消えてしまった俺
1
季節は変わり秋になった。
紅葉の時期になり、村の皆と俺たちの仲間と一緒に、紅葉やイチョウの観覧会を行った。
食欲の秋。観覧会、その中で季節の食べ物を使った料理が振舞われて俺たちだけで作ったものもあった。
読書の秋。赤ずきんは本が好きみたいで、あの場所で待っている赤ずきんはいつも本を読んでいた。春とか夏にも、たまに読んでることもあったけど。
秋は短い。すぐに日は過ぎていって、楽しい時間はあっという間だった。かと言って、何も変わらなかった訳では無い。変わったことはいっぱいある。
あれから大谷たちと赤ずきんは、仲良くなったようでよくしゃべったりもしているようだ。
ヒロは相変わらず赤ずきんをいじったりしてたけど、この二人も前より仲良くなったんじゃないかな。
もちろん、俺も仲良くなったよ。
敬語を外すのも慣れてきたみたいだし、前よりもっと親しくなった気がする。
それでも、俺たちが会う時間は決まっているから、そこは変わってないかな。
あ、そうそう。大きく変わったことがあるんだ。それは、“くん付”に変わったこと。
小さなことじゃないかって?
俺にとっては大きなことだから、いいんだよ。
それはまだ慣れないみたいだけど、どんどん呼んで慣れていってほしい。
――気温も変わった。
服を着こまないとさすがに寒いと思うようになった。手袋をつけてる赤ずきんを見れて嬉しいとか思ったり。
このまま、楽しい時間が続くんだろうなって思ってた。
でも、それは違ってて俺は考えつかなかったことに遭遇してしまう。
「あなたは、誰ですか……?」
俺たちは小さなすれ違い……いや、大きなすれ違いからあの場所へ集まることが無くなっていった。
***
俺は今、買い物という名のヒロの暇つぶしに来ている。ざわついた周囲に久しぶりの感覚だ。出掛けることなんて少ない俺は、このざわつきにまだ慣れないでいた。
学校とはまた別のものだからなあ。
飛び交う接客の声と呼び込み。人達の会話、音楽、色んなものが音として溢れていていつものざわつきとは違ったものに、違和感が生じる。
たまにはいいのかもしれない。定期的にこういう所に行った方がいいかも、なんて考えたことに少し笑えてしまった。
「そういや、最近どう?」
咀嚼を行いながらしゃべるものだから、篭ってて何を言ってるのか一瞬分かりかねたが何とか理解した。
俺たちは今カフェにいる。
俺の方には見向きもせず、黙々と食べ続けているヒロ。
「……なんで?」
「いやー?何となく。気になってな」
本当なのか嘘なのか。いいけど。
店員によって運ばれたオムライス。見た目からわかる卵のトロトロ感、その上を流れるようにかけられているのはケチャップで。すごく食欲をそそられた。
「いただき……」
「もーらいっ」
手を合わせ、さあ食べよう。そんな時にヒロ側に向けられていたオムライスが、ヒロの持っていたスプーンによって掬われ口に運ばれた。
それを黙ってみることしか出来なかった。突然すぎて止めるのも無理だった。
「お前、何食ってんの?」
普通、「食べていい?」とか言うだろ。
まだ「貰うぜー」とかの一言さえあれば俺だって怒らなかった。そこに俺の許可があれば。
「いいよ、なんて一言も言ってないんだけど」
「何もそんな怒るこたぁないだろ〜?」
ケラケラと笑っている目の前のやつに、怒りを覚えた。こいつ、面白がってんな。
仕返しとばかりに、俺はフォークを取ってヒロが食べていたスパゲッティを強引にぐるぐると巻き、食べてやった。
服に飛ばないように気をつけたが、大丈夫だったろうか。ケチャップ、とれにくいしなあ。……あ、美味しい。
咀嚼を終え、呑みこみ俺は一口サイズに無くなった残りのオムライスに手をつけた。
「残り少なかったのに容赦ないな!」
「俺のオムライスでその分満たされてんだろ」
「……俺のナポリタンちゃんが」
悲しむ素振りを見せながらも最後の一口を口に頬張った。相変わらず綺麗に食べるヒロには、驚かされる。
「んで、どうなの?」
「……続いてんのかよ」
「あの子とは上手くやってんの?」
あの子。赤ずきんのことだろう。
頬杖をつきコップに残っていた氷をストローで回す。カランと爽快な音が俺の耳に響いた。
「仲良くしてるよ」
嘘を言ったわけじゃない。ただ、事細かにヒロに話すと色々とめんどくさくなりそうだから簡潔な言葉で伝えた。
普通だよ。その言葉は絶対、許されそうにない。「普通ってどのくらい?」そう聞かれるのが目に見えていた。
「その様子じゃ、まだまだだねえ」
意味がわからない発言に、ちょうどオムライスを食べ終えたのでスプーンを置き顔をしかめて前を向くと、ニコニコと笑っている顔があった。
嫌な予感がする。
「………なに」
顔を崩さず、「いやあ?」と言った。
そんな訳あるか。お前のその顔は絶対に何かある。
冷や汗が、出てくる。
ヒロは氷を回すのをやめ、両手に自分の顎を乗せそのまま頬杖をついた。俺をじっと見つめたまま。
はやく、話せよ。怖いだろ。
店内のざわつきが妙に大きく聞こえる。まだ静かじゃないだけよかったかもしれない。とてもじゃないが、この空気は耐え難いものがある。
とりあえず口に水分を、と思いガラスのコップを手に取り冷たい水が口に含まれた瞬間――。
「あの子にはいつ告白すんの?」
変わらぬ表情でとんでもない事を言ってきたもんだから、思わず水を吹き出しそうになった。慌ててコップから口を外し、口の周りを拭った。
「………何言ってるかわかんないんだけど」
誤魔化すように、あくまで冷静を装い今度こそ水を飲んだ。でもそんなのヒロには通じないわけで。テーブルの上に両腕を乗せ、前のめりになった。首をかしげている。
「あれ?ハヤト、赤ずきんちゃんのこと好きだよな?」
終わった。俺の人生は終わった。よし、帰ろう。もう話すことなんてないじゃないか。
「あ、帰るなんてナシだから」
そう簡単には逃げられなかった。
あー、と声を上げながらテーブルに顔を伏せた。気づかれない気づかれないと思っていたのに、そんな考えは呆気もなく砕け散って。
よりによって、こいつにバレるとは……。
ああ、ありえない。俺が逃げるって考えも読まれてたし、俺って顔に出てんの?
「で、今のところ告白の予定は……」
「ない」
断じてあるわけない。とゆうかあっても言わない、こいつだけには絶対に。
「あんなに仲いいのに、もったいない」
「仲いいから余計だろ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
適当な納得の返事をして、何やらパフェを注文したようだ。まだ食うのかよ。
「あーあ……」
「バレないと思った?」
「俺ってわかりやすいんかな……」
「俺限定じゃねぇの、多分周りの奴らは気づいてないっぽいし」
何年一緒にいると思ってんだよ。
そうだった、忘れてた。あんまり気に止めてなかったっていうのが大きいんだけど。
ヒロとは幼馴染みだった。
周りにバレてないってことが一番良かったってところだけど。それでもなあ。この気持ちは誰にも話さないつもりだったしな。バレてしまっちゃどうしようもないか。
「今はないってことはさ、いつかするわけ?」
「するわけない」
「なんでさあー」
「……」
今の関係を壊したくない。
仮に伝えたとして、成功するならいい。失敗したら?今まで通り接してくれるだろうか。
赤ずきんができたとしても、俺ができそうにない。気にしすぎて会話も少なくなるだろうし、顔を合わせるのだって出来なくなりそうで。告白なんて、微塵も考えてなかった。
成功すれば得るものはあるが、失敗すれば失うものだってある。
「……ハヤトの考えてることもわかるけどよ、やってみないことにはわかんねえよ?」
「そんな勇気ねえよ」
赤ずきんが、俺のことを好きだっていう保証もない。そんなものに縋って勇気をふり絞ろうなんてことも、思わない。
結局怖いだけ。
でも、今の関係だけで満足だから。
「今の関係が居心地いいんだよ」
赤ずきんが側で笑ってくれれば、隣にいてくれればそれだけで十分だ。
「いいんだよ、これで」
タイミングよく運ばれてきたパフェ。結構なボリュームに驚いていた。
「そういうもんかねぇ……」
珍しくヒロは運ばれてきた食べ物に、すぐ手をつけなかった。
***
花のストラップを手を持って、気合を入れつつ足を進めた。
二週間前、ヒロの買い物に付き合った時、偶然にも見かけた、いかにも女子が買いそうなストラップに目を奪われた。光に反射してキラキラと輝いていて、少し小さめの花は薄ピンク色に色付けされていた。
真っ先に君の顔が頭に浮かんだ。「これ似合いそうだな」とか「あげたりしたら迷惑かな」とか、考えたりして。結局ヒロにバレないように購入した。
茶化されるのは目に見えてたし、何よりめんどくさい。
手頃な価格でよかった。そこは金銭面に余裕のない学生には大事なことだ。
あげても大丈夫なのかと、心配とか不安はあったけど。君の反応を想像したら全部笑顔が浮かんで、我ながら馬鹿なんじゃないかと思うけど、やっぱりそれしか思い浮かばなかった。
君に会うのは、久しぶりだ。ここ二週間君に会えていない。いつもの場所に行ったけれどそこには君の姿はなくて、体調を崩してるのかと最初の何日かは思った。けど、これほど会えない日が続けば何か起きたんじゃないかと思ったけど、教室にはいるみたいだし。
俺はなぜか話しかけれなかった。何か思い詰めているような、考え込んでいるような……そんな空気を出していてとてもじゃないけど話しかけれなかった。
今日、来ているとは限らないけどそれでも、行かないという選択肢はなかった。これでいなかったら……結構、キツイよなあ。
自嘲気味の乾いた笑いを、自分に向けて出してみた。このストラップ片手に帰ってるって、結構な絵面だな。
「……!」
驚いた。すごく驚いた。
目の前には見覚えのあり過ぎる、あの背中にあの赤い頭巾。ああ、そうだ。君だ。
「赤ずきん」
タッタッと効果音が付きそうな軽い足取りで近づいた。振り返った君のことを見て安心した。
良かった、元気そうで。
「久しぶり」
数センチ先で俺は止まって、笑みを浮かべながら、その手に持っていた物を隠すかのように手のひらで優しく包んだ。
やばい、ドキドキする。
久しぶりだからか。ストラップを渡すことに関してなのか。まったくわからないけれど、一番よくわかったのは会えて嬉しいということだ。
でも、気のせいだろうか。君が戸惑っている。
「……赤ずきん?」
覗き込むようにして言った言葉に、俺の視線に、目を逸らして小さく口を開いた。
「あ、あなたは……誰ですか?」
ガツンと頭を鈍器で殴られたかのような痛みが回る。はてなだらけだ。ただただ、目の前が真っ暗になって思考さえもうまく働かなくなっていた。だから、君が自分の言った言葉に対して動揺しているのに気付くわけがない。
なんで、どうして。
あれ、俺なんか君の気に触ることしたっけ?大谷たち、赤ずきんが記憶障害になったとか言ってたっけ……?
俺の目がうろうろと動き回る。
握られていた手からするりとあのストラップが落ちた。俺の力が完全に無くなったからだ。
「………」
何か、話さないと。こんな沈黙あったらおかしな人だと思われるかもしれない。俺はなんで、こんなことを考えているんだろう。
「ヒロってやつは、知ってる?」
「少し意地悪だけど、優しい人ですよね」
うん、うん。合ってる。
ね、思い出して。俺そいつの側にいたんだ、きっといたはずなんだ。
知ってる?君に初めて話しかけたのは、俺なんだよ。それすら記憶にないのかな。
問うて見たけれど無言で返されて、為す術が完全に無くなった。それでも薄っぺらな、今の俺には精一杯の笑顔で笑ってみせて。まるで初めて会ったかのように“自己紹介”をした。
君の瞳は、驚きとあと一つの感情で揺れていたけれど俺は気にしなかった。
もう、いいじゃないか。避けられなかっただけ、話してくれてるだけ、十分だろ?
………いてぇよ。
ストラップが落ちたことには気付かず、君に別れを告げてその場を去った。
すぐに帰ってしまいたかった。
初めてだ。「ここにはいたくない」と「早く帰ってしまいたい」と思ったのは。
でも、早く立ち去らないと。溢れ出る感情たちに飲み込まれてしまいそうで。無理矢理にでも思い出させようとしてしまいそうで。
――怖くなった。
言いたい。言いたくない。ぐるぐる、ぐるぐる、二つのことが回って頭を支配されていく。
あの場所から数メートル離れたところで立ち止まって、俺は気付く。泣いていた。
止まれ。そんな思いを込めて拭っていくけど、止まる気配はなく流れ落ちていく雫たち。
『君が好きだ』
いつか言おうと思っていた言葉と、俺の想いは呆気なく行き場を無くした。
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