一時の平和、朝の教室にて


「はあぁぁぁ!? 再生数六〇万だあ!? い、一日で!?」


 翌日、水曜。

 教室へと向かう途中、俺の話を聞いた久住は唖然と声を上げた。

 動画サイトを開いて園村がアップした動画を見せると、久住は自分の目に映っている数字が信じられないのか呆然とスマホの画面を凝視する。


「オ、オレのアプリなんか累計で五〇〇〇ダウンロードもいけば良い方なのに……」


 例えるなら対戦ゲーで残り一割までゲージを削った相手から逆転負けを食らったような顔。現実は非情だ。


「久住の場合、ゲーム系ってわけでもないからなあ……。動画の再生のほうがアプリのダウンロードに比べてハードル低いのは確かだし。……つか、ニコ動とかチェックしてなかったのか?」

「いや、昨日はあの後ビルの前で分かれてからアプリの調整に当ててたからよ……」

「まぁ、俺も調べものしながら追っかけてたけど途中から半笑いしか出なくなったからな……」


 園村が編集した雅比の活躍を収めた動画はたちまち評判を呼び、たった一晩で早くも検証サイトが作られたりネット系ニュースで取り上げられたりしている。

 雅比の存在を認知させるという本来の目的からすれば願ったり叶ったりだが、それにしてもこれほどとは。

 議会の開催は明後日に迫っていたが、本当にこれ一本でどうにかなってしまいそうな勢いだ。


 しかし、効果の程を真の意味で俺たちが思い知ったのは教室に到着した時のことだ。

 自分の席へ向かいながらなんだか今日はいつもより騒がしいなと思っていると、


「あ! おい、朝田と久住が来たぞ!」


 クラスメイトの一人がこちらに気づくなり、全員の視線が俺たちに集まる。


「な、なんですかね……?」


 突然のことにとまどっていると、


「な、朝田。あの動画に映ってたのって雅比ちゃんだよな?」


 最初に声をかけてきたのは班長の坂本だ。

 どうやら以前AIだと言い訳して雅比を紹介したのを覚えていたらしい。


 ……なるほど、そういうことか。

 彼らもまた動画を再生し、そこに映る人物や景色が自分たちのよく知ったものであることに気づいたのだろう。


 俺は周りの連中の目を意識しながら坂本の質問に答える。


「ああ。ついでに言っておくと、あれはマジだ。動画に映ってたヤツとならお前らも話せるぞ」


 すると皆が、おおおお……! と盛り上がる。


「久住がアプリを作ってくれてな。それで見れるようになってる」


 すると皆が、ええええ……、と盛り下がった。


「お前らのアプリはちょっとなぁ……」


 なんら包み隠すところのない一言が、教室における俺たちの信頼度の低さを如実に物語っている。 


「インストールしなくていいから! サイトにアクセスするだけだから!」


 ID登録不要のブラウザゲーみたいな久住の説得に、クラスメイトたちはそれならば、という反応。

 久住が教室の黒板にアドレスを大書すると、クラスの連中はスマホにアドレスを打ち込み、次々に歓声をあげる。

 あとは昨日の繰り返し。ここでも雅比は自分の味方を作ることに成功する。

 坂本はスマホをクラスの連中と楽しげに喋っている雅比へ向けながら、


「はー……。雅比ちゃんってなんか特別な感じがしたけど、やっぱりAIじゃなかったんだな……」

「ああ。こないだは誤魔化しちまって悪かったな」

「いや、それはいいんだけど、実はちょっと朝田たちに頼みがあってさ」

「頼み? 坂本が?」


 意外といえば意外な言葉だ。

 我らが班長殿はひとつ頷き、


「おう。動画見たウチの兄貴ができれば話聞かせてほしいっつってんだけど、今日か明日ぐらいに時間取れるか?」

「ちょっとぐらいなら大丈夫だけど……お前の兄貴って?」

「ああ。消防士なんだよ、兄貴」

「うお、マジで!? え、それって仕事に関係するかもしれないからって意味だよな!?」

「おう、多分そういう意味だと思う」

「今日でいいぜ! またあとで連絡するわ!」


 またすごいチャンスが転がりこんできたものだ。

 みんなと相談する必要があるが、うまくやれば一気に認知度をあげられるかもしれないし、もしかしたら消防署に協力を頼めるかもしれない。

 その時、


『――あの、ちょっといいですか?』


 おずおずと響いたのは火狐神の声だった。

 ノートPCを開いてないのに声が聞こえてきたことに驚くが、


『緊急でお伝えする必要があったので、雅比さんに協力してもらって話しています』

「緊急? なんだよ一体」


 久住が聞き返すと、火狐神は切迫した口調で答えた。


『昨日の一件が調査官としての越権行為に当たるのではないかと、狐神稲荷党から召喚命令が来たんです。場合によっては、私の調査官権限が停止させられるかもしれません』

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