第40話 考察

 僕と美玖はパトカーに乗って、杉中邸――あの事件が起こった邸宅へと向かった。悪いこともしていないのに最近パトカーで移動が多いなあ、タクシー代わりに使っているとか批判を受けたりしないかなあ、などと戯言を口にしたら、美玖に「そんな訳ないだろう」と白い目で見られてしまった。まあ、誰に知られるわけではないからその通りだが。


「でも、どうして僕達はあの現場に呼ばれるんだろうか?」


 パトカー車内で僕は美玖に問う。


「まあ、一番考えられるのは、あの事件の再現する、ってことじゃないかな?」

「再現?」

「日土が煙突から落とされたやつの再現だよ」


 全員が大広間に集まっていた中、日土の腕と身体が暖炉に落ちてきた件。


「でもあれは『あの方法』だよな?」

「そうだと思うよ。というか、あの方法しか考えられない」

「でも何でみんなを集めてわざわざそのことを話すんだろうか?」

「さっきも言ったけど、再現する為じゃない? で、その再現する許可をなかなか出さなかった――いや、違うわね」


 美玖が小さく首を横に振る。


「恐らくは警察もあの方法は気が付いていた。だけど実証するタイミングが無かった。そこに、笑美側から真相が分かったという話が警察に来たので、それに乗っかった――ってところですかね、刑事さん?」


 美玖はそこで飛鳥警部補に問いかける。


「……悪いけど、私にはその『真相』とやらが分かっていないので、警察が気が付いていた、という点に関して同意しかねるよ。並茎警部ならば分かっていたのかもしれないけど、こちらまで下りてきていないからね」


 パトカーを運転しながら飛鳥警部補が答える。


「その真相について、教えてくれないかい?」

「んー、運転中の方に説明できる程簡単ではないし、考えてしまって運転に集中できないと困るので、せっかくだから杉中邸の人達に説明してもらった方が良いのではないかと思います」


 その美玖の言葉に「そうしようか」と飛鳥警部補は首肯する。

 ――しかし、どうしてだろう。

 僕は美玖の言葉に、何かが引っかかった。

 いや、美玖の態度に、と言った方が正しい。

 先に述べた通り、あの大広間にいながら日土を煙突から落とす方法は、僕にすら分かっている。

 でも、美玖はその推理を、未だに僕以外の誰にも告げていない。

 何故だろうか。

 その理由として「視野を狭めたくない」などとか言っていたし、以前の事件を引き摺っていたために、真実が確定するまでは口にしない、と述べていたことは理解している。

 だが、伝えない理由はそれだけだろうか?


(……もしかすると)


 一つ思い当たる。

 ほぼ間違いないと思われるトリック。

 それを告げないのは、まだ分かっていないことがあるから。

 分かっていないこと。

 それは――犯人だ。

 あのトリックを実行した人物が特定できていない。

 きっとそうに違いない。

 ただ、あのトリックが実行出来たのは、杉中邸にいた人間しか出来ないのは間違いがない。

 それに、トリックを実行するには夜の内にある程度の動きを――


(……っ)


 まるで雷が落ちたような衝撃が、自分の中に走った。

 唐突だった。

 唐突に閃いた。

 あの時、あの事件――あのトリック。

 それが実行出来たのは、ただ一人だけ。

 コテージの配置からも、あの人物しかいない。

 だが。


(……いや、待てよ)


 その事実に気が付いたと同時に、あることにも気が付く。


(こんなことに――


 僕がこんなにも簡単に辿り着けた結論だ。閃きがあったとはいえ、美玖がこの結論に至っていないと考える方がおかしいくらい、少し考えれば分かることだった。僕は単純に考えていなかっただけだ。


(――違う、それだけじゃない。何をぼけているんだ、僕は)


 さっきのことをすっかりと忘れていた。


(美玖はじゃないか)


 だからこそ、さっきあのような証言をしたんだ。

 ……もっとも、訊く前に警察官が乱入してしまって、杉中邸に向かうことになってうやむやになってしまったのだが。

 その事実があったからこそ、無意識のうちに逆算で、あの人物が犯人であることに気が付けたのかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 しかし……ならば尚更疑問に思う。

 何故、美玖は口にしないのか。


(……分からない)


 結局最後には最初に戻る。

 まるでメビウスの輪のように、裏に行ったと思ったら結局は元通り。


「――おい久羽」

「あ、うん。何?」

「何ボーっとしているんだよ。着いたぞ」


 美玖に言われてようやく気が付いた。

 どうやら思考に集中していた内に、いつの間にやら杉中邸に到着していたようだ。

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