第四次霊魂戦争。

1、小型ヴァンの中


「カバン、持ちます」

 駅のプラットフォームで僕は少女のカバンに手を伸ばした。彼女は大丈夫と言って断ったけど、何度かの押し問答の後なかば強引に二つのカバンを両手に持った。

「す、すいません」

 少女が……ハルノシマ・サエコ……が小さな声で言った。

「良いんです。当然の事です。ああ、そうだ、代わりにを持ってもらえますか」

 わきの下にはさんでいたスケッチブックを少女に渡した。

「それから、これも」

 ポケットから駅の入場券を出す。

「両手がふさがっているから、僕の代わりに改札に出してもらえるとありがたい」

「わかりました」

 改札を通り駅舎の外に出て、駅前広場の端に停めてある小型ヴァンまで歩いて行く。僕の家にある二台の常温液体水素レシプロ自動車のうちの、小さい方だ。

 運転席に座っているジーディーにハンドサインで後部ハッチを開けるよう指示する。

 荷物室に茶色い革製のトランクを載せ、ハッチを閉じた。

 後部座席のドアを開けて、少女に乗るようにうながす。

「どうぞ」

「ありがとう」

 一瞬、自分も後部座席に……彼女の隣に座ろうかと思ったが、結局、助手席に収まった。

 運転席の軍用ロボット犬に指示を出す。

「ジーディー、出してくれ。まっすぐ僕の……僕たちの家へ」

 小型ヴァンが動き出し、駅前広場を出てオッドヤクート町の商業地を走る。

「住みやすそうな町ですね」

 少女がつぶやいた。

 助手席から振り返って後部座席にすわる彼女の顔を見て、相槌を打つ。

「それほど大きな町ではないですけどね。欲しい物は一通りそろうし、今は雪で覆われているけど、春になれば町を歩いているだけで気持ち良いですよ。空気が澄んでいて」

 やがてヴァンは町を出て、僕の家へ向かう雪原の一本道へ入った。

 未舗装道路が多く冬は雪に覆われるこの地方で使いやすいように、ヴァンの最低地上高は高めに設定されていた。もちろん四輪駆動だ。

「長旅、たいへんだったでしょう?」

 後部座席の少女に聞いた。

 話題は何でも良かった。僕らの家までの三十分間、とにかく間を持たせたかった。

「列車の中は快適でした。三段ベッドの二等寝台車でしたが、女性車両と男性車両に分かれていたので気をつかう事もありませんでしたし。同じ車両の乗客はみんな良い人たちばかりでした。……ただ、少し退屈したかも知れません。六泊七日、ずっと列車の中でしたから」

「六泊七日! そんなに遠くから来たのですか?」

「ええ。役所で婚約が成立したと聞いて、すぐに荷物をまとめてその夜には列車に飛び乗りました」

「はああ。七日間も列車の中とは……」

「食堂車でご飯を食べているか、最後尾の談話車両で時間をつぶすか、一両に一つずつ備わっているシャワー室を交代で使うか……それ以外の時間は三段ベッドで横になって本でも読むしか、する事はありませんでした」

「七日間も列車の中に閉じ込められて、来る日も来る日も車窓の外は雪景色、か」

「身体的には楽でした。むしろ快適と言っても良いくらいでしたが、何しろ、する事がなくて」

「でしょうね」

「あの、ひとつ質問しても良いですか」

 今度は、少女が僕に聞いてきた。

「どうぞ、どうぞ」

「サワノダさんは、ご家族はお兄さんだけとうかがいました。他に親戚などはいらっしゃらないんですか?」

「親戚の家はこの町に二、三軒あります。僕や兄貴の親戚、というよりは死んだ祖父さんの親戚といったほうが良い感じです。もちろん、祖父の親戚はすなわち僕らの親戚でもあるのですが、この町で生まれ育った訳でもないので、付き合いは薄いです」

「この町の生まれでは無いのですか」

「僕の両親は……もう死んでしまいましたが……都会で出会って結婚し、僕らを産みました。前の戦争で両親が死んで、僕は母方の祖父の家に転がり込んだのです。戦争が終わって少年兵だった兄貴も復員してきて、しばらく三人で暮らしていたのですが、去年ぽっくり祖父さんが死んでからは、二人暮らしです……祖父が死んだとき兄貴は成人したばかりでした。つまり、ギリギリで財産を相続できる年齢に達していたという事です。僕らの母親は祖父にとって一人娘だったし、遺言もあって、兄貴が家、農場、その他すべてを相続したんです」

「たしか、お兄さんは……」

「今年二十一歳です」

「サワノダさん……コウジさんとは、すこし年齢が離れているんですね」

「七つ違いです。本当は、僕と兄貴のあいだに一人……兄貴にとっては妹、僕にとっては姉にあたる女の子がいたんですが、死んでしまいました……標的限定型ウィルス拡散低温爆弾……『巫女みこ殺し』は知っていますか?」

「名前だけは知っています。私の生まれた地方はそれほど被害は無かったようですが」

「この前の戦争……第四次霊魂戦争は別名『巫女みこ戦争』とも呼ばれていて、前線の将兵以上に、銃後の巫女たちの働きが戦局を左右するようになっていました。

 ある時期から敵は、巫女の素質の有る無しにかかわらず十代の女の子だけに感染するウィルスをこの国にバラくようになった。それが通称『巫女殺し作戦』です。

 この地方の被害は特に酷かった。作戦が本格化してから終戦までの間に、当時十代だった女の子の三分の一が命を落としました。

 僕の姉も七日七晩ずっと熱にうなされたあげく死にました。僕が八歳、兄貴が十五歳、死んだ姉が十二歳の時です。

 簡単な葬式を済ませた翌日、兄貴は少年兵に志願して前線へ行ってしまいました。

 それからしばらくして両親も敵の都市攻撃で死んで、身寄りの無くなった僕は何とかこの町まで逃げ延びて、祖父さんに養ってもらったという訳です」

「それは……その……何と言ったらいいのか……」

「この地方は重要な軍事拠点が多かったから、戦闘の激しかった場所も多い……今だから言えますけど、このオッドヤクートの周辺にも秘密の研究施設が幾つも在ります……いや、と言った方が良いか」

「そ、そうなんですか?」

「戦争が終わり世の中が平和になると、秘密施設は全て放棄されました。今は野ざらし状態です」

「き、危険では無いのですか? それは」

「分かりません。そうかも知れません」

 話しているうちに小型ヴァンはヨネムス老夫婦の家の前を通り過ぎ、やがて僕らの家が見える所まで来た。

 家に着くまでに、僕はどうしても言っておきたいことがあった。

「あの、ハルノシマさん」

 あらためて、後部座席の少女を振り返って見た。

「なんでしょう。サワノダさん」

「お互い、丁寧過ぎる言葉で話すのは止めにしませんか。何だか他人行儀だ。何と言っても、僕らは……その……こ、婚約者、なんですから」

「そ、そうですね」

「それから、苗字みょうじで呼び合うのも変です。今から名前で呼び合いませんか」

「わ、わかりました」

「では、僕から言います……よろしく、サエコ」

「よ、よろしく……コウジ」

 僕は体をひねってサエコに手を差し出した。サエコが僕の手を握った。細くて、柔らかな手だった。

 気がついたら小型ヴァンは僕の家に到着して玄関の前でまっていた。エンジン音を聞いた兄が玄関の扉を開け僕らを出迎えた。

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