第7話 クロエとおやすみ
家に帰ってきた頃にはユキはすっかり眠っていた。二階にあるユキの部屋に布団を敷いて寝かせる。夕飯の準備が整うまで寝かせておこう。一階に下りてくるとキッチンでエリーゼとティアが夕飯の準備をしていた。ちなみにこのキッチンはシステムキッチンででかいオーブンが付いていてさらにIHだった。この一角だけ別の空間のようでこの家には似つかわしくなかったが、そのおかげで天使がつくる美味しい料理を味わえるのだから嬉しいことだ。
エ「あ、レイさん。お帰りなさい」
レ「ただいま、エリーゼもお帰り」
テ「あら?ユキさんは?」
レ「寝ちゃったよ。後で起こしに行くよ」
テ「そうですか。レイさんに沢山遊んでもらって疲れてしまったのでしょうか」
エ「いいな~。今度は私とも遊んでくださいね」
レ「うん、約束するよ。ところで夕食はどんなメニューなのかな」
エ「今朝は日本食だったので、夜は私たち天使が普段食べている料理をレイさんに食べてもらおうかな~と思っています」
レ「それは楽しみだな。今日買ってきた野菜も使うのかな」
テ「はい。今日は鋼鉄ジャガイモを使った一品をお出ししますね」
レ「ああ・・・あれか」
エ「出来上がるまでもう少し時間がかかるので、それまで待っていてください」
レ「何か手伝おうか?」
テ「いえ、レイさんもお疲れでしょう?ゆっくり休まれていてください」
レ「ありがとう。じゃあ、そうするよ」
そういえば一日でこんなに動いたのは久しぶりだな。でも思ったより疲れた~という感じはない。死んでるからかな。あ、そうだ。クロエに謝りに行かなくちゃ。
クロエの部屋の襖をノックする。とんとん。
「クロエ。ちょっといいかな」
「どうぞ~」
クロエの声のトーンはいつもの調子に戻っていた。もう怒ってないかな。襖を開けるとクロエはお勉強中。ティアといい高学年組は勉強熱心だ。視線は教科書に落としたままでクロエが俺に聞く。
「何か用?」
「あの、さっきのことちゃんと謝ろうと思ってさ」
俺はクロエの前に正座して頭を下げた。
「ごめん。クロエ」
「そ、そんなに改まって謝らなくてもいいよ。あたしもあの時はつい蹴っちゃってごめん。ああもう頭上げてよ、あたしこういう空気苦手なんだ」
「うん、じゃあもう仲直りでいいかな」
「うん、いいよ」
「よかった。じゃあ夕飯が出来たら呼びに来るね」
俺はクロエの部屋から出ようとする。
「あ、あのさ!」
「ん?何、クロエ」
「あたし、別にレイのこと、嫌ってる訳じゃないから。だからレイもあたしのこと嫌わないでほしいなって」
「うん、大丈夫。分かってるよ」
「そっか、ならいいや。あはは、また後で」
クロエの安心したような顔を見て、俺はクロエの部屋を後にした。さて、夕飯まで何をしていようかな。
「レ~イ君ッ!」
「うわっ!びっくりした。ミリアか」
いつの間にかミリアが俺の後ろに立っていた。いや、浮かんでいた。
「えへへ~、足音聞こえなかったでしょ。なんせ浮いてたからね~」
「びっくりさせないでくれよ」
「それより!ユキちゃんとだけ遊んでずるい~!ミリアとも遊んでよ~!」
「ぷ。あははは」
「?何で笑うの~」
「いやだってさ。ミリアは正直で素直だな~と思って」
「それは、ミリアのこと褒めてるの?」
「もちろんそうだよ」
「えへへ、嬉しいな。じゃあ何して遊ぶ?」
「う~ん。今日はもう夜だしさ、遊ぶのはまた明日にしようよ」
「え~っ!ぶーぶー!」
ミリアがブーイングする。げっ!メーター出現!
「約束するからさ!ねっ?ミリア」
「本当に~?」
「本当だよ、本当」
「分かった!約束ね!はい、指切り!」
笑顔で元気に俺と指切りをするミリア。この子はどんな感情にも全力で素直なんだな。ちょっと子供っぽいけど、ちょっとうらやましい。
「では、ミリアはお夕飯の支度をお手伝いに行ってきます!ばびゅ~ん!」
ミリアは敬礼のポーズをすると、両手を広げてキッチンへと飛んで行った。
「「いただきま~す」」
みんなとの2回目の食事。食卓には今朝とはうって変わって奇抜な色の料理が並んでいる。見慣れない俺にとっては、あまり食欲が出るような色ではなかった。
「エリーゼ。こ、これは何かな?」
「はい、ご説明します!まずこちらは
「レト?何それは」
「ええと、現世の料理で言うとマリネです」
パステルカラーの青色のような色の魚の身・・・。
「こちらがゲチャムチャのフラワーコロッケ」
ピンク色の衣で揚げたコロッケ・・・ていうかゲチャムチャって何だ。
「そしてこちらが鋼鉄ジャガイモの・・・日本料理風に言うとおひたしです」
ジャガイモのおひたし・・・初めて聞いたぞ。鋼鉄ジャガイモは火を通したからか色が抜け灰色になっていた。本当にこれらは食べられるのだろうか。
レ「いつもみんなこういうのを食べてるんだ・・・」
ミ「そうだよ!特にこのコロッケはミリアの地元料理なんだ~!」
嬉しそうにピンクのコロッケを頬張るミリア。ミリアの顔がとろける。本当に美味しそうだ。色はあれだけど味は良いのか?恐る恐るおひたしに箸を伸ばし口に運ぶ。・・・・・・うんっ、悪くない。というか美味しい。あんなに硬かったジャガイモが舌の上ですっととろけて消えた。ほどよい塩味で俺の好きな味だ。
テ「いかがですか?レイさん」
レ「うん!凄く美味しいよ!」
エ「それは良かったです!」
他の2つの料理も味は絶品だった。
レ「そういえばさっき地元料理って言っていたけど、みんな出身はバラバラなの?」
テ「はい。天界にも色々な地域がありまして、それらは区画で分けられ天使の階級ごとに居住できる場所が決まっているんです。わたくしたちの親はみんな同じ階級ですが、一つの区画の中も広大なので料理などでも地域性があるんですよ」
ク「でも、あたしたちみたいな子供は生まれてからすぐに学校での寮生活が始まるから、地元っていってもあんまり覚えてないんだけどな」
レ「そうなんだ。親と暮らせなくて寂しかったりしないの?」
エ「天使はみんなそうですから。お父さんやお母さんに会えなくて寂しいとは思いませんね」
ユ「私も平気」
テ「現世の世界でいう電話のようなものもあるので、連絡はいつでも取れますしね」
ミ「はいは~い。ミリアは結構頻繁に連絡してるよ」
レ「そっか。みんなの地元にも行ってみたいな」
ク「それには使命をクリアして天国に行かないとな」
レ「あっ、そうか。ところでその使命って何か期限みたいなものはないのかな。みんなを幸せにするっていっても漠然としすぎているっていうか」
テ「あら?エリーゼさん、使命通達書、まだお見せしていないんですか?」
エ「ああ~~~!!忘れていました!ちょっと待ってください!」
そう言うとエリーゼは指を鳴らして例のポケットを出すとそこに頭を突っ込んで何やらがさごそと探し始めた。エリーゼ、白いパンツが丸見えだよ。
エ「あ!ありました!レイさん、こちらをどうぞ」
受け取った紙にはこう書いてあった。
使命通達書
貴殿は現世で地獄に送る程の過ちや大罪を犯してもいないが、天国へ送る程の善い行いをしたわけでもない。したがって貴殿の魂は中間に送られ以下の使命を与え、その結果次第で天国と地獄のどちらへ送るかを決めることとする。向こう1年の間、未成熟な天使5人と共に生活をしその者らに幸福を与えること。天使たちがマイナスの感情を感じれば、罰としてその都度地獄の制裁が貴殿に下されるであろう。 大天使
う~ん。幸せについて具体的な内容は書いてないな。やはり漠然としたままだ。でも期限は1年間か。長いようで短いな。まあ、探り探りいくしかないか。よし、
「みんな、ちょっといいかな」
みんなが俺に注目する。俺は一人一人の顔を見つめてから話を切り出した。
レ「あのさ、俺は現世では何もできないただの引きこもりだったけど。みんなのこと幸せにできるように頑張るから。だから、改めてよろしくお願いします!」
テ「レイさん。こちらこそよろしくお願いします」
ク「おう、期待してるよ」
エ「レイさん、やっぱり優しい人ですね。この世界について分からないことがあれば、これからも何でも私に聞いてくださいね。私はレイさんのサポート役ですから」
ミ「はいは~い!ミリアも幸せにされちゃいたいで~す!」
ユ「これからもいっぱい遊ぼうね、レイ」
良かった。みんなが俺を受け入れてくれて。
エ「さあ、レイさん。早く食べないとお料理が冷めちゃいますよ」
レ「ああ、うん。そうだね」
みんなと共にわいわいと食べる食事。何かいいなぁ。ミリアがやっぱり一番のおしゃべりで今日学校であった出来事を一つ一つみんなに話してくれる。クロエは聞き役でミリアの話を適当に聞き流しながらも、的確な返しや相槌をうつ。エリーゼは俺を常に気遣ってくれてこの世界のことや天使たちの一般常識について話してくれる。ティアはみんなを一歩引いたところから見守っている感じで、ユキはおしゃべりより食べるのに夢中のようだ。ホタテを抱えながら黙々と食べている。意外と食いしん坊なのかも。これがこれから俺が送ることになる日常、なのかな。
ク「レイ~。これ飲んでみるか?」
クロエが何やらポケットから一升瓶ぐらいの大きさの瓶を取り出した。中には発光する黄色の液体が入っている。
レ「クロエ、何?それ」
ク「ヒテヒテっていう飲むといい気持ちになれるものだ」
レ「現世の酒、みたいなものってことかな」
エ「いえ、お酒とはまたちょっと違うものですよ。でもまだ未熟な天使は飲むのを禁じられているもので、クロエさんたちの学年から飲むことが許される飲み物です」
レ「へえ、人間が飲んでも大丈夫なの?」
エ「たぶん。大丈夫だと思います」
レ「たぶん?」
エ「人間が飲んでいるのを私は見たことが無いので。ティアさんはありますか?」
テ「いいえ、わたくしもありません」
レ「じゃあ、やめとくよ。何か嫌な予感がするし、こういうパターンは」
ク「そっか。じゃああたしだけ、いただきま~す」
そうしてクロエはグラスに液体を注ぐとそれを飲んだ。
ク「ん~っ、うまいっ!」
テ「クロエさん、あまり多くの量を飲んではいけませんよ」
ク「分かってるよ。大丈夫、大丈夫」
ユ「ごちそうさまでした。お腹いっぱい」
エ「あ、デザートがありますけど、どうしますか?」
ユ「いただきます」
レ「お腹いっぱいじゃなかったの?」
ユ「別腹」
レ「天使にもあるんだ、別腹」
こうして俺たちはデザートを食べ(デザートは透明なゼリーみたいなものだった。すっきりとした甘さで美味しかった)夕食タイムは終わった。
「「ごちそうさまでした~」」
レ「ああ、皿洗いは俺に任せて」
テ「よろしいんですか?」
レ「うん。美味しい料理を食べさせてもらったから、これぐらいさせてよ」
エ「では、よろしくお願いします」
ユ「レイ。私も手伝う」
レ「ありがとう、ユキ。二人で頑張ろうね」
ユ「うん」
皿洗いはこれから俺の担当になりそうだ。みんなと共同生活していくのなら家事の分担も大事だよな。現世での俺なら、毎日の家事なんてやりたがらなかっただろうけど、美少女たちとの共同生活ならやる気も出るってもんだ。
「レイ、何か楽しそう。お皿洗うの好きなの?」
「いや、そういう訳じゃないよ。ユキやみんなとこうしてこれから生活していくんだなって思ったら、何か嬉しくてさ」
「レイ。現世ではずっと一人ぼっちだったもんね。寂しそうでかわいそうだった」
「うん・・・えっ?知ってるの?」
「うん。見てたから」
「ど、どうやって?」
「人間観察キットで」
「何その昆虫観察キット的なツールは」
「天界から現世の人間を観察できる道具なの。それでレイのこと見てた」
「何で俺を?」
「学校の授業で先生が、この人もう死ぬ運命だから見てみなさいって。人間観察の授業」
「あはは・・・じゃあ俺の引きこもり生活を全部知っているんだね・・・はぁ」
「でももうみんなと一緒だから、寂しくないでしょ?」
「そうだね。うん、寂しくないよ」
「もしまた寂しくなったら、私がいつでも側にいてあげるからね」
「ありがとう。でもこれじゃどっちが大人か分からないね・・・はは」
「レイと私はマブダチだからね」
ユキが親指をぐっと立てる。・・・どこで覚えたんだそんな言葉。
レ「よし、皿洗い終了!お疲れ様、ユキ」
ユ「うん、レイもお疲れ様」
エ「レイさん、お風呂が沸きましたよ。お先にどうぞ!」
レ「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」
バスルームはキッチンと同様に現代的だった。五右衛門風呂とかだったらどうしようと思ったが良かった。服を脱ぐ前にバスルームの入り口のドアのカギをしっかりと閉める。ミリアがまた「仲良くなるために一緒にお風呂はいろ~!」とか言って飛び込んで来ないように一応の用心だ。こちらに来てから様々なお色気ハプニングに見舞われたが、何も好き好んで見舞われているわけではない。みんなとは健全な関係で付き合っていきたいと思っている・・・今はまだ。
身体を洗い、シャワーを浴びて、湯船に浸かる。改めて自分の身体をチェックしてみたが、鬼に暴行された傷跡などは一つも無かった。痛みも全く無いし、不思議なものだ。この世界にあるのは俺の魂だけで実体は無いからなのかな。
「あれっ?レイ君~?もう、何でカギ閉めるの~?一緒に入ろうよ~!」
あはは、やっぱり来た。ミリアの行動はお見通しだよ~。
「またいつかね~!」
「ぶー!それも約束だよ~!」
そうしてミリアの気配は風呂場の前から消えた。おとなしく素直に諦めてくれたようだ。でもさっきメーターは出てただろうな。ははは、ちょっと危なかったかも。
風呂を出て縁側でくつろぐ。空には星が満天に輝き、時折心地よい風が俺に当たる。本当にいいところだな、ここは。
「レ~イ~」
「ん?うわっ!クロエ!?」
クロエが裸で四つん這いになりながら、俺の方へ来る。クロエの身体からは白い湯気がほかほかと出ていた。風呂から出たばかりのようだ。しかし本当にこの子はいい身体をしているな。い、いかん!健全な関係、健全な関係。
「クロエ、それじゃ湯冷めしちゃうよ。ちゃんと服を着なきゃ」
「は~い。クロエお利口さんだから、ちゃんとお洋服着ま~す」
「え?」
クロエの様子がおかしい。そういえば顔が赤くなっている。あっ、さっき飲んでたあの飲み物。やっぱり酒みたいに酔っぱらうものだったのか。そしてクロエは酔うとこうなるタイプなのか・・・。クロエはいつの間にか子供が着るような、それはそれは可愛いネグリジェを着ていた。
「はい!ちゃんと着れたよ~。レイ~、褒めて~」
「あ、うん。偉いね、クロエ」
「ふふふ!あのね~、クロエ、一人じゃ怖いからレイと一緒にお寝んねしたいの~」
「え、いや~それはどうかな」
「おねが~い!」
「いや、でも~」
「ぐすっ、いっちょに、おねん、ね。ちてくれないの~?ふえぇ~ん」
げっ!泣き出してしまった!そしてメーター出現、既に悲しみが90パーセントまで溜まっている!
「分かった!!クロエ、分かったから。い、一緒にお寝んねしようね~」
「うんっ。えへ~」
途端ににっこりと笑顔になるクロエ。ははは・・・こりゃ大変だ。
「じゃあ、俺の部屋へ行こうか」
「お手て繋いでー」
「・・・はいはい」
俺の部屋へ入り布団を敷いて寝る準備を整える。あ、そうだ。クロエの枕が無い。
「クロエ。自分の部屋から枕を取って来なよ」
「クロエね~、レイの腕枕がいいな~っ、えへ~」
クロエは自分の頬に手を当てて、思い切り恥ずかしそうにする。う~ん、可愛いんだけど困るなぁ。でもまたぐずられても嫌なので仕方がない。俺は先に布団に入りスペースを開けてクロエを招く。
「さ、さあおいで。クロエ」
「うんっ!」
クロエは満面の笑みで答える。俺は自分で言ったセリフに自分で照れる。こんなシチュエーション確かに夢だったけれど、これはこれで何かこんなに簡単でいいのか?という気になる。まあ、これ以上のことはおこらないんだけど。
クロエが布団に潜り込んで来た。ぽんと俺の腕に頭を乗せて身体をくっつけてくる。ああ、人肌の温もりを感じる。それにいい匂いだ。シャンプーの香かな。それともボディーソープかな。やばい、理性が飛びそうだ。耐えるんだ、俺!
「レイ~、何かお話しして~」
「え、お話し?」
「うん。そうじゃないとクロエ、眠れないよ~」
「分かったよ。それなら現世の昔話をしてあげるね」
「わ~い!」
俺はクロエに桃太郎の話を語った。クロエは初めは目をきらきらさせて俺の話を聞いていたが、桃太郎が鬼ヶ島に到着しようというところですやすやと眠ってしまった。俺はクロエのほっぺたに軽くキスをする。これぐらいならいいよね。おやすみ、クロエ。また明日。
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