細工は流々

 翌日、火曜日の放課後。

 園村が緊急召集した放送委員会の面々が注目する中、教室の壇上に立った雅比は一堂を見回してから一礼した。


『あー、うむ。お初にお目にかかる、学生諸君。ワシは雅比と申すものじゃ。お見知りおきを頼む』


 地鳴りのようなどよめきが走った。

 握りしめたスマホを壇上に向けていたクラスも学年も異なる放送委員たちは、なにもない空間とスマホの画面を見比べては興奮を加速させ、さっそくとばかりに雅比を質問攻めにする。

 雅比は政治家という職業柄か生来の面倒見のよさか一つ一つの質問に丁寧に受け答え、時には羽団扇で実際に風を起こしてみせたりして放送委員たちの期待に応えていく。


「うまく動いてるみたいだな、久住のウェブアプリ」

「まぁな。つっても一番肝心な部分は火狐神にまかせっきりだから、今回はあんまりがんばれてねえんだけど」


 教室の最後尾。

 集まってくれた面々にアプリのレクチャーをし終えた俺と久住はトラブルが起きた時に備えて待機していた。

 かなり無理をしたのだろう。

 今回の最大の功労者である久住は、青黒いくまが浮いた目元を眠たげにこすりながらほんの少しだけ悔しそうに笑う。


 なお、追風は地主神関連のことを調べてもらっているため今日も不在だ。

 本当ならウェブアプリのテストに立ち会ってほしかったが、おばさんの見舞いもあるし分担して作業を進めるのがいいだろうという判断だ。


『そんなことないです! 久住さん、がんばってました!』


 机に置かれたノートPCで久住を擁護するようにブラウザが立ち上がった。


『私が出した案だけではうまくいかないって分かったときも、文句一つ言わなかったじゃないですか!』

「そうなのか?」

「あー、まぁな。昨日話した案だとスマホのOSの違いに対応しきれなくてさぁ。厳密にはブラウザの問題だったんだけど」

「そりゃあ確かに盲点だったな……」


 スマホアプリの場合はOSごとに開発言語が異なるため時々実装できることに違いがあるとは久住から聞いていたが、インターネット上で動作するウェブアプリにも影響があるというのは初耳だった。


「じゃあ、結局どうしたんだ?」

「おう。ノートPCの上でウェブアプリを動かして、アクセスしてきたスマホのカメラを片っ端からリモートコントロール、あー、つまりユーザ側のカメラの操作権限を火狐神に直接渡してもらってる。元々は各々のスマホで独立して動いてもらおうとしてたところを一元管理してんの」


 話しながら久住はコツコツとノートPCの筐体をノックする。


「まぁこのやり方だとトラフィックとか色々厳しいんだけどな。でも一度相手のスマホとのパスさえ通しちまえば……、」

『その、仮にも私も神ですから……』


 久住の発言の続きを火狐神が引き受ける。

 幾らでもやりようはあるということか。


「……でも、マジですげえよな、これ。一晩で仕上げるのはかなりキツかっただろ」


 いつもつるんでいる友人に大きく差をつけられたような気がして、苦い悔しさを胸の奥で押し潰しながら賞賛を送ると、久住は決まり悪そうに笑い、


「キツかったっつーか正直怖かったんだよな。キーボード叩いてる間、これマジでできんのかな? ってずっと不安だったし、一通り完成してからも、これマジで使い物になるのかな? ってやっぱり不安だった。いや、火狐神のことはもちろん信じてたけど、みんなとの約束があったし、これができなきゃマジでオレ役立たずってことになっちまうからさあ……」


 真顔で自分の手のひらへ視線を落とす久住に俺は言葉を失った。

 力があったところで思い悩むことには変わりはない。

 昨日の夜、雅比と話をしていたまさにその時、久住も同じように悩んでいたのだ。


『それでもちゃんと動かせてるんですからすごいですよ久住さん! かっこいいです!』

「お、おお。まあな! でも正直火狐神がフォローしてくれたおかげだぜ!」

『久住さん……! お役に立てて、私嬉しいです!』


 うわあなんですかねこの次世代型イチャイチャ空間は!

 ちょっといい話っぽかった雰囲気が丸ごと全部吹っ飛びましたが!


 一方、壇上では雅比と交替した園村がプロデューサー感に満ち満ちた笑顔を部屋中に振りまいていた。


「さてはて先輩同輩の皆々様! 今ので雅比ちゃんの溢れんばかりの魅力は十分に伝わったと思います! つきましては彼女のすばらしさを世の中に伝えるミッションを当委員会として緊急発動したいと考えているのですがいかがでしょうかっ!」


 園村が指揮者のように両腕を高々と上げると、意義なーし! と答えが返ってくる。

 園村の話によれば彼らもまたここ最近の火事について疑いを持っていたらしい。

 雅比から直接話を聞いた今、水を得た魚のようになっていた。


「それで、具体的な作戦みたいなものはあるのかい? 話を聞く限りそんなに時間はないんだろ?」


 放送委員会の委員長を務めているという落ち着いた雰囲気の男の先輩の質問に、園村はんんーと首を捻り、


「そーなんですよー。雅比ちゃんの話によれば締め切りまであと一週間切ってますからねえー。効果がありそうな手を片っ端から試していくしかないかなー。集客力だけならマスコミに取材してもらうのが一番だけど、今からだと時間がデスね……」

「仮にテレビに取り上げてもらうとしても、アポイントから取材、オンエアまで数日は見ないといけないからね……。ああいや、これだけインパクトがあるネタならローカル局だったら即日でいけるのかな?」

「んー。なんにしても着火まではあたしたちでやっちゃうのが一番早そうですよねー」


 二人は難しそうな顔をして腕を組む。

 なんだか急に話が大きくなってきた。

 園村が当たり前のようにマスコミという言葉を口にしたのもさることながら、委員長を初めとした委員会の面々が当然のように検討しているのを見て、同じ学校に通う生徒の集まりであるのにも関わらず場違いな場所へ紛れ込んでしまったような気分になる。


「……あー、マスコミの話とかあんまよくわかんねえけど、つまりツイッターとかを利用して知名度を上げてくってことか?」


 俺と同じく話の展開についていけてなかったのかおそるおそる久住が発言すると、園村がそのとおりだと頷く。


「ただ、自前でやるのはいいとしてやっぱりもう一工夫いると思うんだよね。たとえば今ここで雅比ちゃんを撮影して動画サイトにアップしたとして、再生数は伸びるかもしれないけど雅比ちゃん本人のことを信じてもらえるとは限らないじゃん。でしょ、雅比ちゃん?」

『うむ……。おぬしの話を完全に理解できたわけではないが、ただ知られることと存在そのものを信じてもらえることとでは、得られる力がまるで違ってくるのは事実じゃな。火雷天神が難敵なのも、かの神自身が信仰の拠り所となる寺社を多く持っているところが大きいからのう』


 その辺りの話は追風からも聞いていた。

 火雷天神の大元になった菅原道真を祀っている神社は全国に一万二千社以上もあるらしい。

 代表的なところでは京都の北野天満宮などがそうで、まさか俺も高校受験のときに合格祈願をした相手と喧嘩する羽目になるとは思わなかった。

 もっとも、菅原道真イコール火雷天神というわけではないらしく、菅原道真を祀っている全ての神社で火雷天神のことも祀っているわけではないそうだが。


「なるほどな、それじゃあこっちも文字通り信者を増やす必要があるわけだ」

「つってもどうすりゃいいんだよ? いっそ歌でも歌ってみるか?」

『歌ですか! いいですね! 雅比さんならきっと人気が出るんじゃないでしょうか!』


 火狐神が熱を込めて支持するのに雅比は苦笑し、


『うーむ、必要とあらばそれも辞さぬがな。歌舞伎の経験ならばあるからのう』


 俺たちの議論を聞いていた園村は難しい顔をして、


「ううーん。なんにしても雅比ちゃん単独だとパンチが足りないね。なにかしらのイベント性――それ自体が集客力を持つコンテンツとの合わせ技でいかないと、一度に大人数へリーチするのは難しいかな……」


 ……なるほど。

 確かに園村の言うとおりだ。

 いかに短い時間で多くの人々から支持を集められるかを念頭において行動しなければ、右往左往している間にタイムオーバーを迎えることにだってなりかねない。


「なあ雅比。何人ぐらい集めればいいとかって、わかんないんだよな?」

『然り。どれほどの効果が上がるか未知数である以上、具体的な目安を設けることは今の時点ではできんのう』

「そりゃそうだよな……。となれば、できる努力を最大火力でぶっ放すしかねえか……」


 しかしこうなってくると地主神の件の重要度が上がってくるな。

 昨晩の図書館の調査でもめぼしいものを見つけることができなかった。

 なにかとっかかりの一つでも見つけられればいいのだが……。


 その時、火狐神が声をあげた。


『火災の速報が入りました! 火雷天神さんが動きはじめたみたいです!』


 その報告で室内の空気が一気に緊張した。

 久住がPCを操作して必要な情報を拾いあげる。


「場所は――駅近のオフィス街。DCモバイル通信のビルだ」


 DCモバイル通信は携帯のキャリアの一つだ。

 どうやら火雷天神は本格的に携帯電話への攻撃を始めたらしい。


「駅近だったら、こっからでも見えんじゃね?」


 誰かの言葉にみんなが一斉に立ち上がり、窓際へ集まる。


「――あそこかな? 煙が出てる」


 委員長がすっと指さした先、見慣れた街の風景から一筋の煙が青空へ昇っていくのが見える。


『挑発、ということかも知れぬのう』


 スマホから響いた雅比の声は落ち着いており、一分の揺らぎもない。


「行くのか?」


 スマホを持ち上げると画面に映りこんだ雅比がこちらを安心させるように笑い、


『もはや枷に縛られるようなこともないからの。直接ワシが出向いて火消しを手伝おうではないか』

「いや、それだよ雅比ちゃんっ!」


 園村がいきなり大声をあげた。


「突然の火事! 町に迫る危機! そこに颯爽と現れて火を消す雅比ちゃん! フッ、この町はあたしが守る! ババーン!」


 似てない声真似を織り交ぜながら効果音つきでぶち上げる園村に、俺たちは呆気に取られる。


「これなら勝てるね! 全米号泣大ヒット御礼リバイバル上映間違いなし!」


 一方で委員会の面々にとってはどうやらいつものことらしく、彼らの間にやる気が満ちはじめる。

 いや、言いたいことはなんとなくわかる。わかるのだが。


「……それ、本当に上手くいくのかよ?」


 久住が半信半疑――三信七疑ぐらいの雰囲気で訊き返すが、園村は自信満々の笑み。


「いくよいくいく絶対いくって! なんたって古今東西、ライバルの見せ場を奪っちゃうことより効果的な宣伝方法なんてないんだからさ! ようしみんな、今すぐ出かける準備だよ!」


 園村の指令を合図に、室内の雰囲気は一気に慌しくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る