第31話 結局のところ
『良い手だ』
一通り説明した後、電話先の彼女――美玖は言葉を返してきた。どうやら韋宇のショックからは多少なりとも回復したようだ。
僕は迷った。
回復していない可能性もあったので、彼女に言わずに直接警察に問うか、それとも彼女に一応告げておくか。
結果、様子を確認がてら、彼女に電話をする方に決めたのだが、それで良かったようだ。
『先にあたしに相談してくれてありがとう。少し思考が落ち着いて、事件のことについて考えられるようになったよ』
「で、どうだ? 俺の考えは合っているか?」
『うん。大体は合っていると思うよ。どう考えても韋宇はあの婚約者絡みのやつに巻き込まれたんだし、久羽が言ったように、婚約者候補から外れている人間が次に狙われる可能性が高いのも分かる。実際にほど遠い二人が殺されているんだし』
「だったら次は……」
『うん。次が誰か目星がつくよね』
一つ間を置いて、彼女は言う。
『可能性が高いのは――左韻だよね』
あの婚約者候補の中で辞退したもう一人の人間。
まあ、実際に狙われたのは僕だったが……なんてことは言わない。
嫌味に捉えられかねない意味でも、心配かけない様にする意味でも。
「でも何で婚約者に遠い人から狙っていくんだろうか?」
『それはある程度想像がつくわよ。推理じゃないけどね』
「そうなのか?」
『婚約者候補の筆頭が狙われるのならば、笑美の婚約者になりたい奴、という分かりやすい動機を露呈するだろう。だけど、離れている人間を選択することになれば、その可能性は低く見られるだろうさ』
「……ちょっと待って」
彼女の言い分に、僕は言い知れぬ寒さを覚える。
「それはもしかすると……韋宇は本当の目的を悟られないためにとばっちりで殺された、って言っているのか?」
『その可能性はあるとあたしは思っている』
動揺した様子もなく言い切る美玖。
もしかすると、彼女は韋宇が殺された瞬間、そこまで思考が至っていたのかもしれない。だからあれだけ放心していたのかもしれない。推測だけだが、彼女ならそうであっても不思議ではない。
『韋宇はそれ以外に殺される要素が無い。それは久羽も思っているでしょ?』
「ああ。短い時間だったけど、あいつが人から恨みを買うような奴だとは思えない」
見た目は相当チャラい。
だが、中身は一図に美玖を想う、普通の気のいい男の子。
『……いい奴だったな』
しみじみと美玖が言う。
轟韋宇。
彼を語る上で、これ以上の的確な言葉はないだろう。
だからこそ、
『あたしは誓う。この事件の犯人は必ず見つけ出す。絶対にだ』
「ああ。そうしよう」
僕と彼女は、強くそう誓った。
必ず韋宇の敵は取る、と。
「さて、これからどうする?」
『とりあえず左韻に連絡を取ろうか?』
「でも僕はあいつの連絡先知らないよ。美玖は?」
『……そういやあたしも知らないな。確かあの夜「携帯持ってき忘れたっす」って言って交換しなかったから……』
「じゃあ刑事さんに訊く?」
『んー、それもありだな。というかそれしかないな』
だけど、と彼女は続ける。
『多分、明日あたし達は重要参考人として事情聴取のために呼ばれるだろう。だからその時に聞けばいいんじゃないかな?』
「そ――」
それでは遅いのではないか。
そう言おうと思ったが、だからといって自分達が何が出来るのかと考えた時に、何も出来ないということに気が付いた。
あの館に集まった関係者が二人殺されたのだ。当然、僕達以外にも話が行き、各々に警戒をさせることは警察が既にやっているだろう。左韻が一番危ないと僕達はそう推理したが、あくまでこれは推理であって確証ではない。
もしかするとそう思わせることが狙いで、左韻以外の人の警戒を緩ませる考えなのかもしれない。
ならばまだ口を出すべきではないのかもしれない。
でもそう考えると、明日警察に言うのもどうかという所まで思考が至ったが、でも緊急で連絡先を訊くよりは迷惑を掛けないだろう。
そういう判断も踏まえて、彼女は明日の事情聴取の際に聞こうと言ってきているのだろう。
「……そうだね。そうしようか」
少し間を置いて僕はそう答えた。
『じゃあ警察から連絡があったら一応久羽にも連絡しておくよ』
「了解。こっちもそうするよ。それじゃあ」
『あ、久羽』
「なに?」
『――ありがとうね』
その言葉と共に電話は切れた。
「……」
恐らくは、心配してくれて、という意図があったのだろう。そういう気持ちがあったのは確かだが、僕が彼女に感謝を言われる筋合いはない。
筋合いと言うか、権利がない。
この事件は僕のせいで起きた……とまでは言わないが、少なくともただの名探偵である彼女が巻き込まれることはなかったと僕は考えている。
例え韋宇が婚約者候補に選ばれたことがきっかけでも。
笑美が適当に婚約者候補を選定しようとしたことでも。
どちらも本質では異なる。
僕がいるから。
僕のせいで、こんな事件が起こった。
戯言に近いが、ここまで周囲で事件が起きるとそう思わざるを得ないだろう。
先の謎の人物との会話の内容がまさにそうだ。
本当に疫病神のような存在だ。
なんだかんだ理由を付けたが、全部虚言だ。
僕が死ねばある程度世界は良い方向に動くだろう。
なのに死なない。
そう。
結局のところ、僕は死にたくないだけなのだ。
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