どうして君は、頼ってはくれないんだろう。

 君が長袖を着ていたその日に、ヒロに君のことを聞いた。

 なんで、どうして、そう思う前に俺が思ったことは、俺に言ってくれればよかったのにっていうこと。

 わかってる、君が心配かけたくなくて言わなかったこと。それも俺の友人がしていたことだ、尚更言えなかったのだろう。

 それでも、頼ってほしかった。

 俺は君の“友達”じゃないの?俺だけ?そう思ってるのは。

 針を刺されてるみたいに、胸がチクチク痛む。

 相談さえもされなかった。ただそれだけでこんなにも、痛い。



「……いたい」



 家の中で一人呟いた声は、広いこの家によく響いた。

 胸に手を当てくしゃっと握ると大きなシワが出来る。

 この痛みは相談されなかったことだけの痛みなのか、はたまた別の――。

 いや、やめよう。これはきっと邪魔な感情だ。

 両腕で包み込んだ両足、その膝の部分に顔を埋めてほんの少し唸った。

 気づいてあげられなかった自分が憎く思える。

 一番に気づいてあげたかった。でもそれは無理だった、一番に気づいたのは――見つけたのは“ヒロ”だ。

 俺はヒロから教えてもらって、事を理解した。正直、自分の目で直に見て気づきたかったって思ったけどそんなことだったら、きっと遅すぎる。

 赤ずきんはどんな思いで俺に接していたんだろう。


『オオカミさん』


 簡単に脳内で赤ずきんの声を再生することは出来る。何度でも何度でも。

 その裏に隠されていた文字があったのなら。


『オオカミさん』――助けて。


 ゾッとした。

 あの笑顔の裏には苦しい赤ずきんちゃんの顔があって、それを想像した時、背中、腰、腕、足、体の全てがぶるりと震えた。

 俺に、もしそれを求めていたのなら、いくらでもそれらしきものが見当たったはず。

 ……必死に隠してたのか、君は。

 君は優しすぎる。

 君は俺に優しいなんて言ったけれど、君の方がとても優しい。人のことを思って考えて、一人で抱え込んで悩んで泣いて、俺の前では笑顔で振る舞う。

 あの時、無理矢理にでも袖をまくればよかった。

 そうすれば、ガラスで切ったには不自然な傷があることに気づいて問いただしたはずなのに。

 話ができたかもしれないのに。


『お前が、助けてやれ』


 ヒロは最後に、ニッと笑って俺の胸に拳当ててそう言った。でもヒロの方が適切なんじゃないか。

 俺はもう、君の“友達”だっていう自信が無くなってしまった。



「わかんねぇよ……」



 こんな時、両親とかいたら何か変わっていたのか……なんて考えても無駄か、いないんだから。

 こんなごちゃごちゃした感情は、全部夜の空に溶けて無くなってしまえばいい。




 ***




 次の日の朝。

 目覚めてからすぐ窓から外を見ると、雨粒が大量に降っていて、昨日は乾いていた地面だったのに水溜りだらけになっていた。

 急いで洗濯物を取り込む大人の姿。久しぶりの雨で嬉しいのかカッパを着ながら水溜まりで遊んでる子供の姿。

 呑気だなあ。

 あの子供たちのように、純粋に無邪気に接することが出来たらどんなにいいだろう。

 そんな感情、今の俺には無くてすっかり汚れてしまった。

 今日は、行くのをやめておこう。

 こんな気持ちのまま君に会えば態度に出してしまう。変なこと考えて、いつも通りには接せないから。

 いっそのこと、俺をこの雨粒たちが洗い流してくれたら。

 君に会いたい。でも会いたくない。

 矛盾した考えが頭をのたうち回る。

 ざざぶりの雨。

 君はさすがに来ないよね。

 勝手に決めつけて俺はベッドからおり、台所に向かう。

 今日の朝食は何にしよう。そうだ、スクランブルエッグとベーコンにしよう。

 冷蔵庫から材料を取り出して、コンロに火をつけて焼き始めるとそれはいい匂いがして鼻をくすぐる。

 皿に盛り合わせてテーブルにコップとともに置く。手を合わせて小さく「いただきます」そう言ってから、目の前の朝食に手をつけた。

 変わりない朝のはずなのに部屋が異常に広く感じた。

 外にちらりと視線をやると、雨が強くなっている気がした。




 ***




「ふんふーん、ふふんふーん♪」



 雨の音に紛れながらも爽快に聞こえる鼻歌を歌っているのは、雨だというのにわざわざ傘をさしてまで散歩しているヒロだ。

 ヒロには考えがあったのだ。

 雨の日でもあの二人がいるのなら茶化そう。

 そんな小さな意地悪。

 よくよく考えたら昨日、ヒロはあの子のことを話したのだ。だから行かないかな〜?とか思ったり思わなかったりしていた。

 コソッと覗いてみるとひとつの傘があった。可愛らしいいかにも女の子の使いそうな傘。あたりを見渡すけど、男物の傘は見当たらないしそれ以外の傘がまず、見当たらない。

 遅れてる……とか。

 いや、あいつはきっと気にしてるんだろうな。しかも雨だし来ないと踏んだのだろう。



「赤ずきんちゃん」



 素早く反応した俺の声、姿を見て少しがっかりしたようだ。

 ごめんね、望んでいた人じゃなくて。



「すごい雨だねえ、去年みたいにならなければいいんだけどね」


「そう、ですね」



 またうつむいてしまった。

 こりゃあ、呼んできた方がいいかな〜?



「来ないことが心配?」


「……何かしちゃったかな」



 正確に言えば、俺が何かしちゃった方なんだけどね。……言わない方がいいな。

 足に顔を埋めて小さく丸くなっていた。その姿は小柄な少女そのもので今にも壊れてしまいそうな雰囲気を感じた。

 アイツらはきっと嫉妬心から彼女をいじめている。

 自分たちより仲良くしている二人がズルイ。彼女が羨ましい。

 そこから生まれた感情全部が集まって彼女にぶつけられてる。

 そもそも、彼女が一人でいるのはなぜだ?

 ハヤトと出会う前から一人だったし、その頃はいじめられてる風には見えなかった。

 確か、彼女は成績優秀だったっけ。まあ容姿もいいからね、女子からの軽いだ。めんどくさい生き物だな、まったく。

 そのことを本人は全く気づいてなかったみたいだけど。鈍感なところが唯一の救いだ。

 雨で気温が下がっているのか、少し肌寒いぐらいだ。いくら長袖を着ているからって長時間待っていたら風邪をひく。

 しょうがないなあー、ったく。



「よしっ!」



 立ち上がった瞬間、傘についていた雨粒たちが跳ねた。



「優しいこの俺が迎えに行ってあげますかっ!」



『連れてくる』

 なんてことは言わない。言ってしまえば遠慮して諦めて帰るだろうから。

 そんなこと、させたくなかった。



「寝ぼすけさんめ。ちょ〜っと、待っててくれる?ダッシュで行ってくるからさっ」


「でも、」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ!赤ずきんちゃんこそ寒くない?」



 長袖とはいえ結構な薄着だ。頭巾があるから上はあったかいだろうけど。

 俺は自分がちょうど着ていたパーカーを脱いで、彼女の膝元に置いた。

 俺の顔を見て返そうとするのを阻止してその場から逃げるように去った。



「いってくるねー!」



 ピースをすると、彼女は笑って俺を送り出してくれた。

 雨の中、地面の状態は最悪だけど二人のためなら靴が汚れるのも気にならなかった。

 ふと、忘れ物をしていることを思い出して足を止めた。

 あっちゃー……鍵忘れちった。

 渡したパーカーのポケットにこっそり作ったハヤトの家の鍵が入っているのだ。

 確認して渡せばよかったー。

 小走りで来た道を戻った。

 勝手に鍵を作ってご飯作って待ってた時は怒ってたけど、笑って許してくれた時のことを思い出した。

 しっかりしてるけど、心配なんだよね。

 心配かけまいと心の内に言いたいこと、しまったままにしちゃうとこあっから。その点に関しては彼女とよく似ている。

 不器用?なのかいな、二人は。

 でも、似てるものは惹かれ合うって言うしね。あの出会いは必然だったかもしれない。

 ふっと笑みがこぼれた。



「………んだけど」


「…あ………その………」



 誰かの声と彼女の戸惑う声が聞こえた。

 不思議に思って足を早めると、バシャッと水が跳ねる音が聞こえた。まるで人がコケたような……まさか。



「……っ」



 目を疑った。

 アイツらがそこにいたのだ。彼女を上から見下ろし何かに怒《いか》っている様なそんな声と表情だ。

 彼女は水に濡れて、傘も逆さまに倒れていて小さな水たまりが出来ていた。しかし、が彼女の近くになかった。

 ――そう、俺のパーカーだ。

 よく見ると、先頭にいる男が俺のパーカーを手に持っていた。その手は力が入っている。



「なあ、答えろよ。なんでヒロの上着、持ってんの?」


「それ、は……」


「まさか、盗んだりしてないよねえー?」


「うわっ、最悪じゃん」



 そういえば、ハヤトモテるんだっけ。

 自分たちはあんまり相手してもらえなかったりするのに……っていうのがあるな。

 人気あるもんな結構。

 そんなつまらないことを考えた。

 俺は二、三歩後ろに下がってから、気づかれないようにその場から走り去った。

 ごめん!

 今助けてしまうとややこしくなってしまう。それに、あの状況を助けるのはもうアイツしかいない。

 ごめん、ごめん。

 すぐに連れてくっから、だからちょっとだけ我慢して。

 傘なんてそこら辺に置いてきた。雨のせいでうまく走れない。それでも走った。

 一刻も早くアイツの元へ着きたかった。




 ***




 特にすることもなく、ただダラダラと時間が過ぎるのを待っていた。

 寝てしまおうか。

 目をつぶって暗い闇に落ちようとしていた時、玄関の扉が壊れそうな音が聞こえた。

 ドンドンッ!ドンドンッ!

 数秒だけ放っておいたが、あまりにも続くのでしぶしぶ扉の元へ歩みを進めた。



「……はい、どちらさま……っうわ!」



 人が勢いよく中に入ってきてバランスを崩した。何とかもちこたえたがその人物は濡れていたのか、着ていた服がぐっしょり濡れてしまった。

 文句を言おうと、人物の顔を見たらヒロだった。



「お前どうして、」


「早くっ……彼女のとこに、行け!!」



 ひどく息を切らして俺にそう告げると力尽きたようにその場に座り込んだ。



「なんだよ、いきなり」


「いいから、早く!」



 行けって言われても、雨だぞ?赤ずきんもさすがに来てないだろ。

 呆れた笑いでそう言ってやろうと、鼻笑いをした瞬間驚くべき言葉を発した。



「アイツらに……っまたいじめられてんだよ!」



 タイミングよく雷が鳴った。あたりがいきなり光って数秒間雨の音とヒロの呼吸しか聞こえなくなった。



「……は?」


「アイツらは彼女が俺たちと仲良くしてんのが気に食わねぇで、彼女にあたってんだよ!」



 早く行かねぇとまた殴られるぞ。

 その言葉を聞いてすぐ家を飛び出した。

 俺は怖かったんだ。

 真実を知ったところで自分の力じゃ何も出来ないと思ったから。立ち向かうことが怖かった。

 親のことに関してもそう。

 親の言葉は今でも俺の重りになってる。今でも引きずっている。

 な?こんなんじゃ何も出来ないだろ?

 君の力になることも、アイツらに立ち向かうことも。

 でも違った。

 してみないことにはわからない。

 もしかしたら力になれることもあるかもしれない。それに挑戦しなければ何も変わらない。

 あの頃の弱い自分から抜け出せない。

 もう嫌なんだ、くよくよするのは。

 だからさ、俺頑張って変わるよ。変わってみるから。君は、また俺に笑顔を見せてくれるかな。





 途切れ途切れの息を整わせながら近づく。

 ずぶ濡れの人だかりとその真ん中にいる君の姿。まだ暴力は奮われていないみたいだ。



「なんでお前だけ、構ってもらってんだよふざくんな!!」



 まさに手を挙げ君を叩こうとしている状況だった。

 驚いた。

 自分でもびっくりするほど体が素早く動いて、君の前に立ってその平手打ちを受けていた。

 ――パシンッ。

 あっ、と声を漏らした目の前の友人と、頬を叩いた音が静かな空間に響いた。

 俺を叩いたやつは動揺して、その周りにいたやつらもまさか俺が来るとは思わなくて焦っている。



「ご、ごめっ……」



 ギロリと睨めば相手の体がびくりと小さく跳ねた。



「何、してんの?」



 頬の痛みが顔全体に響いている。君はどれほど我慢したんだろう。俺が感じた痛みよりもっと、想像出来ない痛みを抱えてたはずなのに。

 俺は知らずに……。

 なぁ、赤ずきん。

 遅れてきたヒーローってのは、カッコ悪いかな?

 口を積むんでバツが悪そうな顔をし、俺から目線を外した。他の奴らもチラリ見たが、同様の反応をした。



「オオカミ……さん」



 後ろを少し向いて笑って見せた。目を見開いて、その後は泣きそうな顔してた。



「俺は、別に赤ずきんだけを特別に仲良くしてるわけじゃないよ」



 やっぱり、怒るのは好きじゃない。少なくとも俺にも非がなかったわけじゃないしね。一方的に責めるのはダメだ。



「……仲良くなりたくて、赤ずきんに会う頻度が多くなってから、お前らと喋ったりする回数が減ってた。だから、ムカついたりしたんだよな?“なんでアイツばっかり”って」



 真ん中にいる人物、大谷が小さな頷く。



「よく、わかるよ。悪く言うつもりは無いけど、赤ずきんが傷ついたのだって早く気づきたかったって思ってたし、俺が考えて行動してればこうはならなかったかもしれない」


「それは……っ」


「俺も、悪かった」



 くしゃり、顔を歪めた。一番悪いのはそれの理由を聞かず赤ずきんに当たってたのが悪いって、思ってるんだろ?

 わかってるならいいじゃないか。

 俺も、大谷たちも。同じ思いはしてたんだ。

 きっと俺たちは“寂しかったんだ”。



「でもさ、それで当たるのは良くないよな」


「……」


「お前らなら、赤ずきんとも仲良く出来るって思ってるからさ。仲良くしてやってくんない?」



 苦笑しつつも首をかしげ、問いかけた。この問題が解決するだけじゃダメなんだ。きっと仲良くしたいと思ってるはずだ。

 そうだといいなっていう、俺の希望だけど。



「…………悪かった」


「謝るのは俺じゃなくて、」



 くるりと回って赤ずきんの後に回る。そして「立てる?」そんな言葉をかけながら立ち上がらせて、大谷たちの前に軽く押す。

 動揺してるようだった。

 許してもらえるのか、倍返しでされるのか。そんな不安があるのだろう。



「ほら、一回目の仲直りだ」



 ニコニコと笑ってるのは俺だけだったが、そんなのは気にしない。

 じっと行く末を見守った。



「………」


「………」


「……ご、ごめんっ!!」



 ガバッと大谷が頭を下げた。それに重ねるように後ろにいたやつらも頭を下げた。もちろん、謝りながら。

 自然と笑みがこぼれた。

 赤ずきんなら大丈夫、



「頭上げてください」



 お前らを許してくれるよ。



「ほら、私なら大丈夫ですから。ね?」



 そういうやつだから。



「……私と“友達”になってくれますか?」



 遠慮気味にそう言いつつも微笑んで、大谷たちは予想もしてなかったであろう言葉に目を見開く。

 目の前に差し出された赤ずきんの手に戸惑いながらも、



「……バカだな、お前って」



 苦笑しつつも、その表情には嬉しさが滲み出ていた。

 そして、赤ずきんの手を握った。



「ありがとな、赤ずきん」



 気づいたら雨は止んでいて、優しい日差しが俺たちを照らした。



「なぁーに、仲睦まじくしゃべってるわけ?」



 遅れて登場してきたのは、どこか疲れているヒロ。駆け寄って、持っていたパーカーを渡す。



「これ、お前のだろ?大谷から」


「うえっ……びっしょびしょじゃねぇかよ」


「……ごめん」



 上着を絞って水を切るヒロに対して、謝罪した大谷にヒロはいきなり笑いだし大谷に近づいてその肩をバシバシ叩く。



「はははっ!ジョーダンだって、怒ってねえよ!」


「……いっ、いたいっ」


「はははっ!」



 痛がっているのを見てまた、面白がってるのか叩き続けた。……ヒロなりの優しさなんじゃないかな、とは思うけど手加減はしろよ。まじで痛そうだよ。



「まあ……次はないけど」



 肩に手を回され、グイッと顔を近づかせ耳元で聞こえた声。さっきまで笑っていた声とは大違いだ。

 顔を見た瞬間、ぞわりと鳥肌が立ったと同時に大谷はゾッとした。

 ―――目が笑ってない。

 その言葉は大谷にしか聞こえないように言ったようで、周りの奴らは気づいてない。



「何、固まってんの?」



 近づいてくるハヤトに対して、背を向けていたのを変え肩を組んだまま回った。



「はははっ、何でもねぇよ〜」



 ガラリと変わった態度にまた、動揺を隠せない大谷。

 ……これで、もう二度とやらないだろ。

 少しの間、表情を無くした顔で横目に大谷を見る。そして笑っていつものようにしゃべる。



「いやあー、参ったよ。大谷くんがさあー、赤ずきんちゃんと早く仲良くなりたいよお〜って言うもんだから……」


「はあっ……!?」



 言ってもないことを言われ、焦りまくりながらもヒロの口を抑えようとすると軽々と避けて逃げ回る。



「早くしゃべりたあーい!……とも言ってたっけえ?」



 ニヤニヤとまるでバカにしたかのように言えば、だんだんと顔を赤らめる大谷の姿があった。それを見てまたからかい出す。

 追いかけ回せど、捕まらないヒロに怒りを覚えてるようだ。

 大谷はからかいやすいから、ヒロにとって面白いんだろうな。



「くらえ!濡れ濡れパーカー!!」


「ぶっ……」



 投げられたぐっしょり濡れたパーカーは見事大谷の顔にヒットし、周りの皆からは笑いが起こった。

 投げた当の本人は、パーカーのせいで顔が全面的に濡れた姿がそんなに面白かったのか、腹を抱え笑ってる。

 ゴシゴシと服で拭き取り、仕返しとばかりにそのパーカーを投げる準備に取り掛かった。

 ヒロはそれに気づいていない。



「……こんっの、くろやろおお!!」



 華麗に舞ったパーカーは、ふわりと広がりそのままヒロの頭に綺麗に被さった。

 ベシャッ……と嫌な音とともにヒロの顔は自分の上着に覆われている。想像できるが、きっと大谷より酷い状態だろう。

 数秒固まった。



「ぶっ……あはははっ!!」



 大谷がそれに対して吹き出して大笑いすると、周りの皆も笑い出す。隣にいた赤ずきんも、笑ったら失礼という所からか堪えてたけど、結局漏れていた。

 俺も笑ってしまったけど、これ後で怒られないかな……。

 小刻みに震えだしたヒロの体は、勢いよく上着を取ったと思ったら大谷を睨みつけて、



「覚悟、してんだろおなあ〜?」



 そう言いながら近づき、「おりゃあっ!」と言う声を上げると大谷に抱きつき上着を擦り付ける。



「つめてえっ!!」


「水も滴るいい男、って言うだろ〜?いい男になってるぜ、大谷い」


「んなわけねぇだろ!」



 意味のわからない会話をしながら擦り付け合いが始まり、二人はびしょ濡れになっていた。

 赤ずきんはその光景を見て笑った。俺と一緒にいるより笑ってた。

 いいキッカケにはなったんじゃないかな。



「赤ずきん」


「……ん?どうしたの?」



 見上げるその瞳には、涙が溜まってた。笑いすぎて、だろうけどね。

 ふっと笑って赤ずきんの頭の上に手を乗せた。



「ごめんね」



 ここに来なかったこと、その事を黙ってたこと、気づけなかったこと、その他色々なことへの謝罪をその一言に詰めた。

 赤ずきんはキョトンとしていて、俺は首を傾けた。

 俺、おかしな事言った?



「謝る理由、ないよ」



 そんな訳ないと言うつもりだった。でも、赤ずきんが笑っててなぜか言えなかった。



「むしろ、私の方がごめんなさい。相談とかすればよかったって、今更思ってるんだ」



 それもそんなことないと言うつもりだった。でも何でだろう、言葉が出てこない。



「でも、助けてくれてありがとう。オオカミさん」



 ほんのり頬を染めた顔で笑うから、いきなりで心の準備とかも出来てなくて。やっぱり心臓がばくりと音を立てた。

 ああ、もう。顔が熱い。



「ヒーローみたいで、かっこよかった」



 君はいつも俺が欲しい言葉をくれる。

 ヒーローなんてこの歳の男が言われて嬉しく思うものじゃない。けど、俺には十分すぎる言葉で。君のヒーローになれるならもっと、体を張ってもいい。そんな馬鹿なことを考えた。

 少しでも君のヒーローになれたことが、とても嬉しかった。



「あっ、おいそこの二人!何いちゃこらしてんだ!!」



 まだしていたのか。

 そんなことを思わせるぐらい、ヒロと大谷は物凄く濡れていて。俺は酷く嫌な予感がした。

 ヒロの目が、ターゲットを決めた目をしていたから。



「ふっふっふっ……そんなハヤトくんには、お仕置きが必要ですねえー」



 ジリジリと距離を詰めていくヒロに、離れようと後ろに下がっていくが池が迫っていて思うように下がれない。



「覚悟しろー、ハヤトお」


「ほんと、そういうのいいから。望んでねえよ……!」


「うりゃああっ!!」


「うわああっ!!」



 餌食になってしまった俺は、二度目の攻撃を受けまいと逃げるがすぐに捕まり先程の雨で濡れていた服はもっと、濡れていった。

 赤ずきんは笑っていて、それを見て口元を緩ませるとヒロからの容赦ない攻撃が繰り返された。

 大谷も混ざってきて、一層騒がしくなったがこれはこれで楽しいかなと思った。

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