第三章 解放
第13話 砂漠の海
シティはメトロポリスへと生まれ変わり、ホープたちは共和国再興のための第一歩を踏みしめた。
だが、順調に復興が進むはずはなく、様々な壁へとぶち当たった。部品や資源の困窮、人員の確保、技術レベルの向上。
だが、なによりも重要なのはドラウプニルエナジーの確保だった。
「深刻なエナジー不足。それが一番の問題だ」
メカコッコは忙しく動き回りながら告げる。やはりダンスしているようにしか見えないが、どれだけ滑稽でもホープは指摘しなかった。彼はドロイド開発の伝説とまで呼ばれし偉大な博士。容姿ではなく中身が重要なのだ……そう自身に言い聞かせる。
「エナジー不足って、え? ファクトリーは? この街、そんなヤバかったっけ?」
「現状の継続だけならば、既存のエナジー量でも問題はないのでしょう。ですが、発展にはかなりのエナジーが必要となりますわ。メカコッコが危惧するのはそのためですの」
「あ、そういうこと」
フノスの補足で、合点がいったようにシュノンは頷く。
二人の言う通り、街の発展にはかなりのエナジーが必要となる。現在確保しているエナジー量では、街の存続で手一杯なのだ。発展のためには外部からのエナジーの補給を行うしかない。
「君たちにしてもらいたいのはエナジー結晶の回収だ。ファクトリーでエナジー結晶を液体に変換できるからね」
「結局ゴミ拾いね。もうちょっとじゅーだいにんむ! とかくれるのかと思ってたよ」
「重大任務です。重要案件ですよ、シュノン。エナジーは必須物質です」
プレミアムの燃料にも、他ならぬホープの義体を稼働させる原動力にもエナジーは成り得る。エナジーが枯渇すれば、今の最低限レベルの生活水準がさらに引き下がる事態になってしまう。
メカコッコが同意して、首を何度も上下に動かした。
「ホープの言う通りだね。あらゆる機械がドラウプニルエナジーに頼っている。エナジーの確保は廃品回収よりも重要だと思っていい」
「やってることあまり変わんないんだけどなぁ」
両手を後頭部に当てぼやくシュノンにフノスが語りかけた。
「こう考えることもできますわ。つまり、あなたはずっと昔から偉大な仕事をしてきたのです。これからは、さらにもっとグレードの上がった仕事につく、ということですわ」
「姫様、それは……」
慰めにもならないことを。そう思って会話したホープだが、シュノンは満更でもない表情で得意げになった。
「そりゃあ、もちろんね! 私はすげーですし!」
「シュノン……滅多なことを言うと」
エアーを放出し、ホープが呆れがちに言う。と、メカコッコは感心の声で鳴いた。
危険予測デバイスが嫌な傾向を描く。
「そうだな。君はすごいよ、シュノン。そんな君に是非とも言ってもらいたい場所があってね」
「嫌な予感がします、シュノ……」
諫めようとしたホープだが、シュノンは聞く耳を持たない。
「どんと来い! スーパーメシアちゃんシュノン様がぱぱっと解決!」
「シュノン! 安請け合いをするものでは」
「よろしい! では、オアシスの探究に向かってもらおう」
ホープの助言が浸透する前に、メカコッコがてきぱきと指示を出した。
ふふん、と上機嫌になったシュノンはテーブルに広げられた地図を見て、ん? と首を傾げる。そして、すぐに顔を青くした。
ホープも微妙なフェイスモーションで地図を見下ろす。アイカメラを通して見る場所は砂漠の海と書かれている場所だ。
「は? 待って、オアシス?」
「そうとも。君も噂は聞いたことがあるだろう。砂漠の真ん中に浮かぶ秘境のことを」
「砂漠の海の秘境……そこに大量のエナジーがあるとメカコッコは予測したのですね」
地図と過去の地理データを照合した結果、砂漠の海は大規模なエナジー生産工場があった地域である。世界が崩壊したせいでかつての原型は保っていないようだが、捜索するには持ってこいの場所だ。
気乗りしないがこれも任務だと割り切ったホープに対し、シュノンは慌てて反論を申し立てた。撤回! 前言撤回! そう騒ぎ立てて、
「砂漠とかやっ! あそこには何もないって!」
「だからこそ、だ。みんなそう思って探さないが、実際には大量のエナジーが埋まっている。探索地点としてふさわしい。街がある、という話も聞く」
「第一プレミアムじゃ埋もれちまいますぜ! 残念!」
「そんなこともあろうかと、別の車を用意してある。砂漠仕様だ」
メカコッコの思念を読んだのか、フノスが言葉を交わさずに窓のカーテンを開く。すると、そこには砂漠仕様に改造されたビークルが停車していた。
「は、はーっ! 嫌だ! 砂漠は嫌だ! 溺れたくない! 埋もれたくない!」
「我儘はみっともないですわよ、シュノン」
「そうですよ、シュノン。姫様のおっしゃる通りです」
フノスと共にシュノンを説得しようとするが、彼女は興奮して言い返してくる。
「ホープは砂漠を知らないからそんなこと言えんだよ! 地獄よ、あそこは! 空気は乾燥日差しは暑くて、砂だらけっていうおまけ付き!」
「砂漠なのですから当然でしょう」
呆れがちに発声するホープに、シュノンは癇癪を起こす。むきーっ! いつにもなく苛立って、
「じゃああなたはいつどこでバケモンが出るかわからん状況に耐えられるの!? サンドワンに出くわしても平気!?」
「サンドワン!? そんな恐ろしい犬がいるのですか!?」
恐懼するホープを、メカコッコは冷静に諭す。容姿にそぐわないダンディな声で。
「いや、そんな生物は確認できない。シュノンの嘘だよ。環境適応生命体はいるだろうが」
「嘘、ですか。安心しました。シュノン、また私を謀ろうとしましたね?」
嘘発見スキャナーと質疑応答プロセスを同時進行させるホープに、シュノンもまた負けじと睨み返し、
「いるかもしれないって言ってんの! 可能性のお話よ! どこぞの悪魔が大好きな奴! 今すぐエクソシストを呼んで! もしくはハンター!」
「そんな悪魔はいません! 一体何の話ですか!」
「私だってわからんわ! とにかく砂漠はやーなの!」
意味不明なことを喚いて、シュノンは駄々をこねる。先程までの威勢はどうしたのでしょうか、とホープも頭を抱えざるを得ない。
シュノンの性格についてさらなるアップデートが加えられた。時として、シュノンはこのように矛盾した言動をとることがある、と。前回と今回ではっきりとした。
「この前の時もそうでした。言ってることがころころ変わるのは人としてどうかと思います」
「どうか? こうか? そうか? なんて思われたっていいよ! 砂漠には行かないっ! 絶対にね!」
「参りましたね……」
ほとほと困り果てるホープ。腕を組んでそっぽを向くシュノン。
その二人を見て笑みを浮かべるフノスとメカコッコ。端っこで行儀よくお座りをするエイト。
その構図がしばらく続いた後、ドアが開いて誰かが入ってきた。ホープのセンサーが感知できなかったが故に、該当者は限られる。
「会議は終わったのか?」
「チュートン……!?」
ホープはアイカメラを拡大させたが、シュノンは平然として取り合わない。姫やメカコッコも動じないので、すぐに事情が呑み込めた。
この街の変容に、彼が一役買ったのだ。凄腕の傭兵、用心棒として。
「終わったよ! 砂漠には行かない方向性で固まった」
「シュノン!」
「なるほど、駄々をこねているのか」
バケツヘルムがシュノンへと向く。チュートンは地図を一瞥し、
「砂漠の海にはまだ見ぬ財宝が眠っているという噂もある」
「……財宝?」
ぴくり、とシュノンが反応。チュートンはライフルを構え直しながら諳んじる。
「
同意を求めるように、チュートンはホープに訊ねてくる。チュートンの話は事実なのでホープも当惑しながら応えた。多次元共感機能はステルス機能を有する鎧に阻まれて彼の心理状態を測定できない。
「え、ええ」
「お宝があんの? マジで?」
早速シュノンの猫のような気変わりが発揮される。らんらんと目を輝き出したマスターは、顔の窺えない騎士を見つめて問いかける。
チュートンはヘルム越しに応えた。耳触りの良いクールな声で。
「傭兵という職業柄、いろんな奴に話を聞くんでな」
「お宝、お宝かー。ぬひひ」
「下品な笑い方ですよ、シュノン」
意地の悪い笑みを浮かべて、シュノンは愉しそうに頭を巡らす。財宝に囲まれる妄想でもしているのだろうか――などと電脳内でホロビジョンを作成していると、シュノンはよっしゃー! と勝ちどきを上げた。
「お宝! お宝だ! 金銀財宝、ゴミの山ー!」
「やる気になったかい?」
「もちのろんよ! タダで車もくれんでしょ? よっし、よっし!! ホープ! プライスレスに荷物を積み込んで!」
「プライスレス……?」
突然飛び出した単語に言語中枢の変換機構が苦戦を強いられていると、シュノンは砂漠仕様のビークルを指して叫ぶ。
「あれのことよ! プライスレス!」
「プレミアムの次はプライスレスですか……」
シュノンのネーミングセンスに辟易としながらも、ホープは笑みのフェイスモーション。チュートンのおかげでシュノンはやる気になってくれた。感謝の音声を出力する。
「ありがとうございます、チュートン」
「借りを返しただけだ。……レインはどこだ?」
素知らぬ顔で言うチュートンはメカコッコに問う。彼は右羽を広げて方向を示した。
「保育施設で遊んでいるはずだ」
「了解した」
チュートンは部屋を出ていく。うきうきと地図を眺めるシュノンが気になってメカコッコに訊ねた。ホープも気に掛かりフォーカスする。
「レインってだあれ?」
「チュートンの子どもだよ。正確には養子のようだが」
「子ども? それは……殺さなくて良かった……」
心底安堵した様子で、シュノンは息を吐いた。その表情にホープは幸福を感じる。
シュノンにはやはり良心が存在している。殺伐とした環境の中でも、きちんと愛情を注がれていた証拠だ。人間もアンドロイドも環境が劣悪だと、人間性に多大な影響を及ぼす。
中には例外も存在するが、一握りの例外がいるからと言って放置していい問題ではない。暴徒たちも環境が整えられれば減少するだろう。そうして世界は平和になっていく。そのための足掛かりがメトロポリスだ。
何としてもエナジー結晶を回収し、発展の地盤固めをしなければ。
ホープが目的を再確認すると、フノスがにこりと微笑んだ。全てを見通しているかのように。
「子どもは宝、ですからね。子どもを消費すれば、世界は発展できません。緩やかな滅びが加速するだけです」
「王女殿下のおっしゃる通りだ。人員確保は私たちで進めるよ」
「私たち? 姫様は……」
ホープの疑念にフノスが不満を隠さず応じた。
「メカコッコの言った通り、
フノスは本心から残念がる。火星の過酷な環境で過ごしてきた姫様は砂漠の気候にも問題なく適応できる。てっきり同行して頂けるものかとホープは期待していたため、落胆は禁じえなかった。
「えー、来ないの?」
シュノンも若干の不満を覗かせる。ようやく姫様と仲良くなってくれましたか。優しいリズムに感情を動かしたホープは、
「あなたがいないと死にそうだよ。物理的に」
「……どういうことです?」
予想外の発言に眉を顰める。くすくす笑うフノスの横でシュノンは、
「だって、お姫さんのナビゲート、超優秀だったよ! 視界不良の中でも平気へっちゃらだった! でも、ホープはそうはいかないでしょ? なんちゃらエラーで測定できませんとかなんとか言って大ピンチでしょ?」
「それは仕方ないでしょう! 黄金の種族とアンドロイドでは黄金の種族の方が優秀なのですから……!」
ネットワークが構築されていた過去では同等の索敵能力を有していたが、崩壊後の世界では、空間把握能力という一点においてホープはフノスに劣っている。ステルスコーティングの施された敵をフノスは感じ取れるが、ホープは全く察知できない。
心理光を探知するか、
「うふふ、流石にその比較は酷ですわよ、シュノン。ホープは今、本来の性能を発揮できない状態なのです。昔ならもっと強力で、高性能でしたわ」
「つまりそれって今はダメダメのポンコツドロイドってことじゃん。まぁ、気楽ではあるけどさ」
「昔もそれなりにダメダメでしたから、あまり変わりませんよ」
「姫様!」
フォローして下さったとばかりに思ったフノスが悪口へとシフトチェンジしたため、ホープが声を上げる。ふふふっ、とフノスは笑みを湛えて、
「冗談ですわ。それにホープの良さはこの人当たりの良さにあるのです。彼女は人でも機械でもなく、アンドロイドという存在。その気楽さこそが、ホープに与えられし優位性なのです」
彼女の説明が、ホープの記憶回路を刺激する。似たようなことを言ってくれた先輩がいた。
――あんたは他のアンドロイドとは違う。創造主に愛されている。独自の心を持っている。しゃんと胸を張って、堂々としてなって。せっかくいいおっぱいも持ってんだしさ。
……最後の一言はデリートしたいが、先輩の言葉はマスターと同じように心理光を輝かせて、ホープの自我を支えている。自分が愛されていたという証明になる。
優しい音響に身を包んでいると、シュノンが手をアイカメラの前でひらひら振って、
「おーい、聞いてる? 聞いてます?」
「はい? 何でしょう」
メモリーを再生していたホープが訊き返す。視覚と聴覚センサーに意識を回していなかった。
「やっぱりポンコツだよ、もう。……そろそろ行くよ?」
「ああ、はい! すみません。少し思い出に浸ってました」
「感傷的なドロイド。やっぱり人間より人間らしい。いや、これこそがアンドロイドのカタチ、なのかなぁ」
アンドロイドのカタチ。
ホープは問いでも経過でもなく、答えなのだ。
自分を作った開発者が、アンドロイドは斯くあるべし、として創造した結果の。
ならば答えとして、希望を紡ぐだけだ。
ホープは部屋を出るため、扉付近に陣取るエイトに要請した。
「エイト、おとなしくしててください……」
「わん! なんちゃって」
「ひぃっ!? シュノン! 驚かさないでください!」
「鳴き真似でビビるってどんだけ……」
呆れるシュノンにホープは言い返せない。フェイスカラーを赤くして、おっかなびっくりエイトの脇を通り抜けながらプライスレスへと向かって行った。
一面に広がる砂の海を、一台の車が走行していた。太陽光を遮る簡易な板を除いて座席が剥き出しの状態で、広大な砂漠を一直線に進んでいる。
プライスレスはバギーカーに分類される車種らしい。ピックアップトラックに比べれば小柄なものの、砂漠を走破するに足る馬力と砂との接地圧を調整されたタイヤからプレミアムに負けず劣らずの力強さが感じられる。
エンジンサウンドもシュノン好みのようで、プライスレスの運転に関しては彼女はうきうきとしていた。
だが、目的地に近づくにつれてだんだんその表情が陰ってくる。外装を切り替えられるプライスレスはオープン状態のため、日差しが曇ったせいではない。
「あっづー……やっぱり、あっづーぅ」
「気温の上昇速度が圧倒的ですね。冷却液の放出が止まりません」
開放的な車体は風通しが良いが、その風も熱風であるため大した冷却効果は望めない。クローズ状態での空調使用をホープは提案したが、エナジーの無駄遣いはできないとして却下された。
「砂漠でエナ欠とか死以外の何物でもないし……」
「メカコッコは多めにエナジー缶をくれました。ですから……」
「私が平気って言ったんだから平気よ。あなたも問題ないんでしょ?」
「それは、まぁ……」
冷却液がどばどばと対表面を覆っているものの、緊急冷却が必要な状態ではない。
義体内部のフルスキャンでも目立った問題は発見できなかった。小さなエラーは発生しているが問題なく対処できる。
ホープとしては自身よりもシュノンの状態の方が気に掛かった。
熱中症や脱水症状が起きないか常にモニタリング。アイカメラを通したスキャニングでシュノンのメディカルチェックを怠らない。
しかし、砂が目に入らないようにゴーグルを身に着けているシュノンは汗を滝のように流しながら運転を続ける。
「くはー。フード邪魔! マスクも邪魔! あー、かき氷食べたい」
「それはいくらなんでも無茶なオーダーですよ」
「だいじょぶ、あなたに期待してない」
「む……」
シュノンの言葉は事実だが、やはり多目的支援型アンドロイドとしては反感を抱く。どうにかしてかき氷を出せないものか、と思考ルーチンを回し、一つだけ思い当たった方法を提案してみる。
「冷却液をさらに冷やすことでかき氷の創生が可能です」
「……冷却液ってさ、人に言い表すと何?」
じとっとした目で見てきたシュノンに、ホープは質疑応答プログラムを巡らせる。
「汗、ですね」
「喰えるかんなもん! 冗談も大概にしてよ! ただでさえあちーのに!」
「ですが、有害物質は含まれてません……」
「ならあなたはおしっこを平気でごくごく飲みますか!? 飲まんでしょ! 中身じゃなくて見てくれの、メンタルの話よ!」
「カエルを食べるシュノンに言われたくはないですが、わかりました」
感情アルゴリズムが哀となり、ホープは熱気を含んだエアーを吐き出す。熱で電脳に影響が出ているのかもしれない。並列する量子コンピューターにも問題が起きている可能性がある。
普段なら、こんなことを口走ったりはしない。砂漠用に義体をチューニング済みだが、メカコッコの想定よりもここの気温は高温だ。
「やはりクーラーをつけるべきです。シュノン」
「……確かに、ちょっと辛くなってきた」
シュノンも顔が若干赤い。熱中症とまでは行かないが、段々と体表の熱が上昇している。サーモグラフィなら一目瞭然だ。
シュノンはコンソールを操作して、剥き出しの車体をクローズした。座席がすっぽりと包まれて車内に冷たい空気が流れ出す。幸せそうな吐息をシュノンは吐いた。
「ふはー。生き返るー」
「今はとにかく走り回るしかないのですから、休める時に休みましょう」
「レーダーちゃん次第か。レーダー伍長! せっせと働け!」
停車したシュノンが後部座席に搭載されたデバイスに一喝する。メカコッコ特製の地中レーダーはエナジー結晶や大量のドラウプニルエナジーに反応するよう設定されている。
規模は広いながらも、やることは遥か昔の地中探査と変わらない。広大な砂漠を走り回り、反応があればそこへ赴いてオアシスがないか確かめる、といった寸法だ。
古典的な方法だが、今の技術レベルではこれが精一杯である。
「オービタルスキャナーが使えれば一発なのですが」
「なにそれ」
「宇宙から惑星全体をスキャンする探査衛星です。大気、地表、主な生命体、埋蔵物質……全てが一括でスキャニングできました」
「聞きたくなかったよ。あー……いいなー」
言葉には出さないが、ホープも同じ感情波形だった。下手に昔を知っている分、より古く非効率的な方法を使う現状がもどかしい。
だが、それでもやらねばならない。もう何度目か数えきれないほどの鼓舞コードを電脳が送信した瞬間、未知の生体反応をセンサーが捉えた。
「何です……!?」
「な、何が?」
困惑するシュノンに、ホープは焦って指示を出した。説明を添えながら。
「発進してください! 地下から何か、大きなものが!」
「いやーな予感するぅ」
シュノンは言われた通りプライスレスを発車。ホープは念のため後ろに置いてあるアサルトライフルを掴み、窓を格納した。そして、反応が急速接近する地点を目視する。
不意に、ソレは現れた。大量の砂を巻き上げて、おぞましい叫びを上げながら。
全体的なフォルムは円筒形。胴体は非常に縦長で一つ一つブロック状の体節が続いている。頭部には複眼と、獲物を捕食するための牙がついており、センサーの役目を果たす触覚らしきものが存在している。
茶色い巨大な昆虫は、一言で言い表すなら大型のイモムシであり――。
「…………ッ!!」
ホープの苦手な生き物の一つでエラー。深刻な問題が電子脳内に発生。
一時的に義体及びパーソナルデータをシャットダウン。
……データを保護しています。しばらくお待ちください。
「ちょっと、ホープ!」
身体振動を感知。エラー。現在再起動コマンドを実行中。触らないでください。
「ねぇ! どしたの! 何が見えんの! 砂でよくわからないんだけど!」
マスターの発声を検知。エラー。現在問題の解決中。そっとしておいてください。
「ってうわっ!? 何あれおいしそ……じゃない、やばい! ホープ! ホープってば! フリーズしてんのかよ! えいっ、この、ポンコツ!」
「いったぁ! 何するのですか!」
拳によって強制的に再起動を果たしたホープに、シュノンはサイドミラーで後ろの生命体を確認しながらハンドルを左右に切っていく。
「そりゃこっちのセリフでしょ! 何でフリーズしてんのよ! このヤバい時に!」
「フリーズ? 何を言って、私は、私は? ひっ!!」
「とりゃあ!」
「うわっ! 殴らないでください、大丈夫です! ……訂正します、あまり大丈夫ではありません……。イモムシ、イモムシですよ? 恐ろしい生物ではないですか……」
義体が小刻みに振動し、フェイスカラーが青となる。外の気温は暑いのに、ホープの内部環境は凍結しかかっていた。
見るに堪えない化け物が、外から轟音を立てて迫ってくる。
久方ぶりに感じた恐怖体験である。これならばエイトの方がマシ――。いや、修正、どっこいどっこいかもしれない。
義体全体の熱量が低下するホープに対しシュノンはヒートアップして捲し立てた。
「急いで迎撃しないとイモムシちゃんとご対面するよ!? それでいいの!?」
「よくないです! 迎撃します!」
半ばヤケクソに叫びながら、ホープはアイカメラを閉じてライフルの引き金を引く。がむしゃらに放った銃弾は対象の巨大さのおかげでヒット自体はしたものの、敵の装甲が強固なためか貫けない。
ホープはレーザー武器であるテンペストを取り出し、窓から身を乗り出した。
「テンペスト! 使っていいですか! いいですよね! 使います!」
「ちょ、まだ私なんにも言ってな――」
「撃ちます!
強引に穿たれたテンペストのフルチャージレーザーは、共和国時代に製造中止命令が出された通りの威力を体現してみせた。高濃度に圧縮された膨大なエナジーが炸裂し、大型環境適応生命体を一瞬で蒸発させる。
「やった、やりました!」
「いややりすぎ……。食事にできないじゃん」
嘆息しながら述べるシュノンに、ホープは毅然とした態度で言い返した。
「食事!? 有り得ません! 食べませんよ、私は! イモムシだけは無理です! 断固拒否しますから!」
「どうせ跡形もなく消し炭になっちまったから無理だよ。もっといっぱいいるわけじゃあるまい……し?」
何気なくシュノンが放ったその言葉によって、因果が改変されてしまったかのように。起爆剤となり、連鎖反応が起きてしまったかのように。
大量の砂を舞い上げて、四体もの巨体イモムシがプライスレスを囲うように現れる。
「うげー! 四面楚歌!?」
「ひぃ……ぁ……」
義体出力が大幅に減少し、ホープがふらりと背もたれにもたれかかる。そこへシュノンが必死になって励ました。
「ちょお! お気を確かに! あんたはバトルサポートドロイド! 高性能な多目的支援型アンドロイド! 卒倒してどうするよ!」
「むり、むりむりむり……」
アイカメラから処理液を流し、生まれたての小鹿のように震えるホープには、もはや戦意などひとかけらも残されていない。
どうすっか、と焦りを漏らすシュノンはホープの手に持つテンペストを見つめたが、クールタイムが存在するため即座に発射することは不可能だ。
ホープの戦意が仮に存在しようとも、このままでは喰われてしまう。
「あーくそ、どうしよ! クレイドルなら……!」
「いやですいやですいやです! あっちいって! あっちいってえ!」
「子どもみたいなこと言わないでよおばあちゃん! くっそーままよ!」
シュノンは乱暴にプライスレスをスタートさせる。どうにかして逃げ切ろうとしたのだろうが、砂漠イモムシの方がスピードが速い。文字通り砂漠の海を泳ぐようにしてプライスレスの進路を阻む。
ホープはそれをがたがた震えて観測することしかできない。無論、本当に喰われるような瞬間にはシュノンを抱えて脱出するつもりではいるが、なるべくそうならないことを願っている。祈りをささげる。機械少女なのに。
「神様神様……お救いください」
「神頼みとかマジかよ! うわっ!!」
突如として出没した砂漠イモムシがプライスレスをひっくり返した。悲鳴を上げて天と地が逆転した二人は、シートベルトを外して窓から脱出を図る。
そして、イモムシの複眼と目が合った。
「まずッ!」
「し、し、仕方ありません! き、りきり、ふ、だだを使うきょ、きょくめんのよ、よですね……」
ホープが震える声を出力するが、まともに電脳内へのコマンド送信が上手くいかない。感情アルゴリズムが極端に乱れているせいだ。人の行動に精神状態が影響するように、アンドロイドもまたメンタルの影響を受ける。
「くそ……!」
観念してリボルバーを引き抜いたシュノンが撃鉄を起こし、イモムシの頭部に向かって射撃する。
次の瞬間、イモムシが爆発した。
「へ……?」
シュノンはぽかんと砂に沈むイモムシを見つめる。ホープはアイカメラを瞑っていたせいでよくわからなかった。
そこをシュノンはぺちぺちと叩いて、二人揃ってプライスレスから出る。
そして、目の当たりにする――イモムシたちが炸裂するさまを。緑色の血のシャワーが降り注ぎ、危うくホープはフリーズしてしまうところだった。
「何が起きてんの……?」
「あれ、です……」
ホープが震える手で指をさし、シュノンがつられて視線を向ける。
「船……?」
二人の先には、砂の海を進む帆船が壮大な姿で佇んでいた。死を連想させるドクロマークのついた帆を風になびかせて。
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