第4話.オークと俺と死
「今日はオークの集落を訪ねようと思います」
「嫌です」
俺は目覚めたばかりで、まだ意識が覚醒していないにも関わらずハッキリとそう答えた。
○
最悪だ。
さっきからその言葉しか頭に浮かばない。
今、俺達が向かっている所はオークの集落だ。魔王城からはそう離れてなく4時間ほどで着くらしい。
しかしそれは直線距離での話だ。
魔王城は秘境のような土地に位置しており、絶対に人に見つかることが無いだろう。
しかしその分、足場の悪い山道を長時間かけて歩くことになった。
足場の悪い。いや、そんな話ではなかった。
まず、何故か城の周辺は昼夜問わず暗い。森の中など尚更だ。不気味も不気味、どこぞのホラー映画より十二分に怖かった。
足下もよく分からず、何度木の根につまずき、足を挫きかけた事か。
いや、いっそのこと足でも挫いていた方がよかった。
「トオル様、どうかされましたか?」
俺の先を歩いていたアトリスが銀色の髪を揺らしながら振り向く。
「え、別に・・・」
つい嘘をついてしまう。
本当は行きたくなんてない。だってオークだぞ。
ガタイが良くて顔はイカつい。そしてとても狂暴かつ非情で汚いモンスター。ゲームばっかしてた俺としてはそんなイメージだ。
しかし、嫌だ嫌だとも言ってられない。
経済面でもそうだが、アトリスが配下集めを頑張っているのに、それに応えないのも気が引ける。
今現在ではもとの世界、地球に戻る見立てなど無い。とにかくこの世界で生きていくしか道はない。
魔王として。
「今から訪れる里のオーク達は、先代の配下であった者が治めています。必ず協力してくれるでしょう」
不安気な表情がつい出てしまっていたらしい。俺の心情を察したアトリスが安心させるように微笑む。
そうか、アトリスはあのオッサンの代から仕えていたんだよな。確か他の配下は解散させたっていう話だったな。
ということはアトリスは元配下のオークの長的な奴とも知り合いって事か。何か心が結構軽くなった。
「アトリス、配下が解散したのはどのくらい前の事なんだ?」
「えーっと・・・5年前ですね、はい」
「5年!? ってことは先代が死んだのも5年前って事なのか?」
「はい」
5年、そんなに長いとは思っていなかった。
「よくそれまで城の乗っ取りとかが無かったな」
「はい、先代がお亡くなりになられる前、城の周辺に結界を張られたのです。この結界は触れた時点で死に至るほどの強大な結界です。先代は私以外の配下を結界外に出した後、お亡くなりになられました。この結界はトオル様が魔王と成られるまで張られていました」
「私以外?」
「はい、私だけは次の魔王をお迎えし、補佐する役目がありましたので結界内に居ました」
その言葉を聞き、背中に氷を入れられたような感覚に襲われた。
アトリスは5年間、結界内に居たのだ。
おっさんがアトリス以外の配下を解散させ、結界を張った後アトリスは独りだったということだ。誰とも会わずに、会えずに。
アトリスは俺の生きてきた四分の一以上の年月を孤独に過ごしたと言うのか?
「・・・・・・」
俺は言葉を失い、歩みを止めてしまった。
ほんの推測に過ぎない。しかし、しかし・・・・・・。
「トオル様?」
アトリスがやけに俺に触れてくるのも、何故か日々嬉しそうなのも・・・
「トオル様? 如何なされましたか?」
「・・・やるぞ・・・」
「はい?」
「アトリス、俺はやるぞ、ああやってやる! 最高の配下を集めてやるよ!!」
アトリスの話を聞いて半分変なテンションがなっていたのか、俺は声高々に宣言した。
これは魔王の座を狙う奴等から自分の身を護るためでもあるし、食べていく為でもある。
そして、アトリスの為でもだ・・・・・・。
「トオル様・・・!」
アトリスは顔をパアッっと明るくすると、俺に飛び付いてきた。
「私もトオル様の為に尽力させていただきます!!」
「ぐふっ!?」
○
「トオル様、もう少しでオークの集落が見えてくる筈です」
アトリスが前方に指を指して俺に伝えた。
「もう、か・・・・・・」
つい、大きなため息をついてしまう。
もう今さら何を言っても仕方がない。腹を括ろう。もし何か起きたとしても・・・アトリスが守ってくれるだろう。
アトリスが知らせてから数分ほど経ち、もくもくと立ち上がる煙が目に入った。
あそこか。
ああ、オークがいっぱいいるんだろうな・・・。
うん?と言うか、あれは・・・。
最初は焚き火でもしているのかと思っていた。しかし、煙は黒かった。落ち葉なんかを燃やして出る白煙ではなく、火災現場で目にする黒煙だった。
何故か嫌な予感がした。アトリスも同じらしく、「っ・・・!」と短く舌打ちすると、砂埃が舞う程の強さで地面を蹴りつけた。
「あっ、おいっ! 待てよ!!」
そう呼び止めはしたものの、アトリスは人間では出せない程のスピードで走り去って行った。
○
「うっ・・・」
俺は思わず右手で口元を押さえてしまった。
アトリスの後を必死で追い、やっとオークの集落に着いた俺を襲ったのは煙と血生臭さだった。
「殺せ殺せ殺せええ!! オーク共を片っ端から殺してやれえ!!!」
片手に弓を携え叫ぶ、狩人風の男。その声に操られるように、軽装に身を包んだ幾人もの男達が雄叫びを上げながらオークに襲いかかる。
「グオオオッ!?」
体格の良い緑肌のオークが複数の男達に囲まれ、無惨にも弓で撃たれ、剣で刺され、切り捨てられる。
「おえっ・・・!」
腹の底から酸じみたものが喉元に込み上げてくる。
死体はそこら中に転がり、オーク達が殺されていく。
道路で動物なんかが死んでいたのは何度か目にしたことがある。チラリと見る分には気分が悪くなる事など無かった。しかし、凝視すればするほど、吐き気を催した。
ネットなんかでは興味本意で人間の死体の画像を観たことがある。
だが、画像は画像だ。リアルには到底及ぶ筈が無かった。
今、俺の目の前で幾つもの命が飛んでいっている。生物の惨たらしく死ぬこの瞬間を俺は一生忘れることは無いだろう。
オークは悪だ。そんな観念がゲーム等を通して染み付いていた。しかし、人間がオークを一方的に虐殺するこの状況では人間の方が悪なのではないかと、そう感じてしまった。
「ハハハハ!! いいザマだオークの豚共め! 貴様らのようにゃぶふっっ!?」
オーク達を嘲笑っていた一人の男の顔面に蹴りが入り、言葉は情けない途切れ方をした。
蹴りを入れた当人は冷たい憤怒に満ちた表情をしていた。
アトリスだ。
「何だこいつは!?」
人間側の勢いにヒビが入る。
オーク達はそのかすかなヒビを見過ごさなかった。
「今ダ! 反撃しろオオ!!」
一体のオークが大声で吠えた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
先程まで殺られていたのが嘘だったかのように、オーク達が巨大な武器を手に反旗を翻した。
「ぐあっ!」
「がっ!?」
軽装の男達がオークに斬り倒される。
あんなに幅の広い巨大な刃で、しかもあの剛腕で斬られれば致命傷は免れないだろう。
戦況はオーク達に傾き、オーク達の勝利かと思われた。
しかし。
「『サファー・ファイア』」
何体かのオークが大火炎に包まれる。
オークが火だるまになり、地面を苦しみながら転げ回る。
「魔法使い・・・!」
鱗のような暗黒色の殻で覆われた腕で、五人目となる男を昏倒させたアトリスが苦々しい表情で人間達を睨む。
その目の先には杖を持ちブツブツと何かを唱えている奴がいた。さっきの火炎はあいつの仕業か。
アトリスは周りの敵を薙ぎ払いながら、魔法使いの方へ向かっていった。
オークも人間もどちらかが一方的に攻める、ということは無くなり、両者は乱戦となっていた。
俺は何も出来ず、ただ立っているしかなかった。
「調子にのるなよ豚共がああああ!!」
「お前らモだ!」
人間側のリーダー各であろう男が、左頬に大きな傷のあるオークと凄まじい剣戟を繰り返していた。
「オオオオオオオオオオ!!」
若干ではあるが、オークの方が押している。
決着が付くのも時間の問題だろう。そう思っていた。
「グオッ!?」
突如、ガクリとオークが膝から崩れ落ちる。太股には一本の矢が深々と突き刺さっていた。
「ハッ、マヌケな奴だ!!」
リーダー各の男は勝利を確信した様に笑むと、オークに剣を降り下ろそうとした。
助けなければ。
咄嗟に俺は男に腕を向け、魔法を放っていた。
「『衝破』!!」
使えるかどうかも分からない、しかし今の俺に出来ることはこれしかなかった。
脱臼しそうな程の反動に俺は勢いよく尻餅をついてしまった。
「ぐほおっ!?」
男が大きくのけ反り、後方にあり得ないほど大きく飛んでいく。そして、鈍い音を立てて墜落した。
時間が止まったかのように、辺りが静まり返る。
そして。
「うああああああああああああああああああ!!」
「隊長がやられた!!」
「て、撤退いい!!」
敵が悲鳴を上げながら散り散りに逃げ去っていく。
しかし、それをオーク達が黙って見過ごすわけが無かった。
屈強な体つきをしたオーク達はぐるりと人間達を取り囲み、戦意を喪失した敵を徹底的に叩き潰した。そこには魔法使いを殺してきたアトリスも参加していた。
もし、一人でも逃がせば多くの兵士達がオークを討伐しに来る。その事を理解しての正しい行動だろう。
しかし、見るに耐えない状況だったので、俺はずっと目を瞑っていた。
○
「貴殿にハ、本当に感謝しております・・・」
「いえ、大したことは何も・・・」
戦闘が終わって、俺はオークの集落長の家に来ていた。
この集落の家々は縄文時代の竪穴住居の様な作りになっている。その中で一番大きな規模の家に、お礼をしたいと呼ばれたのだ。
今、家の中には五人居る。俺とアトリスと強そうなオーク二人、そして巨大な椅子にもたれ掛かっているオークの長だ。
口回りにはサンタクロース顔負けの白髭が生えており、露出している肌には幾つもの古傷が這っている。下顎からは太い二本の牙が生えており、めつきは鋭かった。
そして、何より大きかった。見た限りオークは全般的に身長が180cm強ほどあり、強靭な筋肉が全身をくまなくコーティングしていた。
しかし、このオークの長はそれの比ではない。立てば身長は2mほど有るだろう、顔は老いているものの身体中の筋繊維は膨張しており、とてつもない巨人に見える。
いや、巨人なのだ。
「オイ、お前らは下がれ」
長が側に控えるオーク二人に向かって手を縦に振る。
オーク達はなにも言わずに深くお辞儀をすると姿を消した。
「アトリス、少し席を外してくれないか?」
多分このオークの長は俺と二人で話したいんだろう。あくまで憶測だが一応俺もアトリスを下がらせることにした。
アトリスは一瞬戸惑った表情をしたが「承知しました」と一言残し、家を出た。
「ご理解しテ頂き、誠に有り難うございます」
オークの長はそう言うと、椅子からおりた。
デカイ、2m以上は有るんじゃないかと思わせる体格。部屋に二人きりになったことを今さら後悔し始めた。
「先程は椅子に座ったまま申し訳ありませんでした。部下達の前では威厳を保つ必要があるのデ・・・私ハ、ヴァルファスと申します」
「俺はトオルです・・・」
オークの長、ヴァルファスは俺の前で片膝を付き、しゃがみこんだ。
「トオル様、紋章ヲ見せて頂いてモ?」
「えっ、ああ、はい」
紋章とは手の甲のあれのことだろう。
俺は右手の甲のマークをヴァルファスに向ける。それに共鳴するように紋章が鈍い紫の光を発した。
「本当に魔王様なのですネ・・・」
ヴァルファスは呟く様に言うと、顔をうつむかした。
かすかにヴァルファスの肩が震えている。地面には大粒の水滴が滴り落ちている。
泣いているのだ。
このオークは前から魔王に仕えていたとアトリスが言っていた。俺が魔王の紋章を持っているということは、前の魔王は死んだということだ。
晩年に解散させたらしいから、魔王が死にかけていた事はヴァルファスも知っていた筈だ。
しかし、本当に死んだとわかると込み上げてくる感情が有るのだろう。
「すみません、本題ニ移りましょう」
ヴァルファスは顔を上げると、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「魔王様と二人にさせて頂いたのは、他でもありません。アトリスの事につイてです」
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