8
願わくば、君と桜を見てみたい。
徐々に暖かくなる俺の周囲に、着ている長袖が少し熱く感じるぐらいだ。こんなに暖かくもなれば、冬が終わりを告げていることがわかると同時に、春が近づいているのだと実感する。
隣に座っている赤ずきんは暑がる雰囲気も見せず、吹いている風に揺れる髪を押さえているだけだ。まだ、それほど暑いって気温じゃないけど。
「あったかいな」
「そうだね。桜の木も蕾付けてるぐらいだし」
言われてみれば。所々咲きかけの蕾と、まだ開いていない蕾が周りの木にちらほらと見える。
俺だけの感覚かもしれないが、冬に比べて外の色味が明るくなっている気がする。なんというか……色がついたみたいなそんな感じ。
もうすぐ桜が咲く季節になるのか。そう思うと楽しみが増えてきた。
俺たち三人で、小さな花見会をしてみたい。各自でお弁当とか作ったりして、他愛も無い話して、桜が舞う中ゆっくりするのもたまにはいいだろ。そうだ、大谷たちも誘おうか。人数は多いほうがいいしな。……騒がしそうだな。でも、楽しそうだ。
想像したのは。ヒロが大谷にちょっかい出したり、俺にもきそうだなとか思ったり、それを見て周りの奴らが……皆が笑ってて、すごく賑やかな花見会。
それもそれで楽しそうだけど。欲を言えば、あの場所で君と二人で見てみたい。なんて。言えるわけが無い。
「皆で見ような」
「皆でお花見だっ」
嬉しそうにする君の横顔。好きな子の隣にいれて、しかも笑顔を見れる。これほど幸せな時間はあるだろうか。
「お弁当、作ってきますね」
「期待しとく」
桜も咲いていないというのに、今から君の作ってくる弁当の中身が気になって仕方が無い。
やっぱり、この隣の特等席は譲りたくない。だから少しだけ、周りの奴らより先にいきたくて。
「名前で、呼んでよ。俺のこと」
我儘を言ってしまった。
自分の言ったことに驚いたが、今更取り消すことも無理だろう。だって君が俺の方を素早く向いたから、よーく聞こえてたってことでしょ?
この機会を逃したら、もう無い。と思えば、不思議と恥ずかしくはなかった。
「……あ、えっと………くん付けじゃダメ?」
「うん」
「うっ……」
恥ずかしそうに頬をほんのり染めて、ちょっぴり自惚れそうになってしまう。
ああ、もう。抱きしめたい。
「…………ハヤト」
ばくん。確かに心臓がそう鳴った。今物凄く心臓の音が口から出そうなほど、鳴ってる。徐々に火照っていく顔を隠すために、口全体を隠すようにして手で覆った。これで目立つ頬の部分は見えないと思う。
想像を超える破壊力に爆発寸前だ。
「や、やっぱりっ、くん付けでいいかな」
「そうしてくれると助かる……」
ずっと呼ばれるとなると、それこそ俺が持ちそうにないから。くん付けがちょうどいい気がする…………それもそれでやばいかも。
どっちにしろ、言ってしまったからにはまずはくん付けに慣れないとな。
これはきっと、他の女子には抱かない気持ち。君にしかこんなに胸は鳴んないよ。
やばい。どんどん君を好きになっていく。
「花見っ!いいねぇー、やろう!」
名前呼びに変わったことは報告せずに、一応花見のことだけをヒロに伝えた。思った通り乗ってくれて、今からでもやろうとするんじゃないかと思うぐらいだ。
そうなったら全力で阻止するけどね。
「ひっさしぶりだなあ〜、花見なんて」
「しなくなってきてるしね」
「もっとやればいいのに」
ヒロはそういう行事的なの大好きだもんな。主に好きなのは体育祭とかだけど。一番盛り上がってるからね、毎年。
「まぁ、それはいいとして。……言った?」
お前はそれしか無いのか。
「近々するって」
「いっそ今日しろよ」
はあ!?無理無理、絶対無理!大体心の準備ってのが必要だろ。ヒロは簡単に言いすぎなんだよ、ったく。
俺の考えを伝えても、ヒロは聞く耳を持ってはくれなくてほぼスルー。溜息がこぼれるよ。
「…………頑張るよ」
これだけ言えばわかるだろうと呟いたら、案の定とてもわかったようで俺の肩に勢いよく腕を乗せて、肩を組んだ。
俺にはヒロみたいなのがいいのかもしれない。ヒロみたいな性格の奴が隣にいなかったら、俺はこんなにも早く告白することを決意してないだろうし、よし今日しようなんて言わなかっただろう。
機嫌がいつも以上に良くなったのか、鼻歌まで歌い出した。それを聞いて、心が軽くなったと同時に笑いが込み上げてくる。
わかりやすいやつ。
「ふんふふーん」
どこからか自信がついてきた。……ヒロパワーかな。
***
宣言(?)してしまったからには、ちゃんと実行しないととは思っている。それでも、やめようかなと思うのは、しょうがないことなんじゃないだろうか。
口から心臓吐きそう。
それほどまでに緊張していて、君を目の前にした時俺はちゃんと言えるのかが心配だ。
変なこと言いそう。あー、ダメだ。マイナスな方に考えるな。大丈夫、ちゃんとやれる……やれるから。
自分を落ち着かせて、深呼吸し決意を固めドアの前に立った。まだ渡せていないストラップを手に取り、しばし見つめてから「よし」と気合を入れて、ドアを開け足を進めた。
――ありのままでいい。自分が伝えたいことを伝えよう。
……と、足を進めて数分後。隣にいるはずのない奴がいる。足音が増えている。何かしゃべっているが、気に止めないようにしているからわからない。ただ、反応したくないだけだ。
誰なのかわかっている。わかりきっている。
楽しそうに弾む足音。なぜお前はいるんだよ。
足を止めて、呆れたように息を吐きながら隣の人物を見た。
「なんでいんの、ヒロ」
「心配だからだよ〜」
見るからにワクワクしてるよな、お前。心配だったら、
「緊張してる?ねぇねぇ緊張してる?」
「どこで告白すんの?まさか……この人の前で!?うわあおダイターン」
とか言うわけねぇだろうがよ。
「大丈夫っ、影で見守るだけだから!」
それが嫌なんだけど。それさえも、言うのもめんどくさくなった。どうせ言ったってついてくるのをやめてはくれないだろうし。
ヒロがいて心強い部分はあるけど、なんかなあ嫌なんだよな。おちょくりそうだし、冷やかしそうだし。……もういっか。
「見守るだけにしろよ」
「わかってるって、邪魔はしないから」
それから数分歩いてから、ヒロが俺の足を止める言葉を言ってきた。
「ところで、赤ずきんちゃんの居場所知ってんの?」
足を止めた俺を見て、動揺するヒロ。まさか知らなくて歩いていたなんて思わなかったんだろう。
よくよく考えれば、君が行きそうなとこもいそうなとこも俺は知らない。俺はどこに行こうとしてたんだろうか。
自分に溜息が出る。居場所を知らないのに、君に伝えに行こうとしていたなんて、馬鹿だ。
「しゃーねえなあー、俺が教えてやんよ」
「…………なんでお前が知ってんの」
逆に怖いよ。
自信満々という顔をして、ドヤ顔で顎を触りながらさも探偵のごとく俺の前に立った。
「今日は学校に五時まで残るって言ってたから、今頃帰ろうとしてるんじゃない?」
近くにあった時計で、今の時刻を見てみると針は四時五十分を指していて、今から学校に行っても間に合わない。
十分弱、間に合わないだけだから、走っていけばなんとか数分に抑えられる。それぐらいだったら、そう遠くには行かないだろう。
「やるな、お前」
「だろ」
「――行くか」
俺の考えをわかっているのか、走る格好をし始めた。それはいらないだろとか思ったけど、小さく笑って何の合図も無しに俺たちは走り出した。
学校の近くになったところで止まって息を整える。辺りを見渡してみるけど、君の姿は無い。
帰ってるか。
そんなことで諦めたりはしない。俺たちは学校付近を少し急ぎめに探した。五時から数分しか経っていないから遠くにはいないはず。
探しても探しても見つからない。もしかしたら、帰る時間を早めた可能性がある。そうだとしたら、もう家に帰りついているかもしれない。
俺の顔を見て何を思ったのか、背中を軽く叩いたヒロの顔はまだ諦めていないのが伝わる、強さがあった。それを見て、もう少しだけ粘ってみようと歩いて探していく。
「ハヤトいたぞ!」
指さしたのは目の前。目線を移すと一人で帰っている君の後ろ姿。横断歩道を渡ろうとしていた。運がいいのか、周りに人は少ない。渡っていたのは君一人だ。
ほっとした。見つかってよかったと肩をなでおろす。ヒロも嬉しそうにしていて、歩き出そうとした時。辺りがざわつき始めた。
「っおい、ハヤト!赤ずきんちゃんがっ」
スピードを制御出来なくなったのか、暴走した車が君が渡ろうとしている横断歩道に近づいている。
――いや、もう君は渡り始めてた。
助けたい。その一心で俺は走り出した。危機迫ると人はスローモーションに見えるのは本当なんだと、今初めて気づいた。
君は暴走車に横断歩道、三分の一付近で気づいたのか首を横に向けていた。
間に合え!間に合え!
ヒロが俺を呼ぶ声が聞こえる。でも、そんなものも気にならないぐらいに夢中で走ってて、必死に手を伸ばした。
君の体に触れたと思った時、一瞬でその状況を逆にするために君を力一杯に引っ張った。それに驚いたのか、君は酷く驚いた顔をした。俺だと気づいて顔が歪んだ。
良かった、と心の底から思った。
車がもうすぐそこに迫っている。数秒で俺は吹き飛ばされるだろう。
せめて、花見はしたかったな。
少し遠くでヒロが向かってくるのが見える。
ごめんな、ヒロ。今までたくさんのことをしてくれたのに、何も返せなくて。
ごめんな、赤ずきん。そばにいてやるって約束、最後まで守れなくて。
二人に笑みを贈った。
数秒後……数秒もなかったかもしれない。俺の体は軽く飛んで、地面に落ちた時。酷い痛みに襲われながら目を閉じた。
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