願わくば、君と桜を見てみたい。

 徐々に暖かくなる俺の周囲に、着ている長袖が少し熱く感じるぐらいだ。こんなに暖かくもなれば、冬が終わりを告げていることがわかると同時に、春が近づいているのだと実感する。

 隣に座っている赤ずきんは暑がる雰囲気も見せず、吹いている風に揺れる髪を押さえているだけだ。まだ、それほど暑いって気温じゃないけど。



「あったかいな」


「そうだね。桜の木も蕾付けてるぐらいだし」



 言われてみれば。所々咲きかけの蕾と、まだ開いていない蕾が周りの木にちらほらと見える。

 俺だけの感覚かもしれないが、冬に比べて外の色味が明るくなっている気がする。なんというか……色がついたみたいなそんな感じ。

 もうすぐ桜が咲く季節になるのか。そう思うと楽しみが増えてきた。

 俺たち三人で、小さな花見会をしてみたい。各自でお弁当とか作ったりして、他愛も無い話して、桜が舞う中ゆっくりするのもたまにはいいだろ。そうだ、大谷たちも誘おうか。人数は多いほうがいいしな。……騒がしそうだな。でも、楽しそうだ。

 想像したのは。ヒロが大谷にちょっかい出したり、俺にもきそうだなとか思ったり、それを見て周りの奴らが……皆が笑ってて、すごく賑やかな花見会。

 それもそれで楽しそうだけど。欲を言えば、あの場所で君と二人で見てみたい。なんて。言えるわけが無い。



「皆で見ような」


「皆でお花見だっ」



 嬉しそうにする君の横顔。好きな子の隣にいれて、しかも笑顔を見れる。これほど幸せな時間はあるだろうか。



「お弁当、作ってきますね」


「期待しとく」



 桜も咲いていないというのに、今から君の作ってくる弁当の中身が気になって仕方が無い。

 やっぱり、この隣の特等席は譲りたくない。だから少しだけ、周りの奴らより先にいきたくて。



「名前で、呼んでよ。俺のこと」



 我儘を言ってしまった。

 自分の言ったことに驚いたが、今更取り消すことも無理だろう。だって君が俺の方を素早く向いたから、よーく聞こえてたってことでしょ?

 この機会を逃したら、もう無い。と思えば、不思議と恥ずかしくはなかった。



「……あ、えっと………くん付けじゃダメ?」


「うん」


「うっ……」



 恥ずかしそうに頬をほんのり染めて、ちょっぴり自惚れそうになってしまう。

 ああ、もう。抱きしめたい。



「…………ハヤト」



 ばくん。確かに心臓がそう鳴った。今物凄く心臓の音が口から出そうなほど、鳴ってる。徐々に火照っていく顔を隠すために、口全体を隠すようにして手で覆った。これで目立つ頬の部分は見えないと思う。

 想像を超える破壊力に爆発寸前だ。



「や、やっぱりっ、くん付けでいいかな」


「そうしてくれると助かる……」



 ずっと呼ばれるとなると、それこそ俺が持ちそうにないから。くん付けがちょうどいい気がする…………それもそれでやばいかも。

 どっちにしろ、言ってしまったからにはまずはくん付けに慣れないとな。

 これはきっと、他の女子には抱かない気持ち。君にしかこんなに胸は鳴んないよ。

 やばい。どんどん君を好きになっていく。



「花見っ!いいねぇー、やろう!」



 名前呼びに変わったことは報告せずに、一応花見のことだけをヒロに伝えた。思った通り乗ってくれて、今からでもやろうとするんじゃないかと思うぐらいだ。

 そうなったら全力で阻止するけどね。



「ひっさしぶりだなあ〜、花見なんて」


「しなくなってきてるしね」


「もっとやればいいのに」



 ヒロはそういう行事的なの大好きだもんな。主に好きなのは体育祭とかだけど。一番盛り上がってるからね、毎年。



「まぁ、それはいいとして。……言った?」



 お前はそれしか無いのか。



「近々するって」


「いっそ今日しろよ」



 はあ!?無理無理、絶対無理!大体心の準備ってのが必要だろ。ヒロは簡単に言いすぎなんだよ、ったく。

 俺の考えを伝えても、ヒロは聞く耳を持ってはくれなくてほぼスルー。溜息がこぼれるよ。



「…………頑張るよ」



 これだけ言えばわかるだろうと呟いたら、案の定とてもわかったようで俺の肩に勢いよく腕を乗せて、肩を組んだ。

 俺にはヒロみたいなのがいいのかもしれない。ヒロみたいな性格の奴が隣にいなかったら、俺はこんなにも早く告白することを決意してないだろうし、よし今日しようなんて言わなかっただろう。

 機嫌がいつも以上に良くなったのか、鼻歌まで歌い出した。それを聞いて、心が軽くなったと同時に笑いが込み上げてくる。

 わかりやすいやつ。



「ふんふふーん」



 どこからか自信がついてきた。……ヒロパワーかな。




 ***




 宣言(?)してしまったからには、ちゃんと実行しないととは思っている。それでも、やめようかなと思うのは、しょうがないことなんじゃないだろうか。

 口から心臓吐きそう。

 それほどまでに緊張していて、君を目の前にした時俺はちゃんと言えるのかが心配だ。

 変なこと言いそう。あー、ダメだ。マイナスな方に考えるな。大丈夫、ちゃんとやれる……やれるから。

 自分を落ち着かせて、深呼吸し決意を固めドアの前に立った。まだ渡せていないストラップを手に取り、しばし見つめてから「よし」と気合を入れて、ドアを開け足を進めた。

 ――ありのままでいい。自分が伝えたいことを伝えよう。

 ……と、足を進めて数分後。隣にいるはずのない奴がいる。足音が増えている。何かしゃべっているが、気に止めないようにしているからわからない。ただ、反応したくないだけだ。

 誰なのかわかっている。わかりきっている。

 楽しそうに弾む足音。なぜお前はいるんだよ。

 足を止めて、呆れたように息を吐きながら隣の人物を見た。



「なんでいんの、ヒロ」


「心配だからだよ〜」



 見るからにワクワクしてるよな、お前。心配だったら、



「緊張してる?ねぇねぇ緊張してる?」

「どこで告白すんの?まさか……この人の前で!?うわあおダイターン」



 とか言うわけねぇだろうがよ。



「大丈夫っ、影で見守るだけだから!」



 それが嫌なんだけど。それさえも、言うのもめんどくさくなった。どうせ言ったってついてくるのをやめてはくれないだろうし。

 ヒロがいて心強い部分はあるけど、なんかなあ嫌なんだよな。おちょくりそうだし、冷やかしそうだし。……もういっか。



「見守るだけにしろよ」


「わかってるって、邪魔はしないから」



 それから数分歩いてから、ヒロが俺の足を止める言葉を言ってきた。



「ところで、赤ずきんちゃんの居場所知ってんの?」



 足を止めた俺を見て、動揺するヒロ。まさか知らなくて歩いていたなんて思わなかったんだろう。

 よくよく考えれば、君が行きそうなとこもいそうなとこも俺は知らない。俺はどこに行こうとしてたんだろうか。

 自分に溜息が出る。居場所を知らないのに、君に伝えに行こうとしていたなんて、馬鹿だ。



「しゃーねえなあー、俺が教えてやんよ」


「…………なんでお前が知ってんの」



 逆に怖いよ。

 自信満々という顔をして、ドヤ顔で顎を触りながらさも探偵のごとく俺の前に立った。



「今日は学校に五時まで残るって言ってたから、今頃帰ろうとしてるんじゃない?」



 近くにあった時計で、今の時刻を見てみると針は四時五十分を指していて、今から学校に行っても間に合わない。

 十分弱、間に合わないだけだから、走っていけばなんとか数分に抑えられる。それぐらいだったら、そう遠くには行かないだろう。



「やるな、お前」


「だろ」


「――行くか」



 俺の考えをわかっているのか、走る格好をし始めた。それはいらないだろとか思ったけど、小さく笑って何の合図も無しに俺たちは走り出した。

 学校の近くになったところで止まって息を整える。辺りを見渡してみるけど、君の姿は無い。

 帰ってるか。

 そんなことで諦めたりはしない。俺たちは学校付近を少し急ぎめに探した。五時から数分しか経っていないから遠くにはいないはず。

 探しても探しても見つからない。もしかしたら、帰る時間を早めた可能性がある。そうだとしたら、もう家に帰りついているかもしれない。

 俺の顔を見て何を思ったのか、背中を軽く叩いたヒロの顔はまだ諦めていないのが伝わる、強さがあった。それを見て、もう少しだけ粘ってみようと歩いて探していく。



「ハヤトいたぞ!」



 指さしたのは目の前。目線を移すと一人で帰っている君の後ろ姿。横断歩道を渡ろうとしていた。運がいいのか、周りに人は少ない。渡っていたのは君一人だ。

 ほっとした。見つかってよかったと肩をなでおろす。ヒロも嬉しそうにしていて、歩き出そうとした時。辺りがざわつき始めた。



「っおい、ハヤト!赤ずきんちゃんがっ」



 スピードを制御出来なくなったのか、暴走した車が君が渡ろうとしている横断歩道に近づいている。

 ――いや、もう君は渡り始めてた。

 助けたい。その一心で俺は走り出した。危機迫ると人はスローモーションに見えるのは本当なんだと、今初めて気づいた。

 君は暴走車に横断歩道、三分の一付近で気づいたのか首を横に向けていた。

 間に合え!間に合え!

 ヒロが俺を呼ぶ声が聞こえる。でも、そんなものも気にならないぐらいに夢中で走ってて、必死に手を伸ばした。

 君の体に触れたと思った時、一瞬でその状況を逆にするために君を力一杯に引っ張った。それに驚いたのか、君は酷く驚いた顔をした。俺だと気づいて顔が歪んだ。

 良かった、と心の底から思った。

 車がもうすぐそこに迫っている。数秒で俺は吹き飛ばされるだろう。

 せめて、花見はしたかったな。

 少し遠くでヒロが向かってくるのが見える。

 ごめんな、ヒロ。今までたくさんのことをしてくれたのに、何も返せなくて。

 ごめんな、赤ずきん。そばにいてやるって約束、最後まで守れなくて。

 二人に笑みを贈った。

 数秒後……数秒もなかったかもしれない。俺の体は軽く飛んで、地面に落ちた時。酷い痛みに襲われながら目を閉じた。

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