第41話 事件の真実
「名探偵 皆を集めて さてといい――そんな俳句がありましたね」
笑美が微笑みを携えながら集まった人々の前で謳うように告げる。
杉中邸。
本館。
食堂。
最初の事件が起こった場所でもある。
そこに集まったのは並茎警部や飛鳥警部補といった警官の他に、あの事件の関係者。
僕と美玖。
笑美。
洲那さん。
左韻。
森さん。
ここにいないのは三人。
日土。
天野さん。
そして――韋宇。
「うぬ。さて、始めましょうか。皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
腰かけている皆に向かって、笑美が暖炉の前で手を広げる。
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません、今回の事件の真相についてお話しする為です」
「真相、ですか?」
飛鳥警部補の問いに、ええ、と頷きを返す笑美。
「警察の方の現場検証などを見ていたり聞いていたりした際、ふと気が付いたのです。今回の事件について、そして、犯人が誰なのかについて」
「だ、誰なのですか!?」
「まあ、先に言ってしまっても興ざめになってしまうので、それは後々お話ししましょう。メインどころなのですから」
「興ざめって……これは現実の事件なん――」
「――飛鳥」
鋭い声が飛ぶ。
その声の発信先は、並茎警部だった。
「静かにしなさい。まずは話を聞くこと」
「は、はい。失礼しました!」
飛鳥警部補が頭を下げる。とはいえ、並茎警部の声も飛鳥警部補を咎めるようなものではなく、仕方なしに指示に従うように、というような意味合いが込められているように見えた。実際、笑美側から何かを言われているのだろう。幼い容姿なのに大人だ。実際、大人なのだろうけれど。
「それでいいわ。――さあ、続けてください」
「ありがとうございます。では、最初にこの事件についておさらいをしましょう」
笑美は動じずに語り続ける。
「私が選んだ婚約者の五人の内、三人が無残にも殺害された事件。しかも最初の事件はこの館で起こりました。目戸日土殿が両腕を切断された状態で煙突から落ちてきました。この時、関係者全員が、この食堂で顔を合わせて食事をしていました」
ただ一人を除いては――と笑美は右手の人差し指を立てる。
「轟韋宇殿。被害者以外は彼だけがその場に不在でした」
「まさか、轟さんが日土を殺害したんっすか?」
「……。違います」
左韻に対し、少し含みを持たせるように間を置いて、彼女は否定の言葉を口にする。
「轟殿は単純に被害者です。轟殿がもし落としたのならば、直後に伊南殿が目撃しているはずです」
まあ、僕が共犯だ、という線があれば別だろうが、そのようなことを問う人間はその場にはいなかった。
分かっているのだ。
この中に犯人がいて、誰の手も借りずに何らかの方法で日土を突き落したということを、笑美が告げようとしていることが。
「ではどうやって目戸殿を落としたのか? その方法は二つの事実から推定されます」
「二つの事実っすか?」
「一つは、目戸殿が両腕を切断されていたこと、そしてもう一つは、この場所に――水車があるということです」
水車。
普通の敷地内にはないこの建造物がある。
それが今回の事件に関係していると彼女は言っている。
「……そろそろですかね。だよね、イオちゃん?」
と、突如、自分の右腕にある腕時計を見た後、洲那さんにそう問い掛ける。洲那さんは自分の左手をちらと見ると「ええ。予定通りです」と頷きを返す。
「うぬ。では皆さん、こちらをご覧ください」
そう言って彼女は暖炉の前から離れ、元いた自分の位置を掌で示す。
すると――
ドスン。
重苦しい音。
それは笑美が掌で指し示した先から発せられた。
何が起こったのか。
一瞬、以前の出来事がフラッシュバックした。
あの――両腕を無くした日土が落下してきた、あの時のこと。
だが、あの時とは明らかに違うことがある。
捜査があったが故に少し小綺麗になっていた暖炉は、今度は何があるのか確認できた。
「人形……?」
そこにあったのは人などではなく、人を模した人形であった。
「ええ、そうです。体重などは成人男性の平均体重くらいで調整した人形です。あとは――ほら」
笑美は暖炉に近づき、人形を引っ張り出す。
身体以外は雑に作られたその人形は、ある特徴があった。
その特徴とは――
「この通り、両腕がありません」
「元からなかったんじゃないんですか?」
「いいえ。そんなことはありません」
飛鳥警部補の問いに首を横に振る笑美。
「しかも上には誰もいません。嘘だと思うのならば見てきても構いません」
ここでわざわざ上に誰か待機させて落下させる意味がない。それを誰もが理解しているので、この場から確認しに行く人はいなかった。
「出る人はいないんですね。分かりました」
一つ頷いて、笑美は皆に目配せをする。
「では、答えを告げましょう。この通り、私はこの場に居ながらあの人形を落としました。そのトリックについてお伝えします」
ついに来た。
笑美が実践した、そのトリック。
この場にいながら目戸を落としたそのトリック。
「見てください」
いつの間にか洲那さんが人形を立たせるように支えており、その両腕の部分を指し示す。
「この両腕に穴が開いていますよね。そこにピアノ線をまるで服を縫うように両手と繋げていました。人形の姿勢は両腕を広げ――そうですね、ちょうどT字にした状態で、煙突の淵に引っ掛かる様に配置していました」
「ん? そんなこと出来るっすか?」
左韻が首を傾げる。
「人形と違って人間って結構ふにゃふにゃじゃないっすか。力入れてないと。で、死体は当然力入れられないじゃないっすか。だったら支えられないはずじゃないっすか?」
「あ、それはですね」
笑美が笑顔で答える。
「上手く引っ掛かったのではないですかね? ちょうどいいように」
……何だそれ。
答えになっていない答えだ。
恐らく、その質問は想定していなかったのだろう。
笑美は堂々としているが、場は変な空気に包まれている。
――でも。
きちんとした理由はあるのだ。
人間の身体が柔らかい。
だがある時、その身体は固くなるのだ。
「――死後硬直」
そう答えたのは美玖だった。
「死後硬直でカチカチになった身体で支えていたんだよ。夜中に殺害されたならちょうど落ちてきた辺りで固まっているはず」
「うぬ、そうなのか」
笑美が驚きで目を丸くしている。やはり素で知らなかったのか。言葉づかいも素に戻っているし。
僕は死体に触れたから、その身体が硬かったことは知っていた。
「じゃあ、硬いんだったらどうやって落としたんすか?」
「そちらは簡単です」
言葉づかいを再び修正して、笑美が告げる。
「腕に通したピアノ線を取ったたけです。――水車を使って」
水車。
ここで二つ目の用語が出てくる。
「ピアノ線の先は水車につけていました。なので自動的に巻きついて引っ張られ、そのピアノ線を回収していくのです。時間も、先程実践した通りにピアノ線の長さを調整すれば行けます。因みに今回は皆さんが来る前にセットしたので、水車に巻きつけてから大体一時間後くらいに落ちる設定にしました」
「成程……だから誰もいないのに落下させることができたのですね」
飛鳥警部補が納得、といった様子を見せる。
しかし、このトリック。
――僕や美玖が想像していたのと同じだった。
腕に開いた穴。
水車で見つかったピアノ線。
そこから導き出されるトリックは、これしかない。
実際の時間調整などができるかは完全に机上の空論でしかなかったのだが、実際に出来たようだ。実際に目戸を落とす時はそこまで細かい設定は不要であっただろうから、あまり関係はないようだが。
「さて、ここから――『このトリックを用いる際の障害』についてお話ししましょう」
笑美はそう次の句を切り出す。
「このトリックの障害はただ一つです。――準備に時間が掛かることです」
そう、その通り。
このトリックはとにかく準備が必要なのだ。
「屋根の上に運んだ目戸殿の腕に穴を空け、ピアノ線を通す作業――そのピアノ線を引っ張って水車小屋まで持っていく作業――そして朝に結び付ける作業――これだけあります」
「確かに時間が相当掛かりそうですが……それがどうしたのですか?」
飛鳥警部補が問う。
「殺害されてから一夜の猶予があったのですよね? その間は決して短くなかったはずです」
「短かったのですよ。――とある人達を除いて」
一つ息を短く吐いて、彼女は告げる。
「この領内の各コテージを通るには、この本館を通るしかありません。それ以外――例えば木々の中を無理に通り過ぎようとすれば警報が鳴ります。それが無かった状況から、考えられる状況はこれしかありません」
笑美は、指を三本立てる。
「水車小屋側のコテージにいた人間――三人のみが、このトリックを実行出来たのです」
三人。
「もし、それ以外の人物が夜中にコテージ側にいるのが発見されれば、かなり疑わしい状況となります。ピアノ線を持つだけならば細くて目立たない上に、持っていた所でも、散歩していたら見つけた、などと言い訳が効きます」
つまり。
「それが実行出来たコテージ側の三人とは、私とイオちゃん、そして――」
「『左韻殿』――ですよね?」
そう先読みして呼ばれるであろう名前を口にしたのは、その対象者――左韻自身だった。
「つまり犯人は杉中笑美、洲那庵、色乙女左韻の三人の中にいるってことっすね?」
「何故言い直したのか分かりませんが……ええ、その通りです」
笑美が少々戸惑いながらも続ける。
「そして、この事件は目戸殿を上に引き上げなくてはいけません。腕が分割されていたとはいえ、成人男性を一人担ぎながら屋根の上まで運ぶのは、女性には難しいです。腕を切るのもきついでしょう」
彼女は告げる。
真意を告げる。
この事件の犯人は女性ではない、と。
杉中笑美。
洲那庵。
色乙女左韻
この中で男性はただ一人しかいない。
「つまりは――色乙女左韻が犯人、ってことっすね」
名指しをされる前に――
「大正解っす」
本人は満面の笑みを見せた。
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