第10話 神様と人間
学校へと飛び立ったみんなを見送った後の家の中はとても静かで、寂しい気持ちになった。ああ、そういえば一人きりになるのは久しぶりだな。死んでこの世界に来てからはずっとみんなが側にいたし。・・・孤独ってこんなに辛かったっけ。それに暇つぶしになるものが無い。よし、やっぱり神様のところへ行ってみよう。
家を出て昨日と同じ道を歩く。魂だけになって疲れにくくなったのはいいけど、俺も天使のように空を飛べたらなぁ。お、駅が見えてきた。
駅のベンチに座りあのおじさんを待つ。確か大五郎さん、だっけ。しばらくすると蒸気機関のしゅしゅしゅという音が聞こえてきて、汽車とおじさんが現れた。やはり今日もタンクトップだ。今日は迷彩柄だな。おじさんは昨日と同じように強引に汽車の方向転換をすると俺に話しかけてくる。
「おう、兄ちゃん今日も乗って行くのかい?」
「はい。これからしばらくそうなるかもしれません」
「おお、そうかい。それはいいけど兄ちゃん金持ってるのかい?」
「あっ、そうだった。後払い、じゃだめですかね」
「う~ん。まあ兄ちゃんは乗り逃げするような悪い奴には見えないし、今回だけの特別な」
「ありがとうございます!」
俺はおじさんのすぐ後ろの列車にまたがる。汽車はすぐに汽笛をひとつ鳴らして出発した。今日も他の乗客はいないみたいだ。俺と汽車と大五郎、だけだな。
「あの、おじさん」
「何だい?兄ちゃん」
「この汽車に乗る人ってあまりいないんですか?」
「ああ、ほとんどいないよ。天使は自分で飛べるから乗り物は必要ないし、使命を背負った人間はそれを果たすのに夢中で基本的に自分の家からあまり遠出はしないし、使命を果たした人間は天国に行っちまう。残ったのも特区から出て生活している人間はほとんどいない。だから必然的に需要はあまり無いのさ。兄ちゃんみたいな変わり者ぐらいだな。これに乗るのは」
「あはは・・・変わり者、ですか」
「これを動かしているのは俺の趣味みたいなもんさ」
「趣味ですか」
「おう。兄ちゃん日本人だろ?」
「あ、はい。おじさんもそうですよね」
「ああ、そうさ。日本では俺が死ぬちょっと前に鉄道が開通してな。俺は初めて見た蒸気機関車に惚れちまったのさ。でも貧乏だった俺はそれに乗ることなくおだぶつしちまってよ。そしてこの死後の世界に来てみたら俺の使命は何と、自分の夢を叶えることだったのよ。それでこれを作り上げたわけだ。さすがに本物は一人じゃ作れなかったからな。そして夢を叶えて使命を果たした後も、天国に行かずにこれに乗ることに決めたのさ」
「へえ、何かかっこいいですね」
「がははは。そうだろ」
「ちなみに昨日もタンクトップを着てましたけど、好きなんですか?」
「ああ、この服かい。これは生前の時の名残りさ。貧乏だったから袖無しの薄いシャツばっかり着てたんでね。それにすっかり慣れちまってさ」
「なるほど、それで」
こうしておじさんの身の上話を聞きながら汽車は湖の駅へと辿り着いた。
「おじさん、ありがとうございました。帰りの時には必ずお金を払います」
「おう、それじゃあまた後でな」
俺は昨日来た登山道の入り口まで進み、そこから脇にそれて細い獣道を辿る。湖岸まで出ると湖のほとりに一軒の小さな家があった。あの家かな。植物の蔦に覆われた木造のコテージみたいな家だ。隣に建っているのは小さな温室、かな。そして家の前には家庭菜園みたいな場所があって、色々な植物が生えている。小さな水田まであるぞ。湖から水を引いているみたいだ。
俺は細い蔦がびっしりと絡まった家のドアをノックした。しかしドアノブまで蔦が絡まってるぞこれ。ちゃんと開くのかな。その時、家の中から声がした。
「うん?客か?」
「あ、はい。昨日お会いした人間ですが」
「昨日の。・・・ああ!あの人間の男か」
ステンドグラスの丸窓ががたがたと開き、そこからひょっこりとカヤノヒメ様が顔を出した。
「おお!まさか昨日の今日で来るとは。よくぞ来た。さあ、中に入れ。あ、そのドアは今開かないのでな。すまんがその梯子を上ってこの窓から入ってくれ」
「はい」
俺は言われた通りに梯子を上って窓から中に入る。窓から家の中に入るのは何か変な感じだ。入った先はロフトのような場所で小さなタンスとシングルベッドが置かれていた。ベッドの上には沢山の人形が置かれている。神様の、なのかな。
「おい、こっちじゃ。下に降りてこい」
「あ、今行きます」
俺は下の階へと降りる。そこはさながら研究ラボのようになっていて、色んな色の薬品が入った試験管やビーカー、謎の生物(?)の死骸が入ったビンなどが所々にある。神様は部屋の一番奥、沢山の平積みされた本にうずもれた机の前の椅子に座っていた。今日は白衣を着ていた。神様は首からぶら下げたひも付きの丸メガネを掛けながら話し始める。
「おぬし、名前は何て言ったかの」
「あ、レイです」
「おお、そうだったな。ではレイ。ここで私の手伝いをしてくれるということでいいんだな」
「はい。報酬は出るんですよね」
「うむ。それは心配いらんぞ。一日50ペタリンでどうじゃ」
「ペタリン、とは?」
「何だ、知らんのか。ペタリンとは天界の通貨じゃ。ちなみに50ペタリンは結構高給だぞ」
「そうなんですか。じゃあそれで。これからよろしくお願いします」
「おお、よろしくな。では、早速仕事にかかってくれ。そろそろイグサが帰ってくると思うのでな。外に出て待っておれ。説明はイグサがしてくれるであろう」
「イグサ、さん?」
「おぬしと同じ人間じゃ。使命で私を手伝っておる。生前のイグサは生まれつき声が出ない障害を患っていての。今も無口じゃがいい奴だから安心せい。では、頼んだぞ」
窓から出て梯子を降りる。とその時、湖の中からざぶんと何かが現れた。
あれは、人魚!?美しい・・・
水の中から現れた人物の姿は昔、絵本や童話物のアニメで見た人魚のように美しかった。金髪の長い髪、きめ細やかな白い肌、人形のような端正な可愛い顔、宝石のような青い瞳。そして紺色の鱗・・・いや、あれは鱗じゃなくてスクール水着?まさかあの子がイグサちゃん、なのか?手に持っている物は何だろう。何か緑色の物体がうごめいているけど・・・。それに乳首のポッチが気になるんですけど・・・あまり見ないようにしよう。
俺はその子に近寄って声を掛けた。
「あの、もしかしてイグサさん、ですか?」
その子はこくりと頷いた。
「あ、俺。今日からここで神様の手伝いをすることになった。レイです。よろしくね」
その子はまたこくりと頷いた。
「それで、仕事の説明を君から受けるように言われたんだけど」
その子は菜園の方へ小走りに駆けていくと、そこにあった大き目のビンに謎のうごめく物体を突っ込んで、ビンのふたを閉めた。閉じ込めた物体は助けを求めているのか、みーみーと子猫のような声を上げている。イグサちゃんはそれに構うことなく俺へこっちに来るように手招きをした。そして、温室の方へと歩き出す。俺はその後をついていった。
しかし、この子。まだ中学生くらいかな。白人、だよな。ロシア辺りの人間かな。神様が付けたんだろうけど、イグサって名前、全然あってない気が・・・。それよりどうやってコミュニケーションを取れば良いのかな。俺は手話も出来ないし、日本語以外は話せないんだけどな。あれ?でもさっき俺の言っていたことを分かってたみたいだったよな。日本語話せるのかな。
温室の中は湿度が高くじめじめとしていた。テレビで見た南米のジャングルに生えていそうな植物たちが沢山生えている。熱帯雨林的な環境にしてあるのかな。この温室。
イグサちゃんは温室の隅にある資材や道具が置かれている場所に行くとそこに置いてある大きな土袋を重そうに担いだ。ああ、重くて足取りがふらふらになっちゃってる。俺は急いでイグサちゃんの側に駆けつけた。
「俺が持つよ。任せて」
イグサちゃんは俺に土袋を預けると、少し離れたところにあるプランターや植木鉢が置かれた長机を指差した。あそこに持って行けってことか。
俺は土袋を担いで歩き出す。う、結構重い。身体を鍛えたことなんてない俺にとってその重さは結構堪えた。
長机の脇にどさっと土袋を置く。
「ありがと」
「えっ!?今の声、イグサちゃん!?しゃべれるの?それにやっぱり日本語分かるんだね!」
「・・・何言ってるの?この世界の人間は魂だけの身体なんだから、死ぬ前の障害は残らないし、魂の会話に言語は関係ない」
「あ、そうなんだ」
「これ。プランターの植物を鉢に植え替えて」
「うん。分かった」
「まずは私が見本みせるから」
イグサちゃんは慣れた手つきで次々と植物を植え替えていく。俺も見よう見まねで作業を始める。プランターに群生している植物を一株ずつに分けて植木鉢に移す。そしてさっきの土袋から土を取り出して、植木鉢に入れて馴染ませる。これの繰り返しのようだ。
「じゃあ、私。着替えてくるから。続きやってて」
「うん」
イグサちゃんは温室を出ていった。しかし地味な作業だなぁ。まあ、美少女と一緒だから我慢できるけどさ。
しばらくするとイグサちゃんが戻ってきた。スクール水着からTシャツにサロペットという格好に着替えていた。う~ん。似合っていて可愛いけど、露出度が減って少し残念。そして2人で作業を再開する。
「あのさ、イグサちゃん」
「私、話すのあまり好きじゃない」
「あ、ああ。ごめん・・・」
き、嫌われたかな、俺。何もしてないと思うんだけど。まあ、うちの天使たちがやたら友好的なだけで、これが俺に対する普通の女の子の反応なのかもな、・・・ははは、悲しい。
それから2人で黙々と植え替え作業を繰り返した。もちろんこの間一切会話無し。時間が異様に長く感じた。そしてようやく植え替えが終わった。
「お疲れ様。もうお昼だけど、あなた食事は?」
「あ、何も持ってこなかった。どうしよう」
「・・・じゃあ、こっち来て」
イグサちゃんは俺を温室の一画に案内した。そこにはリンゴのような実がなっている木があった。でもその木自体はリンゴの木ではなくヤシの木のような見た目だ。そしてその実もやたら高いところになっていた。
「あ」
「ん?どうしたの?イグサちゃん」
「高枝切バサミ、壊れてたんだった。普通の切バサミしかない」
「え、じゃあどうするの?」
「・・・・・・あなた、ちょっとしゃがんで。肩貸して」
イグサちゃんは道具置き場から切バサミを取ってくると、俺の肩によじ登った。うわ、女の子の太もも。柔らかい。
「ちょっと、あんまり動かないで」
「ご、ごめん」
俺はいつの間にか無意識に全神経を後頭部に集中させていた。ああ、やばい。この感触、幸せ。
「ん、もうちょっと。あ、切れた」
ごんっ。
「ゔっ!!」
実は俺の後頭部に見事にクリティカルヒットした。お、鬼がいないのにおしおきが・・・。
「ごめん」
「だ、だだ大丈夫だよ・・・次は気を付けて」
それからイグサちゃんはいくつかの実を切り落とすと、その半分を俺に分けてくれた。
「ありがとう。イグサちゃん」
「うん」
そしてイグサちゃんは温室を出ていってしまった。あ、一緒に食べてはくれないんだ・・・。
俺は湖畔に出て、その実を食べた。うん、美味しい。あんなじめじめした場所に生えていたのにも関わらず、その実は何故か冷えていて果肉はしゃりしゃりとしたシャーベット状になっていた。確か昨日神様が、新しい植物をつくったりしているって言ってたっけ。これもそうなのかも。
午後からの俺の仕事は湖に自生している藻の採集だった。俺は靴を脱ぎ、足首まで水に浸かって小さな網でひたすら藻を取った。イグサちゃんは菜園で枯れた草の実から種を取り出す作業をしているようだ。何か近くて遠いような、距離を感じるなぁ。もっと、あの子と仲良くなれないかな。
夕方。俺たち2人は作業を終えた。
「2人ともお疲れ様じゃの」
「あ、カヤノヒメ様。お疲れ様です」
「カヤちゃん、お疲れ~」
ええ!?カヤちゃん!?神様をちゃん付けで呼んでるの!?しかもため口!それに俺と話している時とは全然違って、柔らかい声になってるんですけど。そして何て可愛い笑顔なんだ。俺といる時はずっと真顔だったのに。何かショック・・・。
「では、レイよ。これが今日の給料じゃ」
神様は俺に天使が使っているあのカードに似ているカードをくれた。
「それからおぬしは大五郎の汽車をつかっておるのだろ?」
「はい、そうです」
「それならば、これも持っていくがよい」
「そのカードは?」
「これはあの汽車のフリーパスじゃ。これがあればいくらでも乗り放題だぞ。感謝するがよい」
「ありがとうございます。助かります。それじゃ、また明日」
「何を言っておる。明日は天使の学校が休みの日だぞ。おぬしには使命があるであろう」
「あ、そうなんですか。あれ?でもカヤノヒメ様どうして俺の使命のことを」
「ふふ、私は神だからな。人間のことなど簡単に調べられるわ。おぬしの使命、無事に果たせると良いな」
「はい。それじゃ、今度。あ、イグサちゃんも・・・」
イグサちゃんは俺とは目を合わせてくれなかったが、こくりと頷いてはくれた。こうして俺の仕事の初日が終了した。ああ~、疲れた。本当に飛んで帰りたい。
家に帰ってきて俺はすぐに風呂に入り、疲れた体を湯船に沈めた。
はぁ~、いい湯だ。それにしてもこれから俺はイグサちゃんと上手くやれるのかな。何か自信無いな。やっぱり人間は苦手だ。
風呂から上がるとすでに夕食の準備が出来ていて、みんな揃っていた。そして夕食の席で俺は今日あったことをみんなに話した。イグサちゃんのことは一応、良い先輩として軽く話しておいた。
テ「ではひとまず順調な滑り出しということですね」
レ「まあ、そうかな」
エ「良かったです」
レ「心配してくれてありがとう。エリーゼ。ああ、そうだ。神様が言っていたけどみんな明日は学校休みなんでしょ。どうする?何かしたいことでもあるかな?」
ミ「じゃあ、早速あの洞窟に行ってみる?」
ク「あたしは端っこに行きたいな。確か解禁日、先週じゃなかったっけ」
エ「あ、私も行きたいです。端っこ。ユキちゃんはどうですか?」
ユ「OK」
ミ「ミリアも賛成!」
レ「あの、俺だけ話に置いてかれてるんですが。端っこって?」
テ「うふふ、レイさん。川や湖があるのにどうして海は無いんだって、思っていませんでしたか?」
レ「うん、それ思ってた」
テ「その答えが端っこにあるんですよ。楽しみにしていてください」
レ「ええ?今教えてくれないの?」
ク「秘密の方がわくわくするだろ?」
ミ「レイ君、絶対驚くよ!」
こうして明日は、みんなとその端っことやらに行くことになった。ひとまず仕事のことは忘れて、みんなと楽しもう。
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