暗黒物語

鳴神蒼龍

第1話 猫塚

 自分の死を感じた猫は、どこへ行くか知っていますか?

 昼下がりのファミレス。沈黙を守っていた洋子さんがグラスをもてあそびながらいった。

 働きだして初めてのゴールデンウィーク。洋子さんは中学時代からの親友、沙耶さんと一緒に猫塚へ出かけたのだという。猫塚とは、山中にある崖の通称らしく、死期を悟った猫は、なにかに引き寄せられるようにそこに集まるとのことだ。

 オカルト好きがこうじて仲よくなったふたりは、時折廃墟へ足を運ぶことがあった。

 なにか見ることはありましたか。

 洋子さんは首をふった。一度もありません。

 だから、猫塚も、ただの噂話に過ぎないだろうと思ったのだという。なんだったら、たくさんの猫に会えるかもしれない。そうはしゃぎながら洋子さんたちは猫塚に向かった。女ふたりだけでは心細かったので、沙耶さんのペットである犬のラブも一緒だ。

 市内から車で四十分ほど走らせると、あたりから建物は消え、田んぼだらけの風景となった。出発前にネットの地図で確認してみたものの、役に立つような情報は表示されなかった。どうやら地図の作成範囲外だったらしい。田舎ではよくあることだ。もちろん、猫塚なんてものも表示されない。

 車が入れない山道にたどり着いた洋子さんたちは、車を降りると、さらに三十分ほど歩いた。

 まったくといっていいほど人の気配がせず、このまま自分たちは帰ってこれなくなるのではないか、と洋子さんが思っていたころ、視界がひらけた。崖にたどり着いたのだ。

「なんだ、なにもないね」

 そう沙耶さんはつぶやいたが、洋子さんは不安な気持ちになったのだという。

 さっきまで元気だったラブが急におとなしくなったのだ。

 それに気づいた沙耶さんがラブの頭を撫でる。しかし、ラブは撫でられるのを嫌がった。

 不安に思いながらも沙耶さんが告げた。

「もう少し、行ってみる?」

「う、うん」

 洋子さんは沙耶さんとともに、恐るおそる崖のほうへ歩いて行った。

 次第、鼻腔を重い匂いが刺激した。

 腐敗臭だ。

 沙耶さんと顔をあわせた洋子さんは、顔をしかめながら崖の下を覗いた。

 そこにはおびただしい数の猫の死体があった。

 悲鳴とともに腰を抜かしたふたりは背後に物音を感じた。

 あわてて振りかえる。

 ラブが暴れていた。

 狂ったように踊りながら、ラブが崖へ向かう。

「ダメ!!」

 叫びながら洋子さんはラブの首輪につながれている紐を握ったが、ラブの勢いはおさまらなかった。

 危ない。このままでは沙耶さんごと崖から落ちてしまう。

 そう思った洋子さんが沙耶さんに抱きついた瞬間、勢いのままに沙耶さんの手から紐がすべり抜けていった。

 そのままラブは崖から飛びあがった。

 落ちる寸前、振りかえったラブの目は笑っているように見えたという。

 ふたりはしばらくのあいだ、抱きあうようにして泣いていた。

 犬が自殺したのだ。

 動物が自殺をするなんてきいたことがない。

 気づくと、あたりは夕焼けに染まっていた。このまま陽が落ちてしまっては、帰り道にも困るだろう。

 沙耶さんを支えるようにして車へ向かった洋子さんは、逃げるように家へと帰った。

 沙耶さんが姿を消したのは、その夜のことだったという。

 警察には?

「もちろん、話しました。けど、信じてくれなくて」

 無理もない。

「行方不明者届けはだしたんですけど……」

 洋子さんの声が震える。

 いまから、案内してもらうことってできますか?

「え?」洋子さんが顔をあげた。「猫塚にですか?」

 しばしの沈黙のあと、洋子さんはうなずいた。


 洋子さんにいわれるままに車を走らせ、山中を歩く。

 猫塚についたときには、すでに夕陽が空を焦がしはじめていた。

 前を歩いていた洋子さんが立ち止まる。

 ここか。

 不安げな洋子さんを残し、崖のほうへ歩いてみた。

 別段、鼻腔を刺激する匂いはない。

 ふちへとたどり着くやいなや、恐るおそる崖の下を覗いてみる。

 しかし、猫の死体なんてひとつもなかった。

「本当です。本当に見たんです!!」

 暗くなる前に戻りましょうか。

 別に信じていないわけじゃない。ただ、……沙耶さんが見つかるのではないかと思っただけだ。立ち去ろうとしたとき、背後から悲鳴がきこえた。

 あわてて振りかえった。

 しかし、そこに洋子さんの姿はなく、小さくなっていった悲鳴は、すぐに消えた。

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