《1》歌姫と武装集団と王女
賑やかな酒場のステージに立った歌姫に、
まったく視線を外さず、魅入られた姿に、仲間たちは引きつり、ありえないものを見たような表情をして、蒼月と歌姫を見比べた。
絶世の美女-ではないが、大衆酒場にしては、やたら綺麗で気品のある顔立ちをしていて、目を引くのは確かだが、堅物で女になんて興味をいまだかつて示したことのない蒼月が一目ぼれ?
そんなことがあるだろうか、いや、ない。だが、目の前で起こっている怪現象はまさにそれ。これは天変地異の前触れだ、と、騒ぐ。
失礼極まりない仲間たちのささやきに、蒼月は静かに怒気をみなぎらせるが、それよりもステージの歌姫から目が離せないのは事実。
安っぽい紅のドレスに身を包んではいるが、背まで伸びた金の髪に乳白色の肌 深く、清らかな海を思わせる瞳。そして、人々を惹きつけてやまない、透明で清らかな歌声。ステージに立つにしてはまだ幼く感じるが、すでに一流の域に達していた少女に、幼い日に出会った面影を見て、目が離せなくなる。
「どうかしましたか? 蒼月の旦那。あの歌姫-レティがお気に召しましたかい」
ただならぬ様子の蒼月に気づいた酒場の店主が手もみし、下卑た笑みを浮かべて声をかけてくる。
でっぷりと肥えた-いかにも、守銭奴じみた店主を蒼月は一瞥し、椅子に座りこむが、その視線は歌姫に向けられたまま。
ずいぶんな執心ぶりに、少しばかり軽薄な感じを漂わせた栗色の髪をした20代前後の青年・碓氷はへぇと感嘆の声を上げ、不機嫌そうに黙り込んでしまった蒼月の隣に座ると、杯を押し付けた。
「少しは飲めよ、蒼。今回の仕事も上々……俺たち『
にやりと笑う碓氷に、蒼月はむっとしながら、押し付けられた杯をテーブルに置き、両腕を組んで黙り込む。いつものこと、と
いつもの『火鷹』らしい光景に、固唾を飲んで見守っていた周囲はようやく安堵し、それぞれの宴を始め、にぎやかさを取り戻した。
安堵したのは、周囲だけでなく、だんまりを決め込んでいた蒼月も、だ。
自分が仲間以外の誰か、しかも女に興味を持ったことが、それほどまでに珍しかったのだろうが、騒ぐことでもない。人間なんだからあたり前だ、と言いたいが、どうも仲間-特に
確かにそうだ、と蒼月には自覚がある。けれども、それだけで変人扱いされるのは、かなり心外。武装集団に所属する傭兵ならば、家族を養う、なんて理由はザラ、ポピュラーな話だ。
大体、それは羅瀬や樹欧、リーダーである碓氷たちだって同じだろう。特に孤児院を運営している碓氷とカイ、セランは死活問題になる。
大国同士の戦で親兄弟、血縁を亡くし、路頭に迷った子供たちを預かり、養うには莫大な費用が掛かり、普通に稼いだくらいでは、到底賄いきれない。
だから碓氷とカイはてっとり早く稼ぐ手段として、また成り上がる手段として、一番ポピュラーな仕事-武装集団『火鷹』を組織し、貴族や大富豪どもの用心棒や戦の傭兵として名を売り、稼ぎを上げた。かつて孤児だった自分たちと同じ子供たちを養いながら、いずれは自分たちの土地を持ち、暮らすために。
それは、蒼月も同じだ。たった1人残された、5つ下の弟を知人に預け、傭兵暮らしをしてきた。名を売り、どこぞの領主に認められ、仕えることができれば-それだけで必死に戦場を生きていた。
だが、戦の才能や駆け引きには長けていても、人付き合いが苦手な蒼月はイザコザや軋轢を生み、挙句の果てに、少し名の知れた武装集団に逆恨みされ、殺されかけた。
たまたま居合わせた『火鷹』が割って入り、味方してくれなければ、今頃、どうなっていたか、わからない。
ただ一生の不覚だったのは、連中にズタボロにされ、意識が朦朧としていた蒼月が帰りを待っている小さな弟のことをこぼし続けたことだ。
意識を取り戻したとき、仲間-特に羅瀬がさんざんにコケにしてくれた。今思い出しても腹立たしい。
胸に貯まったもやもやを吐き出すように、蒼月はテーブルに置いた杯を取り、一気にあおる。その瞬間、たった今、歌い終わったばかりの歌姫が目を大きく見開いて、こちらを見た気がした。
「おおおお、おいっ、馬鹿っ! 蒼月!! その酒、すげーキツイ」
「馬鹿はどっちだ、碓氷! 蒼は酒弱い、って知ってんだろうがっ!!」
慌てふためいた碓氷の声と怒声が混じった羅瀬の声がひどく遠くから聞こえ、周囲から悲鳴が起きると同時に、世界が反転するのを見ながら、蒼月は椅子から転げ落ちた。
意識が途切れる瞬間、やけに鮮やかな紅が見えた気がした。
「ど……れば、間違うのかな? まったく」
「おっ……るとお……です、御嬢さん」
「ふざけるな、碓氷。この人がいなかったら、蒼月がどうなっていたと思ってるんだ」
あきれたと言わんばかりの-柔らかな女の声に、若干、どころではなく、かなりふざけているだろう男-碓氷の声。それを強く咎めるのは、碓氷の右腕で親友のカイの声。
何がどうなった。そう問いかけたつもりで、かすれた、獣のような唸り声がこぼれ、驚く蒼月を澄み切った青空の瞳が覗き込み、安心したと言わんばかりに笑う。
「よかった、気づいたんだ。ひどくキツイお酒飲んで、ひっくり返ったのを覚えてる? ステージ終わった途端、すごい音がして、びっくりしたわ」
「き……みは」
「あ、この子? 今夜のメインの歌姫でレティっつうんだ。ほれ、お前がすげーガン見していた歌姫♪ いや~気が付いて駆けつけてくれたってんだからよ、感謝し」
「碓氷っ! 余計なことだ」
調子づいた碓氷の言葉に、心配してくれた歌姫-レティの顔が思い切り引きつったのを見て、碓氷と同年代で、落ち着いた雰囲気をまとい、首元まで伸びた黒髪の青年・カイが碓氷の後頭部に一撃を落とす。
つぶれたカエルのような声を上げて、椅子ごと、前のめりに倒れる碓氷を冷ややかに切って捨てると、カイは身の置き場のなく凍りついたレティに微笑んだ。
「すまない。こいつも決して悪い奴じゃなんだが、ご覧のとおり、『お馬鹿』でね」
「い……いえ、私は平気ですが、そちらはだい……じょぶなんでしょうか?」
「気にしなくていい。こいつの頑丈ぶりは仲間内では有名なんでね、歌姫さん。大体、碓氷が蒼月をからかうのが悪いんだ」
「いってぇじゃねーかよ! カイ。つか、蒼月の知り合いなのか?歌姫さん」
殴られた頭を押さえ、それでも瞬時に立ち直った碓氷は興味津々とばかりにレティの手をとって、問う。
その姿にムッとし、ふらつく頭を押さえて、どうにか蒼月はベットから上半身を起こし、碓氷の手を引きはがす。
「へぇ~ぞっこんってか?」
「だから、お前は蒼月をからかうな。レティさんにも気安くさわるんじゃない。子供じゃないんだぞ」
あっけにとられたのは数秒。にやぁ、と人をからかいたい表情を浮かべる碓氷を呆れたとばかりにカイが叱りつけ、レティをかばう蒼月に苦笑を向けた。
「お前もムキになるな。らしくもない」
「そんなことは」
「あるだろ? 弟以外は無関心なお前がここまで人に-しかも、特定の女性に興味を示すなんて驚くって」
即座に否定しかけた蒼月の先手をうって、カイは反論を封じこんでしまう。
人好きし、行動派で突っ走ってしまいがちの碓氷とは対照的に、少々、人付き合いが苦手だが、理論派で冷静なカイ。正反対の二人だからこそバランスがとれるのだろう。
それに、と、レティは自分の手を握って離さないこの酒に弱い青年-蒼月もカイに近い、いや、それ以上に人付き合いが苦手だが、容姿からして、周囲が放ってはおかなかったタイプだな、と分析する。
鴉の濡れ羽色と評される艶やかな襟足まで伸びた黒髪に、どこか寂しげな影を持つ、端正な顔立ちに-握られた手の力から感じ取れた-鍛え抜かれた体格をした青年を女たちが放ってはおかない。
現にレティが歌っている間中、給仕を務めていたウェイトレスたちに客としてきていた有閑マダムや年頃の娘たちの視線を集めていたが、当人はどこ吹く風でレティを-蒼月本人は否定するだろうが、ガン見してくれたから、嫉妬むき出しの殺気を浴びせられて、正直歌いにくかった。
「俺は無粋なわけじゃないぞ」
「どこがだよ。お前、酒場の姉ちゃんたちを独り占めにしてにも、ま~ったく興味なしだったしな」
ますますブスッとなる蒼月を復活したらしい碓氷が容赦なくからかう。
これでは話にならないか、と判断したレティは小さく肩をすくめた。
「あの、体調が良いなら、私はこれで」
するりと蒼月の手から抜け出すと、ごくごく普通の、営業用の笑顔でレティは挨拶を済ませると、『火鷹』が借りた部屋を持した。
ドアを閉める間際、ひどく名残惜しそうな表情をした蒼月が見えたが、気づかないふりを決め込んだ。
面倒なことに巻き込まれるつもりは毛頭ない。だが--
--しっかし、まさか『イヅキ』が『火鷹』にいるとは聞いてたけど。
足早に、だが、歌姫としての品位を失わない程度の優雅さで楽屋に戻ると、レティは安っぽい派手なだけのドレスを脱ぎ捨て、きれいに結い上げていた髪も乱雑におろし、首元で束ねる。
この国でも、そこそこ中規模の街で流行っている酒場だけあって、報酬は高いが、店主は最悪。
なれなれしく体に触ってくるわ、楽屋に押しかけようとするわ、と、典型的なスケベじじいで、何度、隠し持った
次の国へ移動するにも、先立つものは必要なわけだから、最大限こらえたわけだが、まさか武装集団『火鷹』に出くわすとは思わなかった。おまけに、しばらく戻っていない-いや、戻る気もない故郷の友邦国『エンジュ』で1,2を争う名門だった『イヅキ』一族の生き残りと会うなんて思ってもいなかった。
しかも、向こうも自分を覚えていたっぽい。子供のころ、1度だけ会ったあるが、今は事情を抱えた身。まずい。ものすんごくまずい。下手に追及されて、追いかけられたら面倒なことになる。
勝手にアルコールでぶっ倒れてくれたのは、レティにとって幸いだった。
--前金で報酬はいただいているし、契約は今日まで。さっさとおさらばしよう。
少ない荷物を革袋に詰め込むと、旅装用の
「歌姫レティが夜逃げ? 何やってんの?」
「お前に言われたくないわ、カムイ。そっちだって面倒事は困るんでしょうが」
いつの間に張り込んでいたのか、窓際の壁に立つ一人の青年。短く切った黒髪に切れ長の大きな黒い瞳。少しばかりとっつきにくそうだが、きれいな顔立ちでレティと同じ
やれやれと肩をすくめる青年-カムイにレティはむっとしながらも、その瞳はどこか楽しそうで、好戦的に見える。
「そりゃそうだけどな……で、レティア。
危険な兆候、と見てとったのか、カムイはさっさと非を詫びると、懐から出した一通の封筒をレティに押し付け、頼まれた用件を告げる。
ま、頭のまわる彼女ならすぐに意図を察する、というだけの話だ。事実、今までも、そういうことが多々あったから、特に気にすることもなかった。
手紙を渡されたレティは思い切り渋い顔をして、カムイをにらみながら、封を切り-内容を読んで、がっくりと肩を落とした。
「冗談でしょ? あのバカ
「ぶつくさ言うな。俺も、だけど、他の連中も呼ばれてるっつうか、それぞれ仕事付きでな……直行はお前だけ、だぜ。レティア」
「他の? アシュやスバルたちも『エンジュ』に?」
怪訝な顔をするレティにカムイはああ、と短く答え、背を預けていた壁から離れた。何を考えるのか分からない-いや、腹黒いとしか言いようのない、あの
「3日以内に向かえ、との期日指定付きだ。俺も一つ仕事を片付けたら、急行するつもりだ」
よほどの事態が起こっている、そう判断すべき、と言外に告げたカムイだったが、レティの反応は予想とは大幅に違った。
「そりゃ指定もするでしょ。なんせ、3日後にエンジュで開催されるだしね。なんかあったら困るっつうか、面白くないんでしょ。あの
「は?」
「今年の『諸王会議』。開催国はエンジュで、3日後に始まる予定でしょうが」
忘れたのか、と呆れ顔のレティにカムイは一瞬、頬を赤くし、ようやく意図が読めたのか、徐々に青ざめていく。
そんなカムイを見て、レティは憐みの目を向け、同情した。
去年は自分とカムイは別件で行けなかったし、他の仲間たちも事情を抱えてしまい-結局、指定された場所に来たのは
おかげで、盟主の《マスター》は、ものすごく拗ねてしまい、半月ほど八つ当たりを受け、死にかけた者も出たほどだ。まったく大人げない。
「仕事っていっても、各国代表の調査とか護衛でしょ? だから私には直行しろってこと」
「あ~なるほど……って! まさか来るのか?」
「そりゃ来るでしょ。一応、主要大国の一角だし」
納得したように、ポンと手を叩くカムイだったが、何かに思い立って、血相を変える。レティは小さく息をつくと、さっさと革袋を担ぎ、ドアではなく、窓の枠に片膝をかけ、当然とばかりに応える。
「そういうわけだから、もう行くわ。面倒事はごめんだ」
「おおおおいっ! それだけじゃねーんだよ!」
やらないから、と背中で言い切ってくれるレティに、カムイは顔色を変え、思わず声を荒げ、すがりつく。
大の男がなんとも情けないが、そうでもしないと、目の前にいるレティはさっさと逃げる。問答無用に、一ミリの温情も憐憫も、ありとあらゆるものを見捨ててくれる。力技で訴えても、片手でひねられるのが落ちなので、泣き落とししかすべがない。
「なに? ホントに面倒事は嫌なんだよ。やるなら、カムイたちだけで十分片が付くでしょ。それでも」
「あいつらも動いてんだよ! お前、それ聞いても無視するわけ?!」
レティに逃げられでもしたら、
必死ですがりつき、泣きついたカムイの言葉に、レティは窓に手をかけたまま、固まり-信じられないとばかりに目を見開き、振り向いた
「その話、本当なの?」
鋭い目でにらまれ、カムイは息を飲みながらも、首を縦に振る。
その情報に間違いはない。アシュだけでなく、夜叉たちまで聞きつけ、裏まで慎重に取り、事実であることを確認している。
-レティア逃走阻止の切り札にしなさい。あの子が来ないんじゃ、話にならないから♪ 頼むわよ、カムイ
記憶の中で高らかに笑う
「ああ、間違いない。だからお前も……」
「わかった。じゃ、あとはよろしく」
にこりと笑ったかと思うと、身をひるがえし、レティは窓から軽々と飛び降り、音もなく着地すると、そのまま夜の闇に駆け出し、消えた。
わずか数秒のことに、カムイはあっけに取られるも、その気になってくれただけマシと判断し、同じように窓から飛び降りた。
グラン大陸中央にある内海から西方に広がる五か国連合--東にシュレイセ王国、ラウニフ連邦、北に至誠聖国、レイキョウ国家連合、などの強国に挟まれた五つの小国が同盟を結んだ連合国家である。
その中でも、近年。内海に接する五か国の一つ・『エンジュ』は内海・大陸交易で栄え、強国に対しても大きな発言力を有するようになりつつある。
政治形態は首長議会で、最高権力者の首長は世襲制ではなく、先代指名制。現在の首長は先代のみならず、議会からの強い要請もあって、若くしてその座に就き、国民の人気も高く、政治能力もずば抜けている。
そんなこともあって、エンジュは4大強国に代わって初めてグラン大陸における最高会議-諸王会議を開催が決定された。
「で、それが俺たちと何の関係があるってんだ?」
「大有りだろ? 碓氷。お前ら『火鷹』が名を上げる一大チャンス♪ なんせ各国首脳、国主、国王一行が集まる『諸王会議』だ。どの国も、腕利きの護衛・傭兵・武装集団は
こめかみが若干-どころか、盛大に引きつりまくるのを感じながら、碓氷は楽しそうに笑って話すトラブルメーカーを睨んだ。
予想していない反応に、女はおやっ、と意外そうな顔をして、自分と対峙して座る碓氷とカイ、その後ろで頭痛そうに抑える羅瀬や樹欧、昨夜遅く合流した紅一点のセランは呆れ顔で、我関せずを決め込む蒼月らを見まわした。
「あれ? 喜んで食いつくと思ったんだけど……違ったか」
「当然だろ! ファティナ!! お前が関わると、碌なことがねーんだよっ」
「うわ、それ言い過ぎ。つか、お前ら今、仕事ないじゃん。ここで売り込んだ方がいいんじゃない?」
一息に文句を言った碓氷だったが、変わらず笑顔で痛すぎるところを突っ込んでくる女-ファティナに言い返せず、固まる。
言われたくはなかったが、実際のところ、この頭にくる女-現在、自国の王-というか、父親であるシュレイセ国王アルクレードから追い出された、絶賛放浪中の王女ファティナの言うとおり、武装集団『火鷹』に仕事はない。
よくある隊商や富豪の護衛、といった一般的な仕事がこの時期-『諸王会議』中は激減する。
理由は簡単だ。1国に各国首脳を警護するため精鋭部隊が集結し、野盗や盗賊らを掃討するわけだから、仕事が激減するのは当然である。
そんなことはよーく分かっている。分かっているからこそ、こいつに指摘されたくはない。
「ファティナ、俺たちもそれは分かっているよ。諸王会議期間中は開催国の国境線での取り締まりの募兵に行く予定なんだ。大陸にその名を轟かせた武装集団『オウガ』の元リーダーである君に指図されるいわれはないよ」
忌々しそうに唇をかんで、睨みつける碓氷に代わって、人一倍冷静さを保ったカイがシビアに切って返すと、ファティナは言葉に詰まり、落ち着きなそうに眼を泳がせた。
-まずい。予想と違う、てか、こいつらが動かないと困るんだよ!
ああいえば、ブチ切れやすい碓氷が噛みついて、勢い任せに乗ってくると踏んでいたが、まさかの展開に頭を抱えた。
そんな様子のファティナに、それまで黙っていた蒼月はやれやれと、盛大にため息を吐きだした。
「殿下、正直におっしゃったらいかがですか? 我ら『火鷹』の力を借りたい。エンジュへ一緒に行ってくれ、と」
「何言って!」
「大方、旅の資金がないのに、父君からエンジュへ来いとか言われて、途方に暮れた、というところでしょう? てっとり早く稼ぐにしても、今の時期に傭兵仕事はない。で、たまたま顔なじみの我らがいたから助けてもらおう、と」
ごまかそうと声を荒げかけたファティナだったが、全て御見通しな蒼月の冷静な指摘に言葉を詰まらせ-力尽きたようにテーブルに額を打ち付けた。
「ハイ、その通りでございます。さすが蒼月、よくわかっていらっしゃる」
こうなったら、プライドも何もない。まさに蒼月の言うとおり。国を出て3年、未だかつてない大ピンチに見舞われてるのだ。頭を下げるぐらい安いもんである。
そう、確かに蒼月の言うとおり。ここから数百キロ離れた国境沿いの小さな町で、行方知れずの従妹を当てもなく探していたファティナのもとに、国元からギルドを通して連絡をよこしたのは半月前。
-諸王会議があるから、エンジュまで自力で来なさい。
その知らせをもらった瞬間、ファティナは全身から血の気が引いた。
国境沿いなんつう辺境で、条件のいい護衛の仕事なんてあるわけなく、一発大逆転を狙う盗賊退治、などというおいしい話は更にない。
完璧な金欠状態に陥っていたファティナにとって、エンジュまで向かうのは、かなり酷な話で、これが、しばらく前に援助して、と頼んだ返答だと理解して、余計頭を抱えた。
だが、頭を抱えたところで事態が変わるわけでなく、荷運びなどの小さな仕事を引き受けながら、どうにか、ここまで来たが、仕事がなく-途方にくれていたところ、酒場で大騒ぎしている顔なじみ-腐れ縁ともいう-の『火鷹』の羅世たちを見つけ、渡りに船、と思ったという訳だ。
「馬鹿だろ? ファティナ」
「あ~そうですよ。どうせ、馬鹿ですよ。にしたって、こんなに傭兵とか護衛の仕事がないんだか」
「そりゃそうだろ。いきなり解散した武装集団「オウガ」のリーダーの信用度なんてゼロじゃん」
ふてくされたファティナだったが、呆れた碓氷に平然と言い切られ、見事に沈没するしかなかった。
大陸で1,2を争う実力を持った武装集団『オウガ』が何の前触れもなく、突如解散したために、彼らに依頼をしていた隊商や貴族たちが桁外れな損害を食らって、怒りを爆発させ-ギルドに元『オウガ』メンバーは雇うな、と圧力をかけ、3年たった今でも有効なのだ。
単発・短期の仕事はあっても、中長期の仕事が取れない。元メンバーのほとんどが『オウガ』に所属していたことを隠して、別の武装集団や傭兵隊などに入ってる。幹部に至っては、すっかり足を洗って、国元に帰っている。
まして、リーダーだったファティナの信用はゼロで、短期の仕事さえ取りづらい。大人しく国で王女様やってた方が得なんだが、目的がある以上、帰ることもできない。
「碓氷、カイ、蒼月、羅瀬、樹欧……私をエンジュへ連れてってください。オネガイシマス」
滝のような涙を流し、ファティナは呆れを通り越して、憐みの表情を浮かべる『火鷹』全員に頼み込んだ。
何とも言い表しがたい息を吐き、碓氷たちは顔を見合わせると、大仰に肩をすくめた。
少々、やり過ぎたが、本当はエンジュで別行動中のセランたちと合流する予定だったから、一人を連れて行くくらい、どうってことはない。が、我が侭・勝手気まま・傍若無人で有名なファティナは懲らしめておく必要があったわけで……、このくらいなら、いい薬だ。
苦笑を浮かべ、テーブルに額をこすり付けて、滂沱の涙を流すファティナを見下ろしながら、蒼月は彼女の探し人を思い出し、小さくため息を吐き出した。
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