決戦前日
木曜日の空は快晴だった。
前日の火雷天神の放送の影響で高校は休校。
俺たちは朝から行動を開始する。
午前八時。
久住がbluetooth対応版のプログラムを完成させる。
集合場所に姿を現した久住は今にも倒れそうな顔色だったが、最初のテストを終えるまでは意地でも寝ないと言い張り無理やり同行する。
午前十時。
駅前で委員会のメンバーと合流し、園村の主導で本日最初のイベントを開始。
一時間がんばって話を聞いてくれた人たちは二十人程度。
人数の少なさに不安になるが、園村曰く全然マシらしい。
プログラムに大きな問題がなかったことを見届けたところで、久住がダウン。
俺たちにノートPCを託して一度離脱する。
午前十一時。
早めの昼食中、坂本が応援にきてくれる。
クラスの連中も順次手伝いに来てくれるとのこと。
ありがたい。
坂本の話では、彼らも今の状況に対してできることを探していたらしい。
正午。
店の無料アクセスポイントから宣伝を打ったあと、場所をオフィス街に移してイベント第二回。
ここで園村の読みが的中。
昼休み中のサラリーマンを大量に捕まえることに成功する。
残念ながらbluetoothの最大接続制限がネックとなり、やってきた全ての人数をさばききることはできなかったが、マスコミ関係の人たちが数名混じっており、後で改めて取材に来てくれることになる。
連絡先を交換。
終了後、休憩を挟んで住宅地近くのスーパーの前に移動する。
午後二時。
スーパーの前でイベント第三回スタート。
二時十五分、天佑来たる。
キャリア会社の人たちの努力で一時的にネットワークが復活。
わずか二十分ほどで再び利用不可能になるも、多くの人にウェブアプリを紹介することに成功する。
このあたりからクラスの連中がぽつぽつ現れ、第三回が終わる頃には驚いたことにほとんどフルメンバーになる。
ほんと助かる。
午後四時、再び駅前にぞろぞろ移動しての第四回。
これだけ人数が多いと警察あたりから文句を言われそうなものだが、聞けば一昨日の時点で駅前広場の利用申請を出していたらしい。
下手をするとまだ動画ができてないタイミングだ。
園村の行動力のとんでもなさに改めて舌を巻く。
四時半。
マスコミの取材が来る。
園村が対応。
ありがたいことに本日中にオンエアとのこと。
火雷天神との対決姿勢をはっきりと伝えておく。
午後五時。
再起動した久住と交代で俺が離脱。
後のことを託して、一人で調査を続けてくれていた追風の元へ向かう。
+ + +
「ダメ。全然見つからない」
年代物の本を山積みにしたちゃぶ台から顔を上げた追風は、俺の姿を認めると悔しそうに首を横に振った。半ば予想していた答えではあったが、現役の神職である彼女の口から聞くと一筋縄ではいかないことを改めて思い知らされる。
「こっちも図書館で探してみたんだけどな……」
天狗に関する伝承から古事記や日本書紀の概説書、果ては子供向けの妖怪大百科まで。市内の図書館に所蔵されている書籍は一通り当たったが全て空振り。もっともその過程で日本神話には詳しくなったので全くの無駄ではなかったが。
「少なくともうちの神社の由来には天狗の話はどこにも出てこなかったよ。こんな山の上に建ってるぐらいだから、ちょっとは期待してたんだけど」
「ああ、そういえば天狗って山の神なんだってな。雅比の元ネタの話でも山の方から来たとか自己紹介してたし」
「どちらかといえば民間信仰に近いんだけどね。あ、これありがと。読み終わったから返すね」
追風から返却されたのは、<歌雅>と表紙に書かれたノートだ。調査を進める上で何かの参考になればと、雅比から聞いた話をまとめたものを渡していたのだ。
なお、当の本人は現在イベントで活躍中。明日の決戦に備えて、今のうちに大いに人気を稼いでおいてもらいたいところだ。
「元々この話って秋葉山の三尺坊信仰の流れで出てきたものなんだよね?」
「そう聞いてる。つまるところ二次創作みたいなものなんだよな、これ」
そこで俺は自然と首を傾げる。
「……そのわりには、それっぽいエピソードがほとんど出てこないんだよな」
エンターテイメントに徹しているせいか、元ネタの匂いがほとんどしないのだ。
実際、秋葉山三尺坊の名前なんか本文中に一度も出てこなかったりする。
これで本当に二次創作と呼べるのだろうか。
「ずっと思ってたんだけど、雅比さんの名前、どこかで聞いたことがある気がするんだよね……」
追風が口にした意外な一言に、俺は彼女を見つめ返す。
「そうなのか? でも、みやびって時代物だと頻出単語じゃないか?」
雅。雅な。雅やか。雅楽。
いくらでも出てきそうだ。
「うん。神道でもそうなんだけど……でもやっぱりひっかかるよ。だいたい、なんで二文字なの? 雅の一文字でいいじゃない」
「俺も同じこと考えてたけど、雅比で検索しても全然関係ない話しか出てこないんだよな……」
調べ方がおかしいのだろうか。
二人して考え込むも、納得のいく答えは出てこない。
「……悩んでても仕方ないか。とにかく手当たり次第に探していくか」
「そうだね。朝田と二人でやればだいぶ楽だし」
「ん? もちろん俺もやるけど、見た感じかなり終わりに近いんじゃないのか?」
ちゃぶ台に置かれた本はだいぶ整理が進められているように見える。
すると追風は思わせぶりに唇を曲げてみせる。
「ここに置いてある分はね。ちょっと待ってて」
いったん奥に引っ込んだ追風は、すぐにちゃぶ台に広げてあるのと同じぐらいの数の本を運んでくる。
「それじゃこれ、朝田の分だから」
「うおお……了解しました……」
獲物を逃がさないアマゾネスの目が俺を射抜く。
俺は観念して彼女の向かいに座り、読めそうな本を一冊選んで手に取った。
考えてみれば今この家にいるのは俺と追風だけなのだが、どうやらそんなことを気にするような余裕はなさそうだ。
覚悟を決めて文字の海へと漕ぎ出していく。
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