なあ、赤ずきん

吉田はるい

プロローグ



「久しぶり、赤ずきん」



 花を積んでいた、綺麗な赤色の頭巾をした少女に声をかける。

 最近、姿を見なくなっていたから嬉しかった。

 元気だった。よかった。

 軽く笑みを浮かべつつ、隣に寄っていき顔を伺うと次の瞬間。俺は耳を疑うような言葉を聞く。



「あなたは、誰ですか……?」



 時間が、止まったように。風も、鼓動も、呼吸も、全てを感じられなくなった。

 目の前にいるのは間違いなく、赤ずきん。間違えるはずない。

 でも表情には、いつもの笑顔がなかった。

 ただただ映っていたのは。驚きとこの状況をどうしたらいいのかという悩みと――少しの悲しみ。

 どうして、そんな表情をするのかわからなかった。

 俺が思ったのは、ただ一つ。

“俺を、忘れてしまった”これだけだった。

 ズキン、ズキンと広がる胸の痛みに、気づかないフリをする。

 そんなこと出来るはずないのに。誤魔化すなんて無理に決まってるのに。

 だって、こんなにも胸が痛い。



「ヒロってやつは、知ってる?」



 ぱっと顔が晴れた気がする。



「少し意地悪なヒロさんのこと、ですか?」



 そう、そうだよ。

 そして、その隣に俺がいたはずなんだ。覚えてない?この顔、わかりにくくかったのかな。まぁ、しょうがないよなー。記憶に残りにくいと言えば残りにくいし。

 でも、これは覚えてるよな。

 君に初めて話しかけたのが、俺ってこと。ヒロでも、他の誰でもない。オオカミの中では俺が初めてなんだ。

 それも忘れてしまった……?



「俺はそいつの友達。隣にいたことあるんだけど、知らないよな」



 こんな言葉が出るなんて思ってなかった。

 言いたくない。本当は、なんとしてでも俺のこと思い出させたい。でもそんな酷なこと、出来るはずない。

 言いたい。言いたくない。

 二つがぐるぐる頭の中で回って、俺を困らせる。

 赤ずきんにずっと会ってたのは、俺なのに。ヒロよりずっと、ずっと、多くの時間を一緒にいたのに。



「っそうだったんですか、気づかずごめんなさい。えっと……」


「オオカミでいいよ」


「おおかみ、さん?」


「うん」


「オオカミさん、よろしくお願いします」



 震える声を、必死に抑えて今自分に出来る自然な笑みを浮かべた。

 上手く出来ているだろうか。それすらわからないほどに混乱していた。


『オオカミさんっ』


 そう、呼んでほしかった。

 またあの時の笑顔で、声で、俺の名前を呼んでほしかった。

 それすらも叶わないのか。



「これ、あげます」



 渡されたのは先ほどまで摘んでいた花たち。

 自分より小さな手に少し触れながら、それを受け取る。様々な色の小さな花たちが風に少し揺られながら、俺の手に渡る。


 ふわり、あの笑顔を赤ずきんが浮かべた時。俺は泣きそうになってしまう。

 理由はわからない。

 泣きそうになってしまった事も、赤ずきんが俺を知らないのも。理由が、わからない。

 もう、いい。

 避けられなかっただけ、話してくれただけ、笑ってくれただけ、いいじゃないか。

 また最初からだとしても。君と、また話せることが俺は嬉しいから。


『君が、好きだ』


 伝えたかったこの想いはどこか遠くへ置き去った。

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