醒めたユメ
1
いつだったかな。君は童話、赤ずきんが好きだと言っていた。
ゆっくり目を開けると、ちょうど誰かに上体を起こされている場面でそれが君だと気づいた時、小さく笑みがこぼれた。
君に赤い頭巾なんて無い。もちろん、俺に獣耳なんて無い。
目を閉じてから数分間浸っていた俺の記憶が、君が好きな“赤ずきん”の話に被らせて、頭の中で流れていたんだろう。
簡単に言えば、夢だ。
あの鹿だって、本当は猫だ。あの場所は……池があった緑豊かな場所は、学校の中庭で。俺たちは学校がある日にしか会っていない。
おかしな部分がいっぱいあったと思う。多分それは、徐々に現実の記憶に近づいていたからおかしくなっていっていただけであって、全部が全部嘘では無い。
俺たちは昼休みに会っていた。あの短い時間を共有していた。俺の楽しい時間、幸せな時間。
呼吸が上手く出来ない。体が痛い。ちらりと自分の体を見ると、血が飛び散っていてそれが君の制服に染みている。
君の涙が俺の顔に落ちてくる。
「は、やと……くん」
泣かないで。君は悪くないよ。笑って。君の笑った顔、俺、すごく好きなんだ。
左手を動かして君の頬に触れる。血がついてしまった。もっと涙を流す君に、苦笑いを浮かべた。
「……やくそく、そばにいてやれなくて……ごめん」
上手く言葉が繋げない、発せない。君にちゃんと聞こえているだろうか。伝わっているだろうか。
「はなみ………したかったな……、ひろがさわいでさ、たのしそうだ………」
もう少しだけ、持ってほしい。本当はいっぱいいっぱい伝えたいことがあるけれど、それは無理そうだから。後悔とかばかり浮かんで、余計悲しませるから。
今日、君に伝えようとしていたことを。それだけにするから、それだけ言わせて。
ポケットからストラップを取って、君に渡そうとした。けど、力が出なくなって落ちてしまった。必死に力をいれて、なんとか自分の腹の上でそれを見せることが出来た。
自分の血で汚れてしまったけど、渡したいんだ。
ヒロがせっかく後押ししてくれたのに、言わないなんてな。悪いだろ。
ヒロがいるであろう場所に目を移すと、呆然と立ち止まっていたヒロがいた。小さく笑うと、それに気がついたのかゆっくり近づいてきた。
影で見守るだけって言ったのにな、お前。
赤ずきん――もとい、アカネの顔を見る。
「なあ……あか、ね…………すき、だよ」
さっきまで緊張して言えるか心配だったのに、今酷く落ち着いてるんだ。
ああ、良かった。ちゃんと言えて。
ヒロもアカネとは反対の方に座ってきた。
「……いえて、よかった」
「ああ。よかったな、ハヤト」
唇を噛んで泣くのを我慢してる。そんなことしても全然止まってねえよ、涙。
いつの間にか、ストラップを持っていた手にアカネの手が重ねられていた。
「……ありがと、う…………ひろ、あかね……」
願うならまだ生きていたかったけど。まだ笑い合って話して遊んで……とかしたかったけど。
あ、カフェにも行きたかったな。でも、そろそろ俺の意識が持ちそうに無い。気を緩めば瞼も意識も閉じてしまいそうだ。
「っハヤト……!」
ああ、もう、ダメみたいだ。
最期は笑っていたいと思って、出来ているかわからなかったけど弧を描かせて目を閉じる。
「……私も……っ」
意識が消える前に聞こえた君の声。それは俺の告白への返事だろうか。
成功、したのか。
嬉しさが、幸せが、体の中を満たしていく。そのおかげか、上手く笑えた気がする。
君が、好きだ。
そう言えたからもう後悔は無い。少し嘘になってしまうけど、いいんだ。
ヒロ、言えたよ。
俺は二人に会えて良かった。幸せ者だな。
どうか、俺がいなくなっても笑顔を忘れないで。
笑って。笑顔が俺は見たいから。
全身の力が抜けて、そこで俺の意識は途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます