第14話 海賊

 それは幸運以外の何物でもなかった。砂漠には滅多によそ者は来ない。砂漠が不毛な土地だと思っているからだ。その認識はある程度は正しいが、正解であるとは言えない。

 だが、それなりに学がある奴は冒険に現れる。この土地には必ずあると。そう信じて。

 砂漠の真ん中に眠る楽園オアシスが。


「獲物ですぜ船長!」

「そうみたいだな」


 望遠鏡で遠方を覗く男は、髭面の顔に笑みを作った。赤色の派手な衣服には、身体を守るプロテクターが身に付けられている。

 黒髪の男はレンズを横の荒くれ者へと渡し、肉眼で砂漠の海を爆走する車を捉えた。

 そして、目を瞑る。笑みを浮かべたまま。


「女だな。もうひとりはわからねえが」

「マジっすか船長! ヒャッフー!」


 性欲に正直な野郎共が喜ぶ。だが、訂正を付け加えると醒めたように静まった。


「残念だったな、お前らの好みじゃないぜ。ガキだ」

「何だよ……ガキか」


 失望した部下たちが意気消沈するが、甲板を踏み鳴らす男が気に掛かるのはガキじゃない方の人物だった。


「……もうひとりは誰だ? なぜ感じられない」


 おかしい、と三角帽を被る男は考える。

 ――俺は何かが訪れた時、その正体について把握できる。狙うべき獲物、狙うべきではない獲物、それを一瞬で見極められる。だが、今回の相手は違う。なぜだ?


「面白いな」


 男の中に芽生えたのは未知なる存在への恐怖ではなく、謎の存在への好奇心だった。

 元より、男たちは好奇心の塊だ。でなければこんなところでこんなことはしていない。

 海賊稼業などをするからには、それなりの学があるバカ野郎でなければならない。


「サンドワームが来る。殺してやれ。砲撃準備! 行くぞお前ら!」


 船長の呼びかけに応じて、甲板中に海賊たちの歓声が響き渡った。



 ※※※



 巨大イモムシを始末した帆船はそれ以上攻撃することなく、無言のまま進行を続けている。その様子を眺めていたシュノンがホープに問うた。


「敵、かな?」

「対峙してみなければ何とも見当つきません」


 ホープは船上にズームし、乗組員をスキャンしながら答えた。場違いとも思える帆船は、風力を利用して動力源にし、使用するエナジー量を抑えているらしい。崩壊世界だからこそ存在できた砂漠用の帆船である。共和国時代なら、あのような粗末な移動手段は取らない。


「逃げた方がいいかな……」

「逃げるためにも時間が掛かります。向こうの接近速度の方が上回っている」


 ホープは横転するプライスレスへ目をやる。車体がひっくり返っているが、敵の意図がわからないため元に戻す作業ができなかった。下手に車に接近して砲撃を撃ち込まれたらひとたまりもない。


「もし敵だったら戦うしかないでしょう。大丈夫です。私はバトルサポートドロイド――」

「イモムシが出たらどうすんの」

「…………」


 質疑応答プログラムにエラーが発生。言語中枢も適切言語への変換に失敗し、ホープは黙りこくった。シュノンは呆れながらもリボルバーを取り出して、くるくる回して構える。


「私が何とかするしかないよね。ま、平気だって。超運いいし私!」

「果たしてこれは運がいいと言うのでしょうか」


 トラブルに続いてトラブルの連続である。急場のところをギリギリで切り抜けているが、今のところ予定通りに事が進んだ試しがない。

 この短期間にホープは数年分の事件や事故に巻き込まれた気がしている。統計データが酷く極端な数値を描き、トラブルに巻き込まれるのが正常であるかのような波形へとなっていた。

 過去の戦闘記録でもここまで異常な数値はない。シュノンはトラブルメーカーなのかもしれない、と半ば本気で思ってしまう。


「何よその目。こうなったのはホープのせいだからね?」

「そうでしょうか……」


 ホープはシュノンのせいだと思っているが、シュノンはホープのせいだと考えているらしい。トライアルカウンセリングも上手く機能せず、どちらに非があるか定かではない。


(まぁ考えてもしょうがありませんか。おいおい追及するとして)


 非の有無はともかく今は敵への対応が急務である。

 ホープとシュノンは装備を整えて来客を待ち構えた。彼らの対応次第でホープの識別コードが更新され、味方か敵か明らかとなる。


「来たっ!」


 砂漠イモムシよりも巨大な体躯を露わとした砂海の船は、ホープたちの横に停泊。何か呼びかけがあるかと思いきや、無言のまま船体が開き入り口が出現した。

 どうやら中に入れ、ということらしい。罠なのか友好の印と取るべきか。


「考えても無駄でしょ。行くしかないよ」

「そうですね」


 軽率とも取れる判断だが、シュノンの言う通り中に入るしかないことも確かである。戦術シミュレーションを行っても、何の遮蔽物もない広大な砂漠を生身の状態で逃げ切れはしない。ならば、相手の懐に入り込んだ方が安心である、と結果が導き出された。


「オリュンポスの十二神でもない限り、私の敵ではありません」

「……犬とイモムシ」

「シュノン! ここでその単語は出さないでください」

「しんみりさんよりも、こっちの方が調子が出るんだよねぇ」


 シュノンはおちゃらけて船内を堂々と歩いていく。無防備な姿だが、これはホープへの信頼の証だ。もし本当にヤバい時ならば、シュノンは言葉数が一気に少なくなり、おどけることもなくなる。


「私には泣き虫ドロイドがついてる! 無敵よ、チョー無敵!」

「褒められてるのか貶されてるのかわかりませんよ……」


 ホープは嘆息しながらその背中を追いかけた。索敵スキャンを怠らずに。

 船内には洗浄されたパーツがあちこちに置いてあり、作業要員の気配もした。しかし、誰もアクションを起こしてこない。薄暗い内部は一定の通路だけ明かりが灯されて、恣意的しいてきに導かれていることは明らかだった。

 警戒しながらホープとシュノンは進み、階段を昇って甲板に出る。太陽光の眩しさを瞬時に処理したホープは、自分たちが囲まれていることに気付いた。


「……」

まぶい! ……おっと、ほほ、こんちわ」


 黙すホープの横でいつものようにおどけるシュノン。周囲の男たち――あくまで生物学的には――は友好的とは言い難い対応でこちらを見つめて来ていた。


「あれ? なんか違くない?」

「そうですね……」


 シュノンの言葉にホープは脅威判定を更新しながら同調する。普通の人間も混ざってはいるが、多くは動物的な変異を遂げた者たちだった。人間とは思えない下半身が馬のそれへとなっている者。身体中を毛に覆われ、ライオンが人になってしまったかのような者。牛が人間と合体したような者までいる。


「もしかしてこのアニマルヒューマンたちは」

変異体ミュータントですね」


 宇宙探査計画プロジェクトノアに対を成す人類強化計画プロジェクトレギオンの名残。過酷な環境に適応するべく遺伝子改良された彼らは、黄金の種族とはまた違った能力をその特異な身体に有している。

 身体能力もさることながら、改造時に付与された動植物特有の力を持つため戦闘力も高い。


「……」


 ホープはアイカメラを凝らして周辺状況をアップデートし続けた。どこをどう利用し、どうやって戦い抜くか。戦術データベースと照らし合わせて最善の戦闘方法を模索する。

 そうする合間に、一人の男が変異体ミュータントたちをかき分けて姿を現した。意外な反応を思考ルーチンが示す。男は変異体ミュータントたちとは違い人間だが、劣るはずの彼に変異体ミュータントたちが全幅の信頼を寄せていると多次元共感機能が把握した。


「あなたがリーダーですか?」

「よくわかったな。その通り、俺がゴールデンホーク号の船長だ」

「金の鷹……」

「いいセンスね」


 シュノンが適当に返す。ホープは男の脅威判定の測定を続行。


「一目で見抜いたか? いや、分析したと言うべきか」

「……何をおっしゃっているのかさっぱり」

「衣服を身に纏っているフリをしているが、人間じゃないだろ」

「……」


 男はホープがアンドロイドであることに気付いている。普通の人間ならばそう簡単に見抜けはしないはずなのに。男の脅威レベルが上昇。


「これほど人間にそっくりなドロイドは見たことがない。まぁ、別に俺はお前が何者であろうとどっちでもいいのさ。やることは変わらないんだからな」

「やはりそうなりますか」


 男が腰に刺さった三日月剣を引き抜いて、にやりと笑みを浮かべる。男の脅威レベルはAだが、ホープの推測が正しければそれ以上に上昇する可能性がある。


「さて、パーティの始まりだ。自信がある奴は名乗り出ろ!」


 男が仲間に呼びかける。想定外の展開だった。てっきり全員でかかってくるとばかり思った男たちは、それぞれが立候補して自分たちの対戦を望むコロシアム形式で戦うつもりだ。

 ホープがシュノンに目配せすると、彼女は腰に納まるリボルバーに触れて、


「いざとなったら撃ち抜けば……」

「いいなんて野暮なことは言うなよ? 撃つ気配があったら自慢の早撃ちを披露してやる」


 小声で呟かれたシュノンの言葉に、男は全て聞こえていたかのように応じた。驚くシュノンだが、ホープは冷静に諭す。ここは私に任せてください。その間に対戦相手が決まった。


「俺は砂漠駆ける稲妻、ケンタウロス! 後悔するなよアンドロイド!」

「まんまな名前だし、しているのはあなたたちでしょ?」


 すんなりいかない状況に辟易したシュノンの呆れ交じりな冗談に、ケンタウロスは好色な眼差しを覗かせて、


「俺の友達はガキは嫌いなんだが、俺はガキが大好きでね。ごほうびが楽しみだ」

「気持ち悪っ。ホープ、ボコっちゃっていいよ」

「まずは小手調べ、ですね」


 シュノンの指令を聞き受けて、ホープは拳を構える。下半身が馬の変異体ミュータントであるが、そこまで脅威は感じていなかった。船長である男の存在を把握してからと言うもの、ホープの意識は彼にのみ注がれている。

 男の方もまた、ホープにだけ意識を集中している。ケンタウロスが勝つとは微塵も思っていない表情だった。


「始め!」

「うおらぁ! ぐほッ!?」

「これは、拍子抜けです」


 ケンタウロスが一撃でダウンし、他ならぬホープ自身が一番驚いた。ケンタウロスの攻撃は闇雲な突撃であり、横にステップを踏んで拳を打ち込むだけで済んだ。げらげらとギャラリーから笑い声が沸き起こる。不思議と悪意の測定はできない。


「突撃しか能のねえ種馬! だらしねえ奴だ!」

「普通の奴だったら避けられねえよ。おかしいだろう……」

「やはり時代はパワーだ。大火力での一撃必殺! それに尽きるぜぇ!」


 馬の次は牛だった。彼もまたミノタウロス、と見た目のまんまの自己紹介をし、強烈なパンチを見舞ってきた。これにはホープは防御で応える。振り下ろされた拳を片手で押さえて、空を切るパンチをお返ししてあげた。

 大げさな悲鳴が響いて、ミノタウロスが甲板に沈む。


「バカな……普通の奴だったら絶対に……」

「俺の言った通りじゃねえか牛野郎……なんだよこいつは」


 二人のミュータントを撃破し、ホープは彼らの脅威判定を終了した。ほとんどのミュータントは共和国時代のポテンシャルを発揮できていない。というよりも、生かす方法がわかっていないという状態だ。彼らは人為的に生まれた変異体ミュータントの子孫であり、戦闘力よりも環境適応力に秀でているだけなのだろう。

 それでも通常の人間だったなら苦戦したかもしれないが、ホープはアンドロイドでありバトルサポートドロイド。チュートンやアレスのような戦闘に特化した強敵ならまだしも、ただ人と違うだけの人間に後れを取ることはない。

 もっとも、その変化の方向性にもよるが。ホープは船長を注視する。


「船長! 次は俺が!」「あの高慢ちきなガキに目にもの見せてやりますぜ!」

「無駄だ無駄。奴は戦い慣れてる。ちょっと強い程度のお前らじゃ勝ち目はねえよ」


 船長は呆れながら言うが、すぐに好戦的な笑みを浮かべ直した。彼もまた普通の人間ではない、と予測を立てている。進化前の、鈍感な人間ではない。

 緊張のフェイスモーションとなるホープに対し、歓声するシュノンはぱぱっとやっつけちゃえ! とお気楽に述べた。


「もっちー、全勝したら賞金は出るんでしょ? まさか変なことしないよね? したらホープにぼっこぼこだよ? ついでに私は宇宙一の狙撃手だから、バンバンのバンだよ? ちみたち、相手が悪かったねー。やーい、悔しかったら勝ってみろ!」


 指を銃に見立て、余裕の表情で闘技を見守るシュノン。いつの間にか船上にあったテーブルの前に座り、誰かが運んできたのであろうジュースセットをごくごくと飲んでいる。

 その様子に感情アルゴリズムが少々の怒を出力しながらも、ホープは船長に対する警戒を色濃くする。

 剣をひゅんひゅん回し、船長は切っ先をホープに突きつけた。


「よし。お遊びは終わりだ。俺が直々に相手をしよう」

「へへーんだ! ホープには勝てませんよー」

「……どうでしょうか」


 強気のシュノンに対し、ホープは慎重に解析を進めていた。男の能力は大方把握済み。彼の能力は自分に対するアドバンテージにはならないとわかっているが、それでも油断は禁じえない。

 彼のような存在を身近に見てきたからこそ、ホープは油断なく拳を構える。


「ふん。そこそこ頭は回るか? 俺の後ろにいる愉快な仲間たちは皆、一度俺に負けている。どいつもこいつもお前が今倒したように油断してやがった。だが、お前は違うな。相手の脅威を認識できる。俺と方法は違うようだが」

「はい。私の観測方法は黄金の種族とは違います」


 忌憚なく受け答えしたホープに、ストローでジュースを優雅に飲んでいたシュノンがむせた。


「な、何だって!?」

「彼は黄金の種族の末裔ですよ。ですから、私がアンドロイドだとすぐ気付いたんです。存在を感じ取れなかったから」

「嘘……やばいじゃん! ポンコツじゃ勝てない!」

「それもまた、どうでしょうか」


 青ざめるシュノンへ、ホープは勝気な表情で言う。アンドロイドの心理光を黄金の種族は感知できない。登録されたマスターなら別だが、フノスでさえホープがどこにいるかは検知できないのだ。ゆえにホープの思考を読むことも船長はままならない。

 黄金の種族のポテンシャルは発揮されない。純粋な戦技で決着が付く。

 ゆえに戦術シミュレーションをフル稼働するホープに対し、船長もまた好戦的な笑みで応じた。


「そうでなくちゃなぁ。バトルってのは楽しいからやるんだ」

「その意見、真っ向から否定させていただきましょう」

「いいぞ。来いよ!」


 ホープが正拳突きをする。男も直線的に三日月剣を振るった。アームソードを展開させたホープは刺突で三日月剣を弾き、懐へと飛び込む。そこへ足払いを見舞い、船長が床へ転んだ。ホープは鉄槌打ちを振り下ろしたが、船長は剣の背を使って受け流す。


「やるじゃないか」

「本気を出したらどうですか」


 至近距離で睨みあいながらホープが言い放つ。船長は飄々とした笑みを浮かべ、


「実のところ、女を殴る趣味はないんだ」

「では潔く負けてください!」


 性区別発言にムッとしたホープが足蹴りを放ったが、船長は驚異的身体能力で跳躍し体勢を立て直す。そして剣を構え直すと一気に距離を詰めてきた。

 素早い斬撃。手加減していた時とは比べ物にならない剣圧に、ホープの脅威判定が更新されていく。


(ですが、アレスほどではありません! マスターほどでもない!)


 ホープは腕剣と腕盾を同時に使用し、剣と盾で攻撃を弾きながら船長を追いつめる。だが、男はあくまでも余裕だ。彼は気付いている。ホープが意味もなく他者を傷付けたりはしないことに。

 値踏みするような視線は、ホープの感情アルゴリズムを刺激。何としてでも一泡吹かせたくなってくる。勢いづいたホープは猛撃を放ち、船長を防戦一方の状態まで圧倒し、決めどころで脚部チェンソーを展開した。


「おっと?」

「終わりです!」


 治安維持軍の戦闘マニュアルでは、犯罪者を基本的に殺さない方針を取っている。犯罪者の生存は原因の探究に繋がり、解決方法の模索にも役立つからだ。ゆえにホープの戦闘指針も非殺傷が優先される。

 そのための武装破壊。狙いは身体ではなく相手の武装――。唸りを上げる鎖鋸蹴りに剣で防いだ船長も僅かに目を見開き、にやりとした笑みとなった。


「いいねぇ、合格だ」

「何をッ!」

「あらよっと!」


 船長は身体を捻るように斬り返し、ホープの右足を跳ね返す。剣の強度もさることながら、恐るべき技量である。常人ならば戦意を喪失してもおかしくない。

 これが新人類の力。距離を取り、次手を戦術データベースで模索するホープは、


「う、うぅっ! 助けて、お姉ちゃん!!」

「子ども?」


 突然駆け寄ってきた幼い少女に当惑する。シュノンも椅子から立ち上がり、なんじゃそりゃ、と首を傾げた。


「どして子どもがここにいんのさ」

「誘拐されたの! この邪悪で非道極まりない荒くれ者共に! 見るもおぞましい化け物共に!」

「そ、それはいけませんね! あなたたち、こんな子どもを攫うとは――!」


 ホープは船長を見据えて怒りを露わとする。だが、反対にシュノンはうーむ、と唸り考え込んでいた。


「なんかデジャブ……」

「嘘発見スキャナーでも嘘を吐いた兆候は確認できません! ……赦せませんね!」

「そーだよ! ロリコンは敵だ!」


 ホープに同調するツインテールの少女。海賊たちを糾弾した少女は不意に振り返り、


「なーんちゃって。ほい」

「……え?」


 ガチャリ、と金属音。音響解析は視覚認識と全く同じ結果を弾き出した。

 少女が満面の笑みで自分に仕掛けたのは手錠――それもドロイドのパワーをコントロールするタイプ――だと知り、ホープの思考ルーチン内にエラーの嵐が吹き荒れる。


「う、嘘です!?」

「あー……思い出した。天才少女が超一流の殺し屋を騙す映画だ。マジかよ、少女。君ハリウッドスターなみじゃん」


 諦観しながら褒めるシュノンに少女はすごいでしょ! と得意げに胸を張る。


「私はね、嘘発見器すらも騙せるスーパー演技力の持ち主なの。このお姉ちゃんも騙せたから、そろそろお金とってもいいよねー?」

「飯も食えるよ、たぶん。だから見逃してくれたりは……」

「しないよーだ。ジェームズ、二名様ごあんなーい!」


 少女は快活に船長へ振り返り、ジェームズと呼ばれた彼が部下に指示を出す。


「嘘です嘘です嘘です……有り得ません。私のスキャナーが……」

「いーや、予想できてたね。あなたはポンコツ。そろそろ自覚した方がいいわ。昔がどうだったかは知らないけど」


 シュノンの辛辣な言葉はホープの聴覚センサーに入力され、そのまま情報粒子の海へと受け流されていく。有り得ない。その感情奔流でいっぱいだった。知り合いを疑うのは良くないとして普段はスキャナーを切っているが、今回は間違いなく作動させていた。

 なのに、なのに。後悔で涙が止まらない。


「う、うぅ……」

「ええ、泣き出すの、この状況で? マジ? マジか、はぁ……」


 ホープとシュノンはまともな抵抗もできず牢屋へと連行された。

 その背姿を見送ったジェームズは、笑みを湛えたままだった。そんな彼に、見事ホープの嘘発見スキャナーを突破した少女が訊ねる。


「つかえそーなの? あの子たち。お姉ちゃんの方に至っては泣いてたよ?」

「めそめそする男はぶん殴りたくなるが、女が泣くのは別にいい。それにな」


 ジェームズが三日月剣へと目を走らせる。亀裂が入った剣はとうとう綻びを食い止めきれず、ぽっきりと折れてしまった。折れた刀身が甲板に突き刺さる。


「あの少女……ホープか。あれは間違いなく有能だ。戦闘面に関してはな」

「日常面はダメダメそーだけど」

「そっちはどうでもいい。俺が欲しいのは頭数だ。それもとびきり優秀な。……いい名前だ。希望ホープ。彼女は、楽園オアシスを解放するための希望になるかもしれねえ。そうだろう? お前ら」


 ジェームズは笑った。船員たちもまた、男に共感して笑みを作る。



 ※※※



 恐るべき海賊たちの策略により、偉大なるメシアシュノンたちは牢屋に囚われてしまった。広大な砂漠の海では、友軍の手助けを期待できない。絶体絶命の大ピンチ! 果たして、これからどうなってしまうのか!? スーパーヒーローシュノン様の大活躍にご期待ください!


「楽しそうですね、シュノンは」

「なんだよ、今いいところだったのに」


 脳内で構築した自作映画を楽しんでいたシュノンへ、囚われのドロイドが昏い瞳で余計な茶々を入れてきた。全く、デリカシーのないドロイド! シュノンは憤慨する。


「人が妄想を愉しんでる時は邪魔しちゃめっ! これ世界の常識よ?」

「牢屋の中でも妄想できるあなたのポジティブさには感心します。はぁ」

「てかさ、ホープは二回目なんだし慣れてもよくない? 人は慣れる生物っしょ?」

「牢屋暮らしなんて一回で十分です。それに私は千年もの間、カプセルに閉じ込められてたんですよ……」


 薄暗い牢屋の中で体育座りをして、ホープは膝の中に顔を埋める。沈痛な面持ちのホープだが、打って変わってシュノンは活き活きとしていた。何より一番の入会特典は、うだるような暑さからの解放だ。牢屋は砂漠の真ん中で車を走らせていた時よりも格段に居心地が良い。

 しかも、きちんとお水を要請すれば持って来てくれる。今のところ、乱暴される気配もない。至れり尽くせりという奴だ。なぜ気落ちする必要があると言うのか。シュノンにはよくわからなかった。


「超快適なのに、そんなんになる理由がわからないよ。バルチャーの時より全然マシっしょ?」

「今のところは、です。この後何が起こるかわかりませんよ。……それに、ケンタウロスのこと忘れていませんか?」

「……あ、それは」


 あの性欲に正直な種馬野郎のことをすっかり失念していた。うげぇ、と顔を歪めた瞬間、コツコツと何者かの足音が聞こえてきた。


「噂をすれば、ですよ」

「来るなら来いよくそ野郎! ホープが相手になってやる!」

「私を売る気ですか!? あんまりです!!」

「だってドロイドだし構造上の問題は発生しないでしょうよ! ほら、人を守る使命を果たすべき時が来たんだよ!」

「都合のいい時に他人の使命を持ち出さないでください! あのミュータントはロリコンのようなので観念を!」

「私は別にロリータじゃねえし! 十六歳ですし!」

「それを言うなら私は千と十七歳で――あ、あれ?」


 主の命令に従わない不義理なアンドロイドと口論を交わしていたシュノンの目の前に現れたのは、意に反して食事らしきものを手にしたスーパー子役ちゃんだった。


「何してんの? お姉ちゃんたち」

「シュノンが早合点して……」「ホープがバカなことを……」

「本当に仲がいいんだね。羨ましい」


 健やかな笑顔が牢屋を照らす一縷の光となる。可愛いなぁ、少女。例えお世辞だったとしても。

 だが、反面ホープは恐れを抱くような視線を彼女へ向けていた。ビビりちゃんにもほどがある。シュノンは呆れて指で彼女のおでこを弾いた。


「いたぁ! 何するのですか!」

「励ましのデコピンよ。あー腹減った。さっさと食おうよ。毒味して」

「……わかりました」


 念のため毒味は怠らない。ホープはしぶしぶと言った様子で串焼きを頬張る。

 そして、顔を輝かせた。物凄い勢いでがっついている。


「こ、これは! 未知の味ですが、非常においしい……!」

「マジか! 毒物は?」

「検出できません! どうぞ!」

「いただきまーはぐっ! うまっ! なんじゃこれ! 今まで食ったことのない肉だ!」


 勧められるまま頬張って、極上の味に舌鼓を打つ。ホープの感想通り未知の味。ジューシーな肉汁が口の中を駆け巡り、濃厚な旨みが食欲を活性化する。口の中に味の残響が居残り、何度でも食べたくなる不思議な味だ。食べれば食べるほど、もっと食べたくなるというダイエットキラー。ダイエット中の女子、特に嫌な奴には是非ともオススメしたくなる料理だ。

 シュノンは無我夢中で食べ進めながら、少女にこの肉の種類を訊く。是が非でもレシピに加えておきたい魅力的な料理だった。


「この肉は何のお肉? 牛や豚、鳥やカエルでもない!」

「その三種類とカエルを混同するのは納得しかねますが、私も気になります」


 ただの串を持って、ホープも問う。すると、少女はにこやかな笑顔で告げた。


「サンドワームだよ? おいしいでしょ! 砂漠育ちのワームはね、とってもジューシーでおいしーんだよ?」

「サンドワーム……?」

「あのでっかいイモムシだよ!」


 少女は両手を広げて無邪気に言い放った。砂漠イモムシを身振り手振りでジェスチャーしながら。

 あーあれかー、と納得したように相槌を打ったシュノンは、からん、という音を聞いた。発生源は串だ。さらに言えば、顔を青くしているアンドロイドだ。


「イモムシ……?」

「そうだよ、お姉ちゃん!」

「わ、私は、イモムシを、食べたのですか?」


 あ、やっべーかも。そう思うシュノンのことなど気にも留めず、演技派の少女はイモムシ嫌いのドロイドに真実を告げていく。嬉々とした表情で。


「うん! 砂漠の名産品と言ったらこれだよ!」

「うぷ……」


 まさに吐きそうな人間のそれへとなる素晴らしき我が相棒。シュノンは慌てて声を荒げた。


「ちょ、たんま! 吐くのなし! 振動でバランサーがダメになったわけじゃないでしょ!」


 口元を抑え、四つん這いになる相棒にシュノンはせっせと捲し立てる。嘔吐などご法度である。ただでさえ狭い牢屋に二人で閉じ込められているのだ。そこに素敵エキスの投入など断じてあってはならない。


「船酔い、です。仕方ありません……よね?」

「上目づかいで言い訳すんな! 吐くなよ? 絶対吐くなよ! 許さないからね! ゲロイドの称号を授与しちゃうからね!?」

「この際……構いません。ゲロイドでも……」

「ヤケクソになんな! 肉体的にも無問題だって! あんたは別にイモムシを食べても死にはしない! エナジーコントロールなんちゃらも起きない!」


 必死にホープを宥めるシュノンだが、ドロイドもといゲロイドに変異しつつある彼女は、こちらにお尻を向けて、ちら、と一瞥してくる。――なんだこのくそ野郎。今の吐いちゃってもいいよね? ね? みたいなちら見は。絶対許さないからね。

 シュノンは俄然として、ホープの嘔吐を許容しない。


「どうして、ですか。吐きたいのです、私は。体内に蓄積してしまったイモムシ成分を放出したいのですよ」

「女の子としてどうかと思うな! そんなんじゃモテないぞ!」

「いいです。どうせ千年も生き遅れてますし」

「訳のわからんこと言うなよ! とにかく吐くな!」


 とホープと海賊たちによる一騎打ち観戦よりもヒートアップしたシュノンは、はぁはぁと興奮した様子で息を漏らし、そのやり取りを見ていた少女が大声で笑った。


「面白いね、お姉ちゃんたち! いいね!」

「残念だけどこれマジよ、少女。牢屋でゲロはアウト。死刑ものよ」

「私は少女じゃなくてアンだよ、お姉ちゃんたち」

「オッケー、少女……」

「だからアンだって。でもまいいか」


 アンは笑って牢屋の前に腰を落とした。シュノンはホープを注意深く観察しながら彼女へ質問を投げる。訊きたいことは山ほどあった。いつまで自分たちは快適空間に入れるのか。そもそも、海賊たちが自分たちを捕らえた理由はなんなのか。


「私はシュノンで、こっちのゲロイドがホープ。まず訊きたいのは」

「何で牢屋に閉じこめて、しかも丁寧に食事を与えてるの? って感じかな」


 賢い少女。気持ち悪くもないのに吐き出そうとしている情けないアンドロイドとは大違いである。後ろで吐き気と格闘するホープに嘆息しながら、シュノンは話の続きを促した。


「そそ。略奪者にしては控えめだよね。まぁ助かってるんだけど」


 今のところ何も奪われてないし。貞操から所持品まで。


「ジェームズが略奪したいのはあなたたちよりももっとデカいものだからねー」

「まさか、イモム」

「違う違う。イモムシもデカいけど、それとは比べ物にならないものだよ」


 ホープの早とちりに、アンは両手を広げて再びジェスチャーをした。

 円形状の、とてつもなくデカいの。残念ながらシュノンにはイマイチ理解できない。


「悪いけどよくわかんないや」

「んー、そっかぁ。ま、簡単に言えばオアシスだよ」

「オアシス!?」


 その単語に反応したのは、シュノンよりもホープの方が先だった。


「オアシスがあるのですか? 砂漠に!?」

「おぉ、復活したんだお姉ちゃん。そうだよ。オアシスがあるの。……私はユートピアって名前の方が好きなんだけど」

「ユー、ユートピ……?」


 よくわからん、と首を捻るシュノンにホープは説明する。


理想郷ユートピアです。人々が至るべき最終地点、かつての世界のことですよ」

「ああ、つまりは共和国時代のことね」

「へーっ! お姉ちゃんたち古代文明のこと知ってるの!?」


 アンは目を輝かせ、羨望の眼差しでシュノンを見上げる。

 シュノンは満更でもない表情でやあやあ、と大げさに手を振り、


「ま、スーパーメシアちゃん的には古代文明のことならなんでもござれですよ」

「じゃあ、説明いらないね!」

「ごめんちょっと調子乗ったよ」


 子どもに嘘つくのよくない。うん。考えを改めたシュノンに、アンはえー? と疑問の視線を注ぎ直した。シュノンのぎこちない笑顔に、アンは少しがっかりしたような顔となって、


「何だ、がっかり。……ジェームズはね、選ばれし勇者なんだよ」

「それって私のことじゃ、ああうん何でもありません」


 ちょっとしたジョークも、疑念を抱くアン様に通じる気配がない。真面目に聞きますよアピールをして、シュノンは彼女の言葉に耳を傾けた。ホープも生真面目な表情で傾聴している。吐き気はどこかに失せたようだ。


「ジェームズの祖先はね、空からやってきたの。ボロボロの状態でね。でも、とんでもなく強くて、誰がどんな気持ちでいるかがすぐにわかって、あらゆる問題を解決し、楽園を創り上げたの」

「それがオアシスですか。……治安維持軍のやり方と似てますね」

「治安維持軍! うん、そうそう! ジェームズの祖先はその軍隊といっしょに悪い奴らと戦ってたの! でも負けて、その後も戦ってたけどさらに負けちゃって、地球に不時着しちゃったんだって」

「………」


 ホープがいつになく真剣な表情で黙考する。今の話はシュノンの興味も引いていた。世界が滅んだ後にも治安維持軍が活動しているようにも聞こえる。


「でね、それでもその祖先は諦めなくて、街を作ることにしたの。然るべき存在が現われた時、世界を救うための足掛かりとなるように、って言って。それをジェームズの一族が代々守ってたんだけど、突然……空から」

「空から?」


 緊張の面持ちで問い直したシュノンは、同じく張りつめた空気を醸すホープと一緒にアンを見つめ――。


「こっから先は有料サービスでーす!」


 という元気の良い声にリズムを崩される。アンはホープを騙した時のような変わり身の早さで二人を振り回した。


「ええっ! 今のはどう考えたって引っ張るところじゃないよ! 視聴者をイラつかせる最悪な切り方だよ!」


 デジタルアーカイブに保存されている番組であれば、文句を垂れながら早送りするところである。だが、残念なことにこれはデジタルの話ではない。


「だって、私の目的はあなたたちのスカウトだし。無料でお話を聞かせるボランティアじゃないの。今だって、あなたたちは快適に過ごせてるけど、もし協力してくれないってわかったら砂漠にポイだよ? もちろんあの車と使えそうな物は全部もらってく。海賊稼業は慈善事業じゃないからねー」

「なんじゃい! 結局略奪すんじゃん!」

「そりゃあ海賊ですしー。海賊が物奪っちゃいけないルールなんてないでしょ? 命が奪われないだけありがたいと思えっ!」

「やっべー超感謝! 毎日枕元で祈らせてもらうわ! さっさと牢屋から出してよ!」

「だったら契約書にサインの方を。今日からゴールデンホーク号の船員になるって言うなら、牢屋から出してあげてもいいよ?」


 アンはけーやくしょ! と雑に書かれた紙を取り出して見せつける。映画で見たことがあるぞ。これは詐欺の手口だ! そう警戒するシュノンだが、横に並ぶホープは真摯な目線でアンを見つめた。


「……アンから見て、ジェームズは悪い人ですか?」

「ホープ?」


 シュノンの疑問に、彼女は応えない。凛とした横顔だけを見せる。その表情が全てを物語っていたので、シュノンはこれ以上口を挟まない。今のホープは頼れるモードだ。

 アンは首を横に振りながら否定した。


「ううん。ジェームズはね、処分されそうになった私を助けてくれたの。みんなだって、ちょっと変な奴も混ざっているけど――基本的には悪人じゃない。みんな、家を無理やり追い出された人たちだからね。……信じてくれる?」


 ホープの嘘発見スキャナーでは、アンの嘘を見抜くことができないのは立証済み。だが、シュノンは薄々ホープがなんて答えるのかわかっていた。案の定、以前の自分なら絶対に思いつかなかったであろうことを、彼女は平然と言い放つ。


「信じましょう。私はあなたとジェームズを信じます」

「毎度ありぃ! じゃ、直接ジェームズを混ぜてお話ししよう! 歓迎パーティは盛大だよ!」


 アンは嬉々として牢屋の鍵を開けた。晴れて海賊の一員となったホープとシュノンが外へ出る。


「全く、罠だったら承知しないからね」


 呆れた物言いで苦笑するシュノンに、ホープは笑みを浮かべて言う。


「ええ。利益を得るのは私のおかげです」


 真反対のやり取りをした後、ごちそーごちそー! と歌いながら先導するアンの背中にくっついていく。彼女のご機嫌な歌を聞いて、ホープが少し青ざめながら訊いてきた。


「まさか、またイモムシが出たりはしませんよね……?」

「ああ、うん。外でならいくらでも吐いてくれていいよ」


 とにかく、自分に被害が及ばなければいいのだ。

 冷たく突き放したシュノンに、ホープはシュノン! と名前を呼んでくる。シュノンは逃げるように走り出した。笑い声を上げながら。

 

 ――ああ、全く。このポンコツって奴は。こうも見事に、私の孤独な旅路を楽しい冒険へと変えてくれやがる。本当に、最高なアンドロイドだ。


「やーいゲロイド!」

「アンドロイドです! 撤回してください!」

「吐こうとしたくせにー」

「あれは仕方ないでしょう! 生理的に無理だったのですから! 待ってください!」


 シュノンとホープは仲睦まじい姉妹のように、船内での鬼ごっこをしばらく楽しんだ。

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