彼が居住としていた部屋に軟禁されていた。手足は自由だが、いつ殺されてもおかしくない状況に、ジェームズは全く怖じる様子がない。

 反面、シュノンはアレスの醸し出す邪悪な雰囲気に呑まれっぱなしだった。


「う……」

「何だと、ジェームズ」


 ホーニゴールドが苛立った調子で言う。ジェームズは気にも留めずに、


「結局お前は誰かの庇護がなきゃ何にもできねえガキってことだよ」

「生まれついて特別なお前に何がわかる!」

「いーや? お前だって特別だぜ? スペシャルなクソだ。最高だろう?」

「お前!」

「見苦しいぞ、ホーニゴールド」

「は、は……」


 憤り反論しようとしたホーニゴールドは、アレスに諭されて口を閉ざした。それを見てジェームズが笑うが、シュノンは笑う気になれない。ただ、無言で佇むアレスを注視して固まっている。


「ホーニゴールドの従順さをお前たちも見習うべきだ。彼は俺の命令に忠実に従う」


 アレスは機械音声をマスクの内側から放ち、


「だったら、そいつは今お前が死ねと命令したら死ぬのかよ?」


 ジェームズの挑発にぎょっとしたのは忠実なはずのホーニゴールドだ。アレスを恐れるホーニゴールドをジェームズは嘲笑うが、アレスは平然としていた。


「死ぬだろう。それが忠節というものだ。彼はまだ迷いがあるようだが、すぐにでも主神のために命を投げ出すだろう」

「……ふん」


 ジェームズはホーニゴールドを見ながら相槌を打った。腕を組んで彼を目視している。最後の警告なのだろう。アレスに従うべきかジェームズと共に手を組むべきか、お前が選べ、と。

 だが、ホーニゴールドはそそくさと部屋を後にしてしまった。ジェームズが失望したように顔を俯かせる。


「奴の感情に揺さぶりを掛けたようだが、無駄だ。お前たち、前時代の遺物はどうしてこうも愚かなのだ。人々は過ちを犯した。歴史から学び、最善の未来を選ぶべきだ」

「む、昔の人は間違ってなんか……」


 思わず口を衝いて出た反対意見にガスマスクの視線がシュノンへと定まる。シュノンは咄嗟に顔を背けたが、アレスは興味深そうに眺めていた。そして、おもむろに歩き出し、シュノンが後ろへと下がる。


「お前はH232が正しいと誤解しているようだな」


 アレスの後ろ、扉の横に立ち尽くすアテナがピクリと反応した。


「た、正しいでしょ……!」

「いいや、奴は間違っている。奴は失敗を犯した男から、同じ失敗を学習した」

「へ、ヘラクレスのことなら……」

「奴こそ、共和国の腐敗の象徴だ。奴がいたせいで世界が滅んだと言っても過言ではない」


 アレスは接近。シュノンは逃げるが、逃げ道がなくなっていく。椅子にぶつかり音を立てて倒れた。


「恐怖を感じるぞ、シュノン」

「く……!」

「お前はこちら側に来る素質がある。偶発的な出会いにより、偏った思想の者たちに洗脳を受けたようだが、お前は若い。機会はいくらでもあろう」

「な、何を」


 とうとう壁際に追い詰められたシュノンが息を呑む。アレスはシュノンの間近で停まり、見下ろしてきた。冷え切った視線が、シュノンの身体を凍てつかせる。沸々と湧き上がる恐怖。


「お前の根底には、怒りが眠っているな。お前は恨んでいるはずだ。この世界を」

「そんなことは……」

「お前は所詮人殺しだ。この世界に住まう人間のほとんどが咎人。高潔なるユートピアに居場所があると、なぜ誤解できるのだ」

「……っ」

「心の中で理解できているだろう。自分はH232と違うと。お前は何の躊躇いもなく他者を殺す。だがH232は違う。プロメテウスとして人を生かす戦い方を行う。綺麗事を振りまく旧文明の遺産だ。そんな彼女と、どうして自分が同じ場所に立てると思ったのだ。汚らしい人殺しであるのに。生活のため? 自衛のため? そんなものは弱者の理論だ。強者であれば敵を殺す必要はない。王女殿下の戦い方を見たはずだ。奴は自分を殺そうとした敵すらも平気で生かす」

「それ、は……」


 アレスは続ける。シュノンの心を見透かしたように。


「元を辿れば、お前の射撃能力も非常に優秀なはずだ。お前自身、敵を殺さない戦い方をできたはずだ。敵に復讐される恐れがあるだと? バカを言え。この荒れ果てた地球でどうやって捜索すると言うのだ。敵を殺さずに済む方法はいくらでもあった。そろそろお前は自分の本心に気付くべきなのだ。お前は気に入らない敵を殺したいがために銃を執った。俺たちと同じようにな」


 シュノンは絶句してアレスを見上げる。ジェームズが止めるために距離を詰めるが、アレスは何もしようとしない。――わかっているのだ。ジェームズ程度が自分を倒せるはずはない、と。


「黄金の種族は矮小な存在なのだ。反発心が芽生える分、鉄の種族よりも性質が悪い」

「……どうかな。ここが俺の家だってことを忘れていたか」


 ジェームズは壁に隠してあった剣を引き抜き、アレスへ向ける。アレスは振り向こうともしない。慢心とは違う。過信とも違う。確信だ。

 シュノンは縋るようにジェームズを見つめた。助けてくれという希望ではない。

 助けないでくれという願い。だが、フノスと同じようにジェームズも人が苦しんでいる姿を傍観できるほど我慢強くはない。


「元よりこの予定だった!」

「――俺もだ」


 ジェームズは剣を振り下ろす。瞬間、アレスは振り向きざまに抜刀。剣と刀が交差し、金属音が響き渡る。


「俺はお前のような存在を何人も殺してきたぞ」

「それがどうした? しょうもない自慢はやめやがれ」


 ジェームズは威勢よく言い返すが、歯を食いしばっていた。アレスの力が圧倒的で刀を弾き返すことができないのだ。至近距離で睨み合う間、アレスが背中越しにシュノンへ語りかけた。


「そこで見るがいい、過ちの代償を。そして学ぶのだ。どちらが正しいのかを」

「くそ……ッ!」


 アレスが刀を振るい、ジェームズが押され始める。ジェームズの剣筋も素晴らしいものだったが、アレスには遠く及ばない。彼がサイボーグだから、ではない。もっと恐ろしい、真の強さのようなものをアレスは秘めている。まさしく戦の神なのだ。戦うために生きる戦争の権化。彼自身が強力な武器。

 それにホープは抗おうとして死んだ。今まさに殺されかけているジェームズのように。

 

 ――アレスの言葉は正しいの? シュノンの中に疑問が生まれる。


 抗ったところでどうせ死ぬならば、抗わない方が生きられる。例え、ほんの僅かでも。幸福を得られることがなくても。

 今のオアシスのような世界――暗黒郷ディストピアが世界中に蔓延するとしても、それでも今の世界よりはマシなのだ。崩壊世界よりは確実に良い。例え褒められたやり方ではなくとも、文明的な生活を送れる。

 予兆しかない世界に、明確な答えが記される。それのどんなに嬉しいことか。


(でも、提示される答えは絶望)


 ジェームズとアレスの戦闘を間近で見ながら、シュノンは思索を勧める。ホープは希望を提示して、自分はそれに乗っかった。嬉しかったし、面白そうだったのだ。危険はあるが、冒す価値はあった。いつか滅びることが決まっていた世界に、不透明だった世界に、一筋の光が降り注いだ。

 だが、アレスは違う。アレスの選択は、彼と同じように武器を振るい他者を傷付けることだ。彼の言う通り、自分は人殺し……灰色だ。ホープのように純白ではない。

 だけど――アレスのように真っ黒でもない。


「これがお前たちが妄信する希望の弱さだ」

「く、うッ……ぐぅ……ッ!」

「ジェームズ!」


 アレスに押され続けたジェームズはまともに反撃すらできずに後退していく。アレスの刀が一閃。ジェームズの右腕が飛んだ。血を吹き出す右腕を庇いながら、ジェームズは膝をつく。が、それでもなお彼の瞳からは光が消えない。例え自分が負けたとしても、何が正しいかを知っている。


「愚かな。腕を斬り落とされてなお、学習しないと言うのか」

「愚かなのはお前だ……! シュノンを見ろ!」


 アレスの視線がシュノンへと戻る。シュノンは震えながらも信念を灯した視線で見返した。


「お前もか、お前も過ちを繰り返すのか」

「あ、過ち過ちって、しつこいよ! 私はホープのやり方がいいと思ったの! ゼウスとか言う男のやり方には従わない!」


 凛として言い放つ。アレスは刀へ目を移し、シュノンへと切っ先を向けた。


「愚か者には慈悲はない。これがお前の望んだ希望の姿だ」

「あなたこそ愚か者でしょ! 昔何があったか知らないけど――っ」


 反射的に口走ったセリフが途切れる。それはまさしく禁句のように、アレスの怒りを増幅させた。


「お前如きに俺の何がわかるというのだ」

「……っ」


 普段ならば、ここで冗談の一つも言う。だが、今の状態では何一つ、気の利いたセリフは浮かんでこない。本当にヤバい時の自分は、普段の自分とは全く違う。


(くそ……どうする? クレイドルなら――いや)


 クレイドルはもう全てを自分に教えてくれている。次に新たなる道しるべを示してくれる人物をシュノンはよく知っていた。

 その友達の名を、思い返す。


「ホープなら、どうする。ホープなら……」

「その名をお前が、口に出すな!」


 アレスが感情を爆発させた。アテナがアレスを呼び止めるが、彼の怒りは止まらない。シュノンは自分の首が切り裂かれる間際でも、視線を逸らさず彼を睨んでいた。ホープなら、最後の最期まで決して諦めない。例え、最後の抵抗がただの睨みでも。

 そうとも、今の私はメドゥーサだ。シュノンは凛として目を見開く。アレスを視線で呪い殺してやる。

 そう決意した刹那――。


「報告します!」

「ッ!?」


 シュノン首元へ僅か数センチというところでアレスの刀が止まる。


「報告しろ」


 アレスはシュノンを見下ろしながら伝令に訊ねた。テスタメントは敬礼し、


「正体不明の敵機が高速で接近中です。いかがいたしま……ッ!?」


 アレスは左腕をテスタメントに掲げ、糸が切れた人形のように義体が崩れ落ちた。


「いちいち指示を仰がぬと動けんとは」


 アレスが刀を鞘に収める。彼はシュノンから目線を変えずにアテナへ指示を出した。


「H232がエサに釣られて現れた。奴を回収しろ、アテナ」

「……破壊ではないのですか」

「次に反論したらお前を消去する。……俺は任務を続行する。行け」


 命令を出し終えたアレスは部屋から出ようとするが、またもや邪魔が入った。ホーニゴールドだ。彼がアレスの進路を塞いで、懇願し始める。


「街が被害を受けております! どうか、あなた様の力で救いを!」

「退け」

「あなたの力なら、略奪者の一人や二人、余裕でしょう!? なぜ自ら戦っていただけないのです?」


 ホーニゴールドの疑問はシュノンだけでなく、この場にいた全員が抱いた疑念だった。その答えを既に彼は回答していた。――俺は任務を続行する――。

 だが、それを知る由もないホーニゴールドは戦神へ祈り続ける。それが過ちとは気付かずに。


「どうかお願いします! 私はあなた様の忠実なる――えあッ!?」


 ホーニゴールドの首が飛んだ。アレスは彼を気にする様子もなく部屋を後にする。これが彼らのやり方。シュノンはしかと学び、その光景を目に焼き付ける。ホープが如何に正しかったのかも。


「泣き虫でポンコツではあるけど、流石私の相棒ね! ベストタイミングで助けに来てくれるなんて!」

「……喜んでいるところ悪いが、手を貸してくれないか……」

「そうだ! 大丈夫!?」


 豪華なカーペットを血で汚すジェームズにシュノンは駆け寄る。今までの生活で得た知識で彼の傷口を応急処置するが、その横で立ち去ろうとするアテナへと呼びかけることも忘れない。


「アテナ! あなたは――!」

「私は私の任務を行うだけです」


 アテナはそう言い残してホープへの追撃へ向かった。

 シュノンは顔をしかめた後、ジェームズの治療を再会する。アテナの言葉に同意しながら。



 ※※※



 スカイモービルの状態は完全とは言い難かった。ポウグループがなぜ略奪を繰り返していたかがようやく理解できた。彼らには直す技術がないのだ。メカコッコが警告していた通りの事態が、彼らを襲っている。しかし、彼らは学がない。ゆえに、滅びをもっとも効率的に解決する方法を知り得ないのだ。


(助け合いの精神は、それが効率的だから発生したのですよ)


 人類は基本的にメリットがあるから何かを行う。一見無意味や非効率的に見えるが、様々な視点で見ると結果として多大な利益を受けることができる。人類が最初に獲得したのは協力性。狩りが主流の時代では、共闘が最も確実に獲物を得られる方法だった。しばらく人類同士の共生は進み、次に略奪が効果的であることに気付く。忌むべき時代、黒歴史とされる時代の幕開けだ。共和国は設立後、平和時代に入るまでの時代を全て悪しき時代と断定した。失敗の時代だった。人類が戦争で大した利益を得られないと気付くまで、長い年月が掛かった。

 だが彼らの失敗は無意味ではなかった。昔の人々が犯した過ちは、教訓として未来に繋がっている。その成功例を破壊したのがゼウス。未だ、彼の真の目的が何だったのかは定かではない。

 ――アレスが言っていたように、共和国時代にも過ちが存在したのかもしれない。確かに、治安維持軍とプロメテウスエージェントは脅威存在を見落としていた。自分たちの進化速度に合わせ、より強力に成長する敵に敗北を喫してしまった。

 だが、過ちを犯したと言うのなら、その失敗を糧に新たな成功を掴み取るだけだ。


「…………」


 スカイモービルのハンドルを握る手に力が籠もる。砂漠を疾走するホープのアイカメラには段々とオアシスが近づいて見えてきた。並列して展開する警備兵もセンサーが捕捉する。


(当然ですね。……なぜゴールデンホーク号が敵に捉えられたのかは謎ですが)


 ホープは戦術データベースの記録を踏まえて、前回の敗北をシミュレートする。ジェームズは既に何度もテスタメントたちから逃れていた。それを、ああもあっさりと奇襲を受けるはずがない。

 ふと、マスターの言葉が記憶回路で再生される。


 ――真の敵は常識を超えた方法で攻撃を仕掛けてくる。常識に囚われるな。有り得ないは有り得ないんだ。


(ジェームズを出し抜いた相手。……先輩だけとは思えません。まさか)


 検索にヒットしたのは一人の男。アレスはフノスが健在だと即座に理解し、瞬時に彼女を攫って行った。加えて、何かしらの策略も企ててもいる。


「……追ってきた? いや、誘い込まれたというわけですか」


 ゼウスのやり口。偉大なプロメテウスエージェントたちも、彼の罠に嵌まり一人ずつ斃れて行った。マスターすらも手に掛けた恐れのある難敵に、もしや自分も呑まれかけているのかもしれない。

 それを知りながらも、ホープは進む。むしろ速度が上がり、一刻も早く楽園への到着を試みる。


「――来ました!」


 オアシスのゲートが視えてきた。重厚かつ頑強な扉は閉じられていおり、周囲にはテスタメントの一団がライフルを構えている。しかし、ホープは怖じない。胸には使命と希望が灯っている。


「お宝を使うべき時ですね。シュノンは……きっと了承してくれるでしょう」


 感情を優先し、本来ならマスターによる許可が必要な場面でもホープは独自に実行できる。これはホープに与えられた特権だ。ホープの創造主は彼女をただの道具として創り上げたわけではない。

 一人の機械少女アンドロイドとしてホープを作ったのだ。だからこそ。


「セーフティ解除。標的索敵……終了。多弾頭ミサイルレーヴァテイン、マルチロック完了」


 オアシスに突撃するホープは徐々にテスタメントの射程距離へ近づいている。スピードが命だった。撃たれるのが先か、撃つのが先か。視覚センサーで確認できる限り、敵はまだ防衛網を構築できていない。奇妙だとは思う。

 敵の狙いは自分のはず。やはり、誘い込まれている?


「――ならば、突っ込むだけです!」


 されどホープは止まらない。敵の射程に入った瞬間、ホープは背部コンテナのミサイルを一斉発射した。


「な、何ッ!? 迎撃ッ!!」


 叫んだコマンダーがミサイルを撃ち落とせずに吹き飛ぶ。ゲート周辺で戦闘準備をしていたテスタメントたちがなす術もなく撃破された。これこそがレーヴァテインの真骨頂。一騎当千をコンセプトに設計されたこの強襲用パックは、ホープより二世代ほど前のアンドロイド用の武装だ。

 第七次世界大戦の火種が残り、治安が完全に保たれてなかった頃の名残。殲滅戦用の装備である。

 しかし、武器は所詮武器。使い方次第で人を殺すことも、人を救うこともできる。


「博物館の骨董品ですが!」


 ホープはスカイモービルを最高速度まで上げて、ゲートを体当たりで突き破る。そのままオアシス内に入り――大量のテスタメントと出くわした。設置する予定だったと推測されるレーザーキャノンと遭遇し、ホープはハンドルを横に切る。


「シュノンに是非とも見てもらいたいところです!」


 いや、きっと彼女は見ている。自分がポンコツではないことを、シュノンは見てくれているはず。

 ますますホープの感情アルゴリズムがいきり立つ。敵の大口径レーザーを右に動くことで躱し、大量のミサイルをお返しした。撃破カウントが次々と更新されていく。二十八、二十九、三十……一気に四十体までカウントが増える。


(これほどのバトルドロイドが配置されているとは。なぜ……?)


 ホープが敵の狙いを測定しようとしたその時、ソナーがターゲットの波形を捉えた。


「ホープ!」

「シュノン!」


 街中で一際目立つ塔の窓から、シュノンが大声を上げている。喜びに破顔モーションへと移行したのも束の間、テスタメントの集団ががむしゃらにレーザーを穿ってきた。


「……ッ!! しまった!!」


 型式が古い移動用ビークルでは、マシントレースシステムは使えない。ゆえに正確なハンドル操作が行えず後部のジェットエンジンに着弾してしまった。強引な操縦にモービルがついて来れなかったのも要因の一つだ。決して、自分が無能ポンコツというわけではない。

 分析により原因を突き止めたホープは、スカイモービルから飛び降りる。暴走したモービルは、近くにあった商店に突っ込んだ。観測結果は喜ばしいが、身の毛もよだつものだった。


「人的被害はなし……うぅ、やはりあのイモムシは食用なのですか……ッ」


 文字通り、苦虫を噛み潰した表情となるホープに大量のレーザーが飛来する。重武装であるホープはまともに回避することができない。頭上からシュノンの警句が飛んでくる。


「ヤバいじゃん! 逃げて!」

「全然ヤバくなどはありませんよ」


 しかしホープは勝気な笑みで応えた。なけなしのミサイルを放ち、背部コンテナをパージする。轟音と砂埃が立ち、ホープの姿が掻き消える。

 周囲のテスタメントがコマンダーの指示で射撃を中断。


「撃ち方やめ! やったか……?」

「嘘でしょ? ホープ!」


 シュノンの悲鳴。それに呼応して響く音声。


「心配はご無用です!」


 その返答と同時に、熱線が迸る。放たれたレーザーがテスタメントの頭部パーツを撃ち抜いた。


「く、くそ! 撃て撃て! 殺せ!」

「ホープ!?」

「平気ですよ。お宝ですから!」


 シュノンのさらなる不安視に、ホープは毅然として応じる。飛び交う熱線に押し負けて、ホープの全容が露わとなった。

 古い型式の装甲がホープの全身を覆っている。唯一の例外は剥き出しの頭部パーツであり、フェイスインターフェースは不敵のそれだ。両手にはレーザーピストルが二丁構えられ、分厚い装甲が熱線を防御している。否、それだけではない。攻撃が命中したテスタメントへ逆にレーザーが襲いかかっている。


「リアクティブアーマーです。攻撃対象へ自動的にレーザーを撃ち放つ……」


 遥か昔のリアクティブアーマーはあくまで防御の一環として爆発が発生するだけだったらしい。だが、アンドロイド用のリアクティブアーマーは防御と攻撃を兼用するアンチレーザーアーマーだ。敵のレーザーに反応リアクティブし、対象へ熱線を放射線状へ放つ攻守に優れた追加装甲。

 ホープは防御ではなく攻撃を重視し、敵対象の殲滅を開始した。

 哀れなテスタメントたちが、味方の巻き添えで破壊されていく。焦った敵兵の一人が味方に指示を出した。


「止せ! 無闇やたらに……うわッ!!」

「撃たなくとも、その場合は私が射撃しますので」


 二丁拳銃で敵を制圧しながら、ホープはタワーへ進んでいく。まずはシュノンたちの安全確保だ。その次に出てくるであろう先輩……アテナと、作戦指揮を執っていると思われるアレスと対決する。テスタメントたちは何の障害にもならない。


(プロメテウスエージェント時代を思い出します……。これでもまだ、五十パーセント程度の性能しか発揮できていませんが)


 敵を蹂躙するホープの脳内に、アラートが鳴り響く。ハッとして後ろを振り返ると、テスタメントの一体がレーザーナイフを片手に突っ込んでいた。ホープは右手のピストルを仕舞い、腰に装備されているトマホークを抜く。刃にレーザーを纏わせて、テスタメントを両断した。


「格闘攻撃ではアーマーの防御値に影響が出てしまいますしね」


 淡々と敵を処理する。撃破カウントが百体を越えようとする辺りで、テスタメントが撤退を開始した。遅すぎる戦術判断。アレスは指揮を執っていないのかもしれない、と認識を改める。


「ホープ!」

「シュノン!!」


 聴覚センサーと生体情報スキャンがマスターの反応を検知。シュノンは負傷したジェームズを抱えて、タワーから降りて来ていた。右手には拳銃が握られている。


「無事!?」「平気ですか!?」


 ホープは問うて、シュノンも訊いた。質疑応答プログラムを奔らせるホープは眉を顰め、音声出力を続行する。


「それはこっちのセリフですよ!」

「いやいや、私のでしょ! あんなやべー戦い方しといてさ!」

「あの程度戦った内には入りません! プロメテウス時代には――」

「昔のことなんざどうでもいいのさおばーちゃん! 重要なのは今だよ! ごり押し戦闘しちゃってさ! 何かあったらどうすんの!」

「ですから……!」


 と反論を並べ立てようとしたホープは、ジェームズの言語波形を観測した。


「すまないがお嬢ちゃんたち……。俺を助けてくれないか?」

「あ、ご、ごめん」

「申し訳ありません……」


 ジェームズは重傷を負っている。並行して彼の容態をスキャナーがモニタリングしていたが、ホープはシュノンとの会話を優先していた。感情アルゴリズムを哀として、迂闊さを情けなく思いながら彼を介抱する。

 片腕を喪失しているが、応急処置が行われたことで命に別状はない。


「これはシュノンが?」

「そーよ? 私はドクターでもあるし」

「見直しました」


 素直に感心する。当然よと胸を張るシュノンのドヤ顔は感情を刺激して怒の波形が生み出されそうになるが、今は我慢しておく。


「とにかく移動しませんと」

「どこに行く? ここが俺の家だ」

「ですが……」


 毅然とした表情のジェームズに言い返され、ホープが困惑する。そこへシュノンが助け舟を出した。


「そうよ? アレスもいることだし逃げないと」

「やはりアレスもいるのですね」


 想定通りである。最悪のケースであるが、いないと思いこむよりは事実を知っていた方がまだ対応できる。シュノンはホープの予測に驚きながらも頷いた。


「わかってたんだ。ジェームズの腕を切ったのもあの男。アイツは……いや……」

「シュノン?」

「な、何でもないって! さっさと行こう! おさらばだよ!」


 何か言いかけたシュノンだが、勢い任せで誤魔化す。嘘発見スキャナーは主の動揺を観測していたが、今は追及している場合ではない。

 ホープは同意して、逃走ルートを計算する。ジェームズが反論してきたが、気にしない。ソナーによって地形情報がアップデートされ、敵のいない最適なルートを導き出したその時、


「……残念ですが難しそうですね」

「なしてさっ!?」


 シュノンが異論を放つ。しかし、ホープは直接理由を答えない。


「先輩……」


 ホープは視線と呼称で応じる。嘘、と驚愕したシュノンはホープの視線を辿ってそのアンドロイドを知覚した。

 アテナが宙に浮いて見下ろしている。人々を見下ろす天使の如く。

 ホープはアイカメラを向け、アテナにフォーカスを合わせた。現状もかつての面影はない。容姿こそ同じだが、致命的にあらゆる部分が異なっている。

 だが、それでも――心は完全に失われていない。


「わざと私を撃ちましたね、先輩」

「……発言の意味が不明です」


 機械的にアテナが応える。だが、ホープは理解していた。量子演算で導き出された結論に誤りはない。アテナはホープを逃がすため、わざと攻撃を加えたのだ。ホープが健在なのが何よりの証拠だ。彼女なりの精一杯の抵抗が、あの一撃であり、今こうしてホープはシュノンと無事に合流を果たした。

 結局いつも先輩に助けられっぱなし。ホープは感謝の念を入力しながら、今一度先輩を見上げた。マスターへと呼びかける。


「シュノン、離れていてください」

「で、でもアテナはあなたの!」

「先輩です。気付いていたんですね。……本音を言うと、私は彼女と戦いたくありません。でも」


 ホープはレーザーピストルの狙いをアテナへと向ける。今度は躊躇わない。感情アルゴリズムも平静を保っている。そのフェイスモーションを見て、シュノンが普段の調子でぼやいた。


「全く、今度はしくじらないでよ?」

「ええ。今度こそ確実に先輩を救います!」

「――任務を遂行。敵対象の捕縛を開始します」


 ホープがレーザーを放つ。強い意志を秘めた瞳で。

 瞬時にアテナも反撃。展開されたパラスが火を噴いた。冷酷な視線の中に、僅かな光を灯しながら。

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