《2》エンジュに集う王女・代表・暗殺者?!

 内海を渡る定期船に無事乗れたことに、ファティナは碓氷とカイに――物凄く珍しいことに、メチャメチャ感謝していた。

 開催までに着いていなければ、名君の誉れ高いのに、一人娘に超絶厳しい父王が許すはずない。

  笑顔全開でお仕置きのに使者ー腕ききの傭兵を送りつけてくるに決まってる。ついでに、タダ働きの仕事つきで。

――私、ホントに王女なのかな?

あまりに王女らしい扱いをされていない事実に、ファティナは若干たそがれてるが、当の本人が一番王女らしくない行動をしていることに気づいていないだけである。

 それにしても、と思った瞬間、強烈な吐き気とひっくり返るような浮遊感に襲われ、ファティナは青い顔でうずくまった。

 見た目、穏やかに見えて、内海はひどくうねりを上げ、荒れているーと、感じているのは、ファティナだけだろう。

 見た目もなにも、内海は水面がキラキラと光り、鏡のように静かだ。荒れる気配など1ミリもない。

 それても、ファティナにとっては足元はフワフワと揺れ動いて、落ち着きがなく、立っていられなかった。

「うわー、ファティナ。お前、また船酔いかよ」

ニヤニヤと面白そうに覗き込んでくる碓氷をファティナはギロリと睨み返し、慌てて船縁にしがみついた。

 その姿の見て、碓氷は更に笑い転げ、ファティナは悔しげに睨みつけながらも、船縁から離れられない。

情けない話だ。あの最強の一角と言われた『オウガ』の元リーダーが船酔いしやすいなんて、誰も思わない。

 ここぞとばかりに、からかう碓氷を、止めておけばいいのに、と呆れ顔で蒼月たちは見ていたが、敢えて止めなかった。

 仲裁に入れば、碓氷が絡んでくる。下手をすれば、あとで復活したファティナに報復されるのは目に見えていた。

 高らかに笑い転げる碓氷を眺めつつ、船は軽やかに内海を走った。


 大陸中央を切り裂く湖のような-地下で北海とつながった内陸の海-内海を越えれば、そこは目的地であり、各国首脳たちが一堂に会する『諸王会議』開催国エンジュだ。

そのエンジュの玄関口で、内海交易で栄えている港街ハノンに着くと、ファティナはホッとすると同時に、碓氷を問答無用に殴り飛ばした。

船の中で散々に笑い飛ばしてくれた正当な報復である。

「理不尽だぁぁ!」

殴られた勢いで、桟橋から落下し、海に落とされた碓氷は這い上がるなり、ファティナに食って掛かるが、相手にされない。

むしろ当然とばかりにファティナは胸を張った。

「人をからかうお前が悪い!私に殴られる義務がある」

「そんな義務はないよ、ファティナ。それに碓氷を殴ったのは、どう考えても悪い」

悪びれないファティナに、カイが大きく肩を落とし、冷ややかな目で抗議する。

それは蒼月たちも同じらしく、無言の抗議を浴びせられ、さすがにファティナもたじろいだ。

「な、なんで? 船酔いの人間、からかう方が悪……」

「それはそうだけど……お前、誰のお陰で船に乗れたと思ってるの? 碓氷や俺らが船賃出してやったから、だろうが。」

「それは……」

「それじゃない。父君が嘆かれるよ? 1国を担う予定の王女が、どんな理由であれ、恩人からタカった挙句、殴り飛ばした、なんてシャレにならないよ。ただでさえ、君の評判、落ちるとこまで落ちた-底辺の底辺すれすれまで落ちるくらい悪いのに、自分から進んで評判落としてるのに」

 痛いところをガンガンについてくるカイにファティナは反論の言葉をなく、というよりも、重い空気を背負って、勝手に沈没していった。


 地の裂け目に落ちるくらい落ち込んでくれるファティナには痛すぎるくらい痛いが、全て事実なので仕方がない。この王女ときたら、武装集団『オウガ』を率いていたころから、無茶苦茶な真似をしてきた。

 なにも1国の王女にそこまで、と思うのは甘い。砂糖を2億倍以上に甘すぎる。

 『オウガ』結成直後、国際手配寸前まで悪名を轟かせた盗賊団が某富豪の襲撃を予告し、その警護を引き受けたまでは良かった。

 予告通り攻め込んできた盗賊団を小麦粉の倉庫まで誘い込み、閉じ込めた。当然、怒った盗賊団が中で暴れ、小麦粉がぶちまけられ――そこにファティナとサブリーダーになった―これまた某国大公の子息の―少年と一緒になって、小さな火種を放り込み――轟音と共に、倉庫ごと盗賊団を吹っ飛ばし、見事(?)退治した。

 が、その際、爆発が予想以上の破壊力を持ち、富豪の屋敷3分の2を崩壊させ、依頼者を危うく路頭に迷わせかけた、という、なんとも笑えない武勇伝を生み出した張本人。

 この一件が武装集団『オウガ』の名を広く知らしめただけでなく、リーダーのファティナは超規格外の暴れ者、というレッテルがべったりと張られてしまっただけでなく、賠償まで請求され、逃亡。

 結果、父親である国王アルクレードがで損害賠償し、謝罪の使者まで送るという事態に-と、そこまで思い出して、カイの脳裏にふと、一人の人物を思い出し、苦い表情をした。

 目の前で勝手に沈没した王女なんてどうでもいいが、そのとばっちりと受け、さんざん尻拭いに走りまわされた挙句、とうとう出奔し、行方不明になっている公爵令嬢従妹姫

確か名を、と考えるカイに構わず、ファティナは奇声を上げて、髪をかきむしり、天を仰いだ。

「だぁぁぁぁぁぁ、これもそれもレティアがいなくなるから悪いんだっ!!あいつ、何考えてんだっての。出奔なんて馬鹿な真似してくれたから、父上が怒って『オウガ』は強制解散。私はあいつを探して3年も国に帰れないし! 援助はないし!! 踏んだり蹴ったりだぁぁぁぁぁっ」

 ひとしきり喚き散らすと、両の拳を地に叩きつけて、大げさに嘆くファティナに、おいおい、と、カイだけでなく、碓氷や羅瀬たちまで呆れを通り越して、蔑みの目を向ける。

 『オウガ』の活動期間は2年半。その間に、『オウガ』いや彼女が引き起こした大騒動は軽く両手の指を越え、シュレイセ王家は一度財政がひっ迫し、新たな鉱山開発と交易がなければ、議会から権限を奪われかけ、そのたびに、王や王弟である公爵とその子供たち-特に令嬢は走り回ったそうだ。

――超規格外・破天荒な王女の我が侭に愛想が尽きて、サイフト公爵令嬢従妹姫が出奔し、行方をくらませた。

 この勝手気ままな王女様には意味不明なんだろうが、世間一般の常識からみれば、そりゃ公爵令嬢従妹姫には同情が集まった。

 さほど年の変わらない従姉妹で、一方は好き勝手して、一方は苦労しまくっているなんて、どこかのおとぎ話か、小姑話か。けれど、このファティナを見れば、どう転んでも公爵令嬢に同情してしまう。

――まったく、この王女様はホントに……

今まで誰も説教――いや、説教はしてきたが、分かってこなかったんだろう。

 だからこそアルクレード王はファティナをほぼ追放扱いで、放り出し、反省させようとしたが、当人が全く理解してないとは情けないこと、この上ない。

 仕方がないか、とカイが一歩前に出るよりも早く、怒りをにじませた蒼月が嘆きまくるファティナの襟首をつかみあげた。

 「本当にお分かりにならないのかっ!! ファティナ王女殿下。貴女のその身勝手さがレティア公女の出奔原因になったんでしょう!?」

「人の襟首つかみ上げて、何のつもりだ? 「イヅキ」の生き残り」

激昂していた蒼月だったが、それ以上に激昂しながらも、冷静なファティナに気をされる。

王族の血の為せる業か、ファティナはごく当たり前とばかりに、尊大な態度で蒼月の手を振りほどき、その腕を掴んだ。

「あいつが出奔した事に関しては、責任がある。あいつの兄たちや叔父上、おまけに、あいつの支持派議会議員らからも言われたからな……『すべては殿下が悪いのです』と」

「ならば、行いを改めたらいかがか? でなくば、王位継承権も失いかねないと、もっぱらの噂ですよ、王女殿下」

身抜きの剣が如く、睨むファティナに負けず劣らず、蒼月も研ぎ澄まされた刃を思わせる目で返す。

しばしのにらみ合いに、遠巻きに騒ぎを見物していた野次馬たちのざわめきが止む。

見えない火花が飛びかう2人に、恐怖を覚え、静かに、だが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

その様子に、カイだけでなく、碓氷たちも頭を抱える。

ファティナはもちろんだが、蒼月だって、かなりの名が知られた実力者だ。

そんな奴らが、街中の往来で 激突すれば、ケタ外れの被害が出るのが、目に見えている。

いつもの蒼月なら、バカな真似はしないが、相手が日頃から嫌っていたファティナなら、話は別だ。

――徹底的にやりかねない! つか、このあたり一帯が戦場になりかねーじゃんかよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

本能的に事態を察した碓氷が意を決して割って入ろうとした瞬間、場違いな――ひどく和やかな拍手が鳴り響いた。

「はーい、2人ともそこまでだよ。天下の往来で大立ち回り、なんて真似、しないでくれるかい?」

  険悪極まりない空気を切り裂く――穏やかだが、逆らえない強さをにじませた声。

 人ごみの中から、まるで千両役者のように割って現れたのは、太陽を思わせる金の髪にアイスブルーの瞳を持った1人の男性。まだ年若く感じるが、まとう空気に威厳を感じ、格の違いを感じる。

 父王に睨まれたように、身じろぎできなくなるファティナに対し、その姿を見た途端、蒼月は慌てて膝をついて、かしこまり、碓氷たちも慌てて蒼月に倣い、野次馬たちが再びざわめきだす。

「有名人か?」

「ばっ……!! お前、何言ってんだっ! この方は五か国連合現代表で『エンジュ』首相! 『ヒヅキ』セラト様だっ!!」

 そんなことも知らねーのかよぉぉぉぉぉっっ、と大げさに頭を抱えて、絶叫する碓氷を丸無視し、ファティナは人差し指をこめかみに当て、記憶を探り――あ~そういえば、と思い出した。

 父が珍しく褒めたエンジュの『ヒヅキ一族』の(当時の)次期当主。そいつの名前が、確かセラトだったはず、と思い出す。と、ついでに、隣でかしこまる蒼月のことも思い出した。

 まだ城にいたころ――レティアもいたから、5年くらい前。

 当時から友邦国であるエンジュから使者が来て、国賓として出迎えたが、式典やら歓迎会やらが面倒くさく、隙をついては脱走して、城の中庭や書庫、挙句に兵舎に潜り込んで、サボりまくり――静かに激怒した母王妃の命令で、従兄レティアの兄たちに拘束され、父王との謁見には無理やり引きずり出された。

 それなりに王女らしくしていたが、型通りの礼を返すセラトの横に控えていた黒髪の少年に目をつけ-後で、叔父や大臣らにこっぴどく叱られた。

 表立っては非難しなかったが、帰国するまで、完全に激怒していたセラトが、事あるごとに、人好きする笑顔で、散々にいびり倒してくれたことを思い出し、背中が寒くなった。

 物覚えがいい方なのに、完全に忘れていたのは当然だ。この一件で、完全にセラトに対して、先天的な恐怖心を持つようになり、それを忘れるために、完璧に忘れ去っていた。

 なのに、思い出すとは、最悪である。最悪ではあるが、あの頃よりは成長しているので、結構強気に出られるのは、ファティナの良いところなんだろう。たぶん。

「お久しぶりですね、ファティナ殿下。相変わらずの傍若無人ぶり……ご両親が嘆かれ――いえ、呆れられますね」

「い、言ってくれるな、セラト殿」

「言い訳は結構です。天下の往来でこれだけの騒ぎを引き起こした時点で、殿下が悪いです。貴女は相変わらず成長されない」

「馬鹿を言えっ、ちゃんと成長してるわ!! 私を誰だと思ってる? シュレイセ王国第一王女にして、世界最強の武装集団『オウガ』のリーダー」

 普段のセラトとは思えないきつい言い方に、碓氷たちや野次馬だけでなく、通りがかった誰もが足を止め、息を飲むが、意に返さず、ファティナはいきり立って言い返す。

 王家に生まれた者の誇りなのだろうが、この場合は愚か者としかとられない。

 眉間にしわをよせ、冷たく睨むセラトが一言、言い返そうとした瞬間、幼い声がそれを遮った。

「世界最強?! うっそでぇ~『オウガ』は強いけど、乱暴者じゃん。一番強いのは、やっぱ、あの『七星』だって!!」

「全くだ。悪しき風を切り裂く天の7つ星-『七星』こそ、最強の武人団。お前ら『オウガ』みたいな周りの迷惑を考えない連中とは違うんだよ」

「そうそう! スゲー強いし、スゲー頭もいい! 先生たちも言ってたもんな~『七星』たちのようになりなさいって」

 セラトの後ろから、ひょいと姿を見せたのは、セラトによく似た、10、1歳くらいの少年と同い年の黒髪を短く切りそろえた少年。よく見ると、黒髪の少年の方は蒼月に似ているが、子どもらしい、容赦のない鋭い指摘にファティナは完全に押されていた。

「セイト、紅陽コウヒ、いくらのことでも言い過ぎだよ」

「何が本当のことだよっ!」

「事実でしょ? 君の傍若無人ぶりは有名だし、なにより『七星』は、エンジュもだけど、シュレイセや至誠……すべての国が彼らに助けられているからね」

 わめき散らす2人の子供をたしなめるセラトに、ファティナは激怒して言い返すも、あっさりと返される。

 それどころか、周囲の人々からも冷たい視線を浴びせられ、ファティナはなすすべもなく、口を閉ざすしかなかった。


 セラトや『火鷹』がファティナを手加減なしにとっちめている様子を、宿の屋上から眺めていたレティアは、脱力し、手すりにもたれた。

――呆れすぎて、ものも言えないとはこのことだね。全くは成長してないっていうか、バカっていうか……ちゃんとやれば。

ついて出るのは愚痴ばかり。バカばっかりやっているファティナだが、名君の父王譲りで、頭は悪くない。むしろいい方だ。きちんとすれば、宮廷の家庭教師ども舌を巻くほどの明晰さを見せる。

 なのに、そうしないのは、生来の性分――自由すぎる性格がそうさせてしまうのだろう。その性分ゆえに、わずか11で城を出て、旅をし、その1年後には、気の合う仲間を集め、武装集団『オウガ』を作りあげた。そのリーダーに収まったのもまた、才能。王となるのに必要なカリスマ。

 有り余る才能、いい意味でも悪い意味でも人々を惹きつけ、従えてしまう−− 持って生まれた王の才能。

なのに、やることなすこと、傍若無人過ぎて、周りがついていけない。全く持って、才能の無駄遣いである。

「ファティナに自覚持て、なんて無理なんだよね」

「さすがレティア。よく分かってるね。あの王女殿下に王族の自覚なんて、あるわけないね。単なる歩く破壊神♪ 生ける超トラブルメーカー殿下だね」

ぼやきながら、その寸前まで、突如背後から襲いかかってきた――いかにも暗殺者――黒づくめの集団の急所へ振り向きざまに短剣を投げつけ、一撃で絶命させるレティア。

そんなレティアに、のんびりと、彼女から逃亡を図った暗殺者の首を軽くあらぬ方向にへし折って、声をかけたのは、長い黒髪を後頭部で一つに結わえた、まだ幼さを残す細身の青年。

 レティアと同じ外套をまとう、その下は白の膝丈のチュニックに黒のスパッツ。黒鋼の脛当てに、革製のサンダル姿。動きやすさを重視したのか、その腰には、細身剣レイピアを帯びていた。

「やぁ、アシュ。久しぶりじゃない」

「うん、元気そうだね〜レティア。いい加減、そこで騒いでいたおバカな従姉さん、見捨てたら?」

「ざっくり言うな、アシュ。カムイも言ってたけど、それができたら苦労しないよ」

 にこやかに笑いながら、辛辣な毒を吐きまくる2人の目は笑ってはいない。というか、笑うはずもない。どちらかといえば、極限にまで研ぎ澄まされた怒りだ。

 しかも、常人には悟られないほど、完璧に隠しているのだから、さすがとしか言いようがない。言いようがないのだが、まだ息のある暗殺者たちを無造作に蹴り飛ばすわ、殴るわ、と容赦ない。完璧に八つ当たりというやつである。

「ったく……盟主マスターってば、よりにもよって、を受けるなんて思わんかったわ。殺したって死にはしないっての」

 しかも、またセラト殿とやり合うなんて。どうせ負けるのに……と、ぶつくさ文句を言いながら、王女バカ従姉がエンジュに入ったのを確認しているのだから、律儀だよな~と、アシュは思ったが、口にはしない。言ったが最後。容赦のない鉄拳が飛んでくる、と分かっているからだ。

 まぁ、考えてみれば、レティアが内心、ものすごく複雑なのも分かっている。さんざん被害を受け、後始末をさせられてたことにブチ切れて、国を出奔。その責任を問われ、ファティナが捜索の旅に出たことは、内密どころか公然の秘密。

 少しは反省するかと思いきや、すぐに見つかると、タカを踏んでくれた従姉にレティアがさらにブチ切れて、3年間も逃げ切っているだけでなく、毛筋ほとの手がかりも残してないのだから、徹底している。

――この先も向こうが土下座してくるまで、ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい会ってやらない! 

 3年前、一堂に会した仲間の前で、正々堂々と宣言し、完璧に実行していたレティアだったが、さすがに盟主だけは畏怖……いや、真の恐怖なんだろう。

 ふんわりと、穏やかに微笑みながら、手にした―身長の3倍はある―トンファーで、1週間ど突き倒してくれる―小間物屋の看板娘をやってる先代―盟主様は、恐……いや、畏怖と尊敬を集めてる。

 自身も一昼夜殴り倒された挙句、2か月に渡って、毎度の食事をたかられた経験を持つアシュはぶるりと身を震わせ、若干悟った目をしたレティアに憐みの目を向けた。

「ま、いいけどね……で、他のみんなはどう? 会議はもう始まるんだから、こっちには来てるんだろう?」

「カムイと蘇芳すおうは、セラトたちと一緒に来たってさ。北登ほくと司郎しろう、サシャは昨日のうちに着いた。でもって、俺が伝令でレティアのとこに来たってわけ」

早いだろ、と幼さを残した笑顔でニヤッと笑うアシュに、レティアはそっけなく、ああ、そうか、と片手を振って応じると、重い足取りで『火鷹』たちについていくファティナの姿を見届け、ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべた。

 基本、自由奔放。要するに我が侭な従姉がちゃんと『火鷹』が使う――開催国『エンジュ』首相・セラトも泊まる宿に向かうのか。正直2千パーセント疑問だったが、予想よりも大人しく行ってくれた。

 まあ、あれだけ公衆の面前で、コケにされれば、いくらファティナでも大人しくなるのは当然か、と思う。なにせ、盟主マスターからは、どんな手段を使っても構わないから、『火鷹』たちと行動を共にさせろ、の厳命。

 いざとなったら―本当に使いたくはないが、蒼月に自分―行方知れずになっている公爵令嬢レティアの情報をつかませる段取りだった。

 いい加減、資金不足に苦しんで、城に帰りたがっていたファティナが思いっきり食いつくのは、目に見えてわかる。

「ま、一国の王女とは思えん赤貧ぶりだよね~あいつ」

 ほぼ引きずられて、宿へ連行されていくファティナの姿にレティアの口元に苦笑が浮かぶ。

 ライバルだった武装集団にタカって、エンジュ《ここ》に来れた、と聞いた時は爆笑した。

 最強の武装集団、傭兵集団を作った、と自分を含めた従兄妹たちに自慢しまくり、派手に荒稼ぎをしていたファティナが今では日雇いや短期契約の仕事で食い繋いでいるなど、つい2,3年までは考え付かなかった。

 だが、ぶっちゃけて言えば、同情はない。はっきり言って自業自得。ざまぁみろ、だ。この先も、よほどのことがない限りはとしては助ける気はない。

 ファティナやセラトらが引き上げ、ようやく通りに集まっていた人だかりが散っていくのを眺め―レティアは小さく声を上げ、目を細めた。

「アシュ」

「司郎が追ってるよ。心当たりがあり過ぎて、どこの奴らか、わかんないね」

「ま、『奴ら』じゃないのは確かだな。あんな見え見えのド三流、ここに転がってる連中と一緒だし」

「あとは報告待ち。ここは片付けておくから、もう行った方がいいよ。時間なるんじゃない?」

 ここでの生活費、一応稼ぎたいんでしょ、とアシュに言われて、レティアはそうだった、と、ようやく思い出し、背後にある時計塔を見て、やばっ、と蒼い顔をして、手すりに足をかけ―そのまま、隣のテラスに飛び移る。

 あっという間に小さくなっていくレティアの背を見送りながら、アシュは右手に紅の炎を出現させ、ふっと息を吹きかける。飛び散った炎は転がった死体に狙いすましたように燃え上がらせ、一塊の消し炭へと変える。

完璧な証拠隠滅。こんなくだらない暗殺騒動やり合いは、日常茶飯事。お遊びに近い。 

 「さて、こっからが俺たちの出番かな?」

 風に消えていく消し炭を楽しげに見送り、アシュは大きく伸びをすると、懐から額に紅い貴石をはめ込み、銀で縁取りが施された顔の上半分を覆う白い仮面を取り出し、慣れた手つきで被ると、レティアの消えた後を追う。

 波乱を含みまくった大国以外、初の開催となる『諸王会議』は、まさにこれからだ。


 



 

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