俺たちにできること
●二十四日午後二十三時ごろ、国津市東森町の飲食店の二階から煙が出ていると通行人の男性から通報があった。木造モルタル二階建て店舗兼住宅延べ約八十平方メートルが全焼し、店主の男性(46)が手に軽いやけどを負った。国津署が原因を調べている。
●二十五日未明、国津市竹田の柳原光安さん(48)方から出火、木造二階建て母屋を全焼した。坂下さんと妻、成人の子ども一人が病院に搬送されたが、意識はあるという。国津署によると、坂下さん方は四人暮らしで、出火当時、四人とも就寝していた。同署が出火の原因を調べている。
●二十五日午前七時三十分ごろ、国津市新田の国津食品本社ビルから出火。鉄骨三階建ての二階と三階部分計約四十平方メートルを焼いた。当時社内は無人で、国津署が出火原因を調べている。
●二十五日午前十時ごろ、国津市松崎のスーパーから出火したと通報があり、すぐに消し止められた。当時現場には大勢の買い物客が訪れていたが、けが人はなかった。現場には火元がなく、昨日から市内で不審火が相次いでいることから、警察では注意を呼びかけている。
●二十五日午後十三時十五分ごろ、国津市北町の家電量販店から出火したと通報があり、鉄骨三階建ての一階から三階部分約二千平方メートルが焼けた。この火事で当時買い物に来ていた客や従業員三十二名が病院に運ばれたが、いずれも命に別状はないという。火は午後十四時三十分ごろ、ほぼ消し止められた。
●二十五日午後十六時ごろ、国津市松崎の住宅地から出火したと住民から通報があり、木造二階建ての住宅一棟が全焼した。この火事で建物の住民三名が病院に運ばれたが、いずれも意識不明の重体。国津署が出火の原因を調べている。
●二十五日午後十九時ごろ、国津市竹田の諏訪浩二さん(56)方から出火、木造平屋建てを全焼した。同市消防本部によると、焼け跡から一人の遺体が発見された。諏訪さんの妻の行方が分かっておらず、国津署は遺体の身元確認を進めている。
●二十五日午後二十一時ごろ、国津市東森町のレストランから出火、鉄骨平屋建ての約二百メートルが焼けた。当時店内にいた食事中の客や従業員二十五名が病院に運ばれ、治療を受けている。火は一時間後にほぼ消し止められた。
●二十六日未明、国津市南町の路上で駐車されている車のシートが燃えていると通行人の男性から通報があった。火は十五分後に消し止められ、けが人はいなかった。国津署が出火の原因を調べている。
●二十六日午前八時ごろ、国津市松崎のスーパーから出火したと通報があり、火は一時間半後にほぼ消し止められたが、鉄骨二階建てを全焼した。開店準備中だった従業員三名が病院に運ばれ、いずれも重体。国津署が出火の原因を調べている。
+ + +
「――いい加減にしてくれよ、君たち」
この三日間ですっかり顔を覚えられてしまった中年の警察官が、うんざりとした目つきで俺たちを睨む。
「知ってると思うけど例の連続放火事件で忙しいんだよ。与太話に付き合っている余裕なんてないんだ」
与太話。
まさにその通りだ。
俺が彼の立場だったら彼と同じ判断をくだすだろう。
だけど今は愚直に続ける以外の方法がない。
「いや、本当なんですって! 信じてください!」
「そもそもただのイタズラだったら毎日こんなところに来たりしねえよ!」
必死に言い募る俺たちを、警察官は拾ったゴミを燃える方と燃えない方どちらに捨てるか迷っているような目で見る。
交番内にいる他の警察官は机に向かいながらちらちらとこちらを見てくるし、通りを行きかう人たちは時折何かを囁きあってる気配がある。
浮いている。
馬鹿だと思われてる。
分かってる、そんなことは。
でもそんなことには構っていられない。
多少強引にでも真面目に話を聞いてもらう必要があるのだ。
「今日は証拠になりそうな写真を持ってきたんです。見てくれませんか」
そう言って、今日の午前中に火災現場で撮影してきた火雷天神の画像を見せる。
警察官はスマホの画面に目をやると、少し顔色を変えて画像に見入る。
「これは……」
手ごたえあり、だろうか……?
しかしそれはただの勘違いだった。
「――いい加減にしなさい! こんなものまで用意して! きみたち高校生だろ! 大人の仕事の邪魔をするななんていちいち言わせないでくれ! これ以上続けるなら、親や学校に連絡するぞ!」
はっきりと憤りの表情を見せて警察官はスマホを突き返してくる。
くそ、デジタルデータの限界か……。
この分じゃ、たとえ火狐神と直接話してもらったところで信じてくれないだろう。
そう思ったとき、
「……だったらすりゃあ良いじゃねえか」
久住の低い声。
「なに?」
「こっちはマジなんだよ! 親や学校に連絡する代わりに話をまともに受け止めてくれるなら幾らでもそうしてくれりゃあいいんだ! くそ、この――」
まずい!
「すみません仕事中ご迷惑をおかけしました! 行くぞ、久住!」
「なっ、おい朝田!?」
「いいから一旦帰るぞ!」
あっけに取られている警察官に愛想笑いしながら、俺は無理やり久住を引っぱって退散する。
+ + +
交番が見えなくなったところで久住の腕を開放した。
「何すんだよ朝田!」
「キレるなよ。別にあの人が悪いわけじゃねえだろ。あの反応が普通だって。他でだってそうだったじゃねえか」
「普通って、お前悔しくねえのかよ!」
「悔しいに決まってんだろ。けどいきなりやって来て怒鳴りちらすようなヤツの話なんか誰がまともに聞くかよ」
「…………悪い」
「……別に悪くねえよ」
唇を噛んで黙り込む久住を見て、やるせない気持ちになる。
こっちだってそんなに冷静ってわけじゃない。
たまたま久住のほうがキレるのが早かっただけのことだ。
警察だけじゃない。
消防署でも市役所でもテレビ局でも大体似たような反応だった。
対応した大人たちは口にこそ出さなくとも、なにか変な高校生の二人組が馬鹿みたいな話を持ち込んできたとしか思われていなかっただろう。
そりゃあそうだ、なにしろ神だぞ。
厨二病もいいところだ。
くそ、雲涯から雅比に課せられた制限が重過ぎる。
俺たちのときみたいに風の一発でも起こしてくれれば楽勝なのに、これじゃあ何も説明できない。
俺は近くにあった自販機でペットボトルを二つ買って片方を久住に渡す。
「……サンキュー」
「百五十円な」
「オゴリじゃねえのかよ!?」
「ハハッ、友達だろ俺たち」
「ファック!」
久住はそれでもきっちり百五十円を寄越すと、キャップを開けてひと口飲んでから盛大なため息。
「はぁー……。なんつーかオレ、自分が情けねえわ。ここまで何にもできねえなんて思わなかった」
「そりゃ、俺もだけどさ」
ここ数日の事件のせいか、目の前の大通りを行き交う人たちもどこか俯きがちだ。
国津市全体が暗い空気に覆われているようだった。
「……あのさぁ朝田、バカだって思うかもしれないけどさ、オレ、自分はもっとやれるって思ってたんだよ。ほらオレ見た目こうだし、性格も時代の最先端突っ走ってるだろ。だから中学の頃軽くイジメられてたんだわ」
初耳だった。
思わず久住を見ると、決まり悪そうに笑い返してくる。
ふてぶてしさの化身みたいなこいつがイジメられてたとかまるで想像がつかない。
「あー……悪い。もしかして俺が時々胴回りのこと言うの気にしてたか?」
「いや、あれくらいは別に良いんだけどよ――いや良くねえよウゼえよ!」
「馬鹿な! 俺の真心が伝わってないだと! 大切な友人の将来の成人病予防を思ってのことなのに!」
「うっわ本格的にウゼえ! ……で、まぁちょっとしたきっかけがあってアプリ作るようになってさ。知り合いとかネットとかで褒められて、つまんねえ学校とは別の世界もあるんだなって思ってさ、オレにもできることがあるんだ、って自信持てたわけ。ほら、アニメや漫画なんかで、冴えない主人公が魔法だとか秘められた才能に目覚めてついには世界を救うような話あるだろ。まあそれはさすがにおおげさにしても、みんなが困ってるような時に、オレにだって役に立てる、誰かを助けたりできるはずだ、って信じてたわけよ。で、それが今こっぱみじん。粉々。失望。ちょっとアプリが作れるくらいじゃ何の役にも立たなかった」
はは、と久住は力なく笑う。
久住のことをまったく笑えなかった。
確かに俺だって似たような妄想を抱いていたのだ。
家、学校、授業、昼休み、放課後、コンビニ、ゲーム、勉強、試験、進路。
まるで車輪を回すハムスター。
なにか起きろ。
退屈な毎日よ、壊れてしまえ。
そうすればきっと俺はヒーローになれる。
ヒーローになるチャンスさえあれば俺は変われる。
そんな空想を俺だって少しくらいは抱いてたのだ。
でも、現実はこうだ。
事件の鍵を握っているにも関わらず、迷子になった子供みたいに右往左往することしかできていない。
暗い顔をして道を歩いている人たちのほうがよっぽど目的意識を持って行動しているに違いない。
何もできなくて、自分がイヤになってくる。
「歩きながら、自分でもなんか作れねーかなあってずっと考えてたんだけど、なんも思いつかねえ。オレ結構アタマ硬いほうだからなあ。こういう時はすぐにいろいろ思いつくお前がうらやましくなるわ」
耳を疑った。
俺のほうこそ簡単なアプリさえ満足に作れないのに、まさかそんなことを言われるとは。
どうやら相当弱ってるらしい。
「……でもお前が作ったG3Sがなければ、そもそも事情を知ることさえできなかったかもしれないぜ?」
「――あ、ほんとだ。なんだよ朝田いいこと言うじゃん」
「立ちなおんの早ッ!」
思わず突っ込むと久住は少し調子を取り戻したように笑い、
「でもさあ、こうも思うんだよな。多分こっから始まるんだろうなって。どうしようもなくダサくてかっこ悪くて大人たちから見向きもされない、中学の頃と実は大して変わってない今のオレからしか、やっぱり始まりようがないんだよな。それを自分で認めないことには一歩も前に進めねえんだよな」
受けた痛みを静かに噛みしめるような笑み。
「……だな」
まったく久住の言うとおりだった。
この世にやり直しなんて存在しない。
今の自分以外のどこからも新しく始まりようがないのだ。
「つか、昔っから思ってんだけど、人生にやり直し機能がついてないのって絶対バグだよな」
「あーそれオレも思ってた! 毎回毎回一発勝負なの難易度高すぎだし!」
「だよなー。ま、いつまでもこうしててもしかたねえか。ちょっとどこかで作戦練り直して――」
その時、通りを歩いていた一人の女子と偶然目が合った。
あ、とお互い口を開ける。
「ありゃ、朝田に久住じゃん。何してんの?」
放送委員会の園村だった。
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