あの後、どさくさに紛れて抱きしめた俺は、離すタイミングがわからなくなって数分後、そっと謝りながら離した。

 今冬だということを忘れてしまうぐらいに、体全体が熱い。主に顔だったけど。君も頬を染めていたから、恥ずかしいのかなとか照れているのかなとか考えてたら、自然と頬が緩んだ。

 俺が少し笑ったのを初めに、ポツポツと俺たちは話し出した。君の口から真実を聞きたいってこともあったからちょうど良かった。重い空気にはならず、むしろ笑いあいながら話せたから嬉しかった。でも、まあ……赤ずきんのとっさの一言は怖いな、って思ったかな。

 何だかんだで仲直りを無事終えたわけで。

 ヒロからはお祝いの一発(肩パン)を食らった。痛かったが、ヒロのおかげ的な部分もあるので許そう。……あ、そうだった。奢らないといけないんだったな。

 それはいいとして。

 橋本とも友達になったようで、君に友達が増えたことが嬉しく思えた。



「仲直りしたのはいいとして、だよ」



 ……なのに、どうして。前に一度来たカフェで、俺は尋問が行われているのだろうか。



「告白はまだ、してねえわけだ?」



 頼むから、普通に食おうぜ。

 とゆうか、せめて違う話題にしてくれよ。



「……なんで仲直りプラス告白になってんだよ」


「ぜっこーのチャンスじゃんよお!」



 どこがだよ。そう突っ込むのも面倒なので、溜息だけで済ませておいた。

 ふわふわと見た目からもわかる卵の柔らかさに、作ってる人すごいなと思いながら、その卵とケッチャップライスをスプーンに乗せ口に含む。

 うん、やっぱり美味しい。



「お前、告白しねえの?まさか」


「しねえっつうの」



 俺の答えに「ありえん」とでも言うかのように、口をあんぐり開けて俺を見た。気にせずにオムライスを食べ続けた。

 告白なんて、しなくていい。今のままでも俺は満足だから。――今の関係を壊しかねない事なんて、したくはない。



「臆病だな」


「それでいいよ、別に」


「…………この鈍感男」


「なに」


「なあーんでもないですよおーだ」



 やれやれ、と言葉を漏らしてナポリタンをくるくるとフォークに巻き付け、美味しそうに口に頬張った。

 それから会話は違うことへと移り、数分後には俺たちの皿は空になっていた。ヒロは大本命であろうパフェを、近くを通った店員に頼む。その店員は持っていた機械に注文を打ち込み、皿を下げていった。

 テーブルに肘をついた時点で、これから話されることを俺は察した。



「で、するご予定は?」


「ない。前にも話した気がすんだけど」


「気のせい」



 どんだけ告白させたいんだ。俺が告白して何になる。もし振られたらお前はどうすんだよ。笑うのか?それとも慰めるのか?どっちにしろ、俺の意思は決まっている。絶対にしない。

 そんな俺の心を読んだのか、ヒロの言葉に俺は



「俺が赤ずきんちゃんを好きだと言ったら?」


「ぶっ……」



 危うく水を口からこぼしそうになった。慌てて手で抑えて、口元をおしぼりで拭いた。

 ヒロはというと笑うでもなく、馬鹿にするでもなく、ただニコニコとしている。何を考えているのかさっぱりだ。



「まあ、嘘だけどさ」



 あっさりネタバラシ。



「でも、早くしないと取られるかもしんないよ?」


「なんでそんなのわかるんだよ」


「あの子結構可愛いとか言われてるし」



 初耳なんですけども。

 なんだよ、結構男子から人気だってことを言いたいのか?……可愛いのは否定しないけどさ。仮に影でモテていたとしても、それが俺に何の関係があるっていうんだよ。赤ずきんが誰と付き合おうなんて、俺が決めることじゃない。

 俺にどうすることも出来ない。



「俺は、他の奴らにあの子をやりたくないわけ。お前とが一番お似合いだっての」



 いや、嬉しいけど。必ずしもその願いが叶うなんてこと無いだろ。

 そりゃ、俺にだって渡したくないとかあの笑顔を見せたくないとか、そういう感情あるよ。

 俺だけに笑ってくれれば……とかさ。でも、この気持ちは伝えないって、蓋をするって決めたんだ。そうだ、決めたんだよ。これでいいんだ。これで……。



「後で後悔すんなよ」



 タイミングよく運ばれてきたパフェに、喜びの声を上げ味わうように食べていく。

 後悔。この選択でこの先俺は後悔しないのか、と聞かれればとてもイエスとは答えられないと思った。

 想像してみろ。君が他のひとと手を繋いでいる所。一緒に帰っていく所、一緒に来る所。笑い合ってる所。抱き合ってる所。

 ――唇を重ねるところ。

 激しい嫉妬の念みたいなものがぞわあっと湧き上がる。一瞬にして黒い感情に染められた自分に、驚きを持った。

 これが普通なのだろうか。こんなにも“嫌だ”と思うのは、皆も同じなのだろうか。

 踏み出さないで後悔するよりは、踏み出した方がいい。

 俺は君に恋人ができた時、踏み出さないままだったらきっと、無駄だったとしても言っておけば……なんて思いそうで。言ってたら変わってたかな、なんて思いたくなかった。



「ヒロ」



 あえて顔は見ないで、少し下を向いたままで。



「俺、後悔すると思う」



 なあ、赤ずきん。ダメ元でも伝えていいか?



「…………ちょっと頑張ってみる」



 俺の気持ち、聞いてほしい。

 ちらっとヒロを見ると、心底嬉しそうに笑っててそのままスプーンにすくっていたアイスを、口に含んで飲み込んだ。

 次はニカッとして、スプーンで俺を指した。



「ストラップ、ちゃんとあの子にやれよお〜」



 確かにストラップをやるのはいいな……と、思ったが疑問に思う。なぜヒロはその存在を知っているのか、ということだ。

 答えは簡単だ。俺が買っていた姿も、誰に買っているのかもバレていた。そういうことだろう。

 ニヤニヤとして俺を見ていたのか、面白がっていたのか、とヒロの姿を想像するだけで、少しのイラつきと羞恥心が俺の中で回っている。



「バレないと思った?もお〜、コソコソ買わないで言ってくれてもいいのにい〜」



 やっぱり口元は緩んでいて、腹いせにヒロの手からスプーンを奪い美味そうなところをごっそり頂いた。甘い生クリームとさっぱりしたバニラアイス。そこにかかっていた甘酸っぱいイチゴのソース。それらが口の中で混ざって、広がって、食後にはちょうどいいデザートだった。最後に端にやられていた、二つのイチゴ。そのうちの一つをパクリと食べてやった。

 ヒロの発狂したかのような顔を見て、心無しかスッキリした。



「お前っ、ひでえ!!俺のイチゴおお!!」


「ありがとよ、美味しかった」


「吐け。今すぐ吐けええっ」



 もう飲み込んでしまったものを吐けと言われて、吐ける人なんてそうそういないだろう。

 一段としょんぼりしたヒロの頭には、垂れ下がったうさぎの耳が見えてくる。その光景が何とも面白くて、いじけた子供のようでふっと笑ってしまった。

 ま、俺の奢りだし。食ったっていいよな。



「……一個残ってるし、いいけどよー」



 少し罪悪感が生まれてきたが、パフェを食べる事に明るくなっていくヒロを見てると、罪悪感は消えていった。

 ………ヒロ、本当はめちゃくちゃ感謝してんだ。

 俺の、俺たちの為に、本当に色々してくれてさ何より俺たちのことを考えてくれて、行動してくれて、お前がいなかったらここまで来れてなかったよ。仲直りだって、この気持ちに気づくことだって、素直になろうと思ったことだって。

 だからさ、一回だけしか言わないから聞いてくれよ。パフェ食いながらでいいから。素直になれない俺だけど、そんな俺でも隣にいてくれてすごく感謝してる。



「ありがとう、ヒロ」



 パフェを食べる手がピタリと止まり、ギギッと音が鳴りそうな動きで俺を見てきた。

 その顔は驚きに満ちている。



「なんて言った……?」


「なーにもー」


「ちょっともう一回、言ってみ」


「やだよ」



 多分聞こえてたんだろうけど、信じ難いのかもう一回としつこく言ってくる。俺はそれを軽く流しながら、水を一口飲んだ。



「お前の告白シーン覗いてやる」



 勘弁してくれよ、と言わない代わりに苦笑いをこぼして、外を眺めてみた。

 今度は三人で、来てみたいな。

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