第3話.魔王辞めたいんですが・・・
「無理だろ!!」
古城の一室に悲痛な叫び声が響き渡る。
勿論俺の声だ。
今朝の魔物勧誘で痛い目を見た俺は、半べそをかきながら城へと戻ってきていた。
そこの、二人では広すぎるほどの面積を持つ謁見の間で、俺はアトリスに抗議をしていた。
「何だよこの能力! アイツ等と話すなんて無理だろ!!」
俺の能力、『会話』。魔物や動物達と意志疎通が出来るという、超メルヘンチックな能力だ。
しかし、人間以外の生物達はある程度の意思疎通が出来るらしい。俺の能力の地味なこと。
この能力で配下となる魔物を集めろと、アトリスがそう言ったのでチャレンジしてみたが、なんだあれ、普通にムリゲーだった。
話せると言うだけで、意気揚々と出掛けた俺も悪いのだが。
アトリスは眼を閉じ、恐る恐るといった調子で話し出した。
「はい、流石に野生の魔物を配下として勧誘するのはいささか難しいかと思います・・・・・・」
「えっ!?」
何それ、早く言ってよ。
さっきまで叫んでいたのがとても恥ずかしくなってきた。
「野生の魔物は狂暴性が平均的に見ても高いのですよ」
アトリスが淡々と述べる。
「ですが、トオル様がとてもやる気だったので、つい・・・」
ちょっ、止めて!
アトリスの言うように俺は「この能力があるんだったら、仲間集めなんて楽勝ゲーじゃん」的なノリでいた。
俺は両手で真っ赤になった顔を覆うと、玉座で身を丸めた。
「じゃあ、どうすんの・・・?」
眼を向けずにアトリスに聞く。
「はい、魔物達の集落や群れを訪ねましょう。彼らは知能も高く、理解があるので配下となる者が現れるでしょう」
知能が高いと言えばゴブリン辺りか。ゴブリンとかがいるのかは知らんが。
だが、いくら知能が高いと言ってもまた襲われる可能性も十分にあるよな。
「なあ、アトリス。何か攻撃手段無いのか? 逃げるしか無いってのも嫌なんだが」
襲われては逃げ、襲われては逃げなんて御免だ。と、いうかこういう転生とかって最強の武器とか最強の能力とかが与えられるものなんじゃないの。
「・・・!」
アトリスは何故か驚いた様に目を開いた後、少し頬を赤らめた。
「トオル様も立派な魔王と成られるために努力をされようとお思いなのですね・・・私、感慨深く感じます・・・」
「いや、違うよ?」
即効で否定したが、聞こえてないのかふりなのか、アトリスは俺の言葉を無視すると、続けて話し出した。
「当方では二つのコースを扱っております。まずは魔法を習得する短期集中コースと肉体強化のため、私が長期間に渡って教えさせて頂く長期集中コースの二つです。私めとしては後者の方をオススメ・・・・・・」
「前者でお願いします」
俺はアトリスの言葉を遮る様にして答えた。
肉体を酷使する特訓なんて絶対嫌だ。あと、何で塾みたいになってんの?
「そう、ですか・・・」
アトリスは何故か残念そうに言うと、ガクリと肩を落とした。
いや、何させるつもりだったの?
「トオル様、今朝私が使った『衝破』という魔法を覚えていらっしゃいますか?」
あれか。この世界、やっぱり魔法とか存在するんだな。ちょっと、いや結構ワクワクするな。
「ああ、覚えてるよ」
「あの魔法『衝破』は初級魔法ですので、簡単に習得する事が出来ると思います」
習得って、面倒臭いんだろうな。
「ではトオル様、お身体を失礼いたします」
何を思ったか、アトリスが俺のジャージに手をかけ、脱がしてきた。
「えっ! ちょ、なにやってんの!?」
抵抗するが、アトリスの力が強すぎる。
俺の抵抗(ちょっと期待しているので全力での抵抗ではない)も虚しく、あっというまに、服を脱がされた。
アトリスは長い爪の生えた手を俺の胸にピタリと当てた。
「普通は魔法使いや本などで魔法を学ぶのですが、トオル様が一刻も早く魔王に成られたいようですので、私の『衝破』を継承したいと思います」
「継承?」
習得じゃないのか?
そう聞こうと思ったが、アトリスは察したのだろう、穏やかな口調で説明しだした。
「はい、『習得』には本人のその魔法への十分に理解が必要です。高難易度の魔法になるほど理解が難しくなります」
うっわあああーい。絶対に理解したくない。
「『継承』というものは、すでに魔法を習得している者がしていない者へ、言葉通り受け継がせることが出来るのです。この場合、受け継ぐ方は何もせずに、魔法の習得が出来ます。しかし、継承を行った者は魔法を失って仕舞います。失うと最後、二度覚えることが出来なくなります」
成る程。確かに言葉通りだな。
「ん? ってことは、アトリスは『衝破』が使えなくなるってことじゃないか!?」
「はい」
「はい、ってそれでいいのか?」
軽いぞ。簡単でも、自分が勉強して覚えた魔法をそんなに軽々と渡していいのか?
「トオル様がお強くなられるのなら・・・」
俺の胸部に触れていたアトリスの手が熱を帯びる。
「うおっ!?」
アトリスは玉座に腰かけていた俺を押し倒すと、長い指をツーっと這わせた。
「っ・・・!」
「では、始めます」
何を!?
俺は嫌がる表情を見せながらも、身体は全く抗わせて無かった。
こんな、ダイナマイトボディのお姉さんに迫られて、嫌がるやつはいない。
「『継承』!」
アトリスの右手が、光に包まれ、数秒も経たずに消えた。
「完了です。もう、お使いになられることが可能ですよ」
「えっ、まじ!?」
そうは言われたものの、全く実感がない。
「では、早速勧誘に出掛けましょう」
「嫌だ」
俺はアトリスの手を振り払い、けつで後退りをする。
絶対に行きたくない。ゴブリンやオークなんかとは会いたくない。
俺はエッチなサキュバスやハーピーの様な人外っ娘じゃないと意地でも動かんぞ。
そんな事を考えていると、アトリスは胸元から一枚の紙を取り出し、確認するように読み上げた。
「次は、ハーピーの群れを訪ねるつもりなのですが・・・」
「アトリス、何をしてる。早く行くぞ!」
○
「詐欺だ・・・・・・」
こんなの詐欺だ。いや、もともとハーピーってこんな感じだっただろうか。しかし、俺の中で、可愛い人外っ娘のハーピー像が崩れ去ったのは確かだ。
『貴様等と話すことなど何もない! 直ぐ様立ち去れ!』
空中で鷹の二倍ほどの鳥?が甲高い声で警告してくる。
石像の様な人間の顔。形からして女性だろう。しかし、全然可愛くなかった。というか、ここまで来たらもうホラーの域だ。
「そう言わずに、どうか配下になっては下さりませんか?」
アトリスがかしこまった口調と態度で、群れのリーダーであろうハーピーに頼み込む。
『早急に立ち去れと行っているのが聞こえんのか!? 第一、貴様等の様な者の下に付いて我々に何の得があるというのだ?』
「っ・・・!」
アトリスが何か反論しようとしていたが、俺はそれをそっと止めた。
「帰ろう・・・こいつら可愛くない。色んな意味で」
○
「もう嫌だ!」
俺の絶叫が部屋に響く。
「そう仰らずに、まだ日が落ちるまで時間がありますので次の候補地へ向かいましょう。ハーピーは気高いので断れるのはもともと想定内でした」
「嫌だよ! というか他の奴に魔王頼めばいいじゃん!」
魔王なんてもうこりごりだ。有能な配下が沢山いるならまだ考えようだが、配下はたったの一人だけだ。
この立場からさっさと解放されたい。
「他の者を、と言われましても。魔王は現在トオル様だけなのですよ」
「だからその立場を譲るって言ってるんだよ」
どうせ魔王っつても、名前だけなんだろ。なんちゃって魔王みたいなもんなんだろ。特に魔王の証みたいなものがある訳じゃないんだし。
「トオル様、譲ると言うことは、トオル様が死ぬと言うことですよ?」
「は?」
その言葉を聞き、ゾクリと寒気が走った。
「右手の甲を御覧ください」
アトリスに促されるまま、右手の甲に目をやる。
そこに有ったのは一つの刻印だった。
「なんだ、これ・・・?」
今まで全く気づかなかった。まさに灯台もと暗しだ。
「魔王の証です。その刻印を持つものだけが魔王と認められるのです」
と言うことは俺が魔王ということだ。
名前だけのなんちゃって魔王とは違って、この世界ただ一人の魔王ということだ。
「ちょっと待てよ、これを譲る事は出来ないのか!?」
俺は焦った口調で尋ねる。
「その刻印が他人に渡る条件は、所有者が天命を尽くして死に、魂だけの状態になったときに後継者に継承する場合と・・・」
何故か、アトリスはそこで一拍置き、冷ややかに言い放った。
「所有者を殺して、奪う場合の二つです・・・」
「え・・・・・・?」
ちょっと待てよ、どっちも死んでるじゃん。俺は死なないと魔王を辞めれないって事か?
そんな、嘘だろ・・・
「因に、既に魔王の証を狙って魔物達がトオル様を殺そうと動き始めているかもしれません。魔王の証は魔物達が追い求める最高のステータスです。早急に警備を固める必要があるかと・・・」
詰んだ。もう、俺は魔王としてやっていくしかない。アトリスの言う通り、早急に信用のできる配下を集めなければ。
「また、今現在の私達の資金は70000ルペしか存在しません」
「70000ルペ?」
「はい、先代から1ルペは1エンだと言付けを預かっております」
たったの七万円。食料費程度しかない。
というか何であいつは円とか知ってんだ?
いや、そんなことは今はどうでもいい。とにかく現在重要なことは、いつの垂れ死ぬか分からなくなったということだ。
「では、トオル様。ばったばったと悪人どもを討ち倒し、金品を略奪していけるよう頑張りましょう」
アトリスが可愛らしくガッツポーズをとる。なぜこんなにも嬉々としているのか。
あの、魔王辞めたいんですが・・・・・・。
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