一章 騒がしいままに思惑を巡らせ
放課後の共謀者たち
「起立、礼」
「ありがとうございましたー」
帰りのホームルームを終えた教室に弛緩した空気が流れる。
放課後はいつだってサイコーだが、イベントが控えている日は更にサイコーだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、ぐっと大きく伸びをしてから後ろの席を振り返る。
「久住、もう出れるか?」
同じく立ち上がっていた久住は、競泳用のゴーグルみたいなメガネを指で押し上げながら不敵に笑った。
「とーぜんだろ。今すぐ行けるぜ」
「おっしゃ、なら早速試してみるか!」
カバンをつかんで教室を飛び出し、フロアの隅にある階段までダッシュする。
ここの階段はそれぞれの教室から離れたところにあるため、放課後になると極端に利用者が減るのだ。
今みたいにこっそりと何かをしたい時には実に都合がいい。
久住は薄型のノートパソコンを引っぱり出して床へ直置きし、俺が渡したスマホをケーブルで繋いでキーボードを連打。
スマホの画面が何度か明滅する。
「っし、インストール完了! ほら」
返却されたスマホのホーム画面に新しく『G3S』と表記されたアプリのアイコンを見つけたとき、おお、と声が出た。
自分たちで作ったアプリをスマホに入れるというのは何度経験してもテンションがあがる。
なにしろ自分たちのアプリのアイコンがストアから落としてきた他のアプリと同じようにホーム画面に並んでいるのだ。
平等感ハンパない。世界から存在価値を認められているような気分になる。
アイコンに触れると画面が暗転し、スマホの表面に一瞬自分の顔が映りこむ。
見るからにクセの強そうな理系男子の顔に浮かんでいるのは期待に満ちた笑みだ。
一年二組、
他に目立つものといえば、撮影ボタンぐらいか。
普通のカメラアプリとだいたい同じ、いたってシンプルなインタフェース。
「基本的には問題なく動くはずだ。一応試してみてくんね?」
「おっけ、久住ちょっとそこに立ってみて」
立ち上がった久住に向かって撮影ボタンを押すとシャッター音と共に画面が切り替わり、画像分析エンジンによって推定された久住のスリーサイズが全身画像にオーバレイ表示される。
そう。G3SとはGirls 3 Sizeの略。
このアプリを気になる女子に使えば、たちどころに相手のスリーサイズを知ることができるのである!
あ、いちおう男子にも対応しております。はい。
とはいえ、プログラムを組んだのは久住一人だからあんまり偉そうな顔はできない。
久住は俺の意見が役に立ってるって言ってくれてるけど、そう言われるたびになんだかもやっとするものを感じてしまい、素直に喜ぶことができない自分がいる。ほんとに役に立ててんのかね? 実際のところ。
まぁ、本気で気にしているわけじゃないし、アプリの話だけで友人付き合いをしているわけじゃないから構わないっちゃ構わないんだが。
俺は画像と実物の久住とを何度か見比べ、
「……なあ久住」
「ん、なんだ。不具合か?」真剣な顔をするのに、
「お前やっぱもうちょっと痩せた方が、」
「うっせえ黙っとけ! んーでェ、動きはどうよ」
「ああ、うん。スムーズに動くし、いいんじゃね」
「そんならいい。じゃあ、あとは精度の確認だけだな」
ちょうどその時、廊下の向こう側から女子たちの話し声が聞こえてきた。
ナイスタイミング。
やはり実地で性能を確かめてみないことには、完成したとは言えないだろう。
もっとも、アプリの機能を考えれば正面から彼女たちに協力をお願いところで素直に頷いてくれるとはとても思えない。
取れる手段は必然、限られたものになってくる。
……も、もちろん純粋にアプリの性能を確かめるのが目的ですよ?
よこしまな気持ちなんて、ええ、まぁ、うん。まぁ、多少はな!
俺は久住に目で合図し、こっそりと様子を伺う。
すると、女子たちの中に知った顔が混じっていることに気づく。
烏の濡れ羽の黒髪は、運動部らしいショートカット。
くるくるとよく動く表情の中で、活動的な瞳が印象に残る。
アマゾネス系女子、
「追風か。うーむ、追風か……」
あいつに関しては、色々と悪夢的な記憶があるからなぁ……。
「ん、どうした? 他のやつ探すか?」
「あーいや、まあいいか。うん。相手に取って不足はないってやつだ」
男にはいつか越えなければならない壁がある。
きっと今がその時なのだろう。
「んじゃあ、決行か?」
俺は久住を振り返り、頷いた。
「おう、決行だ。それじゃあ、――G3S、精度確認テスト、スタートだ!」
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