ひとりだった君

 君はいつもひとりだった。そんな君を、俺はずっと見ていた。

 ひとりで、花を摘む君。

 ひとりで、池の周りに来ては何かを眺める君。

 ひとりで、散歩をする君。

 ひとりで、動物たちと戯れる君。

 楽しそうにしていた。笑っていた。

 けど、時折見せる悲しげな顔を俺は知っている。

 ほとんどの皆が知っている童話、赤ずきんちゃん。その話は知っている。だけど、その話と今の俺たちのことは関係ない。

 俺はオオカミだけど、普通に村人と話すし協力して狩りもする。たまに物を交換したり、作物を一緒に作ったりもする。

 仲が悪い?俺たちは危ない存在だと思われてる?

 少なくとも、俺たちの中にはそんなものはなかった。だから、赤ずきんに俺の姿を見られたとしても、



「ひとりで、なにしてるの?」



 こうやって、話しかけても大丈夫なんだ。



「……えっと、」


「いつも見かけるから、気になって」



 なにかに納得したのか、ああと声を漏らす。



「私のこと、知ってたんですね」


「そりゃ、ひとりでいつもいるのを見たらね。誰だって気になってしまうよ」



 少し眉を下げてしまった。

“ひとり”その言葉は、赤ずきんにとって言われたくないもののようだった。俺もいい気にはならないな。

 いい子だと思うけどな。あんなに動物たちが懐くことも珍しいし、笑顔もふわりと優しい。小柄で、誰からも好かれそうなのに実際彼女の隣に人がいるのを、少なくとも森の中では見たことはない。村の中では、いたりするけど。



「ねぇ、君は寂しくないの?」



 気づけばこんなことを言っていた。しまった、と思った時はもう遅い。目を少し開いて驚いていた赤い頭巾の君の姿が、あった。



「あ、っと……ごめん……その、」



 動揺する俺に、ふっと笑みを零した君は俺の目を見て、



「寂しいです」



 そう言った。

 ストン……と俺の胸に落ちた言葉。それは重りとなって、ズキリと胸を一度だけ痛めつけた。

 ああ、そうか。だから、時折悲しそうな顔をしてたのか。今わかった気がする、君の気持ちが。



「やっぱり、ひとりでいるのは寂しいです。こうやって動物たちと一緒にいても、どこかで誰かを求めてる。そんな自分がいるんです」



 大人しく隣にいた子鹿を、優しく撫でると気持ちよさそうに目を細める。



「じゃあ」



 ほっとけなかった。もう、そんな顔はしてほしくなかった。



「俺が、君の隣にいるよ」



 そんな思いがあったから、口走ってしまった。

 また、驚いた顔をした君を見て、俺は言ってはいけなかったのかと思った。迷惑なんじゃないかとか考えたり。

 でも、そんな不安必要なかったようで。君はぱあっと顔を明るく輝かせた。キラキラと瞳が輝いているように見える。そんな気、だけど。



「ほんと、ですか?」


「え?う、うん」



 俺から顔をそらして下を向いた。ちらっと覗くと、そこには頬をほんのり赤らめて口元を緩めていた。俺は、伝染したように顔が熱くなる。俺もきっと赤くなってるんだろう。

 可愛い、ほわほわとした気持ちが溢れ出る。なんだこれ。



「……友達」


「ぅえっ……!」


「だっ、だめですかっ」



 すみません……と、小さく呟く君がいて慌てて謝る。



「ごめん、考え事、してて」


「そうだったんですね、よかった」


「それで、さっきの続きって」



 せっかく言おうとしてくれた言葉を俺は、遮ってしまったんだ。その罪悪感から、もう一回言ってくれるだろうか。そんな考えが浮かぶ。



「そばにいてもらっても、いいですか……?」



 それはあまりに唐突で。さっきの言葉の続きとは違っていて、驚きを隠せないでいた。

 さっきは友達……って言ってたよな?

 でも、嬉しい。嬉しすぎる言葉。「友達になってほしい」その言葉よりも、もっと、もっと嬉しい。願ってもなかった言葉だ。



「お、おう。そばにいるよ、俺が」



 そう言えば、ふにゃっとした笑顔を向けてくれた。胸が鳴る、聞こえるんじゃないかってほどの音で、一度だけ、バクリと――。

 俺は、まだ見ぬ未来を想像した。これから、どんな季節が巡るのだろう。君がプラスされた一年になる。それはきっと、想像を超えた一年になる。俺は、それが楽しみで楽しみで仕方なかった。



「よろしく、赤ずきん」



 手を差し出し、笑ってみせた。

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