第三夜
「暗闇で生きてきたこの眼は、夜になると多くのものを見ます」
この世界にも夜なんていう時間概念があるんだー、と思ったり、暗闇で生きるとか厨二設定だなあと客観的に思う。
一度は言ってみたい台詞にランクインしている。
「わたしは鳥目だよ」と自嘲気味に言うと、彼は笑った。
嫌みな笑いではなく、静かな笑い。
彼は、表情豊かだけれど、どこか寂しそうである。
ずっと、ずっと、寂しそうなのだ。
それにわたしは少し疑問を抱いていた。
「ぼくは昼間の緊張を溶かします」
(昼は出て来れないものね、わたしの夢のなかの友人だから)
「心は逆に昼間の不安を思い出します」
(それはわたしに忘れ去られてしまうかもしれないという恐怖心なのだろうか)
「だからますます眼が開いて、夜を泳ぐのです」
抽象的で詩的な表現に首を傾げる。
いまいち何が言いたいのかよくわからない。
何か表現したいことが奥のほうにあるというのは理解出来る。
だがしかし、もう少し、こう、具体的に言ってはもらえないのだろうか。
わたしの脳内で起こる会話としては、随分要領を得ていないように思う。
もうちょっと言いたいことをまとめて明確にしてもらいたい。
ここで「泳いでないじゃん」とか言ったら台無しになるのだろう。
あれだ、比喩表現というやつだ。
むしろ、ここで「泳いでないじゃん」と突っ込むと「泳いでますよ」とかいって独りでに眼球だけ飛び出して泳ぎ回るなんていうこともあり得なくはないだろうから、やはり言わないに越したことはない。
そもそも泳ぐのは眼なのか、身体なのか、疑問点はそこから出発するのかもしれない。
(文句を言っても仕方がないのだろうけれど)
(夢に要望や文句をつけるクレーマーって本当に夢がない人間だという証明になってしまう気がする)
彼のその眼が映すのは、ほんの少し違うもの。
忘れられる、ということは脅迫的恐怖である。
ひどくさびしいことである。
忘れられるということは、消えてしまうと同義。
瞼の裏に残るあなたの面影〜♪とか、そういうことを言う歌謡曲がまあ、多々ある。
そんなのがあるうちは、まだ良いほうだと思う。
歌というのは、時間の概念が強いものである。
曲を書いているとき、歌っているときは、思いが強かったり思い出されたりする。
それ以外はどうなんだろう。
(想像しなくなったら、居なくなってしまうことなんだよ)
「人間は想像する生きものですからね」
「すべてを知ったような気になれば、飽きられてそれで終わりです」
「まるで今の世の中みたいね。事件や人物も一時もてはやされて、ブームが去ればさようなら」
「情報量と速度がとても増しているんです。多くの人は対応しきれないのかもしれませんね」
「また別に、取り残される人々も出てくる」
もしかしたら、脳内の彼は、わたしの中で取り残されたものなのかもしれない。
そう思うとたまらなく愛おしく思えた。
(わたしが忘れそうな何か)
「今の心が、望んでいるもの」と「本当に望むべきもの」がよく反発し合う。
狭間で苦しんでいるのは、言うなれば欲望かなあ。
それとも、願望かなあ。
(彼の心の闇が少しだけ窺えた夜)
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