第四夜



空気感染をしたら泪。感情。すべてが零れ落ちた。


もらい泣き。


それはウィルスよりも強いもの。



今日は具合が悪くて薬を飲んだ。


よくわからないけれど、感情移入の激しい日だった。



おかげでこの夢の世界は少し違った風景。



今をうまく誤摩化して過ごせることが出来たら、明日もわたしはきっと上手に笑うことが出来る。


でもうまくいかないから泣いてしまう。


道化師になりきれない。


表情なんて言うのは演技である。



昔は子どものわりに演じるのが得意だったはずなのに、今は少しも上手く出来ない。


感情をコントロール出来るのが大人だとしたら、わたしはまだまだ幼稚なのだろう。


自分のピークは幼少期と言えるかもしれない。


年齢のわりに器用にこなせていた物事が多かった。


年老いていけばゆくほど、脳も衰えていくのだから仕方ないのかもしれない。



泣き虫だった。


昔からそうだった。



誰かのために泣くとか、そんな善人ではなく。


なぜ泣いてしまうのかわからないが、涙腺が緩いのだと思う。


泣き虫ではあるけれど、人前では泣けない子だった。


泣き虫だと揶揄されるのが嫌で、眼の奥が熱くなり始めると、人目の付かないところを探して、そこで誰にも知られることなく静かに泣いていた。


それは悔しかったのか、悲しかったのか、今となってはわからない。


いつも胸が痛いような気がした。



誰かがわたしの先を走ってゆき、わたしは必死でその後ろ姿を追いかけている光景が浮かぶ。



誰かのように、強くなりたかった。



今も、あの人のような強さは持っていないだろう。


わたしが持っていないものを持っていたから、惹かれたのだろうか。


追いつけないことなど最初からわかっていた。


それなのに追いかけていたのは、若さなのだろうか。



(想いって伝わらないものなんだよ)



ただ繋がっていたいと願い、いつまでも好きな人の表情を見たいと切望する。


誰かはもう振り返ることがなく、人間特有の忘却の術を持って、その造形も忘れていってる。


変わってしまうことを恐れて、かける言葉ひとつさえ選べなくなってしまう。



だから一緒に過ごした時の表情の一瞬を、何度も何度も思い出している。


何度も思い出して。


もう一度、不変を作り出してみる。



不変はどこだ?


不変なんぞどこにもない、と自分が答える。


そのとおりだ、不変なんぞ存在しない。



立ち止まれば、移ろう時に負けてしまいそうになる。


進まなければいけないんだ。



薬の頓服のため、いつもと睡眠の質が違う。


脳内の彼をいくら待っていても現れることがないのだろうと推測がたった。


いつも、そうだ。


どうして来ない人を待ったりするのだろう。



テレビが設置された部屋に座れば、いくつもモニターが頭上にまで広がる。


わたしの手元には、色とりどりの不揃いなボタンが並んだリモコン。


そのリモコンを手で弄びつつ、好きな数字やボタンを無造作に押し、すべてのスクリーンに眼を通す。


退屈を紛らわすために記憶を呼び出して、自分の中で変えたくないと思っている時間をまた流す。



昔の景色。思い出と呼ばれるもの。美化されてゆくもの。



好きなシーンだけを繰り返し、繰り返し眺める。


好きなシーンから嫌いなシーンに映り変わるとき、わたしは耳を塞ぎ、眼を閉じる。



怖い顔をして怒鳴る人。


大きな音。


動かないマネキン。



それらは永遠にわたしを苦しめる存在かもしれない。


そして朝が来るまで待ち続ける。


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