現状認識
「えぇっ!? じゃあ雅比おまえ調査官クビになったのかよ!?」
久住は目を丸くした。
日が完全に落ちた後、情報交換のために訪れた久住宅で俺たちから事情を聞き終えた家人の第一声がこれだった。
先の一件で意気消沈していた雅比もさすがにこれは聞き捨てならなかったのか、躍起になって否定する。
『いや違う! クビではないぞ! ただ権限を停止されただけじゃ!』
「えぇー……、でもそれ、調査官の仕事ができないってことだよな? クビと大して変わらなくねえ?」
『ち、違うぞ。違うはずじゃ。少し待っておれ久住、今上手いこと説明してみせようぞ……』
うんうん唸りはじめる雅比。
だけど雲涯の言い方じゃ無期限停止に近い処分にも聞こえたし、あながち外れてるとも言えないんだよな……。
コンビニで買ってきたポテチをつまみながらそんな事を考えていると、パソコンのディスプレイに展開されていたブラウザが一通のメールを表示する。
火狐神だ。
『あ、あの。私にも狐神党の本部から通達が来ました。他党の調査官には干渉すべからず、とのことです。雅比さんのように権限停止みたいな話にはなっていませんが……』
『党の方針の違いじゃろうな。議会の一大勢力たる狐神稲荷党とは違い、風神天狗党は久しぶりの与党入りゆえ、なんとかして現在の地位を守ろうと躍起になっておるのじゃろう。……本質を見誤っているにも程があるがの』
雅比の声にも力がこもらない。
「まぁ、追風さんの親御さんが無事だったのは良かったけどよ……。追風さんはまだ病院なんだよな?」
「ああ。今はおばさんに付き添ってるはずだ」
「そっか。早く良くなるといいけどなぁ。……つーかあの時はビビったぜオレ。いきなり朝田が走りだしたと思ったら救急車に乗ってどっかいっちまうんだもんなあ」
「あー悪かったよ。あの時はなんか身体が勝手に動いたんだ」
それを聞いた久住はにやりと笑い、
「なんだかんだ言って追風さんのことほっとけないんだなおまえ。ザ・愛の力!」
「いや違うから。お前それ愛の力って言いたかっただけだろ」
「ンだよつまんねーなー」
口を尖らせる久住のことはほっといて、俺は改めて雅比に訊く。
「なぁ。放課後に襲ってきた、確か火雷天神だったか。あいつの狙いはなんだ? これから何をするつもりだ?」
帰り道の途中で相対したときの凍てつくような眼差しを思い出す。
あいつからは強い目的意識が感じられた。
あれだけのことをしておいて、それで終わりとは考えにくい。
雅比が答えにくそうに口を開く。
『…………恐らくは先のような火事を繰り返し引き起こすつもりじゃろうな。原因不明の火災を頻発させることで人間たちに畏れを抱かせ、蔓延する不安感を源に力を蓄える。
その己のあり方を政令指定都市下での振る舞いのモデルケースとして議会に提案するつもりであろう。携帯電話の命題を考えれば、今後は携帯電話の基地局や発電所なども狙うやもしれぬ』
火狐神が気を利かせてくれたのか、ブラウザにネットのニュースが表示された。
クローバーモールは全焼こそ免れたようだが、営業再開の目処は全く立ってないらしい。
あちこちが黒く焼け焦げた建物の写真に、追風が母親にすがりついて泣き叫ぶ姿が脳裏に蘇る。
あんなのは、もうたくさんだ。
火雷天神をこのまま野放しにしておくことはできない。
「なんとかして止められないのか?」
すると雅比は目を伏せる。
『…………すまぬ。打つ手が思いつかぬ。今更説得には応じぬであろうし、実力で鎮めようにもこの有様ではな……』
雅比が手を伸ばすと指先に灰色の帯がまとわりついた。
雲涯の施した封印術だ。
「おまえのほうはどうだよ。何かないのか?」
久住に水を向けられた火狐神は悲しそうにスピーカーを震わせる。
『そ、その、ごめんなさい。私の神通力はインターネット上でしか通用しないものがほとんどで……』
「ニュースサイトを書き換えたりできないのか? これは悪い神のしわざだー! とかさ」
『できないことはないですけど、神のしわざだって信じてもらうのがきっとすごく難しいです。それに、変なことをしたらかえってみなさんを怖がらせてしまいそうで……』
「あー、そうか。そりゃあそうだよなぁ……」
久住は嘆息。
「せめて町の人たちに火事に気をつけるよう注意できればいいんだけどな……」
自分で言っておきながら、すぐに実現の難しさに気づく。
一口に火事といったっていつどこで起きるかも分からない上、実態としては放火なのだ。
気をつけてどうなるものでもない。
頭を悩ませながらニュースの記事を読んでいると、一つの文章が目に留まった。
当然といえば当然だがクローバーモールの件は事件性ありと判断されたようで、警察が原因を調査しているらしい。
「警察に相談してみるか」
「うーん、信じてくれるかぁ?」
確かに久住の言うとおりだ。
なにしろ犯人は神なのだ。いったい誰がそんな与太話を信じてくれるんだ。
それに仮に信じてもらえたとして、むしろ問題はその後だ。
どうやったら火雷天神を止められるのか。
まるで解決策を思いつけない。
『……すまぬが、協力することができぬ』
脚を鎖で繋がれてでもいるかのような沈んだ声。
雲涯から科せられた制限のことを言っているのだろう。
なにしろ調査官としての資格を盾に取られているのだ。
そんなもん破っちまえとはさすがに俺も言えない。
「――わかってる。お前に頼るつもりはない」
強く言ったつもりはなかったのに、雅比は泣きそうな顔をした。
なんだよお前。
三百年を生きる神じゃなかったのかよ。
もっとちゃんとしてくれよ。
ぶつけようとした言葉を空になったポテチの袋に詰めてゴミ箱に放り込み、スマホをポケットに突っ込んで立ち上がる。
「どうすんだよ朝田」
「ダメ元で警察行ってみる。何もしないよりいいだろ」
「……わかったオレも付き合う。一人よりも二人のほうがまだマシだろ」
「わかった。行こう」
このまま黙ってみているわけにはいかない。
きっとなにかあるはずだ。俺たちにもできることが。
――その時は、そう信じていた。
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