第44話 むしゃくしゃする

 あー、もうむしゃくしゃする!



 これが私の中で渦巻いている感情だった。

 あの事件。

 杉中笑美の婚約者候補が次々と殺害されたあの事件。


 トリックは、水車を使った自動落下装置。

 犯人は、色乙女左韻。


 それが真実として事件は終了した。

 だが、この事件は世間一般では報道されなかった。

 理由は簡単。

 杉中家が揉み消したのだ。

 一人娘が選んだ婚約者候補が三人も殺され、しかもその要因が婚約者候補に選定したこと自体だと言われれば、当然の如く世間体はかなり悪い。

 だから潰したのだ。

 もっとも、最初に事件があった時から圧力は既に掛けていた様子ではあったが。

 結果的に、世間的にはこの事件は無かったことになっている。


 だから誰も知らない。

 知る術がない。


 



 ――あの事件から数日後。

 真実を確かめるために、私はある場所に来ていた。


 留置所。


 勿論、私自身が逮捕・拘留されている訳ではない。

 目的は、とある人物に会うためだ。

 事前に警察に話を付けてあり、算段は既に済んでいる。

 さあ、後は向かうだけだ――と意気込んだ、その時だった。


「……何で?」


 私は思わず疑問を投げてしまった。

 留置所の前にいた人物。

 ポケットに手を突っ込んで、私を待ち受けるようにいた少年。

 その人物の名前を、私は――葦金美玖は――『あたし』で呼びかける。


「何でこんな所にいるのさ、久羽?」


「……いや、偶然と言っても信じてくれないよね」


 伊南久羽は苦笑いを浮かべた。


「うん。僕も気になることがあってさ。で、刑事さんに聞いたら美玖が行くって聞いたから、であれば一緒にね、って思って」

「そっか」


 あの刑事め、と一瞬恨めしく思ったが、別に久羽が一緒でも問題ないと思い直し、


「……」


 ついでにこう言い直した。


「で、そろそろ久羽の真似は止めたら? ねえ――?」


「……バレバレですか」


 伊南クウ。

 あたしのよく知っている容姿の男が目の前にいる。

 だが、よく知っている『久羽』ではなく、目の前にいるのは『空有』だ。


「あっさりと認めたもんだね」

「字面だけみれば何も変わってはいないから、何のこと? というようにとぼけることもできましたが、流石にそれを長々と言う気力は私にはありませんよ」


 目の前にいる彼はガラッと雰囲気を変えて、肩を竦めた。

 伊南空有。

 久羽の中にある三つ目の人格。

 だが、久羽は彼の存在を知らない。

 空有が妨害しているらしいが、詳しい方法などは分からない。

 目の前の彼――空有の特徴を一つ言えば、ものすごく切れ者である、ということだ。

 自分自身を冷酷だのを司るなんか言っていた気がしたが、確かに合理的に見捨てる判断などを迷わずにしそうな雰囲気を醸し出している。

 そして、推理力がかなりある。

 はっきりいえば、あたしよりも数段ある。

 だから、伊南クウという人物がこの場にいた際に、人格が「空有」であることを見抜いたのだった。


「そもそも久羽だったらここに来ないだろ。真相に気が付いている様子はなかったし」

「そういうあなたは気が付いているのですか?」

「……半分以上分からない、っていうのが正直な所よ」


 正直に話す。


「笑美が語った真相には気が付いていたし、左韻が犯人の可能性が高いのも理解していた。だけど――あたしには引っ掛かる点が何点もあった」

「だからここに来て、訊きに来た、ってことですね?」

「そうよ」


 肯定の返事をしながら、あたしは悟った。

 空有は何が引っ掛かるかを訊いてこなかった。

 ということは、分かっているのだ。

 この事件の全てについて。

 彼の場合は、全て解決して、その答え合わせに来ただけなのだ。


「さて、では訊ねに行きましょうか。――と、その前に」


 彼は人差し指を口元に当てる。


「これから私は久しい羽の方の『久羽』の振りをしますので、合わせてくださいね」

「何で?」

「一応、貴方以外には私の存在は隠していますので」

「……ああ、そういえばそうだったね」


 空有の存在は自分自身――久羽にすら伏せている。恐らく、この接している時間についても、彼の脳内では別の補完がされていることだろう。で、あれば最初から久羽の真似をしていたのは愚策じゃないか、と一瞬思ったが、それもあたしがあっさりと見破ることを想定して行ったいたのだろう、と思い直す。実際、あたしにそのことについて隠すつもりはなかったようだし。


「分かったよ。そこはきちんと合わせるわよ」


「――ん、ありがとう」


 一瞬でガラッと雰囲気が変わる。

 まるで空有ではなく、久羽であるかのように。

 まあ、結局は『クウ』であるのだから、ある意味当たり前なのだけれど。


「それじゃあ行くわよ」


 あたしも気持ちを切り替える為に、敢えて言葉にしてこれからの行動を彼に告げる。

 留置所に来た目的。

 それはとある人物に合う為。

 拘留されている、とある人物。

 あの事件の関係者。



「色乙女左韻に、話を訊きに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る