光明
不幸中の幸いだったのは、異変を察知した雅比がいち早く駆けつけて来てくれたことだ。おかげで俺たちは混乱する街の中で立ち往生することなく、素早く合流を果たすことができた。
ひとまず一旦落ち着いて話せる場所に移動しようという話になり、毎度おなじみ久住の家に向かう。久住の部屋に四人はさすがにキャパオーバーだったため、リビングを使わせてもらう。久住の両親はまだ帰宅してなかったが、二人とも市外勤務なので心配はいらないだろうとのこと。
どうやら家庭用の通信回線は攻撃を受けなかったようで、無線LANルータにスマホを繋がせてもらうと無事画面上部にアンテナが復活し、俺はほっと息を吐いた。
気分は深海から戻ってきたダイバーだ。
「ほら。お前ら身体冷えただろ。お茶で悪いけどな」
「おお、サンキュー」
久住から湯飲みを受け取ると、じんわりと手のひらに熱が伝わってくる。おかげで、ざわついていた気持ちが少しだけ落ち着いた。
「おおう、ありがと久住ー。へへー、ちょっと意外かも。こう言ったら悪いけど久住ってこういうことしないタイプだって思ってた」
猫舌なのか息を吹きかけてお茶を冷ましながら、園村はからかい混じりに久住を見上げる。
「あー、昔から家の留守預かってたからな。これでも家事は結構するほうだぜ」
久住は無造作に応じ、次いで顔をしかめる。
「……しっかし、なんだよさっきの放送。何で人間が悪いみたいな流れになってんだ? しかも具体的な話は一切してこねえし」
『ふむ……。おそらくは人々の間に不安を蔓延させることだけを目的にしていたのじゃろうな』
「……確かに、ああいう言われ方をされるとなんだかこちらに非があるような気持ちになりますね。さらなる災厄、というのも気になりますし」
「ムカつくやり口だけど、いま重要なのはそっちじゃないだろ。スマホのほうだ」
俺の指摘に、テーブルに着いていた全員が黙り込む。
状況はかなりクリティカルだ。俺たちが立てていた戦略はほとんどがスマホを使えることが前提だったから、そこを潰されてしまうと手も足も出なくなる。
「ううーん。明日一日で雅比ちゃんの宣伝イベントを開きまくるつもりだったんだけど、スマホが使えないんじゃねえ……」
園村は参ったなぁとばかりにため息。
「ネットにアクセスできねえんじゃ、ウェブアプリだけあっても仕方ねえんだよなぁ……」
久住も目を閉じて考えを巡らせるが、妙案は浮かばないようだ。
「ええっと、場所を選んでも難しいかな? スタバとかマックとか、無料のアクセスポイントが使えるところでなら……」
「ううーん。さっきの様子じゃ明日はどこもいっぱいだと思うし、もし追い出されるようなことにでもなれば、かえって雅比ちゃんに悪い評判がついちゃうよ」
「無線LANルータをどこかに持ち込むのはどうだ? 探せば回線を使わせてくれるところがあるかもしれない」
「たしか駅前に貸し会議室ってなかったっけ。あそこならどう?」
「おお、つばさっち名案! さっそく電話して――って、今は電話使えないんだったね……」
「あ、うち固定電話あるわ。かけてみる」
久住が電話をかけるが、二、三言話したかと思うとすぐに受話器を下ろす。
「ダメだ。もう全部埋まっちまってる」
「みんな考えることは同じか。……あ、ポータブルルーターならどうだ? あれ、3GやLTEとは別回線だろ?」
「オレもそう思ったんだよ。そしたらあの野郎、ご丁寧にさあ……」
久住が苦々しい顔で突き出してきたスマホには、すでに誰かが試したのか利用できないという報告がずらりと表示されていた。どうやら屋外で使える無線は軒並み潰されているらしい。
「ううーん。なんにしてもランドマークみたいなところじゃないとイベントやってもみんな来てくれないと思う。せめて街が普段どおりだったらよかったんだけど……」
「それもそうか。こんな状況じゃ外に出たがる人もあまりいないよな……。雅比たちはどうだ?」
スマホをかざすと雅比もまた思案顔。
『……残念じゃが、良案は思い浮かばぬ。炎はまだしも雷はのう。――火狐神はどうじゃ?』
久住のノートPCから返ってきた声も同じく頼りない。
『……すみません。私にも今の状況を打開する方法はちょっと……』
容易には動かしがたい重さの沈黙がずしりとテーブルの上に居座る。
まいった。マジで手詰まりなのか。火雷天神の放った一撃はそこまで致命的なものだったのか。
どうする。他に何ができることはないのか?
しかし、久住や園村の知識をもってしても答えが出ないのだ。俺が考えたところで大した役には――――、
――――いや。
違う。そうじゃない。そうじゃないのだ。
みんなが俺に伝えようとしてくれたのは、そんな話じゃなかっただろう?
追風が俺の背中を押してくれたとき、そんな事は言ってなかっただろう?
力があるとかないとか、そんなことは関係ない。
俺たちにはできることしかできないのだから、できることを見つけ出せ。
扉の鍵が見つからなければ、開けずに済む方法を考えろ。
壁が巨大であるのなら、継ぎ目に爪を立てるんだ。
俺には、何ができるのか。
俺たちには、何ができるのか。
ずっと胸に抱いていた疑問に答えを出すべき時は、きっと今だ。
「……な、久住。雅比の姿を見てもらうのに、ネットへのアクセスって必須なのか?」
――――考える。
整理し、検討し、推理する。
これまで聞いてきた話を総ざらいし、引っかかったことを順番に口にしていく。
「ん? いや、そんなことはねえぞ。今のウェブアプリでやってることって、アクセスしてきたスマホのカメラのコントロールを火狐神に渡してるだけだからな。それさえできれば方法はどうでもいい」
久住はノートPCを示しながら答える。
「ってことは、例えば学校でG3Sをインストールした時みたいに、スマホとノートPCを直接ケーブルで繋ぐ方法でもいいのか?」
「ああ。でもそれだと同時に接続できる数が少ないし、距離だって限定されるから実用は厳しいだろ?」
想像してみる。
イベントに集まってくれたお客さん全員が、久住のノートPCから伸びるケーブルをスマホへ差し込む――確かに無理があるか。
「なあ、火狐神。昨日の放課後、裏技がどうとか言ってなかったか? あれは?」
『トラフィックの話ですか? ええっと、実はわたしの負荷を軽減するためのライブラリをカメラのコントロールにかこつけて相手側に押しつけてたんです。ただ、それはあくまで補助的なもので、ライブラリ単体で神の姿を映し出せるわけではありません。神の姿を映すためには私と直接接続してもらう必要があります』
「そういうことか……」
当てにできるかと思ったが、それでなんとかなるなら火狐神の方から教えてくれてるはずだ。
「結論としては、スマホがネットにつながっている必要はないが、スマホとノートPCがケーブル以外の手段……まぁ、無線で接続されている必要はある、ってことだな?」
「おう。それであってる」
だとすれば、……ええと、他にどんな手がありうる? 無線でつながってさえいれば、ネットにつながってなくてもいい……なんか禅問答みたいだなコレ。そんな手段なんかあるのか? でも例えばあれか。赤外線通信とか。いや、あれは1対1で向かい合ってないとダメだし距離だって短すぎる。今回の場合1対多が前提だから、なにかもっと別の――――、
「――――bluetoothならどうだ? スマホなら標準装備だし、ノートPCにもアダプタ刺せるよな?」
久住の顔色が変わる。口元を手で覆い、めまぐるしく眼球を動かすこと数秒。果たして久住は、はっきりと頷いた。
「アリだ。いける。アダプタもうちにある。ただ、bluetoothは同時に接続できる台数がそんなに多くなかった記憶がある」
「前に店でbluetooth接続のキーボードを見たことあるけど、自由に接続先を切り替えられるタイプの製品があったぞ。あの方法じゃダメなのか?」
「キーボードはそもそも同時接続する意味がねえから問題ないんだよ。例えば、プレステとタブレットに全く同じタイミングで文字を入力する用事なんかねえだろ……って、待てよ。なんとかなるのか? 一旦スマホ側に火狐神のライブラリを導入しちまえば負荷が減らせるから、瞬間的に接続先を切り替えていけばある程度までなら動作に差し支えはないかもしれない。――火狐神、いけるか?」
『えっと、それは常時接続状態ではなくても神の姿をスマートフォンに映せるか、ということですか? そうですね――――はい。おそらく可能です。ある程度なら先読みで反映できると思いますので、接続先の切り替え速度と頻度が鍵ですね』
「つまり、プログラムの出来次第ってことか……」
「待って待って。それってもしかして、スマホがインターネットに繋がらなくてもイベント開けるかもしれないってこと?」
園村が割って入ってくるのに、久住は何かを検索しはじめる。
「おう。あくまでもネットの代用だから制限はあるけどな。ちょっと待ってろ、たしか――これか」
久住が示して見せたのはbluetoothの仕様だ。
「ノートPCを中心に半径100メートルまで無線通信可能。これならどうだ。できるんじゃねえか?」
「半径100メートル…………うん。それだけあれば十分だよ! あとは、どれだけお客さんが集まってくれるかかなぁ……」
園村は、自信なさそうに眉を寄せる。
なにしろスマホが使えない状況だ。
twitterで宣伝を打ったところで、効果は平時の半分も期待できないだろう。
「それなら、坂本くんたちに協力をお願いできないかな? 今朝、朝田たちのクラスでも雅比さんの紹介したんでしょ?」
追風の提案に俺は手を叩く。
「確かにそうだな。頼んでみるか」
早速坂本にラインを送ってみる。
そんな俺の様子を見て、なぜだか久住が笑った。
「へへ、なんだよ朝田。今さら本気出してきやがって」
「はあ? なんだよそりゃ。今までだってずっと本気だったっての。――ただまぁ、なんだ」
俺はニヤリと久住に笑い返す。
「魔法だとか秘められた才能なんかなくたって、できることの一つぐらいあるだろ」
その答えがいつかのやり取りを拾ったものと気づいたのか、久住もニヤリとした。
『然り。力がなくとも、ないなりに戦えばいいのじゃ』
「えー。そこで全知全能の神さまにドヤ顔されると苦笑いしか出てこねえっつーか」
『お、お主、ちょっとワシの扱いがひどくないかのう!?』
雅比の反応に、明るい笑いが室内に広がる。
わずかだが、希望の光が見えてきた。
「よし。オレは今からbluetooth対応のプログラム作業に突入する。明日の朝までには絶対なんとかするから、待っててくれ」
久住が立ち上がるのに合わせて、俺たちも同じように腰を上げた。
「わかった、頼む。じゃあ火狐神には久住のフォローに回ってもらうとして、残りのメンバーは園村のイベントの手伝いだな」
「地主神の話も進めないとね。念のため私もうちに保管されてる昔の文献とか読みなおしてみるよ」
「頼む。最悪こじつけでもいい」
『うむ。ワシの方でも何か思い出したら伝えるようにしよう』
話が一巡したところで、俺はみんなの顔を見回した。
「あー、……えっとさ」
伝えたいことがあるはずなのに、うまく言葉が出てこない。
そんな俺を、みんなはただ黙って待っててくれる。
「……できることを見つけようぜ。あきらめずにさ。今めちゃくちゃ攻め込まれてるけど、このまま好き放題させておけねえし。だから、――勝とうぜ、みんな。あの上から目線のクソ神に、目にもの見せてやるんだ!」
一拍置いて戻ってきた返事は、見事に唱和した。
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