3
「それは君にあげるつもりだったんだ」
そう、伝えることは叶わなかった。
赤ずきんから手渡された、あの日落としたのであろうそれを探していたと嘘をつき、受け取った。久しぶりに君に触れた俺の指先。あまり触れたことはないけど。
やっぱり、笑顔は見れなかった。
以前とは違ってきごちなく、態度もよそよそしくて、本当に俺を知らないのだと思い知らされてるみたいだった。ストラップがとても冷たく感じてすぐにポケットにしまった。
だんだんと俺もあの場所に行く足取りが重くなっていった。行っても、今まで何を話していたかさっぱりで思い出せなくなって、会話は途切れるばかり。
意味はあるのか。そう問われれば、無いのだろう。
でも、そんなことは無いとどこか思いたくて、立証したくて頑張ってたけど……さすがにキツくなっていく。
あの場所へ足が進まなくなった。向かなくなった。君に話しかけなくなった。話したい気持ちはあるのに、何もかも分からなくなった。
あれほど仲の良かった俺たちが、いきなり距離を開きだしたのを珍しくヒロはいじってこなかった。行動は共にしているため、横にいることは多い。それでもいつもと同じ笑みを浮かべ、話して、たまにいじられて、他の人もいじって、そんな感じ。
俺にとってそれは逆に有り難かった。自分の口からはとてもじゃないが、言えそうもなく……言えば、心を保っていられそうもない。かと言って、ヒロが君に話しかけているところは、今のとこ見たことは無い。
本当はどうなのかは知らない。
俺の中から君のことが、徐々に薄れていく。そんなことしたくないのに、させたくないのに。関わらないうちに、君を見る回数も減ってあまり気にかけなくなった。君が好きだった気持ちは嘘じゃない。少なくとも今もまだ残ってる。――今となっては、それは意味をなさなくなっていると思うが。
この気持ちがあったところで、何も変わらないし変わるのであれば今すぐにそうなってもらいたい。不可能なことはわかりきってた。
代わりに、と言ってはなんだが。橋本実里の存在が俺の中で強くなっていった。
最近よく話すし、たまに行動を共にすることもある。親切で優しくて何より皆から彼女は人気者だった。そんな彼女がなぜ俺に話しかけるのかは、未だ不明だけど。
君の存在が薄れていっているとしても、俺の中から消えてくれることはまったく無い。君は今、元気にしてるだろうか。
***
季節は変わり、冬になった。皆の服装が厚手になっていき、吐く息は白く肩をすぼめて歩く人が多くなった。
何気なく、放課後人のいなくなった机と椅子が並べられた部屋に残っている俺とヒロ。外を見ていた俺にこんなことを聞いてきた。
「で、どーしたわけ?君たちは」
やっと聞いてきたかという思いと、やっぱり聞くのかという思いが交差した。
君と関わりが薄れて、約一ヶ月が経とうとしていた頃。このタイミングに言う必要性はあったのだろうか。いや、ないな。
「見た感じ何かあったことは、気づいてたけどさ。お前、何も話さねぇしあの子に聞くのも気が引けるし」
ヒロでも、考えて行動することがあったんだ。そうしみじみ思ったが、本人にそれは言わないでおこう。後、ヒロには「お前のまわりは人が多い」なんて言われたけどあまり理解は出来なかった。
確かに、クラスメイトや他のクラスの奴らとも話したりすることは多い。でも、それっていいことじゃないのかよ?話しかけられるのは嬉しいし。そういうのは交友関係が広い、と言ってほしい。
「一応、大谷たちに聞いてはみたけどさ……。何も話さねぇって言うしよー」
椅子の背もたれに寄りかかり、両腕をだらりと外にやった。ヒロの口からは、はああ……と長めの溜息がこぼれた。それでも何も言わない俺にまた、はああ……と嫌味のごとく溜息をついた。
なりたくて、こうなった訳じゃない。とゆうか、俺の方がこうなった理由を知りたいぐらいだ。
俺も君に聞くことは出来ないでいる。
だって、君の中では俺は“他人”に近い存在になってしまったから。そんな俺が、記憶に関してやどうしてこうなっているのかを聞くのは変だと思う。
あの時の言葉は嘘とはどうしても思えなかった。嘘をつく理由を見いだせないことが、大きいが。
わかったら、赤ずきんとも変な距離出来なくて済んだのに。俺まで溜息が出そうだ。
「……何、お前もこの状況よくわかってない感じ?」
「……わかりたくない感じ」
「意味わからん」
誰かに嘘だと言ってほしい。いっそのこと、夢でいい。夢なら覚めてしまえば、君と前までの関係に戻れるから。全部悪い夢ならいい。
遂に出てしまった溜息に、何かを察したのかヒロは頬杖をついて俺の顔を見た。何を察したのか知らないが、もしかしたら察してないのかもしれない。ただ、何かあったことが良くわかっただけかもしれない。
「で?何があったんだよ、話してみろや」
重々しい空気にしないヒロの笑った顔に、ああ、こいついい奴だなと改めて思った。
つられて俺も小さく笑って、ぽつぽつと今の状態になったであろう事柄を話していった。話していくと結構心は軽くなるもので、自分でも落ち着いて話せていることがよくわかった。
でも、やっぱり自分のことを覚えていないと言った君のことを話すのは、思ってたよりかは大丈夫だったけど思うところはあって、決していい気分ではなかった。
簡潔には話した。終始無言で聞いていたヒロは、何を言うのかと内心ビクついてはいたがそれは耳を疑うもので。
「それ、嘘なんじゃねえの?」
こう思うのは酷いかと思ったが、まあいいか。
こいつに一発、拳を入れてやりたい。
あれ、俺言ってなかったっけ?言ったはずなんだけどな。『嘘には見えなかったんだ』と。……聞こえなかったってことは、ないよな。
「だから、」
「事情があって、嘘ついたんじゃねぇの?
ほら、あの子ならありそうじゃん。つい、ってことがさ」
ありそうだけど……だとしたら、どんな事情があったら俺のことを忘れたとかとっさに言うんだよ。
「大谷に聞いた時、お前のこと聞いたらしいけど“誰?”とは言わなかったらしいぜ?至って普通だったって……」
――それはおかしい。
おおかた俺と何かあったのかとか聞いたんだろうけど、忘れているのなら「誰?」「知らない」そこら辺のことを言うだろ。
それが、至って普通だったって……。
じゃあ、ヒロが言ってる通り“嘘”なのか?
「なぁ、今度――」
「あれ……オオカミくん、と、ヒロくん?」
ドアが開く音と同時に姿を現したのは、俺らが話していた赤ずきんではなく橋本実里だった。
この空間に二人だけでいることが不思議なのか、首を傾げながら俺たちの所に向かってきた。
不意にヒロを見たら、笑っていたが嘘っぽい。
「橋本さんは、どうしたの?忘れ物?」
「そうなの、ノート忘れちゃって。復習に必要でしょ?」
復習かあ……偉いよな、俺しようともしてない。ノートとか教科書置きっぱなしだし。
「俺しないから、わかんないや」
ヒロは想像通りだけど。
でも、こいつ何もしなくてもそこそこの点数取るから羨ましい。
「二人はどうしてここに残ってるの?」
「ちょっとだべってんの」
「そっか、私も混ざっていいかな?」
その返答に、了承の意を伝えようとした時、小声でヒロが俺の名前を呼んだ。俺の方を見向きもしないで。
「ごめん、それは無理」
それには俺も橋本さんも驚いて、相変わらず笑みを浮かべているヒロに小声で、
「おい、お前……」
そう言ったが、手でその言葉の続きを阻止するように俺の前に出された。
何を考えてるんだ。
赤ずきんのことは他の所でも話せるし、橋本さんの前で話さなければいいだけなのに。
どうして、お前は断るんだ……?
「今さ、俺の恋愛相談にのってもらってるんだよねぇ~。恥ずかしいから、二人だけにしてくんない?」
平気で嘘つきやがった。どっちかと言うと、俺の恋愛相談の方が正しいだろ。
「そっか……そうだよね、ごめんね?じゃあ私、大人しく帰る」
「ありがとー」
「頑張ってね、ヒロくん」
手を振る橋本さんに、俺とヒロは手を振り返してこの空間がまた俺たち二人だけになった瞬間――。
「俺、下の名前で呼んでいいって言ってないのにね」
前から思っていたことだろうか、その事を表情を無くして言った。
こええな、こいつ。
ふぅと息を吐き出して、俺の方に向き直す。
「お前どうしたんだよ」
「関係があるんじゃないかと思ってさ」
「どうゆうことだよ?」
「橋本さんが、お前ら二人のことに関わってんじゃないかってこと」
確かに、君と関わりが薄くなってから橋本さんとは仲良くなったけど……それがどう関係あるんだ?
考えても、わからなくて。一つ頭の中に浮かんだけどそんなことは思いたくないという思いから、考えからはじいた。
「俺見たんだよね、あの子と橋本さんが話してるとこ」
それがどうだっていうんだ。ただ、話していただけかもしれないのに。
「しかも、お前らの距離が開く少し前に」
その後もヒロは話し続けた。中庭で二人が話していたこと、君が戸惑っていたこと、橋本さんは笑顔で去っていったけど君は思い詰めていたこと。
最初はそんなことないだろ、なんて思いながら聞いてたけどヒロは真面目に話してて、それが本当なんだって知らされた。
彼女は、君に何を話したのか。
会話は聞こえなかったみたいだから、ヒロは知らないと言っていた。でも、ヒロは大体話の内容はわかってるみたいで。
それは教えてもらえなかった。
「――ま、こういうとこ見ちゃってたから、お前らの異変には突っ込まなかった」
あぁ、そうゆうことか。
何となく察してたから俺にあえて聞かなかった。でも、君が何を言ったかが気になってたから今俺に聞いた、と。
「これから、どうするんだ?」
わからない。
それが本音で、どうしたらいいのか理解してないっていうのも本当で。
彼女に話しかけてダメなことは無いと思う。誰もダメなんて言ってないしね。
生憎、俺にそんな勇気は持ち合わせてない。
話しかけづらいじゃないか、あんなことを言われては。
図々しい態度でいけばいいんだろうけど、それが出来ない俺はヘタレと呼ばれても仕方ない。
「“好きな子”に言われたから、余計きてるんだろ?可愛いーねぇ、ハヤトくん」
「うっせぇな!」
「……誰だってそんなもんだよ。いいんじゃねぇの、話しかけたって」
「……」
気にしていない。気にかけてない。
きっと、そんなのは俺の勝手な思い込みだ。いつだって君を見てしまう。その度胸が痛くて、逸らしても心の隅で気にしてる自分がいる。
一人でいる君は本を読んでいたり、空を眺めていたり、ボーッとしていたり。
前までこんな生活をしていたのだろうか、そう思うと寂しい気持ちになった。
大谷と話していれば、羨ましいなと思った。あっさりと話しかけれてしまう大谷に、君の笑った顔を見れる大谷に、羨みと嫉妬を抱いた。
俺だって、話したいよ。仲直りがしたい。
「……ったく、しゃーねえなあ」
何やら自慢げに腕を組んで、口元は大きく弧を描いていた。
体がぶるりと震えた。それが寒さなのか、ヒロに対してなのかは不明だけど。
「俺は高いからな~?」
嫌だな、と思うのは俺だけだろうか。
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