神さまへの事情聴取
『……元来ワシら神々は人間のことを悪く思ってはおらぬ。むしろ人間の想いが新しい神を生み、力を送ってくれる事に感謝さえしておる。人間の文明が進歩するにつれて送られてくる力は減りつつあるが、それはまぁ時代の流れというもの。不平を漏らす者もおるにはおるが、嫌悪と呼ぶには程遠い。
……しかしその風向きが、人間たちが電波を操りはじめた頃から変わりはじめた。神通力の効きが悪くなってきたのじゃ』
「あー。それがさっき言ってた話か。……ん? でも今の言い方だと、別にスマホの電波だから悪いってわけじゃないのか?」
話の折り目で久住が質問を入れると、雅比はうむ、と頷く。
『察しがいいな、久住。その通りじゃ。今よりももっと以前、ラジオやテレビが広まりはじめた時点ですでに問題は起きておった。
先ほどは神通力に電波が干渉していると話したが、分かりやすく言えば矢を射ようとしているところへ強風が吹き荒れるようなものじゃ。当たるものも当たらなくなるゆえ、ワシらの間ではすこぶる評判が悪い。
……まあそれでも、ラジオやテレビはまだよかった。電波塔の場所は固定されておるからの。近づきさえしなければどうということはない。だが、携帯電話は違う。ワシらにしてみれば、電波塔が歩いているのと同じじゃよ。現代人のマナーはなっとらん、というのが神々の間で口癖になっておるほどじゃ』
……なるほど。だんだん分かってきた。
今の時代、人間は世界中にいるし、みんなスマホを持ってるからな。
『このため神々の間では意見が分かれてきておる。穏便に事を済ませる方法を模索する現状の路線に対し、過激な手段に訴えようとする者たちが増えてきておるのじゃ。ゆえに、今のうちに手を打つ必要があるとワシらは考えておる』
そこで一息つき、雅比は、出雲議会、という初めて聞く言葉を出してきた。
『ふだん神々はわりと好き勝手に生きておるのじゃが、全体として考えるべき問題というのも時折起こる。出雲議会とはそうした問題について論じる場でな。八百柱からなる議員を任期百年で選出し、年に一度集まっては議論する形式になっておる』
なんと。こいつらそんな面倒くさそうなことやってたのか。
俺が想像していた神さま像とはずいぶん違うイメージだ。
「……雅比はどういう立場なんだ?」
すると雅比はちょっと得意そうに胸を張る。
『ワシは現在の与党第二党、
なんと。政治家だったのかこいつ。
俺の驚きが伝わったのか、しかし雅比は苦笑気味に表情を崩す。
『お飾りの議員じゃがな。女の天狗はほとんどおらんので、選挙のたびに美人すぎる天狗だのなんだのと持ち上げられるわけじゃ。なんとなく想像つくじゃろ?』
「あー。確かに選挙の時期になると、タレントの出馬が話題になったりするよな」
もっとも、選挙に出馬するタレントって俺たちの中で流行ってる人たちよりも一回り上の世代である事が多いのであんまり興味わかない事が多いけど。
『大方そんな感じじゃな。さて、今の内閣は携帯電話への対策を公約に掲げて西暦二〇〇〇年にスタートを切った。しかしこの十数年というもの、内閣は有効な施策をほとんど講じることができておらず、携帯電話は世の中に広まる一方じゃ。内閣の弱腰な姿勢を非難する声は日に日に強くなっており、支持率は低迷の一途を辿っておる。そんなこんなでいい加減お尻に火が付いた内閣が、最近一つの施策を打ち出した。それが、精霊指定都市の制定じゃ』
「……精霊指定都市、ですか?」
追風が確かめるのに、雅比はうむと頷く。
『追風の娘よ。地主神については、お主、知っておるな?』
「はい。太古から存在する土地全体の守り神ですよね。殆どの土地には地主神がいるけど、稀にいないところもある。例えばこの国津の地には、現在地主神が不在です」
然り、と再び雅比がうなずく。
『簡単に言えば、今回の電波の問題を解決するため、地主神のいない土地を使って色々と実験をしてみよう、という話じゃ。そうした土地であれば我々も他の神に遠慮する必要がない。この提案は野党側にも受け入れられ、賛成多数で可決された』
「……ずいぶんと勝手な話だな」
思った事をそのまま述べると、雅比は、否定はせぬ、と肩をすくめた。
『今の出雲議会には、本心から人間のことを考えているものなどおらぬからな。
……とはいえ、いきなり始めてしまうと色々と問題が起こる事は目に見えている。そこで、精霊指定都市を定める前に数名の調査官を候補地へ送り込み、事前調査をすることになった。そして今回、精霊指定都市の候補地として選ばれたこの地に風神天狗党から派遣されてきたのがワシというわけじゃ』
長い長い手紙を読み終わった後のような沈黙。
最初に口を開いたのは、追風だった。
「……つまり、国津市が精霊指定都市として決定されたら、雅比さんみたいな神さまが大挙して押しかけてくる、ということですか?」
『現時点ではまだなんとも言えぬが、そうなるじゃろうな。無論、悪いようにはせぬ。精霊指定都市の制度は、あくまでも人間との共存の可能性について模索する事が目的じゃからな。運用ルールについて提言を行うのも、調査官の仕事じゃ』
「それは、信じても大丈夫ですか?」
『全力は尽くすつもりじゃよ。神と人間との仲を取り持つことができれば、と個人的にも思っておる』
「そうですか……」
追風は雅比から目を離し、考え込むように沈黙する。
「風神天狗党って字面だけみるとカッコいいけど、他にも党ってあんの?」
純粋な好奇心から発したらしい久住の問いに、雅比は頷きを返す。
『無論じゃ。今の与党第一党でもある伏見稲荷神を筆頭とする保守派、狐神稲荷党。雷神の眷属を中心とする野党最大の強硬派、雷神建御党。他にも色々とある』
「ふーん。あ、なら、党に入る基準はどうなってんだよ? 名前からして、同じような奴らが集まってる感じなのか?」
『そのあたりはテキトーじゃな。お主の言うとおり、同族が集まる傾向にはあるがの』
「へぇ、ってことはオレでも入れるのか?」
『……面白いことを言うもんじゃの、お主。ううむ、どうじゃろうなぁ……。確かに制限は設けておらんし、現人神信仰に端を発する神もおる。いずれにせよ、十年もあれば承認の可否は分かるじゃろうな。ふむ。久住よ、挑戦してみるか?』
「十年なぁ……。まぁ今は遠慮しとくわ。また今度頼む」
『そうか。興味がわいたら話してみるといい。これも何かの縁じゃ。相談ぐらいには乗れるじゃろう』
そこで雅比は、画面の中から器用に俺たちを見回した。
『……質問はこんなところかの。では、ここからはワシの個人的な意見になる』
雅比は居住まいを正して、語りはじめる。
『……神々にとって携帯電話の電波は頭痛の種じゃ。悪い事に、恨みの矛先を人間へ向けようとするものまで現れつつある。このような状態で精霊指定都市を定めたところで、互いにとって無益なだけじゃ。
しかし、問題の中心である携帯電話が神々にとって有用である事を示すことができれば、現状への不満を緩和できる可能性がある。不満を緩和することができれば、人間従属すべしといった強硬論も抑えられ、議論の余地が生まれる。さすれば、精霊指定都市制度を有効に活用できる望みも出てくるじゃろう。
……ゆえに、ワシはお主らへ協力を願いたい。携帯電話が神々にとっても有用であることを証明するための手助けをしてほしいのじゃ』
なるほど。それでスマホに詳しい人間を探していたってわけか。
「手助けって、具体的にはどんなふうにだ?」
『調査官は、調査を円滑に進めるための補佐を二名まで指名できる。朝田に久住よ。お主ら二人には、ワシの補佐になってもらいたい』
雅比の補佐か。生徒会の書記みたいなものだろうか。
『とはいえ、そう大したことを頼むつもりはない。ひとまずはワシと共に町のあちこちへ出向いてくれればそれでいい』
……なるほど、話は分かった。
雇い主が本物の神であることはともかく、面白そうな感じはする。
「どれぐらい手伝えばいいんだ、それ?」
『今月中に結論するように定められておる。こういうことだけは早くてな』
今は十月の中旬。ざっと二週間ってとこか。
「それで、俺たちへの報酬は?」
『……ほ、報酬じゃと?』
考えてなかった事がモロ分かりの反応。
ここぞとばかりに久住が言い募る。
「そりゃそうだろ。タダ働きなんてぜってーゴメンだぜ。まぁバイト代として日給一万円ぐらいが相場じゃねえの?」
『い、いちまんえん……じゃと……』
久住の注文に、雅比は呼吸困難に陥ったように口をパクパクさせる。
『ううむ……良いかお主ら、よく聞くのじゃぞ。今の野党の最大勢力は雷神建御党。人間など力づくで従わせてしまえという一派じゃ。なんとかしなければ、お主らたちにも害が及ぶかもしれぬのじゃぞ』
「そりゃ聞いたよ。でもそれで困るのは雅比たちも一緒なんだろ。だったら、それとは別に見返りとかあってもよくね?」
『む、むむむむ。見返り、見返りか。正直、金銭の持ち合わせはないのじゃが……』
……まぁ、なんとなくそんな雰囲気はあるよな、こいつ。
などと思っていると、雅比は名案を思いついたとばかりにぽんと手を打った。
『よし。これなら割にあうじゃろ。二人とも、ワシと初めて言葉を交わした時の事を覚えておるか』
「……そりゃもちろん。まだ半日も経ってないからな」
『うむ。ならばこう言えば通じるかの。朝田よ、実はな、ワシはお主の携帯電話の構造を把握して電波の干渉状態を把握するのに半日ほど時間をかけておる。その間、お主らの会話は全部聞いておった。もちろんそれには、お主らが追風の娘たちから袋叩きにされた後の事も含まれる。お主ら、己が何を話していたかは覚えておるな?』
……待て。なにが言いたいんだこいつ。
イヤな予感しかしねえんだけど。
ええっとあの時、どんなことを話してたっけ。
確か、身体いてーとか女子たちマジこえーとかスマホ大丈夫かーとかそんな話をしてて、で、そのあと、
『ま、もちろんまたやるんだけどな!』
『当然じゃん! 懲りるとかありえねえし!』
ワハハハハハ……みたいな、話を、した、よう、な……、
チラリと久住を見る。
急に腹の具合でも悪くなったような顔で床を睨みつけ、額に汗を浮かべながら目を泳がせている。
チラリと追風を見る。
こちらは自分の名前が出てきたためか、なんのこと? と首を傾げている。
……なんのことかバレたら即刻処刑されるんじゃねえかなコレ……!
『うむ。そのときに聞いた話を伏せておくことにしよう。これが見返りという事でどうじゃ?』
そりゃあ見返りじゃなくて脅迫って言うんじゃないっすかね雅比センセー!
猛烈に抗議してやりたかったが、今それをしたら自分の首が物理で締まる。
「し、仕方ねえなぁ。正直全然釣り合わねぇけど、特別に手伝ってやるよ。なぁ久住?」
「お、おう。全然気が進まねぇけど、まぁ特別に手伝ってやる」
『うむ。では二人とも、しばらくのあいだ、よろしく頼むぞ』
俺たちからの、てめー覚えてろよ! という熱い眼差しを受け、雅比は満足そうに頷いた。
「……ねぇ、なんの話よ」
不審そうに聞いてくる追風へ、しかし俺たちは乾いた笑い声を返すことしかできない。
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