第8話 ミリアとピクニック

 朝。

 腕の痛さで目が覚めると俺の腕の中にはまだクロエがいた。腕枕って慣れないと腕を痛めるのか?ああ、それにしてもクロエ、可愛いな。俺はクロエの髪を優しく撫でる。髪、さらさらだ。お、おはようのキスをしても大丈夫かな、ほっぺに。俺は顔をそっとクロエに近づける。


「おい」

「え?」


 クロエのほっぺた寸前にまで顔を近づけた時に、クロエは目を覚ました。


「お、おはよう。クロエ」

「こ、これはどういうことだ?何であたしはレイとこんなシチュエーションになっているんだ~!」


 クロエはがばっと起き上るとわーわーと俺に怒鳴り始めた。クロエの顔が赤くなっている。怒っているからか、恥ずかしがっているからか。メーターが出ていないから、恥ずかしがっているのだろう。自分から迫るのは平気なくせに。


「クロエ、落ち着いて。昨日、クロエが酔っぱらって一緒に寝たいっていうから、ただ一緒に寝ていただけだよ」

「そそそ、そんなこと言う訳ないでしょ?そんな素直なこと・・・じゃなかった!あたしはレイと一夜を共にしたいなんて、そんなこと思ったことないんだからね!!レイがあたしにエエエ、エッチなことしようとして酔ってるあたしを無理やり自分の部屋に連れ込んだんでしょ!?この変態!!」

「あ~、自分で言うのも何だけど、そんなこと俺が出来ると思う?」

「だだだ、だったらその・・・それは何なのよ。お、大きくなってるじゃない!」

「え?」


 クロエが指を差したのは俺の股間。あ~・・・死んでもなるんだなぁ。


「これはただの生理現象で・・・」

「もう~~~、最低!!!」


 そして、またしても振り上げられるかかと。そして、またしても振り落とされるかかと。ま、またしても、お見事です・・・。鬼のおしおきもそうだけど、クロエのおしおきも気を付けなくては・・・。

 俺は昨日手に入れたティアの手編みセーターに着替えて居間に向かった。



 朝食タイム。みんなで集まりいただきます。今朝のメニューはパンだ。普通の。

 いつの間にか腕の痛みも、さっきのかかと落としのダメージも消えていた。やはりこの世界では回復力がはんぱない。クロエの方をちらっと見ると、クロエと目が合った。クロエは少し頬を赤らめると、気を紛らわすようにパンを貪った。な~んだ。俺のことをウブだとからかっていたけれど、自分だってそうなんじゃないか。ふふ、可愛いな。


ミ「はいは~い!レイ君!今日は約束通りミリアと沢山遊んでね~!」

レ「うん、いいよ。じゃあ、学校が終わったらかな」

ミ「ううん、今日はミリア、学校お休みしま~す!だから朝ご飯食べたらすぐあそぼ!」

レ「え、そんな勝手に休んだりしていいの?」

テ「天使の学校はかなり自由が利くので、それはいいのですが」

ク「休んだからといって、受けなきゃいけない授業が減る訳じゃないからな。後が大変だぞ~、ミリア」

ミ「いいの~。みんなばっかりレイ君と仲良くして、ずるいんだから~。昨日、クロエさんレイ君と一緒に寝てたでしょ~!」

ク「ち、違う!それは」

ミ「ミリアの部屋、レイ君の隣だからずっと聞こえてたんですよ~。クロエさんがレイ君に甘えている声!」

ク「ぐ、ぐはっ」

レ「ふ、二人とも仲良くね」

ミ「とにかく!今日はミリアがレイ君を独り占めしまーす!!」

ユ「頑張ってね、レイ」

レ「あはは・・・うん」



 朝食タイムが終わり、ミリア以外の4人は学校へと飛び立った。さて、ミリアは何をするつもりなのか。さっきから何か準備があるとか言って、俺を家から追い出して色々とやっているみたいだ。あ、何かがぶつかる音。うわっ、今度は皿の割れる音か?大丈夫かなぁ。


「おっまたせ~!レイ君!」


 しばらくするとミリアが家から飛び出してきた。ミリアは麦わら帽子をかぶりリュックサックを背負っていた。そして手にはもう一つリュックサックを持っている。


「はい、これレイ君の分だよ!」

「ありがとう。中には何が入っているのかな?」

「ふっふっふ~、それは向こうに着いてからのお楽しみで~す!」

「そっか・・・じゃあ行こうか」

「うん!」


 ミリアは本当に元気だなぁ。この元気に今日一日付き合いきれるだろうか。

 家から離れ田舎道をミリアと二人で歩く。いや、正確にはミリアは地面からほんの少し足を浮かせてふわふわと飛んでいる。楽そうでいいな。そしてミリアも天使の鼻歌を歌う。うん、ミリアのもいい歌だ。歌詞とかはないのかな。こっちの道は昨日行った人間特区からは反対の方角だな。この先に何があるんだろう。


「ミリア。行先も秘密なの?」

「そだよ~。あ、でもヒントを言うと。ミリアとレイ君が二人っきりで仲良くなれるところだよ~!」


 二人っきりで仲良く?どこだろう。もしかして・・・ホテル、とか。・・・いやいやいや、ミリアはそんな下品な子じゃない!!何を考えているんだ、俺は!俺自身の考えが下品じゃないか!


「レ~イ君」

「ん、ん?どうかした?ミリア」

「せっかく二人っきりでお出かけするんだし~、手ぇ繋ご~」

「うん。いいよ」


 ミリアの手を握る。ティアの手より少し小さい手。温かい。


「そういえば、ミリアは天使のポケットがあるからリュックはいらないんじゃないの?」

「そうなんだけど、これはレイ君とお揃いがいいな~と思って」


 か、可愛い子だ。

 ミリアとおしゃべりしながら、しばらく歩くと前方に何か小屋のような建物が見えてきた。というかあれは日本の田舎とかで見る、屋根付きのバス停に似ている。


「レイ君、ウォーキングお疲れ様。ここからは乗り物に乗って行くよ~」

「へえ、この世界にも乗り物があるんだね」

「うん。天使は飛べるから、人間用にね。でも今日はレイ君と一緒だから、ミリアも一緒に乗るよ!」


 バス停のベンチに腰を下ろし、その乗り物とやらを待つ。

 少しの間、くつろいでいると何かの音が近づいてきた。お、来たのかな。ていうかこの音、もしかして。でも線路なんて・・・あった。凄く小さい線路が。じゃあやっぱりこの音は。


 しゅしゅしゅしゅぽっぽ~~~。


 俺とミリアの前に蒸気機関車が止まる。スモールサイズの。先頭の列車の上に乗っている恰幅のいいタンクトップを着たおじさんと目が合う。き、気まずい。これはあれだ、よく自然系の行楽地とかにあって、子供たちが乗っている。あの汽車だ。懐かしいな。俺もまだ小さかった頃に乗った記憶がある。でも、この年になってから乗るのは恥ずかしいぞ。


「あの、ミリア。乗り物ってやっぱり」

「これだよ!」

「・・・あはは、そうですか」


 タンクトップのおじさんは、自分が乗っていた先頭車を重そうに持ち上げるとそれを抱えて列車の最後尾へ行き、そこに先頭車を連結した。そして、振り返るとミリアに声を掛けた。


「おや、君は天使だね。珍しい。乗って行くのかい?」

「はい、おじさん。よろしくお願いします」

「ははは、お行儀の良い子だね。そっちの人間の兄ちゃんとデートかい?」

「えへへ~、そうなのです!今日は二人っきりでデートなんだよ!」

「ははは、いいねぇ~兄ちゃん。こんなかわいい天使とデートなんて、おじさんうらやましいよ」

「ど、どうも」

「さあ、乗った乗った。出発するぞ~」


 こうして俺とミリアはスモールサイズの汽車の上にまたがって乗る。汽車は「ぽっぽ~」と高らかに汽笛を鳴らすと、ゆっくりと動きやがて徐々にスピードを上げていった。

 心地よい風に流れていく景色。前の列車にまたがっているミリアの様子はどうかな。あれ?何かじりじりと後ろに下がって来てる?そしてミリアのお尻がふわっと浮く。うわっ、風でミリアのスカートが舞い上がってパンツ丸出し。水色の。ミリアはパンツ丸出しのまま俺のまたがっている車両に移ると、またじりじりとお尻を突き出しながら後ろに下がってくる。そして俺の側まで来ると、ぽんと俺に身体を預けてきた。


「えへへ~、レイく~ん」

「ど、どうしたのかな?ミリア」

「な~んかちょっと寂しくなっちゃったんだもん」

「そ、そっか~」

「それよりレイ君、ミリアのお尻のところに何か硬い物が当たってるんだけど、ポケットに何か入れてる~?」

「あ、ああ~ごめん!今取り出すから!」


 静まれ!俺の欲望よ!!


 汽車は居住地からどんどん離れ周りの景色は自然の濃さを増していく。それは現世の自然にも似ていたが、所々に見たことも無い奇抜な色や変な形の植物の姿もあった。あ、あれは鹿かな。野生の動物もいるのか。いい景色だな。タンクトップを除けば。

 やがて俺たちの前方に大きな湖が見えてきた。汽車は湖の端を沿うように走る。しばらくそうして走っていると、さっきの小屋と同じ建物が見えてきた。


「さて、到着だよ。レイ君」

「ここがミリアが来たかった場所?」

「ううん、ここからもうちょっと歩くよ。レイ君、大丈夫?疲れてない?」

「うん。まだ平気だよ」


 汽車が駅に到着し、ミリアが例のカードで運賃を支払う。何かいくら経費で落ちるからといっても、女の子にお金を支払ってもらうのはちょっと気が引けるなぁ。

 その駅から俺たちは湖の側にある小さな山を登る。山道の横を小さな川が流れていて、魚が気持ちよさそうに泳いでいた。その川に沿うように上流へ向かって進むと、道はぽかんと開いた大きな洞窟に辿り着いた。


「この中だよ、レイ君」

「この中に一体何があるの?」

「えへへ~、いいからついて来て!」


 洞窟の中は石がごろごろしていて歩きにくい。ミリアは飛べるからいいな。地表が近いのか所々壁の隙間から光が差し込んでいるので、視界は良好で助かる。奥に進むにつれて太陽の光ではない光も混じってきているようだ。これは、何かの鉱石かな。それが発光しているみたいだ。


「レイ君!着いたよ!」


 先行するミリアが早く早くと俺を手招きする。ミリアの横に辿り着くと俺は眼前の光景に圧倒された。それは光輝く沢山のクリスタル。さらに壁から漏れた太陽の光が乱反射して、この世のものとは思えないほどの美しさだった。いや、あの世なんだけどね。


「す、すごい綺麗だ」

「すごいね~。綺麗だね~」


 凄いという言葉しか出てこない程、凄い。綺麗という言葉しか出てこない程、綺麗だ。ミリアは俺の手をぎゅっと握ると身体をそっと俺の方へ傾けて寄り掛かってきた。ミリアのうっとりとした表情が色っぽい。俺たちはしばらくそうして目の前に広がる自然のイルミネーションに見とれていた。


「ミリア、こんな場所よく知ってたね」

「えへへ、実はこれに書いてあったんだよ!」

「それは?」


 ミリアがから取り出したのは一冊の本。タイトルは「天使探検隊監修 恋人と絶対に行きたい天界秘境デートスポット100選」。


「・・・秘境デートスポット?」

「ミリアね、監視隊も夢だけど探検隊もいいなって思ってて、こういう本を読んでたんだけど。それで、ミリアにも大切な人が出来たらこの本に書いてあるこういう場所に一緒に行きたいなって思ってたの」


 ミリアは俺を大切な人だと思ってくれているのか。う、嬉しい!泣けてくる。


「そうか。連れてきてくれてありがとうね、ミリア」

「えへへへへ~」

「その本、ちょっと見せてもらってもいいかな」

「もちろんっ。はいどうぞ!」


 本をぱらぱらとめくる。秘境というだけあってどのスポットも自然が豊かだ。というよりジャングルや切り立った断崖など、ハードなものが多いな・・・。ミリアのチョイスがこの場所で良かった。ははは・・・。お、この洞窟が載っている。なになに、「二人っきりでロマンチックな気分に浸るならこの場所!いいムードになること間違いなし!!」か。確かにそうだな。あ、まだ続きがある。「ただし、凶暴な野生のノゲイラには注意してね!」。・・・・・・ノゲイラ?格闘家か?

 その時、俺は背後に何者かの気配を感じた。う、後ろに何かがいる!!!


「この本に書いてある場所、これから沢山行こうね!」


 そう言って、ミリアはその本を大切そうにポケットにしまう。


「ミ・・・ミリア」

「なぁに~?レイ君」

「う、後ろ・・・俺の後ろに」

「ん~?あっ!・・・レ、レイ君、どうしよう。怖いよ~・・・」


 げっ、ミリアの頭上にメーターが!!後ろも怖いけど、こっちも怖い!でもこのままじゃ襲われるかもしれない!

 俺は意を決して後ろを振り返る。そこには草や蔦を幾重にも絡ませてつくったような人型の謎の大きな生物がいた。いや、生物というよりは怪物といった方が正しいだろう。顔の部分には大きな2つの複眼が付いていて、じろりとその沢山の眼で俺とミリアを睨んでいた。


「て、天界に何でこんなモンスターが!?」

「レイく~ん。怖いよ~、うぇ~ん!」


 ぴんぽ~~~ん


 あ、さらにまずい状況になってしまった。・・・これは終わったか?俺。


「よう、ってうわあっ!何だこの化け物は!!」


 化け物が化け物に驚いている。あ、青鬼が逃げた。

 ミリアはというと俺の胸にしがみつき、震えている。俺は何とか立ってはいるが、恐怖で足が動かせそうにない。


「どうも赤鬼さん。実はその、結構ピンチな状況でして。おしおきの前に助けていただけると嬉しいな~、なんて」

「何がどうしてこんなことになってるんだ、お前らは」

「いや~、ははは・・・」

「仕方ねえな。おい、化け物!地獄の力を思い知れぇ!!」


 ぶつかり合う巨体と巨体。激しい肉弾戦が始まった。今こそ勇気を振り絞れ、俺!


「ミリア!逃げるチャンスだ。行こう!」

「ぐすっ、でも出口は怪物の後ろだよ」

「なら先へ進もう。反対側にも出口があるかも」

「うん・・・分かった」


 震える足を必死で動かしながら、俺とミリアは洞窟の更に奥へと走り出した。よし、化け物たちは追ってこないみたいだ。でもこの洞窟、どんどん幅が狭くなっていってる。頼む、出口があってくれ!あっ!あった、出口だ、でもこれは・・・

 見つかった出口は人一人がやっと通れる程の大きさの横穴だった。


「レイ君、どうしよう」

「とにかく、この穴を使うしかない。リュックは置いて行こう。先に行ってくれ」

「う、うん」


 ミリアは恐る恐るしゃがんでその横穴に入ると、そのまま四つん這いで少しずつ進む。とその時、後ろから大きな奇声が聞こえてきた。見るとさっきのノゲイラがこちらへ向かって駆けてくる!どうやら勝負はノゲイラの勝ちだったみたいだ。俺は急いで横穴へと飛び込んだ。


「ミリア!もうちょっと急いでくれ!!」

「待って!この穴狭くて上手く進めないの!」


 ノゲイラは横穴まで辿り着くと、穴の中に触手のような腕を突っ込んできた。ここで捕まるのは嫌だ!必死で這って進むと、頭が柔らかいものにぶつかった。


「や、ちょっとレイ君!?ミリアのお尻触っちゃだめ」

「ご、ごめん。でも急がないと!」

「でも、あぁん!もぞもぞしないで。こういうことはもっと仲良くなってからじゃないと、まだ早いよ~」

「ミリア!?何を言って」

「それにこんなごつごつした所じゃなくて、あったかい布団の中とかがいいな」

「とにかく先に進んでくれぇ!ミリア!」

「あ、は、はい!!」


 ノゲイラは腕を伸ばし、俺を掴もうとする。その爪先に掠りながらも何とか捕まらずに脱出に成功した。た・・・助かったぁ。

 脱出した先はどうやら山の頂上付近のようだ。怪物が追ってくる気配はない。それにしてもこの場所からは湖が一望できる。絶景だなぁ。


「いい景色だね、ミリア。あれ、ミリア?」

「う、うわ~~~ん!!怖かったよ~!」


 ぴんぽ~~~ん


 ああ、またこのパターンかい。


「ミリア。あの怪物がいること知ってたんじゃなかったの?本に書いてあったけど」

「え?・・・よく読んでなかった」

「そ、そっか」


 とその時、茂みの中から赤鬼と青鬼が現れた。赤鬼にはあからさまに疲労の色がみえる。


「はあ、はあ、はあ。まったく手間掛けさせやがって」

「いや~、すみません。生きてらっしゃったんですね、赤鬼さん」

「鬼がそう簡単に死ぬわけないだろう。ところで今のとさっきの合わせて2回のおしおきだな。おい、青鬼。面倒だからいっぺんにやっちまおう」


 こくりと頷く青鬼。そして2人一緒に棍棒を振りかぶる。ああ、よく飛びそうだなぁ、俺が。


 ばしんっっっ。


 ああ、さっきよりもいい景色だ~、俺たちの家まで見えるぞ~。



 はっ。・・・ここは。俺の目の前に小さな赤い旗が立っていて、そこには金色の文字で「頂上ですよ」と書いてあった。そうか、ふっ飛ばされて落下したところがたまたま頂上だったようだ。ミリアは大丈夫かな。


「お~い!レイ君~!」

「あっ、ミリア~!ここだよ~!」

「レイ君、平気だった?」

「うん、全然大丈夫だよ」

「良かった~。ねぇレイ君、そろそろお昼の時間だしここでランチにしようよ」

「そうだね。そういえばお腹が減ったよ」

「えへへ、今日はね、ミリア特製のサンドイッチだよ!リュックの中身の答えはサンドイッチでしたー・・・あっ!!」

「あ、リュック。置いてきちゃったね・・・洞窟の中に」

「ど、どうしよう~・・・」


 涙目になるミリア。そして出現するメーター。やばいっ!何とかフォローしないと。


「ご、ごめんね、ミリア。俺が洞窟の中に置いて行こうって言ったから。ポケットにしまっておけばよかったんだよね、そういえば」

「レイ君は悪くないよ・・・」

「お、俺はその辺の木になっている木の実とかでもいいよ。これぞアウトドア~って感じでさ」


 フォローになっていないな・・・アウトドアっていうよりサバイバルだし。


「おい、この荷物はそなたたちの物か?」


 いつの間にか一人の少女が俺たちのリュックを持って、俺の側に立っていた。


「うわっ、びっくりした。あの、君は?」


その少女は薄い紫色のゆるふわパーマの髪を肩まで伸ばして、草でできた冠を頭にかぶっていた。服装は白いローブのようなものを着ている。人間ぽくは見えないな。この子も天使かな。それにしても天使はみんな美少女なのか?この子もうちの天使に負けず劣らず可愛いな。


「私は」

「か、か、か、神様!!お手間を取らせてしまってごめんなさい!!」


 ミリアはそう言うと、膝をついて美少女の前にひれ伏した。


「え?神様?」

「レイ君も早く!」

「よいよい。天使よ、顔を上げてくれ」

「は、はい!ありがとうございます!」


 ミリアは凄く緊張した面持ちでその美少女からリュックを受け取る。


「ミリア、神様って?」

「こちらのお方はカヤノヒメ様といって草の神様なんだよ!」

「初めましてだな、人間」

「か、神様!?本物の!?は、初めまして、レイと申します!」

「うむ。ところで天使と人間がここで何をしておる?ひょっとして、逢引かの?」

「はい!そうなんです!」

「い、いや!別にそういうわけでは」

「まあ何でもよいが、ここは神の管轄域なのだからあまり騒がしくするでないぞ」

「え、そうなんですか?・・・ミリア、ちょっとさっきの本貸して」

「ん?はい、どうぞ」


 ミリアはポケットから本を取り出す。さっきの洞窟のページから数ページ前をぱらぱらとめくるとそこには「ここからは神様の領域の秘境特集!なるべく事前に神様に連絡を取ってから、出発してね!」と書いてあった。


「・・・ミリア、今度からちゃんと本に書いてあることを読もうね」

「ん?はーい」

「ところでカヤノヒメ様は草の神様、なんですか?」

「そうじゃ。日々植物たちの面倒を見たり、新しい植物を生み出したりしておる」

「じゃあ、まさかノゲイラって」

「おお、まさにそのノゲイラがさっきその荷物を私に届けてくれたのだ」

「そ、そうなんですか。あの怪物が」

「怪物?まあ確かに見た目は多少恐ろしいかもしれぬが、よく懐く良い子であるぞ。私のペットみたいなものだ、ははは」


 ペット・・・あれが。


「ところで人間よ。そなたはまだこの世界に来てまだ日が浅いようだの。いかにも新参者といった顔をしておる」

「はい。数日前にここに来たばかりです」

「ではこの世界で何かやることは見つけたのか?現世とは違い勉強や労働をしなくても生きていけるとはいえ、毎日家でごろごろしているだけというのも退屈であろう」

「まあ、確かに(現世で勉強や労働をしていなくてすみません・・・)」

「良ければ私の手伝いをせんか?ちょうど人手を増やしたいと思っていたところでな。報酬も出すぞ」

「ええと・・・」

「まあ頭の隅ででも考えといてくれ。もし気が向いたらこの山のふもとを湖側に辿った先にある私の家へ来てくれ。いつでも待っておるぞ。それではな」

「あ、はい。さようなら」

「神様!さようならでございます!!」


 ミリアが勢いよくお辞儀をする。神様はそれに手を振って答え山を下りていった。それにしても俺が神様の手伝いを?そんなこと俺に務まるのだろうか。でも確かに普段みんなが学校に行っている間、家には俺一人になるわけだし、それは退屈だよな。この世界には暇つぶしのためのゲームもインターネットも無いしな。

 そうしてごちゃごちゃと考えていると、ミリアが俺のセーターの袖をちょんちょんと引っ張った。


「ん?ミリアどうかした?」

「レイ君、早くランチ食べようよ~」

「ああ、そうだったね。ごめんごめん」


 無事に戻ってきたリュックの中からレジャーシートとそれぞれのランチボックスを取り出す。レジャーシートの上に座ると俺は安堵感に包まれた。ああ~、やっと落ち着いた。


「レイ君、お弁当のふた開けてみて!」

「うん。うわぁっ、美味しそうだなぁ!」

「でしょでしょ!ミリア頑張ったからね!」


 あれだけ家でドタバタしてつくっていた割には、悪くない見た目だった。片方のランチボックスには野菜(天使産のようだ)が沢山入ったサンドイッチがいっぱいに入っていた。もう一つのランチボックスにはおかずが沢山。スクランブルエッグにミートボールにフライドポテトなど、何だかミリアらしいちょっと子供っぽいけど可愛らしいおかずだなぁ。ふふ。


「じゃあ、いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


 俺はフォークでスクランブルエッグを取り、口に入れた。もぐもぐ・・・うん、卵がふんわりとしていて美味しい、そしてぱりぱりとした食感も・・・え?ぱりぱり?それからほろ苦い後味、これは・・・。ランチボックスの中のスクランブルエッグをひっくり返してみると、案の定その裏側は真っ黒に焦げていた。もしかして・・・やっぱり、他のおかずも見えている面は問題ないが、裏側はみんな焦げている。


「ミリアさん・・・これは一体」

「え、えへへ・・・やっぱり分かっちゃう・・・よね。ごめんね!ミリア一人でお料理するの初めてだったから。色々てんぱっちゃって」

「い、いいよ。大丈夫。焦げている部分だけ取れば、ちゃんと食べられるよ。それに俺に料理をつくってくれようとした、ミリアのその気持ちが嬉しいからさ」

「ほんとに?」

「うん」

「そっか。えへへ、レイ君が嬉しくなってくれたのなら、それでいっかな。じゃあ、ミリアもいただきま~す!」


 ミリアと山の頂上でいい景色を見ながらの昼食。うん、とっても良い。穏やかに流れる時間。隣を見れば美少女の笑顔。こんなに幸せでいいのかな、俺。誰に対してでも無いけど、何だか申し訳ない気持ちになってくる。きっと、こういう幸せに対してずっと孤独だった俺の心はまだ慣れてないんだな。この幸せが永遠に続けばいいのに。



 夕方。俺とミリアは無事に家へと帰ってきた。


「ミリア。今日は本当に楽しかったよ。ありがとう」

「うん!ミリアも楽しかった。ちょっとスリリングだったけどね。えへへ」

「あはは、そうだね」

「ところでレイ君。神様が言ってたこと、どうするの?」

「う~ん、もうちょっと考えてみるよ。使命とは関係ないことだしね」

「そっか。もしあの山に通うことになっても、神様よりミリアたちのこと大切にしてよね」

「あれ、ひょっとして、心配してるの?俺がミリアたちより神様に夢中になっちゃうんじゃないかって」

「う、うん。そうだよ」

「あはは、大丈夫だよ。ミリアたちより大切な存在なんていないよ。これから先もずっとね」

「ほんとに?」

「うん、ほんとに」

「えへへ~、なら良いよ!」

「ははは。じゃあ俺はちょっと汚れちゃったし、ひとっ風呂浴びてこようかな」

「あ!じゃあミリアも一緒に」

「それはまだ早いです」

「ええ~、ぶ~」

「でも約束だから。またいつかね」

「いつかっていつ?」

「おお、今日は食い下がるな。そうだな~、3ヶ月後とかかな」

「え~、遠すぎるよ~。一週間後!」

「早いよ!じゃあ2ヶ月後」

「う~ん、3週間後でどう?」

「そんな値切り交渉じゃないんだから。なら1ヶ月後でどう?」

「うん!じゃあそれで決まり!約束だよ!」

「はい、約束です」


 ミリアから解放され俺は風呂場へと向かう。ああ、1ヶ月後に俺はミリアと一緒に風呂に入るのか。お互いの身体を洗いっこしちゃったり、一緒に湯船に浸かっちゃったり?ど、どうしよう、今からどきどきしてきた。


「ただいま帰りました~」

「あ、ティアお帰り」

「レイさんもお帰りなさい。ミリアさんとのデートいかがでしたか?」

「うん。とっても楽しかったよ」

「それは良かったです。あら、そのセーター。ちょっと汚れちゃってますね」

「ああ、色々あってさ。ごめんね、せっかくティアが編んだものなのに」

「いいえ。服は汚れるものですから。後で手洗いしておきますので、お風呂場に置いておいてください」

「ありがとう、ティア」



 シャワーを浴びながら今日の出来事を思い返す。ミリアとのデート楽しかったな。いい景色を見れたのもそうだけど。ミリアの可愛い笑顔が沢山見れたことが一番良かったよ。本当にありがとう、ミリア。それから神様のこと、どうしようかな。せっかくこの世界に来たんだし、何か新しいことにチャレンジしてみるのも悪くないかな。・・・あはは。俺がこんな前向きなことを思うなんてね。これもみんなのおかげ、かな。ありがとう、みんな。俺の側にいてくれて。

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