第7話 戦神

 ヘイムダルは椅子に座り、虚空を見つめて思考に耽っていた。走馬灯のように記憶が脳裏を駆け巡る。

 物心ついた時に、父親から使命を託された。人々を守り救うこと。

 その使命は希望の到来によってようやく果たされた。一族の悲願が達成されたのだ。


「やはりついて行くべきだったか? 親父」


 亡霊に投げかけるが、返事はない。返事がなくとも答えは知っている。


「わかってる。俺たちは番人だ。見張り番は遠くから成果を見守るだけ」


 それでいいとヘイムダルは達観している。彼は最後まで番をする。彼女たちが無事に帰還し共和国を復興して始めてヘイムダルの仕事は完遂されるのだ。

 見張りは終わっても、ヘイムダル自身の役目は続く。死を迎えるまで日課を止めることはない。いつも通りの見回りを再開するべく、先祖代々伝わる散弾銃へと手を掛けた。

 そして、エイトの鳴き声を聞き、洞窟の入り口へ目線を向ける。


「……略奪者か?」


 いくらあのアンドロイドと少女が間抜けだったとはいえ、地図を読み間違えることは有り得ない。仮に読み間違えた場合、罠に掛かって無残に死ぬだけだ。ヘイムダルはシェルターまでの道のりに罠を張り巡らせている。丹精込めて拵えた最高のトラップだ。

 付近に略奪者が現われることはままある。奴らの行動パターンは単純だ。バカな奴らしかこの土地には来ない。まともな頭をしていれば、この付近には何もないとすぐに気付くはずだからだ。


「お引き取り願うか」


 薬室を開いて弾薬を装填し、ヘイムダルは外へ出るべく通路を進む。そこで犬の悲鳴を聞いた。

 ――有り得ない。エイトは優秀だ。敵が凶悪だと感じ取った場合、すぐに逃げるよう訓練している。


「バカな。今度のお客はやり手か?」


 散弾銃をしっかりと構えて慎重に洞窟の出口へ近づいていく。そして、出口に差しかかったところで接敵した。

 無骨なバトルドロイド。レーザーライフルを構えて、奴はヘイムダルを狙ってきたが、こっちの方が速い。バトルドロイドが悲鳴を出力した。


「いたぞ! ――ぐあッ!」

「……本当にドロイドか?」


 そのあまりに人間めいた反応速度にヘイムダルは疑問を呈す。もしこれが完璧に設計されたバトルドロイドなら、ヘイムダルはなす術もなく蜂の巣にされていたに違いない。

 だが、ドロイドにしては反応が遅い。まるで人並みだ。

 違和感を脳裏の片隅に押しやって、破損したドロイドを踏み越える。外に出た瞬間、熱線の雨が降り注いだ。


「こんなにいるのか!」


 バトルドロイドが二十九体。人間的な、訓練を受けた兵隊のような動きでヘイムダルに射撃をしている。木々を遮蔽物にすべく散弾を穿ちながら駆けるとまたもや不思議な光景が目に入った。

 ドロイドが散弾に恐れをなしているのだ。至近距離でもない限り、ドロイドの装甲なら一撃を受けたところで大した損傷はないはずだが。


「老人がひとりだ! 撃て撃て!」

(デタラメな射撃だ。一体どうなってる?)


 先程見送ったアンドロイドは犬に怯えたはいたが、それ以外はドロイドとしての機能をきちんと果たしていた。だが、彼らはまるで――機械の鎧を身に着けた人間だ。略奪者よりは動けているが、今も自分ひとりを始末するのにこれほど手間取っている。


(なんにせよ、シェルターに向かわせるわけにはいかない。親父、残って正解だったよ)


 父親に笑いかけ、ヘイムダルは薬室を解放し散弾ショットシェルを流し入れる。木にカバーしながら遮蔽撃ちブラインドファイア。どうやら敵はレーザー出力を抑えているようで、木を撃ち抜くことすらしてこない。


(俺を捕らえる気か? なぜ?)


 勇敢なドロイドの一体が銃を乱射しながら突撃してきたが、散弾であっさりと撃退。ヘイムダルの射撃で二十八体ものドロイドが怖じている。その隙を衝き、的確な狙いで彼はドロイドの数を着実に減らしていった。いける――そう思ったのも束の間、


「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」


 急にドロイド軍が射撃を中断。訝しんでヘイムダルは木の陰から覗き込み、


「H232はどこだ?」

「――後ろかッ!?」


 背後から問いを投げられる。反射的に散弾銃を向けたが遅い。ガスマスクの男はヘイムダルの首を片手で掴んで持ち上げ、散弾銃が地面へ落ちる。


「どこに向かった」


 漆黒の男は詰問するが、ヘイムダルに答える気はさらさらない。答えるぐらいなら死んでやるとも。強い意志を視線に投じる。


「お前に答える義理はない」

「ならばお前の頭に直接訊こう」


 男は不意に左手を伸ばし、ヘイムダルの頭を掴んだ。嫌な予感がひしひしとして、ヘイムダルは蹴りを男に見舞うが、頑強な黒のアーマーはびくともしない。

 直後、悪い予感が的中した。男が、ヘイムダルの頭の中を読んだのだ。


「近くにシェルターが存在するな。H232は灰色の髪を持つ少女と共にいる」

「どうしてわかる」


 理解不能だった。もしこの男が伝承に伝わるテレパシー持ちだというのならお手上げだ。ヘイムダルの疑問に男はにべもなく答えた。


「共和国時代に、記憶読心メモリーリーディング技術は確立されている。無駄な足掻きだ」

「無駄かどうかは俺が決める!」


 ヘイムダルは腰のナイフを引き抜いて男の頭に突き立てた。だが、頭部のヘルメットは非常に硬く、ナイフが根元から折れてしまう。驚きに目を見開く彼を男は落とし、刀へと手を伸ばした。

 ヘイムダルも負けじと散弾銃を構える。そして引き金を引く――瞬間。


「く……ッ!」

「お前では俺を倒せん」


 散弾銃の銃身がすっぱりと斬り落とされる。男の刀は発熱していた。高周波ブレードだ。どんな装甲も容易く切り裂く強力な刀剣。

 ヘイムダルは狼狽しながらも訊ねた。一体全体、意味がわからない。男は何者で、動機は何なのか。


「なぜこんなことをする」

「希望をへし折るためだ、ヘイムダル」


 男は名前すらも読み取ったらしい。しかし、気に掛かったのはそんな些細な事柄ではなかった。希望。ヘイムダルの脳の片隅に浮かび上がったのは、あのアンドロイドだ。彼女は希望ホープだ。共和国を復興させる最後の希望。

 ――やらせるわけにはいかない。


「させると思うか?」

「いいや、思わん」


 刀がヘイムダルの喉元に向けられ、彼は行動を制される。ぐっ、と思わず呻いた彼の耳に、ドロイドの機械音声が聞こえてきた。バトルドロイドの一体が男に近づき、敬礼する。


「アレス様。例のアンドロイドは発見できません」

「……報告が遅いぞ、コマンダー」


 アレスと呼称された男はドロイドを見ずに応じる。が、バトルドロイドは明らかに動揺した。非常に人間めいた反応。今まさに殺されそうとしているヘイムダルが居た堪れない気持ちになるほどだ。


「申し訳ございません。クリアリングに手間取りまして――」

「言い訳は無用だ。老人ひとりにこれほどの時間を浪費するとは。今こうしている合間にも、H232は目的を果たしているだろう。あの男の言いつけ通りにな。これは致命的なミスだぞ、コマンダー」

「め、面目次第もございませ――」

「謝罪も不必要だ。必要なのはお前の身体だ。義体の数は限られている。無能な者に貸与たいよする義体はない」


 ドロイドが後ずさる。死刑宣告を受けた咎人のように。義体が震えているのがヘイムダルからも見て取れた。フェイスインターフェースは存在せず、外部カメラすらも視認できないというのに、ドロイドは恐怖に怯え泣いているようにも見える。


「お、お待ちください、どうか、どうか……!」

「お前はしくじったのだ、コマンダー」


 アレスが左手を翳す。左手にハッキングデバイスが埋め込まれているのだ――ドロイドが悲鳴を上げて、最後の懇願をした。


「お願い、します! どうか、デリート、だけは」


 その言葉を最後に、ドロイドは糸が切れたように倒れた。アレスが別のドロイドに追加の指示を出す。突撃したあのドロイドのパーソナルデータをこの義体にインストールしろ。


「なるほど。お前たちは生き残りというわけか」


 そのやり取りを見て、ようやく事情が把握できた。ゆっくりと息を吐く。コートの内側に隠してあるリボルバーに手を伸ばし、油断しきっているアレスへ向ける。

 アレスは反撃しようとしない。無抵抗にも思える。

 同時に、コイツにはどうやっても敵わないという諦観も、芽生える。


「ホープに固執する理由がわかったぞ。お前はアイツが欲しいんだな」

「知る必要のない事柄だ、ヘイムダル」


 ガスマスクの内側から、凍てつく視線が注がれる。記憶も心も読み取られ、丸裸にされた気分だ。寒気がするが、ヘイムダルは怖じない。哀れな傀儡共のように、怯えることも、恐怖に震えることもない。

 なぜなら既に、希望の光は灯っているからだ。恐怖を抱く理由がない。


「俺はお前を倒せないだろう。だが、ホープはお前たちを出し抜くぞ」

「賢明であると同時に愚かな判断だぞ、ヘイムダル」


 ヘイムダルと同じように、アレスも確固たる信念を言葉に乗せた。


「奴は希望の光ではない。絶望を呼び込む角笛ギャラルホルンなのだ」


 銃声が森の中に轟く。瞬時に、刃が一閃した。

 ――親父。約束通り、ちゃんと使命は果たした。これで俺も親不孝者じゃなくて済むぜ。今、そっちに行く。いっしょに少女たちがどう世界を救うのか見守ろうじゃないか。世界の番人ヘイムダルとして。



 ※※※



 ヘイムダルから手に入れた地図の走り書きがなければ、シュノン共々果てていたに違いない。戦術データベースがそうシミュレート結果を弾き出すほど、道中は危険な箇所でいっぱいだった。

 落とし穴という古典的トラップから、針地獄、落石、地雷、タレットなど、原始から未来までの全ての罠ギミックをコンプリートした正真正銘のデスロードだ。


「危なかったですね。間違ってこちらに迷い込んでいたら……」

「あのじーちゃんこわっ! どんだけ用心深いのよ」


 ホープの横でシュノンが身震いした。これほど念入りに仕込まれたトラップ群に遭遇した経験はないのだろう。

 二人は会話を交わしながら、鬱蒼と茂る森を突き進む。地図のルートは驚くほどに安全が保たれており、ヘイムダルが丁寧に設置場所を計算していたことが窺える。彼はまさに番人ヘイムダルとしてふさわしい。彼は拒否していたが、人々を解放した後に、護衛としてついていてもらいたい、と思う。

 自分などよりもずっと、彼はこの世界について理解できているのだから。


「なんかまた卑下ってる?」

「卑下ってる、とはなんですか」


 表面上は平然と応じながらも、ホープのエアーポンプデバイスは必要以上の空気を循環していた。シュノンは目ざとい。時折、彼女は記憶読心メモリーリーディングでもしているのかと思うほど、ホープの感情アルゴリズムを解析アナライズしてくる。


「……言っておくけど奥さん、あなた表情でバレバレよ?」

「っ、そんなはずは」

「隠し事絶対できないタイプ。やっぱりあなたは人間より人間みたいだよねぇ」


 シュノンは快活に笑い、先へ進む。そして、いきなり驚いた声を出した。


「おぉ! 入口発見!」

「本当ですか!?」


 ホープは走ってシュノンの元へ行く。そして、まるで古代遺跡のように風化してしまったシェルターの入り口を発見した。ツタや葉、コケや木々などの自然に覆い隠されてしまったシェルターは、自動ドアだけがかろうじで露出している状態だ。

 横のプレートへと目を走らせて、シェルターの正式名称を唱える。


「アースガルズ……」

『音声認証開始。波形の一致を確認。対象、治安維持軍登録アンドロイド。ようこそ、H232。当シェルターはプロメテウスエージェントの来訪を歓迎します』

「おほー、親切なお入口さん……いったーっ!!」


 おどけながらシュノンが先に入ろうとして、自動ドアに激突した。クスッと笑みを漏らしながらホープはアドバイス。


「認証を受けた人が許可申請しないと同行者は入れませんよ」

「そーゆー大事なことは先に言う! 次からきぃーつけてよ!」

「わかりました。さぁ、どうぞ」


 アースガルズのAIコンシェルジュとリンクを確立し、シュノンの同行の許可を求める。コードが発行されて、外部スキャナーが読み取ったシュノンの生体情報が登録された。


「もう大丈夫ですよ」

「共和国時代っていつもこんなことしてたの?」


 辟易とした様子でシュノンが言う。


「当然です。初歩的なセキュリティですよ、これは」


 ドアが開き、ホープとシュノンは並んでエントランスに進入する。外と違って中は清潔に保たれ、塵一つ落ちていなかった。清掃用ドロイドが未だに稼働している。


「うわーっ! マジ!? これ持って帰っていいかな!?」


 シュノンが清掃中の円盤型ドロイドに駆け寄り、欲しいオモチャを見つけた子どものように目を輝かせている。自然とフェイスモーションが笑みを作った。低品質の作業用ドロイドに目を奪われる子どもなど、共和国時代にはいなかったのだ。


「私というアンドロイドがいるでしょう。贅沢が過ぎますよ」

「えーっ。だってホープ結構ポンコツだし……」

「なっ! ポンコツなのはあなたのプレミアムでしょう!」


 予想外の返答にホープがボイスボリュームを上昇させる。冗談、冗談だって、と笑いながらシュノンは博物館を見学する子どものようにあちらこちらを見て回る。


「全く、困ったものですね、シュノンは」


 保護者のようなセリフを吐いて、ホープも目的の棺を探しに回った。シェルター内は広々としているが、構造自体は単純だ。ガイドシステムのマップデータを取得し、粛々と目的地に進む。

 そして、感情アルゴリズムが複雑な動きを見せる。歓喜に身体が震えあがる。


「やった……やりました、マスター……!」


 ホープのアイカメラが捉えたのは、ドーム状の空間に敷き詰められたコールドスリープカプセルだ。目視観測でその数は有に数百万を超える。


「うわーっ、すっげー!」


 月並みの感想を横に来たシュノンが述べた。だが、ホープは彼女の意見に共感する。本当にすごいものを目の当たりにした時は、整った感想など出てこないのだ。


「これほどの数の市民を救助できるとは……」


 感情表現機構の一つである処理液を瞳から零しながら、ホープは手前にある棺へ近づく。そして、表情が陰った。急いで近くのコンソールにアクセスする。


「まさか……そんな……」


 ホープは急いで棺の状態をチェック。その様子を奇妙に思ったシュノンが駆け寄った。


「え? どしたの? まさか」

「有り得ません! こんなはずは……!」


 だが、調べれば調べるほど、ホープの仮説が正しいことが立証されていく。必死にパネルを叩いていたホープははたと手を動かすのを止めた。――無意味だからだ。


「生命維持装置が損傷しています……」

「え……それじゃあ、これ全部、本当の棺桶ってこと?」


 シュノンが恐る恐る確認する。ホープは発声する気力も湧かなかった。

 コールドスリープは人体を冷凍させるだけではない。細胞の壊死を阻止するための定期的なメンテナンスが必要不可欠だ。それを行うためのメインシステムが何らかの要因によって破損していた。エナジーの無駄遣いを防ぐべく、メインシステムに一括集中していたのが仇となってしまった。


「ヘイムダルの一族は、無駄な足掻きをしていたのですか……」


 弱音が口を衝いて出る。彼はずっと希望を忘れず待っていたというのに、その結果が完全なる無意味だった、とは。

 一気に弱い部分が表出する。感情アルゴリズムが乱れ、悲哀の情念が思考回路を支配する。

 ――マスター。私はあなたの使命を果たせるのですか。私が守るべき市民はこの世に残っているのですか……。


「ねえさ、ちょっといい?」


 シュノンがくじけそうになっているホープへ声を掛けた。ホープは沈痛な面持ちでアイカメラを彷徨わせ、シュノンの前にある棺を注視する。


「なんでしょう……」

「これだけさ、何か変じゃない?」


 シュノンの問いかけは言い得て妙だった。それは特別という意味ではなく、特殊であるという意味で。

 一つの棺だけ、隔離されているのだ。正確には、雑な扱いを受けている、と言い直した方が正しい。コールドスリープ機能を有している脱出用のカプセルで、宇宙空間での戦闘時に機体や母艦をやられたパイロットや搭乗員が一縷の望みを掛けて使うタイプ。非常時における最後の手段であり、生還確率は極めて低い。電力は施設の供給に頼っているようだが、主機能は独立している――。


「もしや!」


 ホープは勢いよくカプセルに駆け寄り、内部状態をスキャンした。そして、膝を突く。どうしたの!? とシュノンが心配してくれるが、処理液が目から溢れすぎて、発音機能に支障をきたしている。


「大丈夫!? ホープ!」

「生きています……」

「や、それは見ればわかるけど……」

「私じゃありません。この棺は、機能が生きています……!」


 ホープによる感極まった報告に、シュノンは本気で喜んでくれた。本当!? と驚き、ホープに抱き着く。


「やったね、ホープ!」

「ええ……! 急いで起動させましょう。覚醒には時間が掛かります」


 早速、ホープは棺の覚醒プロセスに取り掛かった。だが、パーソナルデータがめちゃくちゃで、中身が誰なのかはっきりと確証が得られない。一応取得できたデータでは四十代後半の男性となっているが、ぼんやりと窺える体格のシルエットは小柄にも思える。


「中の人はだあれ?」

「四十代の男性と出ています。名前はハフール・オオヤマ」

「えー、おっさん?」

「おっさんではありません、市民です」


 と答えながらも疑問は完全に解消していない。調べた結果、これは宇宙戦闘機スペースファイターに搭載されていた脱出カプセルということがわかった。だが、それがどうしてアースガルズの中に眠っていたのかは定かではない。

 ホープが首を傾げている間、シュノンは何か使える物がないか辺りを物色していた。鼻歌混じりに略奪しようとして、清掃用ドロイドに異物として処理されそうになる。

 ドロイドにいちいち腹を立てる彼女を眺めて、彼女がパートナーで良かった、と改めて思う。メカコッコの見る目に間違いはなかった。


「ちきしょー。センサー三等兵、お前の出番だ!」


 シュノンはセンサーを取り出して、あちこちに翳しているが、センサーは施設自体を一つの部品と認識してしまったようでビービーと常に大音量で鳴り響いている。この役立たずめがっ! と彼女は大声で怒鳴って、急に止まった。


「ん? 今、何か……」

「どうしたのです?」

「ワンの声が聞こえたような気がする」


 腰部グラップリングフックの照準を天井へロック。センサーとソナーを併用し、索敵を開始。逃走経路を算出し、迎撃方法のシミュレーション。身体硬度を戦闘レベルまで引き上げ――。


「ちょいちょい、逃げる算段立てないでよ。ここにいて。ちょっと外の様子、見てくるから」

「は、はい……。絶対に、けしかけたりしないでくださいね」


 念には念を入れて、準備を進めるホープは縋るようにマスターを見た。が、シュノンは意外にも真面目な顔をしてエントランスへ向かっていく。ホープもコンシェルジュに周辺情報を要請しながら、コールドスリープの解除を進行させる。


「大変……! 大変だっ!」


 そこへシュノンが奴を抱えて戻ってきた。失望と絶望をない交ぜにした視線でシュノンを目視するが、そこでようやく異変に気付く。

 エイトは怪我を負っていた。ホープは安全距離を取りながらも、状態を観察する。熱線での銃創だ。


「レーザーで撃たれたようです」

「略奪者が来たのかな!?」


 シュノンの推論にホープはかぶりを振る。AIコンシェルジュが外部スキャナーに複数の反応を検知していた。


「もし略奪者にここまで大規模なドロイド使いとするのなら、敵は略奪者の区分に納まるのでしょうが」


 しかし、それほど装備の潤沢な略奪者は存在し得ないとシティで学んだ。

 両眼を瞑るホープは、外部カメラで接近する敵と思しき姿をしかと目に焼き付ける。


「このバトルドロイドには見覚えがあります」

「どういうこと? 敵さんのお出まし?」


 ホープは大型の作業用ドロイドに指示を飛ばし、棺とシェルターを接続するケーブルを外した。何してんの!? と困惑するシュノンへ説明。


「彼を運び出さなければ! 彼らはテスタメント! ゼウスと契約を結んだ私兵部隊です!」


 瞬間、施設内にアラートが鳴り響いた。ホープは作業用ドロイドが間に合わないと判断し、左腕の出力を増加。棺を片手で持ち上げると、ホルスターから拳銃を抜き取った。


「下がって! 逃げますよ!」

「う、うん!」

「アンドロイドを発見……ぐわッ!」


 駆けこんできた敵ドロイドの頭部パーツに銃撃を加え、ホープとシュノンは別ルートからの逃走を図る。


「ドロイド軍団……!?」

「怖じる必要はありません! 彼らは義体にパーソナルデータをインストールした人間です。見てくれはバトルドロイドですが、中身は人のそれと何ら変わりません!」

「って言ってもお!」


 シュノンもリボルバーを発射しながら、通路へ逃げ込むホープを追いかける。テスタメントたちはレーザーライフルを両手に応戦してきたが、狙いが大きく外れて当たる気配がない。


「へたっぴ! 楽勝じゃん!」


 調子に乗るシュノン。だが、ホープはあくまでも冷静に報告する。


「いえ、コンシェルジュに内部環境を変更するように頼んだのです。レーザーライフルは環境によって威力の減退や弾道の変異が起きますから」

「あー、なるほど。こういう時は本当に頼りになるよね」


 失礼な物言いをシュノンはするが、今は取り合わない。きちんと記憶回路に保存されてはいるが。


「気を付けてください。今は一時的に弾道が逸れているだけで、すぐに」

「とぅはーやっべー!」


 シュノンが抱きかかえるエイトを庇いつつ、咄嗟に屈む。彼女の頭上をレーザーが通過していった。ホープは迎撃するべく銃口を後方に向けたが、すぐに機密用シャッターが下りてきて射線を塞ぐ。


『H232。外敵は当シェルターが抑えます。今のうちに脱出してください』

「いかすぅ! ナイス、コンシェンタン!」

「コンシェルジュですよ。行きましょう!」


 ホープはシュノンと共に別の出口からアースガルズを脱出。草原へと入り、あえてヘイムダルが仕込んだ危険地帯を通り抜ける。

 テスタメントたちは二人を追撃してきたが、ヘイムダルの仕掛けた罠に次々とやられていった。やはり、とホープは索敵に並行して思考ルーチンを回す。


「物量で攻める戦法は昔と変わっていないのですね」

「つまり奴らチョーポンコツってこと?」


 並走するシュノンが訊く。ホープはエイトに目を合わせないようにしながら応えた。


「訓練は積んでいるはずですが、基本的に信者か社会に不満を持つ者、犯罪者などの寄せ集めです。とはいえ、昔はもう少し強かったですが……」


 今の彼らは性能劣化しているホープの敵ですらない。戦術支援衛星が破壊されているせいかもしれない。

 そこまで考えて、思考を打ち切る。今は逃げるのが先決だ。


「とにかく、急いで! プレミアムで振り切るのです!」

「オッケー! 任せといて!」


 罠の数々へ巧みにテスタメントたちを誘導し、二人は森を駆け抜ける。

 ヘイムダルの足掻きは無駄ではなかった。次は、自分が彼の遺産を守り通す番だ。

 そう強く念じて、ホープは希望を担いでいく。



 ※※※



「クァホー! ケルベロス様のお通りだ! テメエら! バーサーカーの仇を取るぞぉ!」


 唸るエンジンロックに身体を震わせ、歴戦の勇士たちが荒野を駆ける。彼らは運命に庇護されし英雄たちだ。そのリーダー格である地獄の番犬ケルベロスは、トレードマークであるモヒカンヘッドを風になびかせながら、意気揚々と息巻いた。


「いいかぁ! 俺たちの狙いはあの忌々しいメスガキとホワイトドロイドだ!」


 クァホー! 賛同の声が響く。そうとも、奴らは俺たちの家族を殺した。これは超ひでぇ悲劇だ。全米が泣いてしまう感動物語って奴だ。バーサーカーレイジはこの世に生きる女を全て喰らおうという豪快で、高尚で、偉大な野望の持ち主だった。それを、あの忌々しいメスガキは自分勝手で一方的で、頭がクルクルパーな理論を振りまき、チートウエポンを使って、正々堂々の真っ向勝負を挑んだバーサーカーを撃ち抜きやがった。

 信じられねえし、赦せねえ。俺は絶対にバーサーカーの仇を取る。叫べ、クァホー! 俺たちが正義で絶対で、パーフェクトだ! これから見せるのは、俺たちが主役のハリウッド超大作だ。きっと、映画カントクとかいう奴らも地獄の底で嘆いているに違いない。俺たちの完璧かつ素晴らしい栄光を撮影することができなくてな!


「行くぞお前らぁ! クァホー!!」


 クァホー族はバイクに跨り道を行く。理不尽な死に曝されたバーサーカーの仇を討つために。標的ターゲットは灰と白の少女二人組だ。

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