七星紀伝~星の後継と破天荒王女
神楽 とも
プロローグ
~あまたの人々が集い、住まうグランの地。
安寧の時が過ぎ、悪しき風が吹き抜け、人々に災いをもたらさん。
されど、天に在りし七つの星。
地に降り立ちて、悪しき風を切り裂かん。
其は『七星』-魔を滅する大いなる『星』とならん~
打ちつける雨の音。掻き消えるざわめき。
城壁から城下へと続く大門。その近くにある、使用人たちさえも知らない、通用門を前にして、2人の少女は対峙していた。
1人は分厚い外套を身にまとい、フードをかぶっていた少女。もう一人は動きやすい男物の部屋着を来た少女。ともに青い瞳に金の髪を持ち、よく似通った品の良い顔立ちをしている。
それはそうだ。この2人は--公爵家と王家の身分は違うが、父親同士が兄弟の従姉妹。しかも1つ違いの従姉妹だ。
快活で男勝りだが、名君の誉れ高き父王譲りの明晰なる頭脳に王国で十指に入る剣の使い手。けれども自由気ままで、しょっちゅう国を不在にしている割に、国民からの絶大な支持を集める、ただ一人の王女-ファティナ。
その王女を支えるのが、王の実弟・名門サイフト公爵の一人娘で、品性方正で真面目な性格。王女がすっぽかす公務の代理を務める有能なる公女・レティア-だが、若干、控えめすぎることから、暗く見られがちで、国民の人気はいまいち-の割に、軍からは絶大な支持を集めている変わり者。
離れた王宮内では、突如、姿を消した2人を探し、乳母たちが騒ぎ出している。一方-主にファティナ-がいなくなることは、いつものことだが、2人が同時にいなくなるなど、前代未聞。パニックを惹き込すのも無理はない。
それでも今は小さな騒ぎだが、やがて王宮内がひっくり返るほどの騒ぎになるのは目に見えていた。
真面目なはずの公女レティアが家出を決行し、城から出く-などという、ありえない展開が怒ろうとしているだから。
王宮では、久しぶりに帰還したファティナを迎え、ささやかな祝宴が行われ、朝から浮かれ気味だった。それを見越していたのか、必要最低限の荷物を詰めた革袋と剣を持って、馬屋にレティアが向かったところを偶然-いや、自分が出ていこうとしていただけのファティナと遭遇したわけである。
予想もしていなかった事態にファティナの方はひどくうろたえたが、レティアは冷静そのもので、腰にさした剣に手をかけた。
大人しいレティアの行動に、ファティナは目をむき、驚愕しつつも、自らも剣を抜く。
天からの警告なのか、雷鳴が鳴り響き、一瞬だけ周囲を明るく照らすと、次の瞬間、すさまじい雨音とともに、雨足が一層激しくなっていく。
ずぶ濡れになりながらも、目の前にいる公女レティアを行かせるわけにはいかない。今、行かせてしまえば、とてつもなくまずい--というか、自分が城を出られなくなる。それは一番困る。
城下の街で、自分が主になって組織した武装集団の仲間たちが待っているのだ。今、レティアに出ていかれたら、面倒な公務をやらなくてはならない。それだけは絶対に困る。
何とも身勝手極まりない理由だが、自由気ままな性格をしているファティナにとっては、死活問題だったが、それは対峙するレティアにとっても同じことだ。
大の男たちを射すくめた鋭い眼光で、ファティナは出ていこうとする従妹をにらみつけた。
「諦めろ。一体なんだって」
家出なんか、とつぶやきかけ、たじろいだ。
頭まですっぽりと被ったフードから見えた眼光に気圧される。にわかに信じられない事態だった。
王座を守る両親や国政を支える叔父たちにさえ、一歩も引いたことのないファティナが1つ下の--しかも、一度として負けたこのないレティアに恐怖を覚え、畏怖を抱くなどにわかに信じられなかった。
「なんだって……だと?」
怒りをにじませた彼女に一歩あとずさる。怒りを通り越して、殺意さえも感じ、さすがにまずい、と本能が警告を始める。
強烈な眼光に息苦しくなり、嫌な汗が背を伝っていく。
その場から一歩も動かずに、静かに彼女は言った。
「ふざけるな……今まで一度たりとも、王族としての務めも果たさずに好き勝手なことばかりしてきた王女がそう言うか? 王位継承権1位の立場で、広い世界を知りたい、人々の暮らしを知りたい、正しき王となるために、とかなんとか御大層な名目並べて、勝手気ままに……」
「あ、ああああのな、その件に関しては父上にもきつーく説教されたし、叔父上どころか議会からも突き上げくらって」
「反省なんかしてないだろ?」
長年貯め込んでいたものが一気に噴き出したのか、レティアのとんでもない怒りにファティナの顔から血の気が失せる。
いつも間にやら、鞘から引き抜いた剣を構え、レティアは怒りを遥かに突き抜け、憎悪に等しい瞳で半ば叫んだ。
「お前はいつだって好きにさせてもらえた。お前だけが自由にしてこれた! 今度は私の番だ! あとはお前が何とかして見せろ! 馬鹿従姉!!」
怒号とともに、落ちる雷鳴。一気に間を詰めてきたレティアにファティナは身構え、顔面に迫った物体に視界を奪われた。
剣を振り下ろされた方がまだよかったかもしれない、と思う。
すでに痛みなどない頬をさすりながら、ファティナはがっくりと肩を落とす。
あの瞬間、剣を振り下ろすなら、応戦しようと、ファティナも剣を抜き--顔面に銀細工の鞘を食らうなど思ってもみなかった。
おかげで、その場に卒倒。間抜けにも馬番が発見するまで気絶していた、という不名誉。
申し上げにくいですが、レティア様は大した剣の使い手ではない、とか、ほざいてくれた剣術指南役の連中を張り倒してやりたい……ではなく、意識が戻るなり、全力で全員を殴り飛ばし、乳母が悲鳴を上げて卒倒し、母から無言のかかと落としを決められて、のた打ち回った。
だが、人生最悪な日はこれで終わらなかった。最後に特大級の最悪ならぬ災厄を止めとばかりに振り落してくれた。
--人生何が起こるか、わかったものじゃない。
3年前の、あの雨の日に思ってもみなかったことをやられつくし、もうこれ以上はないだろうとタカをくくっていたファティナに父--国王が笑顔で命じたのは、ただ一つ。
--失踪したサイフト公爵令嬢―叔父上の一人娘にして、我が国の第5王位継承者レティアを連れ戻して来い。
それが今まで王女としての務めを放棄しまくったお前への罰、と言い切った笑顔全開の両親と叔父たちに城を放り出された。ご丁寧に、というか、当然とばかりの無一文で最低限の装備。さらに武装集団も解散させられ、仲間たちは、それぞれの国に強制送還。
最初のうちは理不尽だ、とか、横暴だ、とか、手前勝手な怒りもあったし、不満もあった。それでも王宮育ちで世間知らずの従妹なんて1月もあればすぐに見つかる。
そう踏んでいたのが、砂糖菓子よりも甘すぎる、過酷な現実を突き付けられた。
半ば追放状態で旅に出て、3年。
世間知らずのはずだった従妹-レティアは未だに見つからず、いや、まったく消息がつかめないままファティナは大陸を捜し歩いていた。
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